悲観の金の鈴
響いた騒音に、リオが覗きに来た。
「何の音? メローペは何騒いでるんだよ。転んだの? 大丈夫?」
「ち、違っ‥‥暖炉から‥‥‥人らしきものが入った繭が突然出て来たの! 煙突の中に隠されていて、今落ちて来たのかも‥‥‥ほら、煤で所々黒くなってるし、全体的に薄汚れてるわ」
「人?! まっ、まさかエレク‥‥‥」
リオが繭の上に、慌てて飛んで行く。
「やあね。どうしてエレクトラ様だと思うの? はっきり中身は見えないけど、どう見てもエレクトラ様ではないわ」
「わっ! 誰? ‥‥び、びっくりしたー‥‥‥と、とにかくそれは深淵からだ。煙突にずっと引っかかっていたなんて、いつからだろ? 雑な送り方だな‥‥‥繭ってことはアトラナートが作ってエレクが送った‥‥‥? たぶん眠らせてるんじゃない? わかんないけど、とにかくこっちに出してくれよ」
「‥‥わ、私が!?」
「‥‥他に誰が出来るんだよ? ボクらは小さくて非力なのに」
「‥‥‥。でも、深淵ってどこなの?」
人が繭に包まれて送られて来るなんて怖過ぎる。事情もわからず開けるなんて、私には無理よ。
「えっと、深淵は眠りの国の手前にある無意識への空間らしいよ。一番奥には眠りへの扉があるらしいけど。僕たち妖精には直接関係ないから詳しくはわからない。その空間にはとても深いひび割れが幾つもあって、一番大きな破れ目の奥には大蜘蛛アトラナートが棲んでる。幻夢と覚醒を繋ぐ空間の主なんだって」
「‥‥‥あ! わかったわ! エレクトラ様の貴重な眠りの薬で、意識を保ったまま行けるという世界のことね!」
「らしいね。ざっくり言うと、エレクはアトラナートと恋人で、深淵とここを行き来してて、その出入り口にしてるのが、その暖炉の口なんだ。だから、これを送って来たのはエレクだと思うけど‥‥‥」
「すごい‥‥‥エレクトラ様は、なんて不思議で強大な魔女なのでしょう‥‥‥」
今までの全てが繋がって行く────
伝説の魔物、大蜘蛛アトラナートがテュレイス側に参戦したことも、エレクトラ様による計画だったのね。天災続きで弱ったネビュラ王国は、テュレイスから最期の一撃を喰らい崩壊した‥‥‥
300年越しに念願を果たした火炙りの魔女。
エレクトラ様は私の想像を遥かに超えた、魔女の中の魔女なんだわ! プリアードは妖精の森のお陰でそんな偉大な魔女に庇護を受けていたなんて。ここだけ被害は最小で助かった理由よね‥‥
思いも寄らなかった。‥‥‥エレクトラ様には新しい恋人がいて、それは伝説の魔物だなんて! あの美しさなら、伝説の魔物とやらも放おっておかないのもわかるけど、弱っているアステローペには聞かれてはならない。ショックを受けてしまう‥‥‥大人の世界はややこしい。
「リオ。エレクトラ様の恋人のアトラナートのことはアステローペには絶対に言わないでね」
「なんで? どういうこと? アステローペの両親だぞ? しかもアステローペは父親のアトラナートから命を狙われてここに逃げて来たのに。大蜘蛛が他にいると自分の価値が下がるとか? で」
「ちょっとどういうこと?! さっぱりわからないわ! 詳しく話して下さらない? 私には、知らない事実がいくつもあるみたい」
「えっと、ボクがアステローペから聞いた話では────────‥‥」
***
私はアステローペが妖精の森に来た経緯を知り、それはまさしくアステローペがいきなり私の前から消えた理由だったと推測された。
そしてリオは、魔女エレクトラと、人間だった頃のアステローペ、青年イオの物語を詳しく知ることになった。
アステローペは行方不明になっている間に、知らなかった出生の秘密を知って、大変な目に遭っていたんだわ!
