36 大雨の予感
――次の日
俺たちは、昨日と同じようにスタッグヘルムを目指していた。
時刻は昼過ぎ。
陽気と風が心地いい。
馬車を引くバリオスの足取りは軽く、昨日よりも進みは速いように感じる。
このまま行けば、予定よりも早くスタッグヘルムに到着するかもな。
ミラは、荷台の方でうつらうつらしている。
気温も暖かくなってきたし、昼飯を食った後だと俺も眠くなってくる。
バリオスの気を散らしたくもないし……。
ここらで休憩にして、俺も昼寝しようかな?
バリオスも歩きっぱなしは嫌だろう。
「なあ、バリオス。ここらで休憩しないか?」
『ん-そうか?
休憩してもいいんだが、もうすぐ雨が降ってきそうだけど大丈夫か?』
「え、雨が降ってくるのか?こんなに晴れてるのに」
空を見上げるが、真上の空は快晴。
遠くの方に雲があるくらいだ。
俺も、日常的に山に入っていたからなんとなくは分かるが……これは降りそうにないんだけどな。
『おう、しかも結構な降り方だな、これは』
「俺の経験じゃ、それほど降ってくるとは思えないんだけど」
『おいおい、俺がどのくらい生きてるか忘れたのか?
これはかなりの雨だ。俺は問題ないが、お前らは違うだろ?
人間は雨が降ると家にこもりっきりになるしな』
「そうだな……。でもバリオスが良くてもこっちとしては、バリオスも雨に打たれて欲しくない。
ミラに近くに町がないか聞いてみるよ」
『……おう。わかった』
俺はミラに声をかけることにした。
振り返ると、ミラは荷台で横になって眠っていた。
起こすのは忍びないけど、こればっかりは仕方ないか。
「おーい、ミラ。起きてくれ」
俺の声で、ミラはゆっくり上体を起こし、大きく伸びをしながら目をこすった。
「なに~、どうしたの~?」
なんとも間の抜けた声だ。
騎士団で見かけた時の凛とした顔とは、まるで別人。
思わず口元がゆるみかけて、あわてて前を向いた。
「雨が降るってさ。近くに町なんかないか?」
「そうなの?」
ミラが、のそのそと御者台の方まで移動してくる。
陽の光が眩しかったのか、手で眉の辺りを覆っている。
「えーこれ本当に降るの?すごい天気がいいけど」
ミラは俺と同じ反応だった。
まあ、そうだよな。
『ああ、俺が言ってるんだ。間違いない』
バリオスは自信たっぷりにそう答える。
「そう……」
ミラは寝ぼけ眼のまま、一言だけそう告げる。
しかし、次にはその様子が吹き飛び、目を輝かせながら口を開く。
「さすがバリオスね!それじゃあ……一回止まってもらってもいいかしら?」
バリオスに馬車を停めてもらい、ミラは一旦馬車から降りる。
「……えっと、あの山がここで、ここがこうだから……」
ミラは山や森を一つずつ見比べながら、ぐるりと周囲を見渡した。
こういう時、俺も手伝うことが出来ればいいんだが……。
俺の頭の中の地図は、村からクオルまでのものしかない。
「……うん」
ミラは、今いる場所の確認が出来たようで、こちらに寄ってくる。
「もう少し進んだら、街道が分かれている場所に着くと思うわ。
そこを右手に行けば【ニニア】っていう村があるはずよ」
『了解だ。それじゃ、さっさと行こうぜ』
俺はそれを見て感心する。
領主の娘として育ち、騎士団の一員としてもこの辺りを何度も往復してきたのだろう。
「ありがとな、ミラ」
「どういたしましてー♪」
ミラは上機嫌だった。
バリオスを撫でた後に馬車に乗り込み、御者台にいた俺の横へと座る。
それを確認すると、バリオスは馬車を走らせた。
「すまないな、俺も分かっていれば良かったんだけど……」
「いいえ、気にしないで。
それに、今分からなくても、これからの旅で分かるようになればいいじゃない」
こういう時、ミラのポジティブさに救われる。
