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32 そらのすきま

 朝食を終えた後、俺は部屋に戻っていた。


 ミラは引き継ぎがあるからと、ポールさんに引きずられながら騎士団本部へと連れていかれた。

 俺を連れて街の案内をしたかったようだが、こればっかりは仕方ないだろう。

 引継ぎは3日ほどかかるらしい。

 その間、俺は手持ち無沙汰になってしまう。


 ……とりあえずバリオスの様子も気になるし、厩舎の方へ向かうか。





 街を歩き、騎士団へと向かう。

 朝の街はもう賑わっていた。

 道の端を歩く鎧姿の騎士たち。

 冒険者であろう人は剣を担ぎ、商人らしき人は店に物を搬入している。

 商店の店先にも人が出ていて、威勢のいい声が聞こえる。


 バリオスにニンジンでも買っていくか。

 俺は八百屋へと向かった。

 




 ニンジンを買った後、適当に他の店を見て回る。


 武器屋、道具屋、薬屋、食料品店……。

 いろいろ見ていると、必要な物が思ったより多く感じる。

 特に食料品とテントとか。

 これから夜営することもあるだろうし、いろいろ買っていかないとな。

 俺は寝袋でも大丈夫だけど、ミラは女性だしそうもいかないだろう。

 荷物も増えていくなー。

 基本は歩きで旅をする予定だったけど、どうするか……。

 バリオスは荷物持ちを引き受けてくれたりするだろうか?


 資金面は――まあグノットで稼がせてもらったし、大丈夫そうだな。

 ペルナ村でミラを護衛した時の報酬も入るだろうし、しばらくは安泰だな。


 そんなことを考えながら商業区を抜け、騎士団本部へと向かった。





 門兵の方に話をして、門を抜ける。

 冒険者タグを見せると、すんなりと通してくれた。

 このタグ、すごいんだな。



 一際でかい建物に向かい、入口の兵の方に事情を説明し、通してもらう。

 いつ見てもすごい建物だな……。

 俺は見上げながらそう思う。

 

 俺は厩舎の方へと歩みを進めた。





 厩舎に着くと、そこにはポールさんがいた。

 なにやらバリオスと話をしているみたいだ。

 ポールさんの方から近づいてきて、声をかけられる。

 俺も頭を下げて返した。


「クレイグ君はバリオス君の様子を見に来たのかな?」


「ええ、そうです。少し気になって」


 そう言うと、ポールさんは微笑んでいた。


「ポールさんはなぜここに?」


 俺が話しかけると、ポールさんはバリオスの方を見て言う。


「……まあ、霊獣という存在に興味があってな。

 魔獣とは違った存在だし、何よりも話せるというのがな」


 ポールさんはそう言う。

 ……なんか、取り繕った感じがしたのは気のせいだろうか?

