憂鬱と期待のメローペ
───憂鬱だわ。明日にはこのプリアード城を発たねばならないの。
単なる地方貴族の娘だった私に唐突に白羽の矢が刺さった。神への生け贄とされた私だったけれど、受難は転機を持って回避された。大蜘蛛アステローペと私の作戦によって。
私は権力者のコマにされ、死を待つ運命だったのに、今では神に選ばれし乙女と認定され、崇められる立場と反転した。
国中の、いえ世界中の北の星信徒たちの生きた偶像となったのよ。
閉じ込められてた大聖堂の地下室から出て、プリアード領に戻ることが出来たけれど、テュレイス帝国にネビュラが隅々まで平定され次第、都に戻らなければならない。そう、忌まわしくも感慨深いあの大聖堂に。
国内聖堂のヘッドテンプルである大聖堂にて、私は女神の役をするの。
かつての指導者たちに生け贄にされた私ですもの。 私は神の名の下に欲を満たす人たちを許しはしない。ただのお飾りでいる気はないのよ。
そのためにはもっと力が必要だわ。誰もが私の奇蹟の物語を信じているわけではないだろうし。特に以前の私を知っていた、ここプリアード城に関わる人たちは手強いわ。私を支持はしているものの、いきなり女神として扱うのも表面的でしょうね。
地盤固めを強固にしたいところだけど、彼らの意識改革は上手くはいかなかった。いかんせん私はまだ少女というハンデ。
出立の前に、私にはどうにも気がかりがある。
私の盟友大蜘蛛、アステローペが行方不明になってしまった。女神降臨作戦を成功させれば、一緒にプリアードへ帰れると思っていた。彼をエレクトラ様に一目でいいから会わせてあげたかったのに。
アステローペが苦境の中で私を助けてくれた恩は計り知れない。
ほんの少しの期間しか一緒にいなかったけれど、アステローペは特別な存在だわ。
私は、アステローペが生まれた瞬間から一緒だったのよ? 名前だって私がつけたのよ?
このまま一生会えないなんてことは無いよね? 大聖堂に戻って呼べは出て来てくれるのかしら? そうは思わない。あの最後の声。何かが起こったとしか思えない。
私はアステローペのことは誰にも話してはいない。彼のことを話していいのはエレクトラ様だけね。
───エレクトラ様に絶対的に会う必要がある。
私が窮地に陥るこの運命を宿命だと言った魔女エレクトラ。そして彼女は、私がこの生け贄の危機を乗り越えられると知っていたのよ。私がアステローペと出会うことまでもさり気なく予言してた! 何もかも見通していたかのように。
いいえ、私は全て魔女エレクトラの、ネビュラ崩壊への計画の一部だったと思ってる。きっとアステローペの行方だって知ってると思うの。
アステローペへの唯一の手がかりはエレクトラ様しかない。
どういうことか、説明を受けないことには私は納得出来ない。お母様のように『エレクトラは魔女だから予知したのでは‥』では、私は飲み込むことは出来ないの。エレクトラ様はプリアード家が思っているよりも強大な魔女なのよ。
私は、いいことを思いついた。
マイアお祖母様が在位していた『妖精の森 名誉総裁』の座は空席のままだったはず。お父様はあまり妖精の森には興味はないようだったし、お母様が妖精の森に関わることも好んでいなかったから。
私はお父様に進言し、私が妖精の森名誉総裁に収まることに成功した。死の淵から無事に戻って来た娘のわがままなど、簡単に聞いてくれたわ。
これで、妖精の森の最高責任で、唯一の管理人エレクトラ様と私は、親しい役職になったわ。
城からエレクトラ様に飛ばしてる伝書鳩はカラの伝言。魔女の使い魔も来ない。フォレストガーディアン隊長やジャニター長もエレクトラとは連絡が取れていないと知った。
***
エレクトラからの返事を待ちこがれてる間に季節は変わり、テュレイスからの迎えが来てしまった。
私は、彼らのもてなしを領主であるお父様に進言し、出発を遅らせていた。それももう限界になった。
かつて私を生け贄に名指しした王様も大司教もすっかり排除され、人事刷新された都の大聖堂では女神の私の到着を待ちわびているという。
生け贄だった私の世話役だったカペラさんが大出世して司祭になり、私の到着を待っているとか。私の一番の信者ね。ウフフ‥‥あのおじい様なら、私を助け、迷う人々を優しく包んで導いて下さることでしょうね。
後ろ髪をひかれるけど、今は新しい任務に向かうべきだと自分に言い聞かせた。
明日は都に出発だという昼のことだった。
『報告します、メローペ様。本日早朝、錯乱した妖精狩り4名を捕らえ、彼らは森で人喰い大蜘蛛に襲われたと訴えているようです』
『大蜘蛛‥‥‥! 詳しくお話して頂戴! わかる者を直ちに寄越しなさい! 急ぐのよ!』
***
────もしかしたら!
