50 乾杯!
酒場に入ると、そこはもう賑わいを見せていた。
漂ってくる良い匂いと、楽しそうな声。
店員さんたちは、あくせくと動いている。
俺たち四人が席に着くと、女将さんが注文を取りに来てくれた。
「あら? ウィルも一緒だったの?」
女将さんはウィルに言う。
「そうなんだ。こいつと、たまたま森で一緒になってな」
ウィルは女将さんにそう言って、俺の肩に手を乗せる。
俺は軽く会釈をしておく。
「そうだったの。
この子、落ち着きがないだろう? 苦労しなかったかい?」
女将さんは、少しからかうように俺たちに言う。
「おばさん!」
ウィルは少し不満げに女将さんに抗議する。
……ここはウィルに助け船を出すか。
「初心者の俺に討伐の手続きを丁寧に教えてくれました。
助かりましたよ」
「へぇ~、そうだったの」
俺が言うと、女将さんは優しく微笑んだ。
ウィルは「そうだろう!」とでも言いたげな顔で、自慢げにうなずいていた。
「それはそうと、注文取りに来たんだろ? 腹減ったよ」
ウィルがそう言って、女将さんにメニューを促す。
女将さんは「はいはい」と言って、メニューを俺たちに渡す。
メニューを見てみる。
普通の定食から酒のつまみまで、種類は豊富だ。
俺はやっぱり肉だな!
肉を食わないと力が出ないし、明日も討伐の予定だ。
後で二人にも言っておかないとな。
「俺は鹿肉定食」
「俺も!」
俺が言うと、ウィルも同じものを頼む。
「ウィルは、また肉かい。
ちょっとは魚や野菜も食べな」
「えー、だって……なあ?」
ウィルは俺の方を見る。
「俺は魚も野菜も好きだぞ。サラダも追加してください」
俺がそう言うと、女将さんは「はいはい~」と言って、書き込んでいく。
「ウィルの分も持ってくるわね」
「裏切り者ー!」
ウィルは不満げな顔を俺に向ける。
「好き嫌いしていてはダメだろう?」
俺が言うと、諦めたかのようにうなずいた。
「二人はどうするんだ?」
俺は、ミラとクリスに言う。
「私は、ビーフシチューとバゲット、あとはサラダを」
クリスがそう言うと、女将さんは注文票に書いていく。
「お酒はいいのかい? 精霊教はお酒を飲んでも良いだろう?」
クリスの格好を見て、女将さんは言う。
「ええ、私、そんなに得意ではないんです。
それに、お酒は判断を鈍らせますからね」
クリスは女将さんにそう返す。
元軍人だし、なんともクリスらしいな。
「でも、今日くらいは良いかもですね」
クリスはそう言って、俺とウィルを交互に見て微笑む。
「じゃあ、俺も!」
「あんたは未成年でしょ!」
女将さんはそう言って、ウィルの頭を軽くはたく。
「ちぇ~」
ウィルは渋々と言った感じで、頭をさする。
この感じ、ウィルはかなりの常連みたいだな。
家も隣にあるし。
俺はそれを微笑ましく見ていた。
「ミラは?」
ミラの方を見ると、「う~ん」と言いながらメニューを睨んでいた。
「どうした?」
「どれも美味しそうで……」
「しばらくはこの町にいるし、明日も来ればいいじゃないか」
「確かに、それも楽しみになりそう!
それじゃあ今日は……オススメってありますか?」
ミラは女将さんに言う。
「そうだねぇ……鹿肉ミートソースのグラタンパスタかな?
女性に人気で、うちの娘も好きだよ」
「じゃあそれにします!」
ミラは目を輝かせて、元気よく答えた。
それを見て女将さんはニッコリと笑う。
そして、頼んだものを注文票に書き込み、厨房へと歩いて行った。
◇
「それにしても、今日は助かったよ」
俺はウィルに言う。
「まあ、俺の方が先輩だしな!
