32 そらのすきま
朝食を終えた後、俺は部屋に戻っていた。
ミラは引き継ぎがあるからと、ポールさんに引きずられながら騎士団本部へと連れていかれた。
俺を連れて街の案内をしたかったようだが、こればっかりは仕方ないだろう。
引継ぎは3日ほどかかるらしい。
その間、俺は手持ち無沙汰になってしまう。
……とりあえずバリオスの様子も気になるし、厩舎の方へ向かうか。
◇
街を歩き、騎士団へと向かう。
朝の街はもう賑わっていた。
道の端を歩く鎧姿の騎士たち。
冒険者であろう人は剣を担ぎ、商人らしき人は店に物を搬入している。
商店の店先にも人が出ていて、威勢のいい声が聞こえる。
バリオスにニンジンでも買っていくか。
俺は八百屋へと向かった。
◇
ニンジンを買った後、適当に他の店を見て回る。
武器屋、道具屋、薬屋、食料品店……。
いろいろ見ていると、必要な物が思ったより多く感じる。
特に食料品とテントとか。
これから夜営することもあるだろうし、いろいろ買っていかないとな。
俺は寝袋でも大丈夫だけど、ミラは女性だしそうもいかないだろう。
荷物も増えていくなー。
基本は歩きで旅をする予定だったけど、どうするか……。
バリオスは荷物持ちを引き受けてくれたりするだろうか?
資金面は――まあグノットで稼がせてもらったし、大丈夫そうだな。
ペルナ村でミラを護衛した時の報酬も入るだろうし、しばらくは安泰だな。
そんなことを考えながら商業区を抜け、騎士団本部へと向かった。
◇
門兵の方に話をして、門を抜ける。
冒険者タグを見せると、すんなりと通してくれた。
このタグ、すごいんだな。
一際でかい建物に向かい、入口の兵の方に事情を説明し、通してもらう。
いつ見てもすごい建物だな……。
俺は見上げながらそう思う。
俺は厩舎の方へと歩みを進めた。
◇
厩舎に着くと、そこにはポールさんがいた。
なにやらバリオスと話をしているみたいだ。
ポールさんの方から近づいてきて、声をかけられる。
俺も頭を下げて返した。
「クレイグ君はバリオス君の様子を見に来たのかな?」
「ええ、そうです。少し気になって」
そう言うと、ポールさんは微笑んでいた。
「ポールさんはなぜここに?」
俺が話しかけると、ポールさんはバリオスの方を見て言う。
「……まあ、霊獣という存在に興味があってな。
魔獣とは違った存在だし、何よりも話せるというのがな」
ポールさんはそう言う。
……なんか、取り繕った感じがしたのは気のせいだろうか?
そのとき、ポールさんはわずかに視線を逸らした。
「そうだ、バリオス君を我が家に移してはどうだろうか?」
「いいんですか?」
俺はそう返す。
「ああ、もちろんだ。バリオス君も立派な我が家の客人だよ」
ポールさんは、さも当たり前かのようにそう言った。
「そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきます」
ポールさんは笑顔で、ウンウンとうなずいていた。
バリオスも顔だけ出して、こちらを見ていた。
そのあと少し段取りの話をして、バリオスの案内はミラがしてくれることになった。
ポールさんからは「クレイグ君は街でゆっくりしてくるといい」と言われた。
「さて、私はもう行くよ」
ポールさんはそう言い残し、厩舎を後にした。
「バリオス。おはよう」
『ああ、おはよう』
俺は気になったので聞いてみた。
「ポールさんとどんな話をしてたんだ?」
『別に、いろいろ聞かれただけだ』
「そうか……」
あまり詮索するのも良くないだろう。
俺はそれ以上聞かなかった。
ポールさんからはバリオスに関して何も言われなかったし、さっきからの様子を見る限り、ここでも大人しくしていたようだ。
場所の移動の説明をすると、バリオスは特に文句も言わずに了承してくれた。
「そうだ、ニンジンを買ってきたんだ。食うか?」
『おお!気が利くじゃねーか』
バリオスは嬉しそうにニンジンを食べていた。
こんなに喜んでくれるなら、買ってきた甲斐があったってもんだ。
しばらく雑談をした後、バリオスは床に寝そべって、リラックスしていた。
この様子なら、今後も暴れたりする心配はないだろう。
バリオスも、人間と生活できそうで何よりだ。
俺も厩舎を後にした。
本部の入り口の方まで戻ってくると、遠くに騎士たちと共に歩く金髪の女性の姿があった。
一瞬だけ目が合った気がしたが、何事もなく凛と歩いている。
朝、ポールさんに引きずられながら屋敷を後にしたとは思えない姿だった。
俺も邪魔をしてはいけないと、気にせずに通り抜けることにした。
――が、ミラは誰にも気づかれないように、こちらへ小さく手を振っていた。
さっきまでの凛とした横顔はそのままに、口元は笑っているようにも見えた。
俺も小さく手を振り返した。
◇
街に戻ってきた俺は、あちこち店を冷やかしながら適当に時間を潰していた。
