27 クレイグとケヴィン
今度は俺の話す番だな。
と言っても、どこから話せばいいのか。
…聞いてみるか。
「どこから話せばいいですかね?」
俺がそう言うとポールさんが答える。
「そうだな……」
ポールさんは腕を組み、少しの間考える。
「それじゃあ―――」
「私、クレイグとケヴィンさんが出会った頃から知りたいな!」
ポールさんの言葉を遮るように、ミラが割り込んでくる。
いきなり横から声が飛んできてビクッとしてしまう。
「ミラ……?」
エミリアさんの低い声が部屋に響く。
エミリアさんは笑顔だった。
怖っ!
流石のミラもその圧に押されて背筋を伸ばしていた。
…ミラでもこんなになるのか。
絶対に怒らせたらダメな人だなこりゃ。
「まあいいじゃないか。私も気になっているところではある」
ポールさんがすかさずミラをフォローする。
「それじゃあクレイグ君、出会った頃から話してもらってもいいかな?」
「……分かりました」
正直あまり気が進まないけど、いずれは話さなくちゃいけない事だろうしな。
「……もしかして聞いてはいけない事だったかな?」
俺の表情を見たのか、ポールさんがそう尋ねてくる。
「いえ、大丈夫です」
俺は重くなった口を開き、話し始める。
「俺と親父が出会ったのは――【リーフィア村】でした」
言葉にした瞬間、胸の奥が冷える。
俺の言葉で部屋の空気が止まる。
紅茶とクッキーの香りだけが動いているような気がした。
エミリアさんは手で口を覆い、ポールさんは眉間にしわが寄っている。
話を続けようとすると、ポールさんが遮る。
「その話は……本当、かね?」
「……ええ、本当です」
この反応……予想はしていたが、思った以上の反応だった。
「そうか……。本当に聞いて大丈夫かね?」
「ええ、大丈夫です。この先話すこともあるでしょうから、今話しておきたい気持ちもあります」
ミラを見ると目が合う。
こぶしを握り、少し震えているようだった。
ミラは気まずそうにしていたが、俺は「大丈夫だ」と目線だけを送る。
俺は話を続ける。
「俺は元々リーフィア村の孤児でした。8才まではリーフィア村で過ごしていました」
3人は静かに聞いている。
「ドラー帝国から亡命してくる人たちが立ち寄る関係で、治安はあまり良くありませんでした。そんな時、村の用心棒として、親父が率いていた傭兵団【グレイワンズ】を雇いました」
親父さんの雰囲気が張り詰めたものに変わる。
「グレイワンズ…そうか、グレイワンズだったのか…」
ポールさんはゆっくりと、そして噛みしめるようにつぶやく。
その言葉を聞いてミラが口を開く。
「……グレイワンズって?」
今度はエミリアさんが口を開く。
「…グレイワンズはね、当時ドラー帝国に対抗していた唯一の傭兵団だった…と言われているわ。結成時期も不明、戦い方も不明。分かっているのは凄腕の少数精鋭部隊ってことだけ。彼らに助けてもらった人の話が主な情報源だったから、その情報も確かじゃなくてね…。敵を絶対に逃がさないと言われていたから、彼らを実際に見た人は少ないのよ。半ば伝説めいた集団だったわね」
……そんな扱いをされるほどの人達だったのか。
エミリアさんの話を聞きそう思う。
俺が幼いながらに見ていた印象と全然違うな。
ミラも隣で感心したようにうなずいていた。
「クレイグ君、話の続きを良いかな?」
ポールさんの声を聞き、俺は話始める。
「グレイワンズの人達は皆優しくて、すぐに村の皆とも馴染みました。当時クソガキ……だった俺にも良くしてくれていました。遊んでもらったり、狩りに連れていってもらったり、孤児院の掃除を手伝ってもらったり。特に親父には良くしてもらっていました」
ポールさんとエミリアさんがうなずきながら聞いている。
ミラも似たような感じで聞いているだろう。
喉が渇いてきたので、穀物茶を一口飲み、再び話す。
