53 忘れられたウィル
茂みから出てきたのはウィルだった。
「なんだよー。俺だったら悪いってか?」
ウィルは少し不機嫌そうな顔をしているが、声は明るいものだった。
「ちょっと意外だったから。
この鳥、ウィルが撃ち落としたのか?」
「そうだぞ。まあこれくらいならな」
ウィルは鼻にかける様子もなく、普通に答える。
「ウィルさんって……かなり弓の腕が立つようですね」
クリスは感心したように言う。
「……少しくらい出来るって程度だよ」
さっきまでの元気の良さは鳴りを潜めていた。
「そんなことないわ。
騎士団でも、飛んでいる獲物を撃ち落とせる人なんて、そうそういないもの」
ミラも続けて言う。
「はは……ありがとな。
そんなに褒め殺しても何も出ないぞ?」
ウィルは軽口を飛ばしてはいるが、表情は少し暗い。
そんな様子を察したのか、俺たちは誰も、それ以上声をかけることは出来なかった。
「お前らはまたネズミ退治か?」
ウィルは声の調子も戻り、いつも通りの様子でそう言う。
「ああ、そうなんだ。いくら倒してもキリがなくてな。
今から巣を探してみようと思っていたんだ」
「そういうことだったのか。
……さっき見つけたあの穴って、もしかしたら巣だったのかも」
「それっぽいものがあったのか!?」
俺は食いつくように聞く。
「ああ。ここからそう遠くもないし、案内してやるよ」
「よろしく頼むよ」
俺が言うと、ウィルは手を挙げて応えた。
「その前に、もう陽も傾き始めている。こいつを片付けてからな」
ウィルは撃ち落とした鳥を指差して言った。
俺たちもネズミを片付けることにした。
◇
一旦、仕留めた獲物をギルドに引き渡し、俺たちは再度森に入った。
ウィルを先頭に森の中を進んでいく。
そこそこ進んだところで、ウィルが止まる。
「あそこだ」
ウィルが指差した方向を見ると、洞窟らしき穴があった。
「森ネズミが出入りするには、少し大きい穴ですね」
洞窟を見たクリスが言う。
「元は他の魔物が使っていたのかもな。
俺が見た時は、森ネズミが出入りしていたぜ。ほら――」
ウィルが言ったと同時に、森ネズミが洞窟に入っていく。
「あそこが巣で間違いなさそうだな」
「そうだろう! 先輩をもっと褒めなさい」
ウィルは自慢げに胸を張る。
「ああ、流石だ。ウィルがいなかったら、農場の被害がもっと広がっていたかもしれない。
ウィルはこの町の英雄だ」
俺はありったけの言葉でウィルを褒めちぎる。
「そうですね。ウィルさんがいなかったら、もっと多くの方が涙を流したに違いありません。
これも精霊様のお導きです」
俺に続いてクリスも褒めちぎる。
「流石先輩! 私たちもウィルを見習わないと!」
ミラまで乗ってきた。
俺たちの言葉を聞き、ウィルはおどおどしている。
「お前ら……そこまで褒めろって言ってねーよ!」
ウィルは顔を赤くしながら、そっぽを向いてしまった。
俺たちはその様子を見て笑い合った。
ウィルは俺たちの声を聞き、少し不貞腐れたような顔をこちらに向ける。
「……まあ、今からじゃ、巣の規模までは分かんねぇだろ。
ちゃんとした調査は、明日にしろよ」
今度は本当にちゃんとしたアドバイスをくれる。
俺たちは、揃ってうなずいた。
「それじゃあ――」
ウィルはそう言って、手のひらを見せてくる。
俺はその手を、自分の両手でそっと包む。
「うわっ、気持ちわりぃ! そうじゃねーよ!」
ウィルは俺の手を振りほどく。
「……ひどい」
俺は小さくつぶやく。
「……お前、わざとやってるだろ」
「バレたか」
俺たちのやり取りを見て、ミラとクリスは笑う。
「この野郎……今日の晩飯、お前の奢りだってことだよ!」
「ああ、そっちか。いいぜ。
ミラとクリスもいいよな?」
「ええ、もちろん!」
「食事は多い方が楽しいですからね」
二人もウィルがいることに賛成なようだ。
「今日は沢山食うからな!