時間は昼過ぎ。俺は昼飯を買ってベンチで休んでいた。
すると一人の老人が、台車を引いてやってきた。
何やら準備をしている。
しばらくその様子を見ていると、今度は子連れの人たちがやってきた。
老人が準備を終えると、辺りは、そこそこの数の親子連れがいた。
紙芝居か……懐かしいな。
孤児院の先生もたまにやってくれたっけ。
俺は、懐かしい気分に浸りながら、聞くことにした。
――――――――――――――――――――
そらのすきま
むかしむかし、ひとびとは
ちいさな どうぐ を つくっていました。
それは べんりで、こころを あたためました。
でも、ひとびとは おもいました。
「もっと あれば、もっと しあわせに なれるよね」と。
そこで、どうぐは ふえつづけました。
まちも、そらも、こころの なか までも、
どうぐで いっぱいに なりました。
だれも きづかない うちに、
つみあげた どうぐ と ねがいごと が、
そらへ とどいて しまいました。
──そのときです。
そらの どこかに、
うすい すきま が ひとつ、
ぱちん と あきました。
すきまの むこうから、
しらない いきもの が のぞいていました。
なまえも、かたちも、
だれも しらない いきもの でした。
いきものは こえを もたず、
ただ、「ちがう せかいの ことば」だけを
ぽつり ぽつり と はなしました。
──その しゅんかん、
そら が まっか に なりました。
その ひかり は、
やさしく、
それでも とても かなしく、
すべて を つつみました。
──そして、
大地に えぐれた やま が のこりました。
それは、そらの すきま が
ひらいて いた ところ に
よく にた かたち でした。
とおい とおい ひ の こと を、
いまでは ほとんど だれも
おぼえて いません。
けれど、せかい の あちこち に、
その かたち だけ が、
ちいさな うた の ように
しずかに のこって います。
いつか どこか の だれか が、
その かたち の かけら を
ぜんぶ あつめた とき、
きっと そら は、
もう いちど そっと ひらき、
わすれられた うた を
きかせて くれる でしょう。
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話が終わると、子供たちは感想を言い合い、大人たちは拍手をしていた。
俺も一緒になって拍手した。
そらのすきまか……。
絵本にもなっていて、世界中で読まれているおとぎ話だ。
「悪いことをしたら雷が落ちる」と、よく言われたものだ。
……落ちたのは、孤児院の先生や親父の怒りの雷だったが。
昔を思い出し、懐かしく温かい気持ちと、「もう誰もいないんだな」という寂しさが、一度に湧き上がる。
それにしても赤い光か……。
俺がリーフィア村で見た赤い光も、もしかしたら――
んな訳ねーか。
いけねーな。こんなことでいちいち感傷に浸っていては。
俺は両手で軽く頬を叩く。
少しはスッキリ出来た。
飯も食い終わったし、もう少し街をフラフラしてからミラの家に戻ることにした。
◇
陽も傾き始め、街には昨日と同じように夜の顔がのぞき始めていた。
そのとき、ふと甘い匂いが鼻をくすぐる。
匂いのする方向へ目を向けると、そこにはケーキ屋があった。
今朝のミラを思い出す。
……買っていくか。
ガーランド家の皆にも世話になっているしな。
使用人さんたち全員分は買えないだろうけど、つまめるくらいは買っておきたい。
「いらっしゃいませ」
店員さんに声をかけられる。
軽く会釈をしたあとに、並んでいるケーキを見る。
横を見ると、クッキーも置いてあった。
使用人さんたちにはクッキーにしておこう。何人いるかも分からないし。
ミラの家族にはケーキにするか。
こういうお土産は買ったことがないから、いろいろ目移りしてしまうな。
俺がいろいろと迷っていると、店員さんに声をかけられる。
「何かお探しでしょうか?」
「ええ、友人の家に持っていきたいのですが、どんなものが良いかと迷ってまして……」
「ご友人は女の子かしら?」
「そうですね。あと、両親と弟さんの分です」
店員さんは少し考えた後に、オススメを教えてくれた。
俺はオススメされたものを4つ買い、クッキーもいくつか包んでもらった。
「私の娘家族の好きなものでごめんなさいね」
「いえいえ、ありがとうございます」
「あなたの分はいいのかしら?」
そう言われて気づかされる。
俺の分は全く考えていなかったな。
「甘いものは好き?」
「それほど得意な方ではないですね」
「それじゃあ……これをもう一つ入れておくわ」
そう言って、ビターチョコレートのケーキを入れてくれた。
会計を済ませ、ケーキ屋を後にする。
みんな喜んでくれるだろうか。
俺は、期待と不安を抱えながら帰路についた。