「親父たちが村に来てから治安もよくなり、村の皆も戦争中とは思えないほど穏やかに過ごしていました。しかし半年ほど経ったころ……その時間は壊されました」
俺はそこで、言葉が詰まってしまう。
俺の様子を見てポールさんが口を開く。
「――魔導砲、だね?」
俺の気持ちを汲んでくれたのか、ポールさんが助け舟を出してくれる。
「……ええ、そうです。俺も後から知った事だったのですが」
声を絞り出し答える。
俺は一度深呼吸をする。
さっきまで減っていたのに、もう誰もクッキーに手を伸ばさなくなっていた。
部屋に甘い匂いだけが取り残され、空気がわずかに沈んだ気がした。
お茶とお菓子の匂いが鼻をくすぐり、少しだけ息が整う。
――そして、再度話始める。
「俺はその時たまたま村の外にいました。そして、迎えに来てくれたのは親父でした。親父に連れられて歩き、村に近づいた時、――光が走りました」
3人共静かに聞いてくれている。
「空が一瞬白く光ったと思ったら、村を横断するように白い光が轟音と共に走り抜けました。何が起こったかもわからず、二人ともその場で立ち尽くしていたと思います。その直後、光が来た方角が、一瞬だけ赤く光って見えた気がしました。気づけば、親父が俺に覆いかぶさっていました。親父が力を緩めた後、リーフィア村は村の入り口付近をわずかに残して地面ごと消えていました」
ポールさんは険しい顔をしている。
エミリアさんもなんとも言えない、といった顔をしていた。
俺は話を続ける。
「村からかろうじて逃げ出してきた人に連れられ、俺は避難することになりました。親父は生きている人がいるかもしれないから探しに行く、といって別れました」
ポールさんはうなずく。
そして口を開く。
「そうだったのか。リーフィア村からの避難の報告は、私の耳にも入ってきていた。まさかそれがクレイグ君だったとは…」
ポールさんはまたも険しい表情になる。
そりゃそうだよな…。
「すまないね、続きをお願いしてもいいかな?」
俺は「はい」とだけ答えて話を続ける。
「親父と再会したのは、その日から1週間後くらいでした。いつもと変わらない様子で、『戦争に行くからちょっとだけ待ってろ。必ず迎えに来るから』と言って別れました。……恐らく、そこからポールさんの話に繋がります」
「そうだったのか…」
俺の話を聞き終えたポールさんは短く答える。
お茶をすすり、深く考えているようだった。
少ししたのち、表情が少し柔らかくなり、口を開く。
「辛い事だっただろう、話してくれてありがとう」
ポールさんの声色は穏やかなものだった。
「いえ、先ほども言いましたが、この事はいずれ話す時が来たでしょうから…今話せてよかったと思います」
ポールさんはまだぎこちない表情だったが、それでも笑顔を作ってくれた。
心の中はまだ少しざわついていたが、俺も笑顔で返しておいた。
「クレイグ君さえよければ、ケヴィンが迎えに来たところからも話してもらっていいかな?こちらも話したくないような事だったら無理にとは言わないが……」
「いえ、大丈夫です。むしろ…父を知っているからこそ聞いてもらいたいです」
ポールさんは「分かった」と、短く言いまっすぐな目で俺を見る。
俺も覚悟が出来たところで話始める。
「親父が俺を迎えに来たのは、半年後くらいでした」
ポールさんはうんうんと、うなずいている。
「俺は親父に手を引かれるがままに、ペルナ村へとたどり着きました」
そこまで言ってからミラを見る。
ミラと目が合う。
さっきとは違い、気まずそうな雰囲気を残しつつも、少し落ち着いているようだった。
俺はポールさんに向き直り、話を続ける。
「ペルナ村の皆は、俺たちを快く受け入れてくれました。そこからは親父と一緒に家を建て、剣術も教えてもらいました」
ポールさんは俺の話を真剣に聞いてくれている。
エミリアさんとミラは緊張がほぐれたのか、カップに手を伸ばしたり、クッキーをつまんだりしていた。
