39 晴れ間のひととき
あれから二日が経った。
雨はまだ降り続いている。
俺は薪割りをしながら、降り続く雨を見ていた。
「なあバリオス、本当にそろそろ雨止むのか?」
俺は、横で寝転がっているバリオスに話しかける。
バリオスは首を上げてこっちに向く。
『今日の夕方くらいには止むぞ。
嘘だと思うなら、夕方まで待ってみろ』
目だけを開いてそう答える。
いつも通りの面倒くさそうな返答だ。
「そうなのか……分かった」
『おう。
それにしても、この村に来てからいつもソレやってるな』
「薪割りか? まあ、滞在させてもらってるし、これくらいはしないとな」
『そんなもんか』
そう言って、また横になる。
この村に着いてからのいつものやり取り。
俺が薪割りをして、バリオスが見ている。
俺が慣れているのもあって、村のみんなの薪割りを買って出ていた。
ただ滞在しているのも性に合わないしな。
明るい時に少し出歩いたけど、ニニア村はペルナ村くらいの小さな村だった。
グノットやクオルみたいに村の周りを囲っている壁はなく、世帯数もそれほど多くない。
ペルナ村を離れてそんなに時間は経っていないが、少し懐かしく感じていた。
ミラはミラで、村の人に料理を教えているようだった。
公爵家の料理長仕込みの料理の腕は、村の奥様方にも好評なようだ。
雨に降られて立ち寄った村だったけど、思いの外充実した日々を過ごしていた。
明日にはここを立つのか……。
◇
もう夕方に差し掛かろうという頃、バリオスの言っていた通り、雨は上がっていた。
空は晴れ、うっすらと雲が残る中、久しぶりの太陽が顔をのぞかせていた。
男の子と女の子、二人の子供は外で遊んでいる。
畑の様子を見ている人もいるな。
俺は背伸びをした後、外で思いっきり体を動かしていた。
鍛錬はしていたが、どうにも体が固くなっている。
「何してるの?」
その声で振り返ると、ミラがいた。
「体がなまっていたからな。少し動かしていたんだ」
「クレイグっぽいね」
ミラはいつもの笑顔でそう答える。
「私も少し動かそうかしら」
そう言って、伸びをした後に腕や脚を回している。
ミラも体を動かせなかったのを窮屈に思っていたみたいだ。
屋内と外じゃ、気分も違う。
何日かぶりの晴れ晴れとした気分で、俺たちは思い思いに体をほぐしていた。
◇
体もほぐれた頃、遊んでいた子供のうちの一人が、こちらを指さしていた。
どうしたんだろう?
すると、子供たちはこちらへ駆け寄ってくる。
「おじさん! おうまさんにのせて!」
おじ……いや、まだ十代なんだけど?
横を見ると、ミラは噴き出していた。
「確かにクレイグ、大人っぽいものね」
そういや、ミラにもそんな事言われたな。
「じゃあ、お兄さんがお馬さんの様子を見てくるから、ちょっと待っててね」
ミラはそう言った後に、小声で俺に話す。
「私が子供たちの相手をしているから、クレイグはバリオスに聞いてきてくれるかしら?」
子供たちの相手はミラがしてくれるみたいだ。
これはありがたい。
俺はバリオスの元へと向かった。
「おーい、バリオス」
『何だ?』
横たわっていたバリオスは体を起こす。
「お前に乗りたい子供たちがいるんだけど、大丈夫か?」
すると、バリオスはゆっくりと立ち上がった。
『いいぜ、連れてってくれ』
俺は驚いた。
こういうのはあまり気乗りがしない方だと思ってたんだけどな。
俺の表情を見て、バリオスが話しかけてくる。
『そんなに変か?』
俺の心を見透かされたみたいだ。
「ああ……こういうのは嫌いなのかと思ってたから」
『嫌いだったらお前たちも乗せてないさ』
そう言われてみればそうか。
そういや、初めて会った時からバリオスは人間に友好的だった。
唯一取り乱したのが、つい先日のことだ。
元々人間が好きなのかもな。
「こっちだ」
俺はバリオスを連れて行った。
ミラの元に戻ると、子供たちはいなかった。
「子供たちは?」
「お母さんに言ってきてって、お願いしたの」
言われてみればそうか。
何かあってからじゃ遅いし、確認は取っておいた方がいいだろう。
