30 秘密の共有
俺は執事さんに連れられて、客間らしき場所に案内された。
部屋までの道のりは、シンプルだったし、迷うことはないだろう。
「こちらでございます」
部屋に入り、見渡す。
厚手の絨毯、磨き上げられた木の家具、大人が二人は寝られそうなベッド。
天井には、淡い色をしたクリアストーンが埋め込まれている。
透明な石に魔力を流すだけで光を生む、便利な代物だ。
スイッチで付けたり消したりできて操作も簡単だ。
今は照明として使われているが、いろんな使い方があるらしい。
こういう贅沢な使い方をしているのは、さすが公爵家ってところか。
うん、やっぱりとんでもないな!
「御用がございましたら、ベッドの横にあるベルでお呼びくださいませ」
そう言われて見てみると、確かにベルが置いてある。
「わかりました。ありがとうございます」
「では、ごゆっくりお寛ぎください」
執事の方は、そう言い、部屋を後にした。
荷物を置き、ベッドに倒れ込む。
「疲れたー!」
声に出すつもりはなかったが、自然と声になってしまっていた。
こんなに疲れるのは、親父との鍛錬以来かもしれない。
久しぶりの感覚と余韻が体を覆う。
「はっ!?」
俺はベッドから飛び起きた。
俺、汗臭くないか!?
手合わせなんかもしたし、汗をかいているはずだ。
俺は部屋を見渡す。
入ってきたドアとは別に、二つのドアを見つけた。
……こっちはトイレか。とすると、もうひとつが。
やはり、シャワールームだった。
さすが公爵家だな。
戸棚にはタオルも入っていた。
俺は早速シャワーを浴びることにした。
◇
シャワールームを出ると、もうあたりはすっかり暗くなっていた。
俺は明かりのスイッチを探す。
淡い光がふわっと部屋を満たした。
手早く着替えると、心置きなくベッドにダイブする。
あーふかふかだ。
一日の疲れが抜けていくようだ。
瞼が重くなっていく感覚を覚える。
その時――
ぐぅ~~
腹の虫が鳴った。
そういえば、この後晩飯か。
今寝ると起きられる自信がない。
ゆっくりと体を起こす。
適当に時間を潰すか。
◇
ベッドに腰を下ろし、クオルの街の灯りを見ていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「クレイグいるー?」
ミラの声だった。
「いるよー」
ドアに寄り、開ける。
そこには――淡い水色のドレスをまとったミラの姿があった。
「夕飯が出来たから、呼びに来たよ!」
今までは騎士の格好や、作業着がほとんどだったから、この姿には驚いた。
目の前にいるのは、俺のよく知っているミラで――同時に、公爵家の娘なんだという現実も意識させられる。
俺が固まっていると、ミラが話しかけてくる。
「どう?似合う?」
ミラはその場でくるっと回ってみせる。
この前と同じ石鹸の香りが鼻をくすぐる。
「……ああ、似合ってるよ」
ミラは、ふにゃっと笑って「ありがと」と言ってきた。
こういうところはいつものミラだな。
「案内するわ。ついてきて」
この感じだと、エミリアさんの話もそんなにキツいものではなかったのかな?
俺は黙って後をついて行った。
◇
案内された部屋には、ポールさんとエミリアさん、そして、男の子が座っていた。
この男の子は……ミラの弟かな?いるって言ってたはずだし。
「よく来てくれたクレイグ君。
紹介するよ、私の息子だ」
ポールさんとエミリアさんは席を立ち、男の子を俺の前に連れてくる。
男の子は背筋を伸ばし、挨拶をしてくる。
「エドワード・ガーランドです。エディって呼んでください」
そう言い、頭を下げる。
いくら年下とはいえ、敬称なしはさすがにまずいよな。
俺もそれに倣い、
「クレイグです。よろしくお願いします、エディさん」
と返し、頭を下げた。
3人はテーブルへと戻っていった。
「私たちも座りましょ」
ミラに連れられ、俺も席に着いた。
◇
ミラの家で出された料理は、初めて食べるものもあった。
円柱状に固めた、よくわからない前菜が出てきたり、
皿に描いてある模様もソースだったりした。
オシャレすぎて、一瞬これが食べ物かどうか確認したくなった。
料理は全て美味しく、腹も満たされた。
身分の差がここでも感じられるとは……。
ていうか、俺のところに運ばれてくる料理だけ多くない?
ミラにそれとなく聞いてみると、グノットで食べた肉の盛り合わせの話を出された。
どうやら、あれで「クレイグはよく食べる」という印象がついてしまったらしい。
あれは、たまたま多かっただけなんだけどな……。
◇
食事も終わり、部屋でくつろいでいると、またもドアがノックされる。
「クレイグー、起きてる?」
またミラだった。
「はーい、起きてるよー」
返事をして、ドアを開ける。
ミラはドレス姿のままだった。
「ねえ、少し話さない?」
あのー……エミリアさんに色々言われたんじゃないのかな?