「村での生活は楽しくて、みんなで協力して水路を作ったり、狩人や木こりの仕事を手伝ったり…。親父もリーフィア村にいた時と同じように、週に4回ほどは村の大人たちと酒を飲みに出歩いていました」
ポールさんから笑みがこぼれる。
「…そうか。あいつらしいな」
その言葉を聞き、俺も胸の奥が温かくなる。
「そういうところは困った親父でしたが……俺に生きる術や、さっきも言ったような言葉遣い、剣術など、いろんなことを教えてくれました。いつかはそんな親父に恩返しをしたいと思っていました」
ポールさんもエミリアさんも表情が柔らかくなっている。
ミラもそっとカップを手に取っていた。
少しだけ息を整える。
「しかし、今からちょうど2年前くらいだったと思います。親父が突然倒れました」
ポールさんの表情が変わる。
エミリアさんや、ミラからも緊張が伝わってくる。
カチャン、と音がすると、ミラは今手に取ったカップを置いていた。
ポールさんが口を開く。
「……急に倒れるなど、ケヴィンに……何が?」
「親父は……マナ過多症でした」
俺は声を絞り出しそう答える。
「一体いつから!?」
ポールさんの声が荒くなり、バンッ!と、テーブルに手をつき、身を乗り出す。
その叫びは、悲鳴のようでもあった。
俺は一瞬体がビクッとなる。
隣にいたミラも同じようだった。
エミリアさんはポールさんをなだめるように手を差し出していた。
その表情は、怒りというよりも…ただ、苦しそうだった。
俺は言葉を続ける。
「……リーフィア村が消えた日からだそうです」
ポールさんは肩を落とし、ソファーに体を預けた。
「……そんな……あいつは、そんな体で戦場に出ていたというのか……」
ポールさんは拳を強く握り、震えていた。
ポールさんが驚くのも無理はない。
医者の話では、発症してからの余命は半年程だそうだ。
この反応はポールさんもマナ過多症の事は知っているだろう。
「そうみたいですね。俺も医者から聞くまでは全く気づけなかったので……」
俺も聞いた時は驚いた。
何年も普通に過ごしていたんだから……。
再び沈黙が訪れる。
俺が話さないと進まなそうだな…。
「それからしばらくはまだ大丈夫だったんですけど、1年ほど経つともうほぼ寝たきりになってしまって…」
「マナ過多症でそこまで……」
「ええ、医者も驚いていました」
ポールさんは、そうか、とうなずき、姿勢を正した。
「それで、半月ほど前に…亡くなりました」
ポールさんは目を閉じ、上を向く。
何か考えているようだが、俺には分からなかった。
少しの沈黙の後、ポールさんは口を開く。
「話してありがとう、クレイグ君。君にとってもつらい事だったろう」
ポールさんの顔は穏やかになっていた。
「いえ、親父の友人に最期を話せたので……これで親父も浮かばれるかと思います」
俺は出来るだけの笑顔を作ってそう言った。
「ふふ、ケヴィンもいい息子を持ったな」
ポールさんがそう返してくれる。
だが…
「いえ、僕なんか…恩も返せなかったので……」
俺がそう言うと、ポールさんが険しい顔をする。
「それは違うぞ、クレイグ君!」
さっきまでとは違う圧のある声でポールさんが言う。
俺は少したじろいでしまう。
「君は…自分を過小評価し過ぎだ。私は先ほど君と剣を交えた時、君の剣に確かにケヴィンを見た。それはケヴィンが君に残したものだ。話し方の件もそう」
俺はただ、聞いていることしかできなかった。
「もっと自信を持て。あいつもきっと喜んでいる」
その言葉を聞き、視界がぼやける。
口は震え、喉が締まる。
答えるべきだろうが言葉が出ない。
「君は立派にケヴィンの意思を継いでいるよ」
俺の中で何かが壊れた。
胸の中が熱くなり、涙は頬を伝い流れ落ちる。
俺は手で目を覆う。
声にならない声が口から出る。
押し殺そうとしても無理だった。
ミラであろう手が背中をさする。
その手は暖かかった。
俺はそのままでいることしかできなかった。




