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41 戦争の残り火

「おや、見つかってしまいましたか」


 ゆっくりとこちらへ向いたクリスさんの顔は……いつもの笑顔だった。

 俺はその笑顔に戦慄する。


「そんなに怖い顔をしないでください」


 そう言って、足元の男性に目をやる。

 俺も自然とそっちを見る。

 男性は、見慣れない黒色ローブを纏っていた。


「……何をしていたんですか?」


 俺は出せる精一杯の声を絞り出す。


「そうですね……少し野暮用を」


 野暮用って状況ではなさそうなんだが……。


「村はどうなりましたか?」


「俺たちがゴブリンを討伐しました」


「そうですか、ありがとうございました」


 クリスさんはそう言って、男性を担ぎ上げた。

 男性は糸の切れた人形のように、だらりとしている。

 

「その男性(ひと)は……?」


「ああ、この方ですか? 悪い人です」


 男性からは、ポタポタと血がしたたり落ちている。


「その人……怪我しているんですか?」


「いえ、死んでいます。私が殺しました」


 ――殺した!?

 あまりにも淡々とした言い方に、背中が冷たくなる。


「……こういうことには、少し慣れていましてね。

 詳しい事情は、村に戻ってからお話しします」


 そう言って俺の横を通り過ぎる。

 足が地面に縫い付けられたみたいに、動かなかった。

 俺が固まっていると、クリスさんに声をかけられる。


「どうしたんですか? 行きますよ」


 その言葉を聞き、頭がクリアになる。

  

「……ええ、わ、かりました」


 一歩を踏み出すと、ゴブリンに刺された足が痛む。


「――ッ!」


 声にならない声が上がる。


「怪我をしているんですか? 見せてください」


 俺の様子を見たクリスさんは、男性を降ろして近づいてくる。


「腰をおろしてください」


 俺は言われるがままに腰をおろす。

 クリスさんは俺のズボンをまくり上げた。

 俺は、自分の足を見て驚く。

 足は紫色に変色し、大きく腫れ上がっていた。

 じんじんと脛が脈を打つたびに、熱いのか冷たいのか分からない痛みが走る。


「これは……毒ですね」


 クリスさんはそう言って、腫れている箇所に手をかざす。

 俺の足は淡い緑色の光に包まれる。

 すると、紫色だった肌は徐々に肌色に戻り、腫れは少しだけ引いていく。


「……ありがとうございます」


「いえいえ、これくらいは。毒は除去出来ましたけど、傷は治っていません。

 早く戻ってダリアさんに診てもらいましょう。歩けますか?」


 そう言って、手を差し伸べてくれる。

 俺は手を取って立ち上がり、軽く足を動かしてみる。

 痛みは残っているけど、さっきほどの不快感はない。


「……大丈夫そうです」


「そうですか、それじゃあ行きましょう」


 クリスさんは、再び男性を担ぎ上げて村へと歩いて行く。

 俺も、その後についていった。





 村に戻ると、クリスさんは男性を担いだまま、人目を避けるように教会の裏手へと歩いて行った。

 死体を見せるのは、村の人たちに余計な心配を掛けると言っていた。


 教会の前では、ミラとバリオスが辺りを警戒していた。

 ミラは、俺に気付くと駆け寄ってくる。


「クレイグ! 良かった。

 クリスさんは見つかった?」


「ああ、見つかったよ。

 もう少しで戻ってくるそうだ。心配しなくていい」


 ミラは安堵の表情を浮かべ、胸をなでおろしていた。


 本当は、あの男のことも、クリスさんがしたことも話すべきなんだろう。

 けれど今は、まず話を聞いてからだと自分に言い聞かせた。


 俺は、無意識に体重をかけた足から、痛みが戻るのを感じ、眉間にしわが寄る。


「どこか怪我したの!?」


 俺の表情を見てミラが心配そうな顔をする。


「ああ、足をな。

 クリスさんは、ダリアさんに診てもらえって言ってた」


「私、ダリアさんを呼んでくるね!」


 そう言って、教会に駆けこんでいった。

 

