心の闇 Side望月希望
昔から母は兄ばかり可愛がってた。
兄ばかり褒めて、私のことは全然褒めてくれなかった。
実際兄は優秀だった。
運動も出来るし、頭も良かった。
父は私のことを可愛がってくれた。
そんな父を私は好きだった。
でも、私が小学校高学年の頃、単身赴任で遠くに行ってしまった。
たまにしか帰ってこない父。
父がいないと家では孤独だった。
母の気を引こうと勉強を頑張った。
でも、テストでどんなに良い点を取っても褒めてもらえなかった。
作文で賞を取っても、絵でコンクールに入選しても、母の態度は素っ気なかった。
父に電話で話をすると凄く褒めてくれた。
きっと何時もの笑顔で褒めてくれてたと思う。
次に帰ってきた時には、大きな手のひらで優しく頭を撫でながら笑顔で褒めてくれた。
でも父はまたすぐに仕事で家を出ていく。
仕方ないのはわかっていても寂しかった。
だんだんと母に認められるのは諦めていった。
父がいない家では私は孤独だった。
母の影響か、兄も私の事に興味がないようだった。
でも、父が褒めてくれるから頑張った。
その甲斐あってか、高校は兄より良いところに入った。
母はそれも気に入らなかったらしい。
“妹が兄より良い所に入るなんて”
“もっとランクの低い所にしなさい”
受験前から何回も言われた。
でも、父が私の行きたいところなんだからと応援してくれた。
父が喜んでくれるから、応援してくれるからと、さらに勉強を頑張った。
高校1年の終わり頃、父の単身赴任が終わり家に戻ってきた。
嬉しい。
うちに居場所が出来た気がする。
兄が大学受検に失敗して引きこもりになった。
それを母は私のせいにする。
“お前のせいでお兄ちゃんのやる気が無くなったんだ”
と。
そんな母を父は叱ってくれた。
私の味方は父しかいない。
友達がいないわけではない。
仲の良い友人もいる。
が、うちの話はした事がない。
普通ではないと思ってたので、引かれるのが怖かった。
その後短大へと進学し、卒業後それなりの大手に就職出来た。
ホワイトな職場で、上司も先輩達も良い人ばかりだ。
もともと勉強ばかりしてたこともあり、仕事の覚えは良かった。
おかげで2年もすると、責任ある仕事も任させるようになった。
母は相変わらず私に興味ないし、兄は部屋に引きこもってるので気にならない。
父が家におかげで、家でも仕事でも居場所が出来た。
1番幸せな時だったと思う。
不幸は突然やってくる。
父が死んでしまったのだ。
飲酒運転の暴走車にはねられた。
酷い状態だったらしい。
亡くなった父と対面した時、見ないほうが良いと言われた。
最期だから一目でも良いから会いたかった。
ても、会わせてもらえなかった。
それから家に居場所は無くなった。
父が居ない家なんて居る意味がない。
存在しない父、でも思い出だけは確かにそこにある。
それが余計に辛かった。
出よう。
家から遠くに引っ越そう。
すぐにでも家を出たかった。
程なく会社の近くに安く借りれる部屋を見つけた。
2LDKと独りで住むには広すぎる部屋だ。
正直、広いと孤独感が強くなるから狭い部屋が良かった。
でも、それより何より、あの家を一刻も早く出て行きたかった。
しばらく住んで、ある程度落ち着いたらゆっくりと他の部屋を探すことしようと引っ越しをした。
母は何も言わなかった。
仕事してる時間は充実してた。
でも、帰ってきて独りで部屋にいると寂しさが押し寄せてくる。
寂しい、寂しい、寂しい・・・。
誰かに側に居て欲しい・・・。
私に優しくして欲しい・・・。
私を必要として欲しい・・・。
私の居場所が欲しい・・・。
お酒を呑む回数が増えた。
もともと強くは無かったので、呑んでも缶ビール1本だけだが。
だが独りで呑んでも寂しいだけだ。
それでも呑まないよりマシだった。
そんな生活を始めたある日、お酒が無くなってたので仕事帰りにスーパーに行き、適当な惣菜とビールを買った。
会計を済まし外に出ると、雨が降っていた。
かなりの雨だ。
傘なんて持っていない。
また気分が落ちてきた。
マンションまではそれほどの距離では無いが、着く頃にはずぶ濡れだろう。
泣きたくなる。
でも、何時までも立ってるわけにもいかずに歩きだす。
マンションに着いた時には、もう全身びしょ濡れだった。
早くお風呂に入って着替えたい。
そして呑んで嫌なことを忘れたい。
そんな事を繰り返し思いながら玄関ドアの前に着く。
バッグから鍵を取り出そうとするが見つからない。
何度探しても見つからない。
中身をひっくり返しても鍵はなかった。
どこかで落としたらしい。
玄関ドアにもたれかかり、膝を抱きしめて泣いた。
もう嫌だ。
買い物袋からビールを取り出し一気に飲み干す。
勢いでもう1本開け口をつける。
一口呑み、また泣いた。
今度は声を上げて泣いた。
どのくらいそうしてたのか、誰かが近付いてくる気配がする。
その人に声をかけられる。
普通だったら、良い大人が雨に濡れた状態でビール缶片手に膝を抱えながら泣いてたら引いてしまうだろう。
でも、その人は違った。
良かったら、うちの部屋でシャワーを浴びて温まってと優しく言われ、また泣いた。
知らない男の人(お隣さんだったらしい)の部屋に行くのは勇気が必要だったが、他にどうしようも無いのでお邪魔した。
シャワーを借りた。
新品だという、大きめのシャツを貸してくれた。
大きくてワンピースみたいだ。
スーツは洗えないからと、下着だけでも洗わせてもらった。
乾燥機能ついてるから終わるまで、ゆっくり入っててと言われた。
お風呂から出ると、除湿機の上に私のバッグと中身が乾かしてあった。
そう言えば、そのまま廊下に放置してた。
それをわざわざ拾って乾かしてくれてたのだ。
優しい。
晩御飯もご馳走になり、ベッドも貸してくれた。
自分はソファーで寝るから良かったらどうぞと言われた。
優しい。
鍵は明日の朝、管理会社に電話するということになった。
他にも酔った勢いで色々愚痴をこぼした気がする。
でも嫌な顔せずに聞いてくれた。
優しい。
父を思い出す。
決して格好良くはないけど、優しさが顔からにじみ出てる人。
この人なら私に優しくしてくれるだろうか?
私を必要としてくれるだろうか?
もしかしたら彼女がいるかも知れない。
でも、私は彼女になりたいわけではない。
友達で良い。
でも彼女からしてみれば、隣に住んでる女友達と言うだけで嫌だろう。
彼女がいないと良いな。
友達になってもらえると良いな。
私を肯定してくれると良いな。
私を必要としてくれると良いな。
どことなく父に似た匂いのする布団の中で、そんな事を思いながら眠りに着いた。