アステローペかも。そんな期待が膨らんだの。
フォレストガーディアン副隊長に事の次第を直に聞いた。
「‥‥それで、どうなっているのですか?」
「私も取り急ぎ現地見分して来ました。煙で燻すなど、森林火災に繋がる大惨事になりかねない所業でしたが、幸いにも消されていたので実質的な被害は確認されてはおりません。行方不明者も無く、捕まえた男たち4人組も怪我という怪我はありません。一人、蜘蛛に刺されたと訴えた男がおりましたが、ただの切り傷のようです」
「それではその大蜘蛛は人喰い蜘蛛とは言えないわね‥‥」
「しかし人の言葉を話し、人を脅したと、4人とも口を揃えていますし、嘘を言っているようにも思えません。魔物に違いありません! 直ちに捜し出し退治するべきですが、肝心のエレクトラ様が行方不明なのです。しかしながら、我らガーディアンが必ずや魔蜘蛛を討伐し、森の平和を保ってみせますゆえ、ご安心を」
「いきなり討伐とは物騒ですね。その魔物、傷つけてはなりません! 私が妖精の森の名誉総裁として直々に、大蜘蛛を見分します。これから捜索に進展があった都度、私にも報告して下さいませ」
「しかし、相手は魔物ですよ? 恐れながらメローペ様には手に負えないのでは。大変危険です」
もしもそれがアステローペだったらどうするのよ! だれであろうと彼を傷つけたら許さないわ!
こうなったら、私の立場をフル利用するしかない。
「おわかり頂いていないようね? 私は妖精の森の名誉総裁であり新しいネビュラ国の女神なのです。そして妖精の森を領地とするプリアード城の姫でもある。私を子ども扱いし、私の言葉は聞けないというのですか? ガーディアン副隊長。あなたは私からでは不満で、領主直々の命令にて、おなじことを言わせることを要求するつもり?」
「そ、そういうわけでは決して‥‥‥」
上から口を出す小娘の私を、煙たく思っているのでしょう。その顔と態度にありありと出ているの。きっと都に行っても、このような態度を私に向ける大人たちがいることでしょうね。
だからってこんなことで弱気になるわけにはいかないのよ! アステローペへの想いが、私を強くしてる。
誰が何と言おうと引かないわ!! 現れた蜘蛛の正体を確認するの。絶対に────
「私、この件が片付くまで都への出発を延期します。明日の昼間でには管理棟でありエレクトラ様のお住まいがある北の塔へ行ってみることにいたします。エレクトラ様のことも気がかりですし」
「‥‥そこまでなさるのですか?」
呆れ顔を向ける副隊長。私が邪魔なのね。けど、これは譲れない。
「ええ。その大蜘蛛は妖精狩りを脅しただけでしょう? それをいきなり討伐と言い出すのは拙速では? それに、もしその魔蜘蛛に仲間がいたらどうするのですか? テュレイスは伝説の魔蜘蛛アトラナートを参戦させたのをご存知ないの? 噂では、アトラナートの強さは兵士五千、いえ一万に匹敵するとか。魔蜘蛛なら同族ですよ。魔物は実在し、ガーディアンのやり方によっては恨みを買う恐れもある。プリアード全体の損失につながるのです! 私は大局的に考えているのです。その場しのぎ的に考えず、何事も慎重にしなければなりません!」
「‥‥‥申し訳ありません。我々はそこまで考えには及びませんでした。ただ、我々に危害が及びそうな場合は反撃をお許し願いたい」
「‥‥もし、そのようなことが起きた場合には、もちろんガーディアンたちの身を護ることが重要です」
もしアステローペだったら、そんなことにはならない。人を傷つけたりしないはずよ。




