18 喋る馬
俺は予想外の出来事に固まってしまっていた。
喋る魔物なんているのか?見たことも聞いたこともないぞ!?
ミラの方を見て見るが、俺と同じような反応だ。
俺たちが困惑していると目の前のそいつはお構いなく喋りだす。
『なんだよお前ら。そんなに目を丸くして』
喋る馬は俺たちの反応もなんのその。普通に喋っている。
「えっと、お前は何なんだ?」
困惑し過ぎてそんなことくらいしか言えない。
『何だ?って言われてもなぁ。見ての通りだ』
えぇ…見えての通りって…。
喋ることを除けばでかい馬だな。でも、それくらいしかわかんねーよ!
「じゃあ、馬の魔物って事か?」
『魔物なんかと一緒にするんじゃねーよ。俺はもっと崇高な存在だ!』
崇高ねぇ…見た目はともかく、話し方からは崇高さが伝わってこないが。
でも、魔物じゃないってことは何なんだ?
「じゃあ何なんだ?」
『ん-そうだな、お前らの言葉だったら霊獣ってやつかな?昔はそう呼ばれてたぞ』
霊獣って聞いたことないな。
ミラの方を見てみる。ミラは何か知っていそうな顔だな。
「ミラは何か知っているのか?」
「…ええ。昔の文献には霊獣って言葉は出てくるのを見たことがあるわ。でも、神話の時代の話だからほぼ御伽噺の世界ね」
神話の時代ってどれだけ前の話だよ。
「それで、その霊獣さんは何でこんなところにいたんだ?」
『おお、聞いてくれるか!実は一人だと暇すぎてなぁ!山から下りてきたんだ』
「山って…この近くの山か?」
『いや、あっちの方だ』
馬が鼻先で指している方向…クオルのある方向だ。
「ミラは何か知らないのか?」
「私の家は代々クオルを守護している家系なんだけど…霊獣の話は聞いたことがないわ」
『そりゃそうだろう。今までずっと山で過ごしてたからな。ここ何千年も人間には会ってない。それで暇になって下りてきたって訳だ』
何千年って、気の遠くなるような話だな。
でも、暇って…。コイツの時間の感覚は分からないけど、相当暇だったんだろう。
「そうだったのか。でも、最近は森で誰かに会ってたんじゃないのか?たくさん人が来ていただろう?」
あれだけ冒険者が来ていたんだ。一人くらいは会っているんじゃないのか?
『いや、会ってないな。お前たちが久しぶりに会った人間だ』
この辺には来ていなかったのか。森から出てくる魔物を倒していたって話もあったくらいだし、森の入り口辺りに魔物がいたって事だろうか。
「それで近くにいた俺たちに声をかけたって訳か」
『それもあるんだが…お前たちさっき何か食べてただろ?その匂いに釣られてきた』
匂いに釣られてきたって…なんか俗っぽいなこの霊獣。
「どうする?何かあげてみるか?」
俺はミラに向かって問う。
「ん-まあ、良いんじゃないかしら?見た目は厳ついけど、悪い感じはしないし」
「そうだな」
俺は一応視てみる事にした。
………視えない。
これならあげても大丈夫そうだな。
って言っても、余ってるのは野菜くらいだな。馬だからちょうど良かったのかな?
終いかけていた箱を持って馬の方へ行く。
箱を降ろし。蓋を開ける。中に入っているのは…野菜とリンゴだな。
『おお!それそれ!貰っていいのか?』
馬は目を輝かせている。
「ああ、いいぞ。何が欲しい?」
『そのオレンジのやつが欲しい!』
オレンジのって、ニンジンか。確かに馬の好物と言ったらニンジンだな。
俺はニンジンを手に取り、馬の口の方へ持っていく。
少し匂いを嗅いだ後、口に入れる。
『………美味い!!!!』
前足を上げて興奮している。
「おい、あぶねーって!」
体がでかいから暴れたら手つけらんねーっての!手綱もないし。
『ああ、すまんすまん。久しぶりに食ったから興奮しちまった』
久しぶりに食ったって…普段は何喰ってるんだ?
