《挿話》 恋したら魔女だった 3
エレクは実は本物の魔女で、俺たちの未来を予知していた。
このままエレクといたら、俺には近々確実に死が訪れるって夢で見せてくれた。
***
しつこく求婚する俺に、心ならずも予知夢を見せたエレク。俺を諦めさせるために。
「‥‥‥今のは夢だけど夢じゃないの。このまま行ったら、似たようなことがもうすぐここで起こるのよ」
「‥‥‥嘘だろ。エレクは本物の魔女って‥‥‥役人は知ってて来るのか?」
「知るわけないじゃない。イオ以外は知らない。それに本物の魔女なんて滅多にいるものじゃあないし、本当にいるって知ってる人は限られてる。あの役人たちの目当ては単にあたしを凌辱することよ。少し前だけど、町で薬を売ってたらあたしをジロジロ見て家と名前を聞いて来たの。今月中にはここに来ると思うわ。多分、あの人たちがこの町を去る最後の夜に」
いつだって優しく美しいエレクが、俺の恋人が、まさか本物の魔女だったなんて! しかも不埒な不良役人に狙われてる。
「‥‥ああ‥‥‥俺、ちょっと頭が混乱してる。少しだけ散歩して来る。星を眺めに。すぐ戻るから」
「すぐ‥‥? なら、虫に刺されないようにこのハーブを身に着けて行くといいわ。はい‥‥」
「ありがとう‥‥」
俺は無理に微笑んで見せたけど、たぶん引きつってる。
「‥‥‥イオはあたしのために無理しなくていいのよ?」
エレクの本心は? 俺にどうして欲しいんだ?
エレクに見送られ、扉が中からパタンと閉められると、なぜか突き放されたような切なさを感じて動けない。
俺はそのまま前に立っていたら、家の中からエレクのすすり泣きが微かに聞こえた。
戻ろうと、扉に手をかけようとしたけど、思いどどまった。
俺はエレクに愛を試され、夢の中ではエレクを護ってた。このまま逃げても最早俺を恨んだりはしないんだろう。
風に煽られる木の葉と草の音を聞きながら、もう目を瞑ってでもわかる道を、ひとり歩く。
崖の天辺にある、悪魔の椅子と呼ばれてる岩に登って、下弦の三日月を眺めた。まるで悪魔が嗤ってる口のようだ。冷たい風が髪を乱して吹き抜ける。
エレクを取れば俺に待ち受ける運命は死───か。
あんな目に遭うってわかっていながらなぜエレクは逃げないんだろう‥‥‥
‥‥ああ、そっか。逃げてもエレクが狩られる運命は変わらないんだ。ああ、今さら腑に落ちたた。俺を巻き添えにしたくなくてエレクは今までずっと求婚を拒んでいたんだ‥‥‥クッソ。
役人たちは一晩おもちゃにしたエレクをそのままにしておくわけはない。結局は魔女に仕立て上げ、悪事の証拠は隠滅するに決まってんじゃん。
どちらにせよエレクの運命は───
怒りではらわたが煮え返るぜッッ!!
誰だよ? 全ての魔女が邪悪みたいに言ってるヤツ。人間の方がよっぽど邪悪だ。
エレクは森の奥で動けなくなってた俺を見つけて助けてくれたんだぜ? 俺の命の恩人だ。医者にかかれない貧しい町の人たちに、特製の良く効く薬を安く売って助けてる。後は自給自足で生活してる日常。
俺の恋人は本物の魔女で、ただのいい人じゃねーか。なんであんなことにならなきゃいけないんだ???
クッソ、エレクの運命が変えられないというのなら。
俺は‥‥俺は運命を受け入れるさ!───エレクの恋人としてのな!!
死の怖さより、エレクへの想いと、世間の理不尽への怒りが勝る。
俺はおもむろに岩に立ち上がり、星空に向かって叫んだ。
「今すぐ帰るからなーーーー!! エレクーーーー!! やっぱ俺たち結婚しようぜー! ひゃほー!!」
悪魔の椅子からヒョイと身軽に飛び下りて、全力で来た道を戻った。愛しいエレクの下へと。
扉を開けるなり、息切れのまま俺は叫んだ。
「ハァ、ハァ、ハァ‥‥エレク、俺と、俺と結婚して下さいッッ!! 俺ら死ぬその瞬間まで一緒にいようぜ! 俺は魔女エレクトラを愛してる‥‥今度こそイエスと言ってくれ!」
「‥‥‥イオのバカ。‥‥‥どうして? どうして戻って来るのよ‥‥‥本当にイオはおバカさんなんだから‥‥あなた、あたしといたら死んでしまうのよ‥‥‥?」
俺は涙で濡れたエレクの頬を指で拭い、エレクと誓いの口づけを交わした。
***
人間は悪魔だ。悪魔よりも悪魔だ───
だから俺は生まれ変わることがあるならば、次は人間にはなりたくないと思った。
俺が生きていた当時、魔女狩りってのが流行った。
為政者には、どうしても避けられない災害や疫病の流行、不作などに見舞われた際の民衆のストレスのはけ口を用意する必要があった。さもなければこちらに敵意が向けられる。人々は人々で、人間ではどうにもならない世を覆う大きな運命の不幸の原因を何かに求める。
共に、スケープゴートが必要なのさ。
双方にとって共通の都合のいい標的は────
それは薬草を知り、星を読むなど特殊な知識を持ちコミュニティから少し外れた人たちに向けられた。それまで人々は、薄気味悪く思いながらも、困った時は都合好く使って助けて貰っていた、知識層の異端者に。
為政者にもそれは好都合だった。星めぐりや医療についての特別な知識を持ち、世間を俯瞰する目を持つ社会末端の彼らは、普段から疎ましい存在だ。人々の尊敬を集めて中心となり、万が一組織化してしまっては、自分たちの立場を危うくされかねない。知識学識は上流階級だけのもので、それを運用活用するのは、現権力層でなければならないのに。
予言や噂の流布での民衆への刷り込みは権力者の特権なのに、それを看破する知識を持つ異端者は目障りでしかない。そして、薬草を知り、お産を手助けする医療に携わる女性たちも同様だった。
人々に施す医療は人口にも直結する問題で、それは為政者が人々に提供する医療水準をコントロールすることで調整すべきことなのに、下辺から介入してくる彼女たちはどうも頂けない存在だ。それらは国の政治と経済に関わるのに。
───いつの時代も人は変わんねぇよ。同調圧力はヤバい。それがおかしなことだって気がついても口には出せないさ。うっかり口を滑らしたら自分が魔女や悪魔にされて、証拠などでっち上げられて反論も出来ず処刑だ。
いつしかそれは偽善の下、人々の間で恣意的に行使されて行く。
────個人的邪魔者を消すために、欲望を満たすために。
"魔女狩り" という大義名分が出来た。
遂に溜まっていた妬み嫉み、欲望を表面化させる時が来たのさ。これみよがしに裕福を見せびらかしてた小金持ちや、恋敵の美人、幸せそうな隣人。とにかく目障りなヤツを消す又とないチャンス到来だったってことさ。
適当に罪をでっち上げ密告すれば、この世から目障りをお上に消して貰える上に、財産まで奪えるんだから、これに乗らない手はなかっただろうな。もち、証拠なんていらないさ。向こうで勝手に作ってくれるから。とにかく後ろ盾の無い庶民は、誰かに恨まれたり、妬まれたりしたらおしまいって暗黒の世の中だった。
そんな世の中に、若くして巻き込まれて散った、エレクと俺────
次回から本篇に戻る予定。けど、少し休みます m(_ _)m