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29 あ、これ、死んだわ

 いやあ、今日はなんていう日でしょうね。ほんと。

 貴族なのはさっき知ったけど、公爵家の嫡女(ちゃくじょ)って……それ、公爵令嬢ってことだよな?

 ってことは、ポールさんが公爵で、領主で、おまけに騎士団長で――。

 いやまあ、家の大きさとか、使用人さんの態度とか、今思えば気づけた……か?

 ……気づけよ俺。


 ……俺、とんでもない人と知り合いになってない?


 今日何回目か分からない混乱をしていると、ポールさんが口を開く。


「なんだミラ、まだ話をしていなかったのか」


「ええ、タイミングがあまりなくてね」


 俺が呆けている間に、話は進んでいたらしい。

 俺はなんとか口を開く。


「……一つ聞きたいんだけど、何で身分を隠していたんだ?」


 するとミラは、真剣な顔になる。


「そうね、そこを話そうと思っていたの」


 俺もそれに合わせ、背筋を正す。


「身分を隠していたのは、私を私のまま見てほしかったからなの」


 どういうことだ?

 疑問に思っていると、ミラは続けて話し出す。


「私が公爵家だと言っていたら、クレイグはどんな反応をしたと思う?」


「それは……多分普通に協力していたんじゃないか?」


 今と変わらない気がするが……。


「私が最初から『公爵令嬢です』なんて名乗っていたら、

 クレイグは、あの時みたいに気楽に話しかけてくれたかしら?」


 あれは確かに、公爵令嬢相手には無理だな……。


「――確かにそうかも」


 気付いたら、そのまま口にしていた。


「私の旅の目的は、自分の目で世界を見て回ることなの。

 それは、貴族としてではなく、『私』として見て、『私』として見られることに意味があると思っているの。

 現に、クレイグだって『私』として見てくれていたでしょう?」


「それは……そうだな」


 貴族だと分かっていたら、パーティーすら組んでいなかったと思う。


「ごめんね、騙すつもりはなかったんだけど……」


「いや、大丈夫だ。俺も貴重な体験をさせてもらってるし」


 俺がそう言うと、ミラは表情が明るくなる。


「ありがとね」


 俺も笑顔を返す。


「試験の内容っていうのが、身分を隠して、タスクボアの討伐をしてくるっていうものだったの」


「だからあの時、詳しくは言えないと言っていたのか」


 俺は思い出しながらそう答える。


「ええ、そうよ。ルークさんにバレそうになった時は焦ったけどね」


「そうだったな」


 互いに顔を見合わせていると、ポールさんの咳払いが聞こえた。


「そろそろ話を進めようか」


 少し低めの声に、部屋の空気がほんの少しだけ引き締まる。

 娘の話を聞く父親の視線から、圧みたいなものを感じる。

 ……大人しくしていよう。



 ミラは旅路を話し始めた。


「自分で宿をとったり、馬車の手配も大変だったわ。今までは皆がしてくれていたから。

 うっかり馬小屋のほうに並びかけたくらいよ」


 苦笑しながらも、どこか誇らしげだ。


 誰だって最初はそうだよな。

 俺も初めて一人でグノットに行った時は、狼狽(うろた)えたものだ。


「ペルナ村に着いた時も、クレイグと入れ違いになりそうになったしね!」


「そうだったな」


 最悪な初対面だったけど……。


「最初は男同士抱き合っていて、変な人だと思っていたけどね!」


「あれは、一種のスキンシップというか……じゃれ合いみたいなもんで……」


「あらあら……」


 エミリアさんからは、小さく笑いがこぼれたが、ポールさんは表情が変わらない。


「いや、アハハ……」


 乾いた笑いしか出ない。



 ミラの話は続く。


 ルークに疑われたこと。

 俺が引き受けたこと。

 山に入って、タスクボアを討伐し、ウォールベアも討伐したこと。

 ……石をタスクボアに当てられなかったことは伏せていた。


 ミラは嬉しそうに、時折子供のような笑顔で話していた。