『大丈夫か?』


 バリオスも心配してくれたみたいだ。


「ああ、毒をくらってたみたいだけど、クリスさんが治してくれたよ」


 俺がそう言うと、バリオスは顔をそむける。


『……そうか』


 短くそう言った。


 クリスさんの名を出すだけで、どこか不機嫌になる。

 無理に仲良くしろなんて言えないけれど、村を出るときには、せめて今みたいな顔をしなくて済めばいいな。



 少し待っていると、ミラがダリアさんを連れて教会から出てくる。

 傷を見せると、ダリアさんはクリスさんと同じように手をかざす。

 淡い緑の光が広がり、傷が少しずつ塞がっていく。


 こんなふうに回復を受けるのは初めてだった。

 この光を見ていると、なんだか心まで落ち着くような感覚になる。


「ありがとうございます」


「これくらいなんともないさ。

 むしろお礼を言うのはこっちだよ。ありがとうね」


 ダリアさんの顔は優しく微笑んでいた。



「お待たせいたしました」


 治療が終わった頃に、クリスさんが現れる。


「おや、遅かったね」


 俺が思っていたよりも、ダリアさんは心配していないようだった。

 怒ったり責めたりする様子もない。

 なんかこの二人を見ていると、変な感覚になるな。


「クレイグさんとミラさん、こちらに来てもらえますか?」


「それじゃ、私は教会に戻るよ」


 そう言って、ダリアさんは教会へと入っていった。



 俺たちは、クリスさんについていき、教会の裏手へと案内された。

 そこには、あの男性の死体があった。

 喉元には、深い切り傷がついている。


「この人は……?」


 ミラがクリスさんに聞く。


「……これ、分かりますか?」


 そう言って、クリスさんは男性が身につけていたネックレスを持ちあげる。


「――!!」


 ミラは驚いたような表情を見せ、言葉が出ていなかった。

 俺も見てみるが、それが何を意味するかは分からない。


「これは?」


 俺はクリスさんに聞く。


「これは、ドラー帝国の兵士が身に着けていたものです」


 ――!?


「ドラー帝国って、十年前に滅びたはずじゃ……」


 俺がそう言うと、クリスさんも少し険しい顔をする。


「そうですね。でも、こうして身に着けている者がまだいる」


「……残党ってことでしょうか?」


 ミラが不安げな表情をしてクリスさんに聞く。


「……まだ推測の域を出ませんがね。概ねその通りかと。

 村に現れたゴブリン、どう思いましたか?」


 確かにあれはおかしかった。

 凶暴さが普通ではなかったし。 

 すると、ミラが答える。


「普通のゴブリンよりも凶暴に感じました。

 斬っても怯むような感じもなかったですし……」


「ミラもそう感じたのか。俺も同じように思っていた」


 クリスさんは、俺たち二人の顔を見比べた後に、話を続ける。


「やはりそうでしたか。

 私も何体か処理しましたが、同じ意見です。それに――」


 そう言って、ポケットから何かを取り出す。

 クリスさんの手には、紫色の結晶があった。


「それは……?」


 ミラが聞く。


「これは、魔物強化薬を使用した際に体に残る結晶です。

 先ほどのゴブリンの体から出てきました」


「魔物強化薬……?」


 俺は思わず言葉を繰り返していた。


「ええ、十年前の戦争でドラー帝国が使用していたものです」


 言葉が出ない。

 ――戦争はもう終わっただろ?

 何でまだこんなことが起こるんだ!?


「さっきミラさんが言った通り、まだ残党がいる。

 しかも、ドラー帝国の技術を今も使っている。

 ……これは少しきな臭いですね」


 クリスさんはそう言って、考えている。


「……クリスさん、詳しいんですね」


 ミラがそう言うと、クリスさんはいつもの笑顔になる。


「ええ。私、元軍人でしたから」



「「――えっ!?」」

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