31 全身全霊の業《わざ》
「おーい、クレイグ。起きろー」
親父の声で目を覚ます。
どれだけ疲れていても、大体はこの声で起こされる。
ベッドから抜け出して、親父の元へと向かう。
「おはよ~」
「やっと起きたか。今日は山に入るんだ、さっさと飯食えよ」
「あ~い」
◇
着替えて外に出る。
朝日がまぶしい。
俺は親父に連れられて歩く。
久しぶりに入る山。
歩き慣れてはいない。
時々小走りになりながら、なんとか親父に合わせて歩く。
親父の背中は大きく、背中には大剣を背負っている。
親父の身長くらいある大剣。
黒色に鈍く光り、ところどころに小さい傷がある。
持たせてもらったこともあるが、俺には重すぎて持ち上げることすらできなかった。
◇
しばらく歩くと、滝のある小川に出た。
俺たちはそこで昼休憩することにした。
「なあ、親父。親父って必殺技みたいなものってないの?」
「なんだよ、そんないきなり。また絵本でも読んでたのか?」
親父は、呆れたような顔をしながら言った。
「だってカッコいいじゃん。ファイアソード!とかさ!」
俺は、その辺にあった木の枝を手に取り、振り回しながら言う。
俺の様子を見た親父は笑いながら言った。
「そりゃあお前、子供同士ならそれでいいだろうさ。
でもな、実際に戦ってる時にそんなことを言ってたら、相手に行動がまるわかりだろ」
俺は少しムッとして、親父に言う。
「そんなことない!いくぞ、ファイアソード!」
俺は親父に向かって走り出し、木の棒を振り上げる。
親父もそれを受け入れるように構える。
俺は途中で振り下ろすのをやめ、親父の脛に蹴りを入れる。
「痛っ!」
親父は脛をさすっていた。
「ほらな!ちゃんと効くだろ!」
そんな風に得意げになっていると、親父は俺に覆いかぶさってくる。
「こいつ、やりやがったな!」
俺はあっけなく捕まり、頭をグリグリされる。
「やめろってー!」
抵抗したが、俺の力じゃどうにもならない。
俺はされるがままだった。
親父はずっと笑っていた。
◇
じゃれ合ったあと、昼飯を食べて、ゆったりとした時間が流れる。
俺は魚がいないかを見に、川の方へ寄っていた。
すると、親父から声をかけられる。
「クレイグ、さっき必殺技を見たいと言っていたな」
その言葉を聞き、振り返る。
「え!必殺技あるの!?」
俺は期待に胸を膨らませながら、親父の元へと走る。
「おいおい、そんなに目をキラキラさせるな」
親父は少し照れたように顔をそむける。
「はやくはやく!見せて!」
せがんでいると、親父が少し困ったような顔をしながら口を開く。
「焦るなって。今見せてやるから」
そう言いながら、横に置いてあった大剣を手に取り、大岩が二つ並んでいる場所へ歩き出す。
俺はワクワクしながら、後ろについていく。
「危ないから少し下がってろ」
「わかった」と返事をして、俺は離れる。
「最初は普通にいくぞ」
俺は息を呑んだ。
親父は大剣を振りかぶり、力いっぱい大岩に叩きつけた。
すると――大岩は破壊音と共に砕け散った。
俺のすぐ近くにまで、岩のかけらが飛んでくる。
その光景を見て、大いに喜んだ。
「すっげー!」
俺は親父に近寄る。
「そうだろそうだろ!」
親父も満足げな表情で笑っていた。
「でもな、これはまだ本気じゃない。また離れていろ」
その言葉を聞き、俺は再度離れる。
これ以上にすごいのがあるなんて。
俺は期待に胸を膨らませる。
親父は深呼吸をして、息を整える。
親父の周りの空気が、張りつめたような気がした。
「――いくぞ」
親父は大剣を振り下ろす。
――キンッ
という音がして、大岩は真っ二つになり、轟音と共に左右に倒れた。
さっきみたいに破片は飛ばない。
ただ、岩が線で割れたみたいに見えた。
「どうだ、すごいだろう!」
親父は、すごいドヤ顔で俺にそう言ってくる。
「さっきの方がすごかったよ」
俺はそう答えていた。
俺の言葉を聞き、親父が駆け寄る。
「このすごさが分からないなんて、こいつ」
そんなことを言いながら、また頭をグリグリされた。
「だって、さっきの方がすごく見えたから!」
しばらくじゃれ合いを楽しんだ。
◇
親父の斬った岩に近づく。
その切り口は――鏡みたいに俺の顔を映していた。
断面を触ると、ツルツルしていた。
「どうだ、すごさが分かったか!」
親父は胸を張り、褒めろと言わんばかりだった。
「あー、すごーい」
「おい、なんか……やけに棒読みだな」