困ったことがあったら、また言ってくれよ」
ウィルは気さくに言う。
「そういえば、今日は何の依頼をしたの?」
ミラが聞いてくる。
「畑を荒らす森ネズミの討伐だな。
討伐の依頼を受けたことはなかったし」
「森ネズミですか……あれは厄介ですよね」
俺が答えると、クリスが反応する。
「そうよね。クオルではそんなに被害はなかったけど、ニニア村だと大変だったでしょ」
ミラがそう言うと、クリスはニッコリと笑った。
「村では私とダリアさんがいましたから、そこまでの被害はなかったですよ」
クリスが手練れってのは分かっていたが、ダリアさんも魔物討伐していたのか。
冒険者みたいなこともしていたって言っていたし、まだまだ現役みたいだな。
「二人はそこ出身なのか」
ウィルも会話に参加してくる。
「ええそうよ。私は元ガーランド騎士団。
クリスは……ニニア村の牧師ね」
ミラは、クリスの出身はぼかして伝えていた。
クリスも隠していたがっていたし、これが最善か。
……嘘は言っていないしな。
すると、ウィルは感心したようにうなずく。
「なるほどなー。クレイグは?」
「俺は……ペルナ村で木こりをしていたよ」
ウィルは首を傾げる。
「ペルナ村って……どこだ?」
「私も聞いたことがないですね」
ウィルが言うと、クリスも同じく首を傾げる。
……まあそうだろうな。
好き好んで辺境の村にまで来ようと思う方が珍しいしな。
「グノットは分かるか?」
二人はうなずく。
「そこから北に行った山にある、小さな村だ。
ほとんど決まった行商人しか来なかったから、知らないのも無理はないだろうな」
「そうだったんですね。
なんとなく、クレイグさんが世間のことに疎そうってのも納得です」
「そうだよな。
あんな大剣担いで白等級ってのもおかしな話だよな!」
クリスとウィルは、互いに笑っていた。
「私も思っていたのよ」
ミラまでそんなことを言う。
「そりゃそうだろ……。町に行くって言っても、グノットがせいぜいだったんだからさ」
俺は少し不満げに言うと、ミラが口を開く。
「クレイグって自分の凄さ分かっていなかったからねー。
今は……そうでもなさそうだけど」
そう言ってミラは微笑む。
ミラに言われたり、ポールさんに言われるまで気付かなかったのは確かかも……。
ルークにも言われていたけど、「まさかなー」程度にしか思っていなかったしな。
「そうそう。俺もそれは思ったぜ。
こいつ、只者じゃないってな!」
ウィルがそう言う。
「……そうなのか?」
「そうだぞ。こんなやつがまだ白等級だってな。
この調子なら、すぐに上の等級まで行くと思うぜ」
ウィルが言うと、ミラとクリスも同時にうなずく。
「そうか……」
「そうそう、クレイグが頼りになるのは私もわかってるよ。
だから一緒に旅してるんだし」
クリスはウンウンとうなずくだけだった。
こんなに褒めてもらえるとは、思っていなかったな。
俺はにやけそうな顔を必死でこらえる。
「そうか、ありがとな」
俺がそう言うと、三人は笑みを浮かべた。
◇
「ウィルはいつから冒険者をしているんだ?」
俺はウィルに聞く。
「俺か? 俺は一年半くらいだな」
ウィルが答えると、ミラが口を開く。
「そうなのね。それじゃあ、そんなに年変わらないんだ!」
ミラは嬉しそうに言う。
「そうなのか? 俺はてっきり年下かと思ってたぜ。
クレイグは冒険者登録したのがひと月前だって言ってたからな」
「まあ……いろいろあってな」
俺がそう言うと、ウィルは「ふーん」とだけ言っていた。
「んじゃ、クリスも?」
「私は二十七ですね」
「そうだよな。一人だけ大人っぽいもんな」
ウィルはうなずいている。
「ウィルの等級はいくつなの?」
今度はミラが聞く。
「俺は黄色だな」
そう言って、タグを見せる。
「それでしたら……私たちはもっと敬わなければなりませんね」
「おいおい、俺はそんな柄じゃねーって。
もっと普通にしててくれよ」
クリスが言うと、ウィルは両手を前で振る。
なんだか……本当に同年代の男って感じに思えてくるな。
気さくで話しかけやすいし……。
「お待たせー」
俺がそんなことを思っていると、女将さんの声と共に料理が運ばれてくる。
良い香りが辺りに立ち込める。
「待ってました!」
ウィルが元気よく答える。
食欲をそそる肉の香ばしい香りと、鉄板に滴る油の音。
クリスの方からはビーフシチューの香り。
ミラの方からはチーズの焦げた香りが漂ってくる。
それと、各自の前に飲み物が置かれる。
俺とミラ、ウィルの前には果実水。
クリスの前には葡萄酒だ。
「えっと……頼んでいないんですけど……?」
俺がそう言うと、女将さんは笑みを浮かべて言う。
「それはサービスだよ。乾杯は必要だろう?
それに、うちに泊まってくれているしね。
牧師さんの分もサービスしておくよ!」
「でも……」
俺が言いかけると、クリスが口を開く。
「ご厚意は素直に受け取るものですよ」
クリスはニッコリと笑って言う。
「そうそう、貰えるものは貰っとけ!
タダなんだからな!」
ウィルも言う。
「頂いておきましょ」
ミラもそう言っていた。
「そういうこと。
ほらほら、冷めないうちにどうぞ」
女将さんはそう言い残し、厨房の方へと戻っていった。
「それではクレイグさん、声掛けをお願いします」
クリスがグラスを軽く持ち上げながら言う。
「え、俺?」
「クレイグがリーダーでしょ?」
今度はミラがニヤニヤしながら乗ってくる。
「まあ……そうか……」
「リーダー早く!」
ウィルまで乗っているな。
まあこういうのも悪くないか。
「それじゃあ、ウィルとの出会いに、乾杯!」
「「「乾杯!」」」




