35 初めての夜営
春の陽気と、少し冷たい風。
バリオスの足音と、車輪のきしむ音。
隣にはミラが座っている。
俺は、久しぶりに御者台からの風景を満喫していた。
前に御者台に座ったのは、親父に連れられてペルナ村へ向かった時だ。
俺が座りたいと駄々をこねて、親父が頼み込んでくれた。
我ながら、図々しいガキだったな。
今、馬車は王都へ向かっている最中だ。
――旅の仲間を集めるためだ。
王都は人が多い。パーティーメンバーを見つけるにはうってつけだろう。
俺とミラは二人とも前衛だし、チームバランスを考えると魔術師か弓の使える人が加わってくれると心強い。
……そう考えると、ハリソンさんたちのパーティーは本当にバランスが良かった。
タンク、槍使い、弓使いに魔術師。
理想的な編成かもしれない。
今ごろ、どこで何をしているんだろうか。
いつか、肩を並べられるようになりたいものだ。
王都に着くまでには、いくつかの街を通る。
そこでも、良さそうな人がいれば声をかけてみるつもりだ。
とりあえず、次の町【スタッグヘルム】までは四日ほどの道のりだ。
ミラの話では、狩猟が盛んな町らしい。
荷台の方からは、鍋やら木箱やらがカタカタ音を立てている。
クオルで買い込んだ、テントだの調理器具だの、今の俺たちの生活道具一式だ。
ミラと相談しながら、「これもいるよね」「あれもいるよね」って感じで、一通りそろえた。
馬車の中を見ると、結構な荷物量になっていた。
……俺の旅が行き当たりばったりだったな、と改めて思う。
財布の中が軽くはなったけど、どれも必要な出費だ。
途中でのたれ死ぬわけにもいかないし。
それにしても……ミラの家を出る時に、馬車を門にぶつけそうになった時は焦った。
ポールさんも慌てて飛んできたし。
バリオスも慣れていなかったから仕方ないか。
その後、クオルの街を抜けるまでは危ないこともなかったし、バリオスもコツをつかんでいるようだった。
「バリオス、馬車を引くのはどうだ?」
『最初は感覚が分からなかったが、今はバッチリだ!』
その言葉を聞き、ほっとする。
バリオスも嫌がってはいないし、よかった。
「疲れたら遠慮なく言ってくれ」と伝えてはいるが、今のところは大丈夫そうだ。
それでも、あまり無理はさせたくないと思う。バリオスも立派な仲間だ。
ミラはというと――フルーツタルトを頬張っていた。
クオルを離れる時に、エミリアさんの実家であるケーキ屋に寄った際に、持たせてもらったものだ。
ついでにサンドイッチも貰っていた。
晩飯のデザートにすると言っていたが、我慢できなかったらしい。
その顔は、とても幸せそうだった。
笑みを浮かべながら、一口一口を味わっている。
その様子を見ていると、自然とこっちまで笑顔になる。
「なにー?」
「美味しそうに食べるなーと思って見てた」
「だって、美味しいんだもん!」
言い切ったミラの顔は、どこか誇らしげだった。
こういうところはミラらしいな。
『人間はすごいな。俺には匂いが油っこすぎて食う気にもならん』
「えーこんなに美味しいのにー」
ミラは少し頬を膨らませながらそう言った。
人間と馬では食べるものが違うしな。
俺たちだって「藁を食え」と言われても、食えたもんじゃない。
バリオスにとってはそれがお菓子の類だったのだろう。
「バリオスって、俺たちに会う前まではどんなものを食べてたんだ?」
ふと、疑問に思ったので聞いてみた。
『俺か?
俺は別に何も食べなくてもいいぞ』
「「えっ!?」」
俺とミラが同時に声を上げる。
「いつも美味しそうにニンジンを食べてたのにか?」
『ああ、そうだ。
マナが俺の主食だ。野菜や藁なんかは、あったら食べる程度だな』
「マナって、体の中にあるだけじゃないのか?」
俺自身にはマナがないみたいだが、普通の人には体の中を巡っているってのが常識だ。
それを使って魔術を使うくらいだしな。
「マナは目には見えないけど、大気中にもあるのよ。
見ることや、感じることが出来る人もいるみたいだけど、そういう人は稀ね」
「そうだったのか。教えてくれてありがとな」
「どういたしましてー」
今まで、俺とは無縁の話だと思っていたから、聞いたことすらなかった。
「霊獣って、やっぱり普通の馬とは全然違うのね……」
ミラは感心したようにうなずいていた。
そういえば、そこそこの距離を進んでいても、バリオスは全然疲れた様子がない。
「疲れたら、いつでも休んでいい」とは言ってあるんだけど。
……俺たちって、とんでもない存在と旅をしてるんじゃね?