タダ飯ほど美味いものはねーし!」
「ちょっとは加減してくれよな……」
俺たちは宿へと戻っていった。
◇
宿に戻る途中、ミラが話しかけてくる。
「クレイグってさ……そういうのが好きなの?」
「そういうのって?」
「その……男の人が好きなの?」
「えっ、何で!?」
俺は、突然の言葉に固まってしまう。
「さっきはウィルの手を握ってたし、初めて会った時は男の人に抱きついてたし」
ちょ――!!
何てこと言い出すんだ!!
……事実だけどさ!
「えっ、そうだったのですか!?」
「おいおい、俺にそんな趣味はねーぞ!!」
クリスとウィルは、そう言いながら俺から距離を取る。
「いや、あれは……スキンシップで!!」
「ふーん……」
ミラの訝しげな視線が刺さる。
「あれは……あの時説明しただろ――!?」
俺が必死に説明すると、ミラが笑い出す。
「ええ、分かってるわよ。騎士団の人たちも、たまにそうやってふざけ合っていたの知ってるから。
これは、朝のお返しよ」
ミラは清々しいまでの笑顔を見せる。
俺は言葉が出なかった。
やっぱりミラには勝てそうもない。
◇
ウィルと別れて宿に入ると、そこには朝見た綺麗な女の人がいた。
女将さんと話していて……女将さんの方は困った顔をしている。
「どうしたんだろうね?」
「さあな……」
ミラは二人に近づいていく。
「どうしたんですか?」
ミラが話しかけると、女将さんは答える。
「部屋が空いていなくてね。
他の宿もいっぱいなんだってさ」
「そうだったのですか……それじゃあ――」
「ミラ、ちょっといいか?」
ミラが言いかけたところで、少し大きな声を出して呼ぶ。
すると、待っててというジェスチャーをしてからこちらへと戻ってくる。
「ミラは……相部屋とか大丈夫か?」
「? ええ、大丈夫よ」
「そうか、それじゃあこうしよう。
ミラは女性に相部屋で良いか聞いてくれ」
「それじゃあ、クレイグとクリスはどうするの?」
「クリスは一人部屋を使ってくれ。
俺は、またバリオスと一緒に寝るよ」
「クレイグだけまた外になっちゃうじゃない。ダメよ!」
「でも、さっきはミラが外で寝るって言うつもりだったろ?」
「それは……」
ミラは黙ってしまった。
「まあ、ちょっと聞いて来てくれるか?」
「……分かった」
ミラは渋々といった感じで聞きに行ってくれた。
すると、ミラと女性、二人揃って帰ってくる。
そして、女性が口を開く。
「私は、ギルド職員用の宿舎に泊まることもできるの。あなたたち、ありがとね。
それで……私、感激しちゃった! 今日はご馳走しちゃう!」
女性は人懐っこい笑顔でそう言った。
いきなりの申し出に、俺たちは顔を見合わせた。
「えーっと……いいんですか?」
俺は思わずそう聞いていた。
「いいのいいの! こんなこと、滅多にあることじゃないわ」
俺たちは、また顔を見合わせる。
「ほらほら、遠慮しない。
それじゃ、私は酒場の方で待ってるわね」
そう言って、酒場の方へと歩いて行った。
なんか……外見と違って、かなりフランクな人だな。
「これは、もう行くしかないですね」
クリスは苦笑いしながら言う。
「そうだな」
ミラは浮かない表情をしていた。
俺はミラの肩に手を乗せる。
「まあ、良かったじゃないか。飯もご馳走してもらえるみたいだし。
それに……ミラの思いも伝わってるよ」
俺がそう言うと、ミラは少し泣きそうな顔をする。
「……ありがとね」
いつもは俺が励ましてもらってるんだ。
こんな時くらい、ミラにお返しをしておかないとな。
「それじゃあ、早く行かないとね。待たせちゃっても悪いし!」
そう言ったミラの顔は、明るいものに変わっていた。
そして、部屋へと戻っていく。
ちゃんと励ませたみたいで良かった。
俺たちのやり取りを見守っていたクリスが口を開く。
「ウィルさんはどうしましょう?」
「……忘れてた」