 ポールさんとエミリアさんは、時々相槌をしながら聞いていた。

 俺はそれを見守っていた。


 今思えば波乱万丈な数日間だったと思う。



「村の人もみんないい人たちだったよ!夕飯の時にはみんなで料理して、みんなで食べたの」


 さっきまでの凛とした雰囲気や声色は、もうすっかりなくなっていた。


 村の皆を褒めてくれるのは素直に嬉しいな。


「それとね、クレイグの家に泊まったの!すっごくいい所だったよ!」


 ――空気が凍る。

 エミリアさんはにこやかだったが……いや、ポールさんもにこやかだ。

 しかし、この冷えた空気は確実にポールさんから出ている。

 背筋がゾワッとする。


 ポールさんはにこやかなまま、口を開く。


「……クレイグ君、どういう事かね?」


 今までにない圧が俺を襲う。

 剣を交えていた時以上だ。

 背中にじわりと汗がにじむ。

 慎重に答えないと……!


「それはですね……普段だと、村の客人は村長の家に泊まるのですが、所用で不在でした。

 それで、広いからという理由で、僕の家に泊まることになりました。な、ミラ?」


 俺は助け舟を求めてミラに投げかける。


「そうそう。でも、あんなに素敵なお家に泊まれて嬉しかったなー!」


 ミラは屈託のない笑顔でそう答える。


「そうか、そういう事だったのか。なるほどな」


 その言葉で、ポールさんの圧が弱まった気がした。

 ありがとうミラ。

 ナイスアシストだ!!


「お風呂も一緒に入ったもんねー!」


 ミラは悪気ゼロの笑顔のまま、俺に返してくる。



 あ、これ、死んだわ。



「いかーん!!嫁入り前の娘が一緒にお風呂など!!」


 屋敷中に響き渡りそうな声だった。顔はもう悪魔の形相。


「いえ、あの……」


 必死に弁解しようとするが、俺の言葉はもう届いていないようだった。

 ポールさんはテーブルをバン、と叩き、立ち上がる。


 すると、鈍い音と共にポールさんが視界から消える。

 ポールさんがいた場所にはエミリアさんの拳があった。

 吹き飛ばされたポールさんは、ピクピクしていた。


「あなたは少し冷静になりなさい」


 エミリアさんの冷たい声が場を支配していた。


「ミラも、説明が下手すぎ!」


 今度はミラに近づき、容赦なくゲンコツを落とした。

 ミラは涙目になり、頭をさすっていた。


「いつまでそこにいるの!さっさと座る!」


 今度はポールさんにそう投げかけていた。


 ……この家族の本当の権力者は、エミリアさんなんじゃないかと思う。



 ポールさんは、よろよろと立ち上がり、ソファーに座った。


「さあ、クレイグ君の話を聞きましょうか」


 エミリアさんは満面の笑みでそう言った。

 二人は従うようにうなずいた。

 もう、完全にエミリアさんの場になったな。


 ちょっと気まずいが、話さないと解決しないか。


「えっとですね、僕は遠慮したのですが、お礼だからと言って――」


 できるだけ冷静に、順を追って説明する。

 エミリアさんは溜息を吐き、項垂(うなだ)れていた。


「そんな事だろうと思ったわ……」


 ミラとポールさんは背筋をピンとしている。

 少し面白……いや、不憫にも思ったが、俺はかける言葉を持たない。


 エミリアさんは、「分かりました」とだけ言い、呼び鈴を鳴らす。

 すると、ノックと共に、執事の方が入ってきた。


「クレイグさんを、お部屋へ案内してあげて」


「かしこまりました」


 俺は荷物を持ち、部屋を出る準備をする。

 エミリアさんの声が聞こえる。


「あなた達には少し話があります。クレイグさんはゆっくり休んでね。

 夕食時には呼びに行きますから」


 エミリアさんは笑顔だった。

 俺の顔を見るミラは助けを求めているようだった。

 この状況はどうにもできない。

 俺は笑顔で返しておいた。


 ――ミラ。強く生きてくれ。



 俺は部屋を後にした。

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