いつもこうやって前を向けるところは、見習わないといけない。
親父やミラ、ロニーさん……。
旅に出てから、背中を追いかけたい人ばかり増えていく。
村で剣を振っていただけの俺とは、まるで違う世界を歩いてきた人たちだ。
――俺もいつか、そこに並べられる日が来るんだろうか。
◇
しばらく進むと、街道の分かれ道に着いた。
バリオスは、そこを右手に進む。
そこからまた進んでいくと、俺たちが来た方向の空が、段々と暗くなってきていた。
さっきまで暖かかった風が、徐々に冷たくなる
今度はさすがに俺にもわかる。
かなりの雨になりそうだ。
「……バリオスの言ってたこと、本当だったんだな」
「そうね」
横を見ると、ミラも同じ方向を見上げていた。
『だから言ったろ?褒めてくれていいぞ!』
ミラは「すごいすごい!」と褒めていた。
俺も同じように声をかけると、バリオスは鼻を鳴らして誇らしげに首を振った。
頬が緩むのを抑えられなかった。
これが旅の仲間ってやつなのか……。
◇
分かれ道からかなり進んだところで、ぽつり、と頬に冷たいものが当たった。
すぐにそれは大粒の雨に変わり、あっという間に肩口まで濡らしていく。
ミラには荷台の方へと移動してもらう。
バリオスもそれを感じたのか急ぎ足になる。
そのまま進み、ようやく村にたどり着く。
街道から外れたところにも村があるんだな……と思ったが、ペルナ村も似たようなものか。
村を見渡すと、一つの建物が目に入る。
他の建物は木造だったが、その建物は石造りだった。
扉の上には丸く色とりどりのステンドグラスがはめ込まれている。
精霊教の教会のようだ。
「教会があるな、あそこで雨宿りをさせてもらおう」
「そうね。それが良さそう」
バリオスにもそう言い、教会の前まで移動してもらう。
「ちょっと聞いてくるから待っててくれ。
雨が強くなってきたが平気か?」
『これくらいなんともないさ。俺のことは気にするな』
「分かった……すぐ戻る」
俺はバリオスにそう言い、扉をノックする。
中からは返事が聞こえる。
俺は扉を開けた。
そこには、二十代後半くらいの男性の牧師が立っていた。
「すいません、雨宿りをさせてもらいたくて……少しの間良いですか?」
すると、牧師は大きく手を広げ、大きな声で言う。
「おお!迷える旅人よ!これも精霊様の思し召しです!」
……なんか、やけに大げさな人だな。
風貌もどこか怪しげだ。
黒地に青の模様、精霊教信徒の服装だが……。
髪はクリーム色で、狼のような髪型。
長い襟足と細い目のせいで、笑っていてもどこか胡散臭い。
「あ、はい……」
「どうぞごゆっくり!!」
大きな声を出す人だな……。
あまり深くかかわらない方が良さそうだ。
雨が上がったら早めに離れるとしよう。
「うるさいよ、クリス!
なんて声出してんだい!」
今度は奥の方から女性の怒鳴り声のようなものが聞こえる。
あー……変なところに来てしまったかも……。
その声と共に、女性が現れる。
女性はおばあさんだった。
クリスと呼ばれた男性と同じ服を着ている。
恐らくこの教会の教会長だろう。
おばあさんは俺の方に目を向けると、近くに寄ってくる。
「おやおや、この村に旅人なんか珍しいね。
雨宿りかい?好きなだけいていいよ」
おばあさんの声はさっきと違って、とても優しいものだった。
「ええ、ありがとうございます。
馬車もあるのですが、置いておける場所はありますか?」
「そうなのかい。横にある小屋を使っていいよ。
クリス、案内してあげな」
「はい!喜んで!!」
クリスさんは「うるさいよ!」と、おばあさんにおしりを叩かれていた。
――やっぱり、ここに長居しない方がいいかもしれない……。




