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28 庶民、カーランド家へ上がる

 俺はしばらくそのままでいた。

 エミリアさんはタオルを持ってきてくれていた。

 俺はタオルを受け取り、目に押し付ける。


 しばらくの間そうしていると、だいぶ落ち着いてきた。

 落ち着きを取り戻し顔を上げると、もう日が傾いていた。

 オレンジの光が顔を照らす。

 その光は暖かかった。



「もう…いいの?」

 

 ミラが声をかけてくれる。

 

 俺は息を整えて応える。


「…ああ、大丈夫だ」


 ポールさんもエミリアさんも、気にかけてくれていたようだったが、俺は……恥ずかしさで誰とも目を合わせることは出来なかった。


 そんな俺を察したのか、ポールさんが口を開く。


「さあ、日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうか」


 俺はそこでハッとする。 

 ……そうか。宿も探さないとな。

 完全に頭から抜け落ちていた。


「クレイグ君も来なさい」


「えっ……?」


 俺は上ずった声を上げてしまった。

 ポールさんと目が合う。


「君は宿を取っていないだろう?うちに来なさい」


 あまりにも当たり前のように言われて、返す言葉に詰まる。


「そんな……今日会ったばかりなのに、そこまで甘えることは出来ません」


 ミラの両親と言っても、さすがに気が引ける。

 

「何を言っている。君も言っていただろう?自分は客だと」


 どうだったかな……?

 言ってたかもしれないけど……。


「ミラの仲間なら、ミラの友人でもあるということだ。それに……ケヴィンの息子でもあるしな。そんな客人を帰すなど、ガーランド家の沽券にかかわる」


 ポールさんの顔は真剣そのものだった。

 ここまで言われては、首を横に振る方がおかしい。

 俺はその話を受けることにした。


「……分かりました。お世話になります」


 俺は深々と頭を下げた。


 ポールさんの顔は穏やかで、優しかった。

 その表情に、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。





 俺とミラは先に騎士団本部を出た。

 ポールさんとエミリアさんは、まだ少しやることがあるみたいで、終わり次第帰宅するらしい。

 俺はミラの案内で歩き出す。



 居住区へと歩みを進め、門をくぐる。

 会話はほとんどなかった。

 ミラにも気を遣わせてしまったかな?

 ミラの方を見てみる。

 ――それでも、ミラの横顔は暗くはなかった。

 今はその距離感が心地よかった。



 昼間に通った町は、子供の声は少なくなり、店じまいをしている人が目立つ。

 飲食店からは活気のある声が聞こえ、一日の終わりを感じさせた。





 商業区を抜け、閑静な住宅街に入る。……予想はしていたけど、でかい家が多いな。

 当たり前のように門があり、門番がいる。

 馬車も止まっているな……。

 自分との生活の違いを感じさせる場所だ。


 辺りをキョロキョロ見回していると、ミラの小さな笑い声が聞こえる。


「ふふふ、どうしたの?」


「あ、いや……すごい家が多くてな」


 俺は思った事をそのまま口に出す。


「この辺は、街の重役の人たちが住んでいる地区だからねー」


「なるほどな……」


 さながら、高級住宅地と言ったところか。

 


 そこから少し歩くと、門番がミラに挨拶をしていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「ただいま帰りました」


 そんなやり取りをしていた。

 いつものミラ……というよりも、騎士であり、貴族といった雰囲気が出ている。

 やっぱり貴族なんだな、という実感が湧く。


 ということは、ここがミラの家なのか。

 家の方へと目線を向ける。


 ―――――でっっっっっっか!!!!!!?


 今まで大きいと思っていた家とは比べ物にならないほどのでかさだ。

 何部屋あるんだよ…。

 俺は足がすくんだ。

 え……俺、今日ここに泊まるの……?