やべ、これ、また頭をグリグリされるやつだ。
俺は話を変える。
「これって名前とかあるの?」
「名前?あるわけないだろ」
名前ないのか……。
「どうやるの?」
親父は、待ってましたと言わんばかりに鼻息を荒くする。
「まずは精神を統一してだな――」
親父は目を輝かせながら説明し始める。
俺は話半分で聞いていた。
話し終わると満足そうな表情を浮かべていた。
「難しくてよくわかんない」
俺がそう言うと、親父は困った顔をして言う。
「ん-。簡単に言うと、全身全霊で斬るって感じだな」
「ぜんしんぜんれいって何?」
「そこからかよ!」
◇
――子供の頃の夢か……。
俺は目を覚ます。
さっきまで親父の笑い声が、すぐそばで聞こえていた気がする。
外からは小鳥のさえずりが聞こえる。
今なら親父のすごさが分かる。
俺も何度か試してみたが、粉々にすることは出来ても、あんなに綺麗な断面にすることは1回も出来なかった。
……全身全霊か。
心の中でそう呟きながら起き上がり、外を見る。
まだ早い時間だな。
鍛錬でもするか。
◇
着替えを済ませ、今日は大剣を担ぐ。
部屋を出たはいいが、どこに行こうか。
街に出て、良さそうなところを探したほうが良いか?
そんなことを考えていると、昨日の執事さんと鉢合わせる。
「おはようございます、クレイグ様」
丁寧にお辞儀までしてくる。
「あ、おはようございます」
俺も同じようにお辞儀をした。
執事さんは優しく俺に問いかけてくる。
「どこかにお出かけですか?」
「ええ、鍛錬をしたいもので」
「左様ですか。場所にはお心当たりはございますか?」
場所、困ってたんだよな。
今日は剣も担いでいるし、そんなに派手に動き回らない方がいいだろう。
「いえ、まだ決まってはいないです」
「そうでしたか。
それでは、ついて来て下さい」
「え、あ、はい……」
俺は執事さんについていくことにした。
◇
執事さんに連れられて来たのは、屋敷の裏側だった。
そこには綺麗に整えられた芝が一面に敷かれた、かなり広い牧場のような土地だった。
朝のさわやかな風が吹く。
陽も昇り始め、辺りはすっかり明るくなっていた。
「ここでしたら、大丈夫ですよ。
旦那様や奥様も、たまに利用されています」
「そんなところを僕が使っても大丈夫でしょうか?」
俺はそう聞く。
「ええ、大丈夫ですとも。
お客様もご利用になる場所ですから。
旦那様には私の方から伝えておきますので、どうぞご利用下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
「朝食時には、お呼びいたしますね」
執事さんはにっこりと笑って去っていった。
いやー……至れり尽くせりだな。
旅に出てからこんなことが多いような気がする。
グノットの商工会の宿舎を借りたりとか。
ま、考えても仕方ないか。
さっさと始めよう。
◇
いつものように走った後、筋トレをする。
今日はその後に大剣を握る。
いつ握っても手に馴染むグリップと、丁度良い重さ。
剣を持った瞬間、足が少し沈み込む。
俺はルークに感謝しつつ、剣を振る。
フォン、フォンという小気味いい音が鳴る。
しばらくの間剣を振っていた。
……一度やってみるか。
俺は息を整え、全身全霊を意識して剣を振り下ろす。
――フォン
……なんか違うな。
俺と親父、どう違うんだろうな。
俺もいつか出来るようになりたいものだ。
「おはよう、クレイグ君」
剣を振っていると、声をかけられる。
振り返ると、そこにはポールさんが立っていた。
俺は剣を振るのをやめ、挨拶をする。
ポールさんは執事さんから話を聞いていたようだった。
少し談笑をする。
「いやあ、それにしてもクレイグ君は、ケヴィンによく似ているよ。
特に、剣を振っている姿がな」
そう言われて、胸の奥が温かくなる。
まだまだ親父には追い付けないけど、そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。
昨日の話だと、親父は英雄みたいだったしな。
……いつか追い越せる日も来るのだろうか。
そんな風に思っていると、ポールさんは続けて言う。
「ミラにも見習ってもらいたいよ。
あの子は朝が弱いからな。クレイグ君みたいに早起きしてもらわないと」
そう言って二人で笑い合う。
「さあ、朝食の時間だ。一緒に行こうか」
俺はポールさんについて行った。




