46 料理が冷める前に
ニニア村を出て、街道の分かれ道に差し掛かる。
あの時、バリオスが雨のことを言ってくれなかったら……まっすぐスタッグヘルムに向かっていたかもしれない。
そう思うと、あの村に寄れたのはやっぱり運が良かった。
俺たちが通り過ぎていたら、どうなっていたか分からない。
もしかしたらリーフィア村みたいに……。
そこまで考えて、頭を振る。
――今はやめておこう。
空もこんなに晴れているんだ。
今は気温も暖かくなってきたし、ペルナ村を出た時よりも気持ちがいい。
ミラは荷台で横になって眠っている。
クリスさんも、目を瞑っていた。
「バリオス、また馬車を引いてもらって悪いな」
俺は馬車を引いているバリオスに話しかける。
『いや、いいさ。これが俺の仕事だしな』
「疲れたら言えよ」
『これくらいじゃ疲れないさ』
「頼もしいな。
そういや、雨はどうだ? 降りそうか?」
『いや、しばらくは降らないだろう。
少なくとも三日くらいは降らないはずだ。降ったとしても小雨だな』
「分かった。この前みたいにならないようで安心だ」
『そうだな』
◇
昼も過ぎ、陽が傾いてきた頃。
俺たちは夜営の準備を終え、ミラの作ってくれた晩飯を食べていた。
旅は順調。
バリオスのお陰もあって、スタッグヘルムへは明日の昼前くらいには着く予定だ。
頑張ってくれたバリオスは、今は馬車の近くで休んでいる。
「いやあ、ミラさんの作る料理は美味しいですね」
クリスさんはミラの料理に満足していた。
「ありがとうございます」
ミラはそう言って笑顔になる。
すると、クリスさんは少し困った顔をする。
「私が言うのもおかしな話ではあるのですが、敬語を使われるとその……」
クリスさんから提案される。
続けてクリスさんが言う。
「一応、私の方が年上ではあると思うのですが……」
そういえば、そういった話はまだしていなかったな。
「クリスさんは何歳なんですか?」
俺はそう聞く。
「私は今二十七ですね。お二人は?」
「俺は十八です」
「私も十八ですよ」
俺とミラも答える。
「そうでしたか!
お若いとは思っていましたが、なるほど」
クリスさんはそう言って感心していた。
「それじゃあ、これからは敬語は無しでいきましょう。
ミラもそれで良いよな?」
「ええ、分かったわ」
「じゃあ改めてよろしくな、クリス」
「よろしくね!」
俺たちはクリスさんにそう言う。
「ええ、よろしくお願いします」
クリスはそう言って、ニッコリと笑う。
――?
「えっと……クリスは敬語なのか?」
俺がそう言うと、クリスはまた困ったような顔をする。
「あー……あはは……。
私はこちらの方が合っていますので、私だけこのままでもいいでしょうか?
ほら、一応精霊教の牧師ですし!」
クリスは興奮気味にそう言う。
「まあ、クリスがそこまで言うなら……。
ミラも良いか?」
「えー、私は普通に会話したいなー。
でも仕方ないかー」
そう言って、唇を尖らせる。
その様子を見たクリスは、またも困ったような顔をする。
「わがままを言ってすみません。
ダリアさんからも、精霊教の牧師として恥じないように、と言われているので」
ミラは渋々といった感じで了承する。
「まあ、こういった形があってもいいじゃないか」
俺がミラにそう言うと「それもそうね」と言って表情が和らぐ。
クリスも「ありがとうございます」と言って、安心したような表情を浮かべていた。
俺たちは食事を再開した。
◇
夕食も終わって一息ついていたところで、パーティーの方針について話していた。
「――分かりました。
報酬は頭数で均等割り、それとは別に、パーティー資金用にもう一人分ですね」
クリスは特に不満もないようだった。
「そういや、クリスって武器は何を使うんだ?
腕が立つのは分かっているんだが……」
俺がそう言うと、クリスは恥ずかしそうに言う。
「ありがとうございます。
私の武器は……これですね」
そう言って取り出したのは短剣だった。
俺とミラは覗き込んでそれを見る。
「面白いものでもないでしょう?
お二人の武器に比べたら、特に変わったものでもないはずです」
クリスはあっけらかんとして言う。
確かに、俺たちの武器は特殊かもしれない。
ルークの作ってくれた大剣に、ガーランド騎士団由来の剣と盾だ。
「むしろ、普通の武器であそこまで出来るのは凄いわね」
ミラはクリスの腕を褒めていた。
クリスもそれを聞いて、頭をかいて恥ずかしがっていた。
「私は一応軍人でしたからね。こういった訓練も受けていました。
私はそれ以上にお二人に興味があります。
冒険者になる前は何を?」
クリスから聞かれて、俺とミラは顔を見合わせる。
そして、俺は口を開く。
「隠す必要はないんじゃないか?