 俺が呆気に取られていると、ミラが話しかけてくる。


「さ、行きましょ!」


 ミラはあっけらかんとそう言う。


「ああ……」


 なんとも変な声が出た。

 ゆっくりと門が開かれる。

 俺は重い足を持ち上げて歩きだした。


 門番の人に訝しむように見られたが、軽い会釈をしてから進む。


 家の方まで石畳が敷き詰められている。

 玄関らしき場所には、左右にスロープ状になった階段がある。

 右側には庭園らしきものもあって、なんていうんだろう……壁のない小屋みたいなやつまである。

 名前はわからないけど、なんかすごそう。

 左側には池があって……橋まで架かってるんですけど。

 

 場違いなところに来てしまった感が強い。

 俺みたいな庶民が来ていいような場所じゃないような……。


「どうしたの?」


 ミラに声をかけられる。


「あ、いや……さっきまで見ていた家と比べても、すごいなと思って」


「そうでしょ!」


 その声は、もういつものミラに戻っていた。


「私はこの家が好きなんだー。貴族としての自覚が持てるっていうか……責任っていうのかな。それを果たさなきゃって思うの」


「そうなのか」


 俺はそう返す。

 貴族としての責任……。

 ミラはいつも明るく振る舞っているけど、さっきの態度といい、背負ってるものはあるんだな……。



 歩いていると、玄関の扉が開かれる。

 数人の使用人らしき人が出てきて、迎えの態勢をとっている。

 ……。

 俺がガキの頃、親父が家の前で待っていてくれたことがあったが、それとは違うことだけは分かる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そう言って、使用人の人たちが頭を下げる。


「ええ、ただいま。いつもありがとう」


 ミラはそう言って小さくお礼をした。


「ご友人様も、ようこそお越しくださいました」


 続けて俺にも挨拶をしてくる。

 使用人の人たちも、そろって頭を下げる。


「はい……お邪魔します」


 俺はそれだけしか言えず、小さく頭を下げた。

 ……これで良かったのだろうか?

 

「後で呼ぶので、待機しててね」


「かしこまりました」


 ミラは使用人にそう言い、「こっちよ」と言って歩く。

 マジで住む世界が違う……。

 




 家の中は……そりゃあ外見に負けないくらいすごかった。

 赤い絨毯、シャンデリア、彫刻の入った柱、高そうな美術品。

 空気が違う。

 絵本の世界に迷い込んだ気分だ。


 ミラに案内された部屋もすごい。

 恐らくは応接間だろうが、騎士団にあったそれとはわけが違う……と思う。


「適当に座ってね」


 適当って……。

 騎士団のソファーでさえ気後れしていたのに。


 ミラを見ると、『なに?』とでも言いたげなように、ソファーに座って首を(かし)げていた。

 もう腹をくくるしかないか。

 俺は自分の荷物を下ろすのも慎重になった。

 そして、壊すことがないように、ソファーにそっと座る。


「そんなに気を遣わなくていいのに」


 ミラは俺の様子を見て、小さく笑っていた。


「そう言われてもな……。こういう場所に来るのは慣れていないし」


 ミラはまた笑っていた。





 少し話をしていると、扉をノックする音が聞こえ、ポールさんとエミリアさんが入ってくる。

 ミラは俺の横に移動し、二人は俺たちの向かいに座る。


「ようこそ、クレイグ君。我が家へ」


 ポールさんがそう言う。

 俺は「お邪魔しています」としか言えなかった。


「私には~?」


 ミラは冗談交じりに、不満げな声をあげる。


「おお、ミラもおかえり」


 ミラは満足したように、笑顔で「ただいま」と言っていた。


「夕飯まではまだ時間があるらしいから、そうだな……今度はミラの旅の話でも聞こうか。さっきは、試験の報告しか聞いていなかったからな」


 ミラは『聞いて!』と、言わんばかりに前のめりになる。


「そう!思ったより大変だったわ」


「そうだろう?身分を隠しての旅は」


 そうなんだよな。俺も大変だった。分かった後の対応が。

 俺は心の中で小さく笑う。


 ミラは何かに気付いたように、ハッとして、こちらに向き直る。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私、リーンデル王国ガーランド公爵家嫡女(ちゃくじょ)、ミラ・ガーランドと申します。どうぞ、よろしくお願いします!」


 ……。

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