「大丈夫なのか?またエミリアさんに怒られるんじゃ?」
俺は疑問に思ったことを、そのまま口にしてみた。
俺まで怒られるのは勘弁だ……。さすがに恐すぎる。
「大丈夫!お母さまには許可を取ってきたから」
ミラは腕を組み、ドヤ顔で言った。
「それならいいか。どこで話す?」
「応接間なら使ってもいいって!」
ミラの自信満々の顔を見ていると、少し笑えてくる。
「何で笑ってるの?」
「いや、なんでもない」
そんなやり取りをして、応接間へと向かった。
◇
応接間へ着くと、ミラは紅茶を用意してくれた。
紅茶はなじみがあまりないが、ありがたく頂くことにした。
ミラは俺の向かい側に座り、紅茶を一口飲む。
「私の家はどう?ちゃんと休めてる?」
ミラは俺のことを心配してくれていたようだった。
「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと休めてる。料理も美味しかったし、言うことがないくらいだ」
俺は思ったことを、素直にそう言った。
「それなら良かったー」
ミラは心底安心したように、胸をなでおろす。
俺の家にミラが来た時は、はしゃいでたからな。
こんなふうに、客がちゃんと休めてるかなんて考えもしなかった。
すると、ミラは表情が変わり、意を決したように口を開く。
「ごめんなさい、さっきは変なところを見せちゃって……」
エミリアさんに怒られたことだろうか?
「いや、全然気にしてないよ。ミラもそういうことがあるんだな、と思ってみてたから」
「えーでも……」
「俺だって、カッコ悪い所見せてしまったから、おあいこだよ」
俺は泣いてしまったことを思い出していた。
人前で泣くのはどうも慣れない。誰だってそうだと思う。
「そんなこと……ないよ」
ミラは俯きながらそう言った。
その言葉は嬉しかった。
こんなしみったれた空気は好きじゃない。
俺は話を変えることにした。
「そういえばミラが隠していたことって、公爵家だったってことだよな?」
ミラに問いかける。
「ええ、そうね。さっき話した通りよ」
その言葉を聞き、俺も覚悟を決める。
「前に、最初にミラに会った時に、何で信用してくれたのか、って聞いてきたことがあったろ?」
「そうね、それが気になっていたの」
ミラはまっすぐな目で俺を見る。
俺は一度深呼吸をしてから答える。
紅茶の香りで、幾分か心が落ち着いた。
「実は俺、人の悪意みたいなものが視えるんだ」
ミラは驚いた表情で固まっていた。
まあそうだろうな。
そんな人間、俺だって見たことがない。
親父もルークも……リーフィア村のみんなもそう言っていた。
そのおかげで、一部の人からは気味悪がられもした。
「そのおかげで、ミラのことも信用出来たんだ。ミラからは悪意が視えなかった」
果たして、ミラは受け入れてくれるだろうか……。
俺はミラの顔を見る。
すると、ミラが口を開く。
「すごい!どうやって見えてるの!?」
ミラは、前のめりになって目を輝かせていた。
その様子はまるで子供のようだった。
思いもよらぬ食いつき具合に、俺の方が戸惑ってしまう。
「ああ、えっとな、黒いモヤみたいなものが視えるんだ」
ミラはなおも目を輝かせる。
「それは、いつも視えているの?それとも、視たいときだけ?」
「視たいときだけ、視る感じだ」
「へーそうなんだ!」
ミラは納得したようにうなずいている。
「それで、この能力があるおかげで、魔術が使えないんじゃないかと思っているんだ。
憶測なんだけどな」
魔術が使えないというのは前に伝えていたが、また改めて伝える。
ミラはまた、うなずきながら考えている。
何か気になることでもあったのだろうか?
少し考えた後、口を開く。
「それって、聖珠教の回復魔術に似てるね」
「そうなのか?」
思いもよらないところに接点があったもんだ。
「ええ、聖珠教は精霊教と違って、回復魔術を授かる時には他の魔術が大きく制限されるの。
その分、効果は精霊教のよりも高いんだけどね」
そうだったのか。
精霊教の回復魔術士は普通に魔術も使っていたからな。
そういうものもあるのか……。
「だから、多分クレイグもそういう感じなんじゃないかな?」
「そうなのかな?生まれた時からだから分からないな」
そう言うと、ミラはまたもブツブツ言いながら考える。
少し考えた後に、口を開く。
「考えても分かんないや!」
そう言って、お手上げと言わんばかりにソファーにもたれかかる。
なんともミラらしいな。
俺は口角が緩むのが分かった。
そんなミラを見ていると、俺も考えるのが馬鹿らしくなる。
――打ち明けて良かったな。
その後、少し話をしてから別れた。
一応、視える能力のことは、秘密にしてもらうことにした。
今日は気持ちよく眠れそうだ。
――その夜、俺は夢を見た。