「聞かされても信じられない気持ちだわ。アステローペが伝説の大蜘蛛の子どもで母親がエレクトラ様だったなんて‥‥‥運命に抗った結果、そんなことが起きるなんて‥‥‥」
「わからなくて当たり前だよ? 命は不思議なものさ。生まれる者は自分で出生をコントロール出来ない。それに誰だって時代や場所を選んで生まれる事なんて出来ないだろ? そんなこと出来たら、人間は王侯貴族しかいなくなっちゃうよ?」
「だからって、恋人同士を次は母子にするなんて。神様は酷い。前世を覚えている身には複雑過ぎるのでは無いかしら?」
「‥‥覚えていること自体が不自然なんだけどね。けどさ、どちらも愛で繋がってるだろうから似たようなものの気がするけど。その愛には何か違いがあるの? ボクたち精霊からすれば、親から生まれる他の生き物たちが謎めいてるけどね。妖精は妖精から生まれて来るわけじゃないもん。ボクら精霊だって、どうしてボクらみたいなのが森から生まれるのかなんて知らない」
「‥‥‥命の始まりって不思議よね」
「それよりこの繭を早く調べてみようよ。今までのボクたちの話を総合すると、これは‥‥‥」
「‥‥狩人のイオ。人間だった頃のアステローペ‥‥‥ね?」
***
野次馬の妖精たちが、アステローペとこちらを入れ替わり立ち替わりしてる。
暖炉から全部引っ張り出して気づいた。
「繭に穴が空いてるわ。ほら。金の鎖が少し出てる。アクセサリーの一部みたいな?」
引っ張ると、ペンダントが出て来た。ペンダントトップには綺麗な金色の鈴が付いてる。
「エレクの鈴だッ! どうしてこれがここに?!」
リオが蒼白になった。
「これがなくちゃ、エレクは一人で深淵と、ここ北の塔を行き来出来ないってのにッ!」
「ええっ! それってエレクトラ様はここには戻らない、もしくは戻れないってことなの?!」
「‥‥精神世界に、肉体ごと出入りするなんて、魔女のエレクだってアトラナートの協力無しで出来ることじゃない。‥‥‥ボクの恐れていたことが‥‥‥起こったとしか思えない‥‥‥」
リオがふうっと床に落っこちて座り込んだ。
「‥‥リオ?」
それから、リオは黙り込んだ。様子を見ていた妖精たちは、不安そうに顔を見合わせてる。
私はとにかく作業を進めるしかない。
ペンダントが出て来た左脇の辺りの割れ目から、繭を剥がそうとした。柔らかいけど、とても丈夫で手で千切れるものでもない。
「どうやって剥がせばいいの? 刃物で切ればいいのかしら?」
キッチンのナイフでも切れない! どうなってるのよ?
「誰か、お願い。どうすれば繭を剥がせるのか教えてくれない?」
見回してたら、タルフと呼ばれているひときわ美しい妖精が下りて来て、繭にとまった。
「どれどれ‥‥硬ッ‥‥う〜‥‥刃物が通じないなら、やっぱりこれはアトラナートの作った繭だと思うよ。なら、人の作った刃物じゃ難しいし、火も通じない。通常の魔力は跳ね返す。余程強い魔剣でなければ。アタシたちには開封は無理だ‥‥」
俯いているリオが、ぽそりと言った。
「‥‥‥アトラナートの繭なら外側は相当強固だろうけど、内側からは破れるんじゃないかな? だって、生まれる時は破って出て来るものだろ?」
「‥‥そうかも。けど、イオの体は抜け殻だわ。内側からは開けられない」
「ボク‥‥‥何度も考えたんだけど、これを送って来たのは間違いなくエレクだ。こんなに雑に送ったのは、すごく切羽詰まってたんだと思う。でなきゃエレクが、わざわざアトラナートに頼んで保存した、愛する人の体を雑に扱うわけがない」
「‥‥どういうこと?」
「これはエレクが、アステローペへ送ったんだ。‥‥‥最期の力で」
「‥‥‥最期?」
「‥‥う‥‥ううっ‥‥ボクは薄々気がついていたんだ。でも、ずっと否定してた。信じたくなくて。エレクは‥‥エレクはこの世から消えてしまったんだ‥‥」
「な?‥‥何を言ってるの? まさか‥‥」
「エレクの使い魔が、いつの間にかいなくなってる。エレクが消えたから普通のカラスとキツネに戻ったんだ。それにこの森の異変‥‥‥。たぶんエレクが森にかけた侵入者への呪いが消えつつあるからだ。エレクがいたなら、煙を焚いて妖精狩りを堂々とやらかすなんてあり得ない。ボクら妖精の緊急事態状態でも駆けつけないなんて、おかしいよ‥‥」
「知らなかったわ‥‥森にそんな呪いがかけられていたなんて! ‥‥‥エレクトラ様が亡くなったから薄らいで来たってこと? それで妖精狩りが侵入し易くなってこの騒ぎに? けど、それだけでエレクトラ様がいなくなったなんて信じられない‥‥‥。リオ? 懸念はあるかもだけど、まだ何とも言えないわ」
エレクトラ様のお隠れの危惧があるだなんて、考えもしなかった‥‥
もし、それが本当なら妖精たちを護る砦が無くなったってことよ? 妖精の森の危機だわ。
まして、森を護るはずのフォレストガーディアンには怪しき人物が混じっているというのに‥‥
「みんな来て! アステローペが急激に悪化してるッ! どうしよう‥‥」
開け放しの隣の部屋から、妖精の緊迫の呼び声が響いた。
私の心臓はズキズキ胸苦しい。頑張って、アステローペ!
「今行くわ! リオ行こう!」
リオと目線が合ったその時だった。
暖炉の前の何も無い空が、破かれたようにめくれ、見たこともない男がくぐって出て来た!
「キャァァー!! リ、リオッ! これは何の現象なの!! この人はどなたなのッ?」
次から次の連続。私の心臓がもたないわ!