「ありがとな」
「クオルでも、子供たちの相手はしていたからね」
ミラは胸を張って、鼻高々にそう言った。
「ミラらしいな」
さっき言われたことを、そのままミラに返す。
ミラは言葉の意味を分かったのか、微笑んでいた。
◇
少し待つと、子供たちは母親を連れてやってきた。
母親は、バリオスを見て、驚きの表情を見せていた。
まあ、そうだろうな。でかいし。
逆に、子供たちははしゃいでいた。
「あの……本当に大丈夫ですか?」
お母さんは少し不安げな表情を見せていた。
「大丈夫です。私が後ろで支えますから」
「俺も横で見ているので、安心してください」
「……それじゃあ、お願いします」
さっきよりも声が明るくなっている。
お母さんも納得してくれたようだ。
「危ないかもしれないから、一人ずつね」
ミラは子供たちにそう言っていた。
子供たちも「うん、分かった!」と言っていた。
子供たちはじゃんけんをしている。
俺は小声でバリオスに話しかける。
「ゆっくり目にお願いな」
『ああ、分かった。任せておけ』
俺はミラをバリオスに乗せた後に、男の子を乗せる。
男の子は、最初は少しふらついていたが、ミラが後ろからしっかりと支える。
男の子は目を輝かせていた。
その後、村を一周した。
男の子は、畑仕事をしている人には手を振り、自慢していた。
その人も手を振り返していた。
俺とミラは軽く会釈をした。
男の子の番が終わると、次は女の子。
同じルートを回って戻る。
二人とも大いにはしゃいでいた。
お母さんも、最初とは違って笑顔で「ありがとうございました」と言って帰っていった。
◇
「喜んでもらえて良かったね」
ミラが笑顔でそう言う。
「そうだな」
俺もそう返す。
「バリオスもありがとうね!」
ミラはそう言って、バリオスを撫でていた。
なんか、ものすごくいいことをした気がする。
俺も自然と笑顔になった。
ミラはバリオスを連れて、小屋へと戻っていった。
そんな時、ふと、ある人物が目に留まる。
――クリスさんだ。
森の手前で突っ立って奥の方を見ているようだ。
どうしたんだ?
俺は気になってクリスさんへと近づく。
「何をしているんですか?」
指先がピクリと動いた後に、クリスさんは振り返る。
「用を足していました」
え? こんな所で?
顔もいつものニコニコ顔だ。
「トイレなら教会にもあるはずですけど……」
「そうでした! これは失礼」
そう言って、クリスさんは去っていった。
……何だったんだろう?
◇
夕食も終わり、俺はいつものようにバリオスのいる小屋へと来ていた。
バリオスはいつものように横になっていた。
「今日は歩けて良かったな」
俺はバリオスにそう言う。
『ああ、そうだな』
バリオスは目線だけこちらに向けて、短く答えた。
「子供、好きなのか?」
『……別に。でもまあ、久しぶりに乗せたな』
「久しぶりって、前はいつだよ」
俺は気になって聞く。
『いつだったかな……忘れてしまったぜ』
バリオスのその声は、どこか寂しさが感じられた。
そうと決まれば――
俺はバリオスの横に腰をおろす。
『何だ?』
「寂しそうな声をしていたからな。今日は添い寝してやるよ」
俺はからかい半分でそう言う。
『いいって』
バリオスは身じろぎして、俺をどかそうとする。
「いいだろ? 初日だけしか横で寝てないんだからさ」
バリオスは初日しか横で寝させてくれなかった。
あの心地よさ、毎日でも寝ていたいくらいだ。
俺はバリオスにしがみつく。
『おい、いい加減にしろって――』
そこで、バリオスの言葉が止まる。
首を上げて、外の方を見ている。
「どうした?」
俺も外を見る。
『……魔物が来る』
「――魔物!?」
俺は咄嗟に身構える。
バリオスは続ける。
『この村に来てからは、少しだけ気を張っていたんだ。
魔物が近寄ってこないようにな』
「そうだったのか……」
『ああ。でも、今回はそれが効かない』
「マジかよ……」
『まだ遠いが……確実にこっちに向かっているな』
「俺、ミラとダリアさんに伝えてくる」
『ああ、頼んだ』
俺は教会へと急いだ。