 そのとき、ポールさんはわずかに視線を逸らした。


「そうだ、バリオス君を我が家に移してはどうだろうか?」


「いいんですか?」


 俺はそう返す。


「ああ、もちろんだ。バリオス君も立派な我が家の客人だよ」


 ポールさんは、さも当たり前かのようにそう言った。


「そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきます」


 ポールさんは笑顔で、ウンウンとうなずいていた。

 バリオスも顔だけ出して、こちらを見ていた。

 そのあと少し段取りの話をして、バリオスの案内はミラがしてくれることになった。

 ポールさんからは「クレイグ君は街でゆっくりしてくるといい」と言われた。



「さて、私はもう行くよ」


 ポールさんはそう言い残し、厩舎を後にした。



「バリオス。おはよう」


『ああ、おはよう』


 俺は気になったので聞いてみた。


「ポールさんとどんな話をしてたんだ?」


『別に、いろいろ聞かれただけだ』


「そうか……」


 あまり詮索するのも良くないだろう。

 俺はそれ以上聞かなかった。


 ポールさんからはバリオスに関して何も言われなかったし、さっきからの様子を見る限り、ここでも大人しくしていたようだ。

 場所の移動の説明をすると、バリオスは特に文句も言わずに了承してくれた。


「そうだ、ニンジンを買ってきたんだ。食うか?」


『おお!気が利くじゃねーか』


 バリオスは嬉しそうにニンジンを食べていた。

 こんなに喜んでくれるなら、買ってきた甲斐があったってもんだ。


 しばらく雑談をした後、バリオスは床に寝そべって、リラックスしていた。

 この様子なら、今後も暴れたりする心配はないだろう。

 バリオスも、人間と生活できそうで何よりだ。


 俺も厩舎を後にした。



 本部の入り口の方まで戻ってくると、遠くに騎士たちと共に歩く金髪の女性の姿があった。

 一瞬だけ目が合った気がしたが、何事もなく凛と歩いている。

 朝、ポールさんに引きずられながら屋敷を後にしたとは思えない姿だった。

 俺も邪魔をしてはいけないと、気にせずに通り抜けることにした。

 ――が、ミラは誰にも気づかれないように、こちらへ小さく手を振っていた。

 さっきまでの凛とした横顔はそのままに、口元は笑っているようにも見えた。

 俺も小さく手を振り返した。





 街に戻ってきた俺は、あちこち店を冷やかしながら適当に時間を潰していた。

 時間は昼過ぎ。俺は昼飯を買ってベンチで休んでいた。


 すると一人の老人が、台車を引いてやってきた。

 何やら準備をしている。


 しばらくその様子を見ていると、今度は子連れの人たちがやってきた。

 老人が準備を終えると、辺りは、そこそこの数の親子連れがいた。


 紙芝居か……懐かしいな。

 孤児院の先生もたまにやってくれたっけ。


 俺は、懐かしい気分に浸りながら、聞くことにした。



――――――――――――――――――――


 そらのすきま


 むかしむかし、ひとびとは

 ちいさな どうぐ を つくっていました。

 それは べんりで、こころを あたためました。


 でも、ひとびとは おもいました。

「もっと あれば、もっと しあわせに なれるよね」と。


 そこで、どうぐは ふえつづけました。

 まちも、そらも、こころの なか までも、

 どうぐで いっぱいに なりました。


 だれも きづかない うちに、

 つみあげた どうぐ と ねがいごと が、

 そらへ とどいて しまいました。


 ──そのときです。


 そらの どこかに、

 うすい すきま が ひとつ、

 ぱちん と あきました。


 すきまの むこうから、

 しらない いきもの が のぞいていました。

 なまえも、かたちも、

 だれも しらない いきもの でした。


 いきものは こえを もたず、

 ただ、「ちがう せかいの ことば」だけを

 ぽつり ぽつり と はなしました。


 ──その しゅんかん、

 そら が まっか に なりました。


 その ひかり は、

 やさしく、

 それでも とても かなしく、

 すべて を つつみました。


 ──そして、

 大地に えぐれた やま が のこりました。

 それは、そらの すきま が

 ひらいて いた ところ に

 よく にた かたち でした。


 とおい とおい ひ の こと を、

 いまでは ほとんど だれも

 おぼえて いません。


 けれど、せかい の あちこち に、

 その かたち だけ が、

 ちいさな うた の ように

 しずかに のこって います。


 いつか どこか の だれか が、

 その かたち の かけら を

 ぜんぶ あつめた とき、


 きっと そら は、

 もう いちど そっと ひらき、

 わすれられた うた を

 きかせて くれる でしょう。



――――――――――――――――――――



 話が終わると、子供たちは感想を言い合い、大人たちは拍手をしていた。

 俺も一緒になって拍手した。


 そらのすきまか……。

 絵本にもなっていて、世界中で読まれているおとぎ話だ。

 「悪いことをしたら雷が落ちる」と、よく言われたものだ。

 ……落ちたのは、孤児院の先生や親父の怒りの雷だったが。

 昔を思い出し、懐かしく温かい気持ちと、「もう誰もいないんだな」という寂しさが、一度に湧き上がる。


 それにしても赤い光か……。

 俺がリーフィア村で見た赤い光も、もしかしたら――


 んな訳ねーか。

 いけねーな。こんなことでいちいち感傷に浸っていては。

 俺は両手で軽く頬を叩く。

 少しはスッキリ出来た。


 飯も食い終わったし、もう少し街をフラフラしてからミラの家に戻ることにした。




 

 陽も傾き始め、街には昨日と同じように夜の顔がのぞき始めていた。

 そのとき、ふと甘い匂いが鼻をくすぐる。

 匂いのする方向へ目を向けると、そこにはケーキ屋があった。


 今朝のミラを思い出す。

 ……買っていくか。

 ガーランド家の皆にも世話になっているしな。

 使用人さんたち全員分は買えないだろうけど、つまめるくらいは買っておきたい。


「いらっしゃいませ」


 店員さんに声をかけられる。

 軽く会釈をしたあとに、並んでいるケーキを見る。

 横を見ると、クッキーも置いてあった。

 使用人さんたちにはクッキーにしておこう。何人いるかも分からないし。

 ミラの家族にはケーキにするか。

 こういうお土産は買ったことがないから、いろいろ目移りしてしまうな。


 俺がいろいろと迷っていると、店員さんに声をかけられる。


「何かお探しでしょうか?」


「ええ、友人の家に持っていきたいのですが、どんなものが良いかと迷ってまして……」


「ご友人は女の子かしら?」


「そうですね。あと、両親と弟さんの分です」


 店員さんは少し考えた後に、オススメを教えてくれた。

 俺はオススメされたものを4つ買い、クッキーもいくつか包んでもらった。


「私の娘家族の好きなものでごめんなさいね」


「いえいえ、ありがとうございます」


「あなたの分はいいのかしら?」


 そう言われて気づかされる。

 俺の分は全く考えていなかったな。


「甘いものは好き?」


「それほど得意な方ではないですね」


「それじゃあ……これをもう一つ入れておくわ」


 そう言って、ビターチョコレートのケーキを入れてくれた。


 会計を済ませ、ケーキ屋を後にする。

 みんな喜んでくれるだろうか。



 俺は、期待と不安を抱えながら帰路についた。

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