「いつもは何食べてんだ?」
『なにも食ってないぞ』
え?なにも食わないで大丈夫なのか?
「何も食べなくても平気なの?」
ミラも同じく思ったようだ。俺よりも先に聞いていた。
『ああ、大丈夫だぞ』
「へえ、不思議ね。霊獣だからなのかしら?」
『そうだぞ。俺はそういう存在なんだ』
話を聞く限りは本当に特別な存在のようだ。
御伽噺のような話だが、目の前にいるってことは信じるしかないだろう。
馬は全ての野菜を平らげ、満足そうにしていた。
普段は何も食べないって言ってた割には全部食うんだな。
「さてと、俺たちもそろそろ仕事に戻ろうか」
「ええ、そうね」
随分と時間を食ってしまったが、そろそろ採取に取り掛からないとな。
『お前らこの後何かするのか?』
馬が目をまん丸にして聞いてくる。
「俺たちはコレを集めているんだ」
俺は採取した薬草を取り出して言う。
『へえ、そんなのを集めてんのか。よし、俺も手伝ってやるよ。美味いもん食わせてもらったし』
手伝ってくれるのはありがたいんだが、大丈夫なのか?馬だぞ?
「あなたも手伝ってくれるのね。ありがとう!」
ミラは快く迎え入れていた。
順応性高いなー。
馬は薬草のにおいを嗅いだ後、「こっちだ」と言って歩き出す。
俺たちはそのまま付いていった。
◇
少し歩くと、本当に薬草が生えていた。
霊獣すげーな。匂いなんかまったく分からないぞ。
ミラも凄い凄い!と言って喜んでいる。
馬は自慢気な顔をしていた。
馬なのに表情豊かだな。読み取れるくらいには表情が変化している。
その後、しばらくの間馬の後をついて歩いていたが、行く先々で薬草を発見する。
馬の嗅覚って凄いんだな。
それにしても魔物が出ないな。いくら冒険者が倒したといっても少なすぎやしないか?
「なあミラ。ここってこんなに魔物の数が少ないのか?もう少しいるとは思ってたんだけど」
俺もミラも装備はちゃんとしてきている。
森の入り口の方は冒険者が倒していたから分かるんだけど、結構奥に入ってもいないのは不思議だった。
「そうね。私も少なからずいるとは思ってたんだけど…」
やはり、ミラも思っていたか。
そんな風に会話をしていると、馬も会話に入ってくる。
『そりゃあ俺がいるからな』
「どういう事だ?」
『俺が威嚇しているからな。この辺には魔物はいないぞ』
「へえ、凄いな」
馬はまたもや自慢げな顔になっている。
ミラは何か考えているようだったが、少しして口を開く。
「ねえクレイグ」
「ん?どうした?」
「もしかして…この森で魔物が大量発生したのって、この霊獣のせいなんじゃない?」
言われてみれば…そうかもしれない。聞いてみるか。
「なあ霊獣さん。この森に来たのは最近なのか?」
『ああ、そうだぞ』
「この森に来てからずっと威嚇してたのか?」
『ああ、そうだ。あいつら邪魔だからな』
これは当たりっぽいぞ。
ミラも何かを察したような顔をしている。
「俺から言うよ」
俺は馬に最近起こっていたことを説明した。
その能力を使っていたことによって、近くの町で魔物が大量発生していた事。
この森にいるとまた被害が出るかもしれない事。
それらを話すと、馬はしょんぼりしていた。
『ごめんな…。そんなことになっているとは思ってなかったんだよ…』
馬は十分反省しているようだった。
でも、別に迷惑かけたくてやってたわけじゃないし、そんなに謝る事でもないような気がする。
相手は霊獣だし、人間のためにそこまで思ってくれるのならそれで十分だ。
俺たちは馬を慰めていた。
『それじゃあ、あいつも今頃暴れてんのかな…』
「あいつって?」
まだ何かあるのだろうか?
