オスのヒヨコ【怪奇現象のないホラー】
※屠殺に関連する話が出てきます。苦手な方は閲覧をお控ください。
※『死』に関連するお話が出てきます。物凄く怖い話ではありませんが、メンタルに自信のない方は閲覧をお控えください。
「ねえねえ、オスのヒヨコの話って知ってる?」
中学の部活の帰り道、あぜ道を歩く新が振り向きながらそう言う。最近怪談話をしながら帰るのが俺たちのブーム。方向の同じ四人で適当に話しながら帰るとあっという間に家についてしまうので、何なら部活よりも楽しい時間だ。
「オスのヒヨコ? メスは?」
「あ、俺知ってる。動画で見た」
「おい新、それ怪談じゃねーよ。スプラッタだ」
俺以外の二人も知っていたようだ。
「勲、動画で見たの? 俺勇気ねーわ」
「いや。実写じゃなくてアニメーションの解説動画な。新は見てないんだ?」
「うん。こえーもん。見れねー」
新はおちゃらけて目を覆うふりをする。
「新、どんな話なの?」
「知らないのは啓太だけか。あれだよあれ、卵を産まないオスは育てずに殺処分するとかいうやつ」
「え、あれって卵の段階で選別してるんじゃないの?」
「そういう技術もあるのかなー。でも、基本、シュレッダー」
「え?」
新の衝撃的な言葉に固まる。
「他にも方法はあるみたいだけど、俺が聞いたのはそれ。シュレッダー」
「容赦ないよな」
そのあと三人が口々に教えてくれた。卵を産まないので雄のヒヨコはベルトコンベアーに乗せられてシュレッダーされていくらしい。
「あの可愛いヒヨコが……」
畜産業の事情は知らないのでなんとも言えないが、場面を想像してしまって落ち込む。たしかに怪談ではないが、下手なホラーよりも怖いかもしれない。
「でも俺たちはヒヨコに限らずそうやっていろんな動物の犠牲の上になりたってるんだ」
勲がそうまとめたあと、物静かな涼太がぽそっとつぶやいたのだが声がよく聞こえず、俺は聞き返す。
「そのシュレッダー、考えてみたら俺たちも乗ってるよなって言ったんだ」
聞き直しても、やっぱりよくわからなかった。なんかの比喩か?
「だって、俺たちだっていつかは死ぬだろ? その死の瞬間ってのが、シュレッダー。ベルトコンベアーの長さが、寿命」
俺も新も勲も、涼太の言葉を咀嚼するように黙って聞く。ひぐらしの声と田んぼの土の匂いが増したような気がする。
「ベルトコンベアーの長さは誰にもわからない。隣のやつと同じくらいだと思っていても急にシュレッダーの刃が降りてくることもあるし、ベルトコンベアーが壊れてることもある。でもみんなに等しくシュレッダーの刃は降ろされる。泣いて逃げようとも、喚こうとも、祈ろうとも、ね」
涼太はシャリンシャリンとシュレッダーの刃が動く真似をする。
確かにそうだ。でも、さっき想像したヒヨコに降ろされるシュレッダーの刃。その下に自分たちがいるところを想像してしまう。
「あ、当たり前だろ、涼太」
「啓太、何青くなってんだよ。小学生じゃあるまいし、人が死ぬなんてわかりきってるだろ! だから俺たちは今を楽しんで生きるんだよ! 今を!」
新と勲が俺をフォローする。
「今日もコロッケ買って帰ろうぜ! 今を楽しむために!」
「俺はメンチカツ」
「俺ハムカツがいいな、今を楽しむために!」
みんな必要以上に明るく振る舞っているようにも見えたが、そのうち普通に楽しくなってきて、暗い気分は帰る頃には忘れてしまった。
確かに涼太の話は怖いけど、当たり前といえば当たり前な話だ。俺も幼い頃に『死ぬ』ってことを認識してからは、死の瞬間を思い浮かべて夜中に怖くなって母さんの布団に潜り込んだことが何度かあったけれど、今さら怯える年でもないだろう。
その日はご飯を食べたら話すらもう思い出さなかったし、風呂に入って速攻寝た。
寝たのが早すぎたからいけなかったのか。翌朝というか、深夜を超えたあたりで目が覚めてしまった。
(やばい)
ちょっと予感がした。この時間に怖いことを考えると、抜けられなくなるのを経験から知っているから。
耳元でシャリンシャリンという音が聞こえた気がしたが、とりあえず漫画を読んで気を紛らわし、三冊読んだところで二度寝した。
あれから何年経っても、ふと夜中に耳元でシャリンシャリンという音が聞こえてくるように錯覚することがある。日中はいい。充実している日も大丈夫だ。でも、夜一人でいると、不意に思い出す。
あの刃はいつ降りてくるのだろうか。