もうパーティーを組んでいるんだし」
「それもそうかもね」
ミラはうなずく。
クリスは俺たちの様子をうかがっていた。
ミラは一呼吸置いた後に話し始める。
「私は、ガーランド公爵、ポール・ガーランドの嫡女。
ミラ・ガーランドです。
冒険者になる前は、ガーランド騎士団に所属していました」
ミラは騎士や貴族の顔つきになっていた。
ミラがそう言うと、クリスの細い目が少し開かれる。
「そうだったのですか。それなら、ゴブリンを退けたのもうなずけます。
それと、話し方はこのままでいいのでしょうか?
貴族様に合わせた話し方の方がいいのでしょうか?」
俺の時とほとんど一緒の反応だな。
ミラも、それを分かっていたのか、表情が和らぐ。
「いいえ、クリスの話しやすいものでいいわ。
私もその方が楽だし」
ミラはそう言って笑顔になる。
続けてミラは、自分の旅の目的を話していた。
◇
「――そうだったのですか。
まだお若いのにそこまで考えているとは……」
ミラから話を聞いたクリスは、感心していた。
それを聞いたミラは、少し恥ずかしそうにしていた。
確かに……誰だって言うのは簡単だけど、実際に行動に移せる人は少ない。
貴族なら家のこととかもあるだろうし、尚更かもしれない。
ポールさんとエミリアさんも、ミラのことを尊重しているから出来ることなのかもな。
「さて、私の話は終わり。
次はクレイグの番ね!」
ミラからそう言われる。
俺の方はそんなに大したものじゃないんだけどな。
「俺はペルナ村で、木こりをしていたんだ」
俺は簡潔にそう言った。
クリスは少し動揺しているようだった。
「……木こり……ですか?
それであんなに大きな大剣を……?」
クリスにそう言われて、説明が足りなかったことを理解する。
「ああ……すまない。
これは、親父に習っていたんだ」
俺がそう言うと、クリスはうなずく。
「それにしても、こんな重量級の武器を振り回すなんて……。
クレイグさんのお父さんもすごい方のようですね」
「……ありがとう」
俺はそれだけを伝えた。
「クレイグのお父さんって、すっごい人だったのよ!」
ミラはまるで自分のことかのように元気いっぱいにそう言った。
しかし、言ってから気付いたのか、俺の顔を伺って一言。
「ごめんなさい……」
と小声で言った。
「いや、良いんだ。親父のことをそれだけ言ってくれるのは嬉しいよ」
俺はミラに素直にそう伝えた。
ミラは少しばつが悪そうにしながらも、笑顔を作ってくれた。
俺も、それに合わせて笑顔を作る。
「何やら、聞いてはいけないことでしたか?」
「いや、そんなことはない。
むしろ俺からも言いたいくらいだ」
俺の親父は凄かった。
それは伝えるべきかもしれない。
「俺の親父は戦争の時、活躍していたんだ。
親父から直接聞いたわけじゃないんだけど、ミラの親父さんから教えてもらったんだ。
……何でも英雄だったとか」
俺はそう言う。
……言ってから気付く。
「そういえば、クリスはドラー帝国の軍人だったな。
俺も配慮が足りなかった。すまない」
俺はそう言って頭を下げる。
あまりにも無神経だったかもしれない。
すると、クリスが口を開く。
「ああ、いえ、私はドラー帝国の軍人と言っても、革命軍の方でしたから。
そういった心配はしなくても大丈夫ですよ」
クリスは優しく微笑む。
その言葉と表情でホッとする。
「それにしても、リーンデル側の英雄ですか……。
もしかして、ケヴィンさんですか?」
「親父のこと、知ってるのか?」
俺は前のめりになる。
「ええ、もちろん。すごい人でしたよ。
話をしたことはありませんでしたがね。
私も、戦争の終盤ではリーンデル王国側についていましたから」
クリスは少し下を向き、思い出すように言う。
「そうだったのか……」
クリスも色々と抱えているのかもしれない。
この先はまだ聞かない方がいいかもしれないな。
「まあ、私の話はいいんです!
それで、ケヴィンさんもペルナ村にいるのですか?」
やっぱり、この質問はくるよな……。
まあ、隠すこともない。
「親父はひと月ほど前に亡くなったんだ」
それまで穏やかだったクリスの表情が一気に変わる。
「それは本当ですか!?」
声も先ほどより大きくなっている。
「ああ、本当だ」
クリスの顔が、見たこともないような悲しい顔をする。
そして、少しした後、口を開く。
「惜しい人を亡くしましたね。
ケヴィンさんは皆の憧れでしたから……」
そう言ってまた顔を伏せる。
そして、パッと顔を上げる。
「すみません。私から話を振っておきながら……。
この話はここまでにしましょう。
料理が冷めてしまいますし!」
「ああ、そうだな」
横にいたミラもうなずき、料理に手を伸ばす。
少し冷えた料理は、それでも美味しかった。
明日はいよいよスタッグヘルムだ。
気分を変えていかないとな!