『山を下りてくる途中に、面白半分で熊を追いかけてたんだよ』
熊?思い当たることがあるんだが…。
ミラの方を向くと、目が合う。恐らく同じことを考えていそうだ。
「それって、どんな熊だった?」
『灰色で、俺とそんなに大きさが変わらない熊だ。冬眠明けだったのか、俺の方に襲い掛かってきたからさ』
俺たちはまたも顔を見合わせる。
俺たちを襲ってきたウォールベアで間違いないだろう。
「あー…。それは俺たちが倒したから大丈夫だ。それは心配するな」
『本当か!?迷惑をかけたようで、すまなかった』
二人でまたも慰める。
それにしても霊獣ってのは人間に優しいんだな。
この馬だけが特別なのかもしれないが…。
◇
馬への慰めも終わり、薬草採取も馬のおかげで順調だった。
日をみると、そろそろ傾き始める時間に差し掛かる。
薬草もそれなりの数が貯まったし、そろそろ帰ろう。
「それじゃ、俺たちはそろそろ帰るよ」
『え!?お前ら帰ってしまうのか?』
そりゃ、ここに住んでいるわけじゃないからな…。こればっかりは仕方ないだろう。
「俺たちは町に帰らないといけないんだ。依頼を受けて薬草も取っていたし」
『そうなのか…明日は来るのか?』
明日はクオルに出発する日だ。ここにはもう来られない。
「明日は来ることが出来ないんだ。多分しばらくは来ることが出来ないと思う」
そう告げると、馬は落ち込んでしまった。
何千年もひとりぼっちだったんだ。
久しぶりに人間と話せて楽しかったんだろう。馬の言いたいことが見て取れる。
ミラも名残惜しそうにしている。もちろん俺もだ。
『引き留めて悪かったな。また会えるのを楽しみにしているよ』
次にいつ会えるかは分からないのに、馬からはそんな言葉が出てくる。
馬からしてみれば少ない時間かもしれないが…。
「なあ」
『どうした?』
「よければ…一緒に来ないか?」
俺は言葉を発していた。
言ってからミラの方を見る。…笑顔だった。
良かった。反対されたらどうしようかと思ってたんだ…。
『…一緒に行っていいのか?』
「ああ、色々制約はあるだろうけどな」
『制約って?』
「街中で暴れたりしないって事とか、他の人に迷惑をかけないとか。街中にいるときは普通の馬として過ごしてもらうことになるだろう」
「後は手綱や、鞍を付けたり…後は寝床かしら。私たちとは違うところで寝てもらうことになると思うわ」
ミラも説明してくれる。
そうか、そういう物も必要になってくるのか…。
『それくらいなら大丈夫だ』
物分かりが良くて助かるな。この調子なら大丈夫だろう。
それと……
「喋るのって…どうなるんだ?」
街中で普通に馬が喋っていたらみんな驚くだろうし…。
『ああ、これは聞かせたい人間にしか聞こえないようになっているぞ』
「へー、便利なんだな」
俺は普通に関心していた。霊獣ってのは本当に不思議な存在だ。
「それじゃ、これからよろしく頼むよ!」
「よろしくね!」
『俺の方こそよろしくな!』
新たに馬が仲間に加わった。
っていつまでも馬って呼ぶのは良くないな。名前とかあんのかな?
「そういえば名前とかあるのか?」
『ないな。昔はウマガミ様って呼ばれていたけど、呼ばれるならもっとカッコいい名前が良い!』
名前ないのか…。何かいい名前はないかな?
俺が頭をひねっていると、ミラが口を開く。
「バリオスなんてどうかしら?」
おお!なんか良さそうだな!
『おお、良いな!それで頼む』
「それじゃ、よろしくね!バリオス!」
『こちらこそよろしくな!えーっと…ミラとクレイグで良いのか?』
バリオスはミラと俺を見ながら言う。
「そうよ。私がミラで、あの人がクレイグよ」
「改めてよろしくな!」
『おう!よろしくな!』
馬改めバリオスが仲間に加わった。
人以外が仲間になるとは…。村を出るときは想像もしてなかったな。
バリオスもいいやつだし、これからの旅はもっと賑やかになりそうだ。