◇
陽が傾き始め、空は赤く染まっていた。
「そろそろ夜営の準備をするか。暗くなってからじゃ、いろいろと不便だし」
「そうね。
バリオス、道の脇に馬車を停めてくれるかしら?」
『おうよ』
バリオスは、もう慣れたといった感じで、スムーズに馬車を停める。
朝、ミラの家を出た時のぎこちなさは、もう無くなっていた。
俺たちは荷台に乗り込み、必要な物を取り出す。
テント、調理器具、食材……。
親父に連れられて、山で過ごしたことを思い出す。
旅に出るなら必要だからと言って、定期的に山に入っていた。
そのおかげで、必要な物や手順が手に取るようにわかる。
親父も傭兵団の時は、夜営も日常だっただろうしな。
――親父に感謝だな。
ミラも、森に入る時は夜営とまではいかないが、キャンプ地点を作っていたらしい。
手つきは慣れている。
二人で作業すると効率もいい。
初めての仲間がミラで良かったと、改めて思う。
「……誘ってくれてありがとな」
その言葉でハッとする。
思わず言葉に出てしまっていた。
「ん-、なにー?」
幸い、ミラにはよく聞こえていなかったようだった。
「いや、なんでもない。
早いとこ準備しようか」
俺は恥ずかしさから、そう言って誤魔化すことにした。
――今はまだ上手く伝えられないけど、いつかはちゃんと言えるようにしよう。
◇
俺はテントの設置、ミラは夕飯の用意をしてくれていた。
お互いに慣れていたからか、何の問題もなく用意が出来た。
ミラは「夕飯は任せて!」と言っていたので、任せることにした。
なんでも、実家の料理長直々に料理を習っていたようだ。
貴族ってのは料理しないものかと思っていたけど……。
ミラみたいに奇特な人もいるんだな。
――いや、もしかしたらポールさんやエミリアさんも料理するのかもしれない。
二人とも騎士団の所属だって言ってたし、ミラも二人に倣ったのかもな。
ミラは鼻歌を歌いながら料理をしている。
手つきも、かなり慣れているようだ。
時々、味見をしながら「よし!」という声も聞こえてくる。
肉を焼いている音と、漂ってくる良い匂いが胃袋を刺激する。
「手伝おうか?」とも聞いたけど、「今日は私がする!」と言って譲らなかった。
バリオスは、俺たちの近くで寝そべって休んでいた。
今日は朝から歩きっぱなしだったから、ゆっくりと休ませよう。
「ご飯出来たよー!」
その元気のいい声に誘われて、俺はミラの方へと向かう
ミラが作っていたのは、野菜のスープとステーキだったようだ。
匂いだけでも美味しそうだったけど、実際に見ると余計に腹が減ってくる。
出来上がった料理を、ミラは取り分けてくれた。
「召し上がれー!」
俺は肉の方を一口食べてみる。
「どう?」
「……美味い。ミラの家で食べた時とほとんど変わらないくらい。
焼き加減も完璧だ」
ミラは笑顔になり、両手の拳を握っていた。
「ミラの家でも思ってたけど、この肉にかかっている調味料……すごいいい匂いがするな。
いろんなハーブの香りと……後はニンニクかな?」
「そうなの!料理長秘伝のものだから、私には教えてくれなかったんだけどね。
家を出る時に渡されたの」
そう言って、ミラは箱を取り出した。
箱を開けた瞬間、いい香りが漂ってくる。
さっきから漂ってきていたのはコレか。
「ね、スープはどう?」
そう言われて、今度はスープを飲む。
「野菜の甘さがちゃんと出ていて、なんていうか……すごい優しい味がして、美味しいよ」
「ほんと!?」
「ああ」
「やったー!」
ミラは本当に嬉しそうだった。
なんか……ミラに会った時を思い出すな。
あの時は飛び跳ねて喜んでいたっけ。
つい先日のことだが、もうずいぶん昔のようにも感じられる。
それだけこの数日が濃い内容だったってことなのかな?
焚き火の火を少しだけ強くしながら、俺は小さく息を吐いた。
――これからの旅が楽しみだ。
その後、俺たちはミラの料理を楽しんだ。
◇
食事も終わり、少し雑談をした後、それぞれに分かれた。
――が、俺は寝付けなくて、テントの前に座って星を眺めていた。
ミラは馬車の中で寝ていることだろう。
時々流れてくる風は少し冷えている。
……クオルではいい経験をさせてもらった。
ポールさんとの試合。
貴族の家に泊まったこと。
そして――親父の過去の話。
親父ってすごかったんだよなぁ。
傭兵団の時も、戦争の時も。
ポールさんの言葉……。
『君は立派にケヴィンの意思を継いでいるよ』
……はぁ。
俺にとってはいい父親ってだけだったけど、他の見方をするとまた違ってくる。
――教えてもらった剣。
親父が見ても恥ずかしくないように、俺も頑張らないと。
まだまだ、親父には届きそうもないんだけどな。
「起きてたの?」
俺がそんなことを考えていると、ミラに声をかけられた。
「ああ、ちょっと寝付けなくてな。起こしてしまったか?」
「私は今から寝るところだったんだけど、外を見てみたらクレイグがいたから。何してたの?」
「ちょっと考え事をな。
クオルであったこととか……」
「そうだったんだ。クオルはどうだった?」
興味津々といった顔で、こちらを覗き込んでくる。
……ちょっと近い気がする。
俺は目を逸らしながら答える。
「すごくいいところだったよ。
街は活気があるし、ミラの家の人もいい人ばかりだった」
「そう言ってもらえると嬉しくなるなー」
ミラは、にへらと笑っている。
その顔は貴族としての顔ではなく、一人の女の子の顔だった。
「そういえば……俺さ、一つ決めたことがあるんだ」
「……聞いてもいい?」
その声は、いつもの元気のいい声ではなく、優しい声だった。
「まだまだ追いつけないと思うけど、いつか親父みたいな人間になりたいと思う」
「そう……。期待してるよ、リーダー!」
いつものミラに戻ったようだ。
その言葉を聞き、胸の奥が温かくなる。
さっきまでの少し冷たかった風が、心地よく感じられた。
そしてミラは、拳を突き出してくる。
俺は、その拳に俺の拳を合わせた。




