《挿話》 恋したら魔女だった 1
俺がタマゴから生まれて、一番最初に見て、嗅いで、触れた生き物はメローペだった。
不本意にも、俺の中に保護者認識の刷り込みが起きているようだ。メローペに対して妙にわき起こって来るこの親近感は、自分でもどうにもなんない。これが自然の法則なのか?
メローペの耳飾りから懐かしい匂いがするし、余計に引き寄せられてしまう。
俺、無意識のうちにメローペに懐いてるじゃん‥‥‥
たった今タマゴから出た赤ちゃん蜘蛛の俺だが、意識は前世の続きの18の男のまま。
前世の自我を保ってなかったらどうなっていたことかと恐ろしい。どう見ても俺よか年下の少女にゴロゴロ甘えたくはない。まあ、大蜘蛛の赤ん坊に甘えられたらあっちは逃げるだろうが。
俺はメローペに促されて自分語りをすることになった。エレクトラの薬についても知りたいようだ。
もちしてやるさ。もともと俺はお喋りだしな。 タマゴん中でめっちゃ退屈していた俺の弾丸トークは途中で止めらんないぜ! ウトウトしたら、起こすかんな!!
***
今は「アステローペちゃん」だけど、人間の頃の俺の名前は「イオ」。
昔は人間で、どこにでもいるような極々普通の青年だった。享年18才。まったくこれからって時に火炙りにされるとはな‥‥‥
俺は山岳地方ペルセアス領出身で、小さな町の小さな金物屋の生まれだった。兄が3人もいる末っ子の俺はミソッカスだった。さっさと家を出されて、山の裾野の広大な樹海の入り口に住む狩人、カルポ爺さんに14で弟子入りした。まあ、俺なんて家にいなくてよかったってことだな。
カルポ爺さんは、長年連れ添ったおばあさんが数年前に他界してから弟子を取るようになって、俺は3人目だった。最初の兄弟子は半年でリタイア、次の人は3日でサレンダーしたらしい。
だが俺は違った。カルポ爺さんと暮らしている方が、家にいた頃より全然気楽だったから。無口で頑固な爺さんだったけど、狩りの腕は確かだし、その獲った獲物で好きなだけ食わしてくれるし、仕事さえキチンとこなしてれば他はうるさいこと言わないし。爺さんも俺のことは気に入ってくれてた。陽気でおしゃべりな俺と一緒にいると楽しいらしい。
俺たちは春から秋は狩りをし、真冬は狩りは休んで、貯めておいた蔓で籠を編んだり、木彫りの工芸品を作って暮らしてた。最初の年は、見るものやることすべてが珍しくて、日々ワクワクしてたな。あー、あの頃‥‥懐かしいなぁ‥‥‥
2年目に入り、目印や方角の見方も多少わかって来た俺は調子に乗っていた。
未だ狩り初心者の域にも関わらず、俺は無鉄砲にも一人で森の奥まで入り込んだ。まだ、知らないエリアの方が多いってのに。
鹿を追ってそうなるべくして失態し、岩場で脚を滑らせて足を傷めて、にっちもさっちも行かなくなった。それも結論から言うとラッキーだったんだけどね。
彼女と出会えたんだから。
ケガして動けない俺を見つけて助けてくれたのがエレクトラだった。あのままいたら俺、クマに食われてたかも知んない。エレクは命の恩人だ。
森の奥にたった一人で住んでる謎の美少女エレクトラ。年は教えてくれなかったけど、見た目は、俺と同じ15前後に見えた。
彼女は森で薬草を摘んで、薬を作って街で売って暮らしてると言った。
黒髪と緑の瞳を持つエレクは、すごく神秘的でエキゾチックな美少女だった。しかも、見かけの年の割にしっかりしてて、物知りで、博学だった。こんな森の奥に一人きりで住んでるというのに、世の中のことをカルポ爺さんよりもよく知ってた。
部屋にはたくさんの本が並んでたし、多分、エレクの亡くなったっていう両親が博識な人たちだったに違いない。
俺はたちまちエレクに夢中になった。
────魔女だとは知らずに。
魔女や魔物が本当にいるなんて思いもしなかった頃。
エレクが本物の魔女だって知ったのはこれから3年後のことだ。俺が死ぬ少し前。
俺はエレクと恋仲になってからは真面目に狩りの修行に励んだ。早く一人前になりたかったから。カルポ爺さんに一人前だと認めて貰えたら、エレクにプロポーズして、エレクと2人で暮らしたいと思っていた。
エレクと出会って1年後には、家族に会いに行くってカルポ爺さんに嘘ついて、エレクの小屋で時折夜を過ごすようになってた。
物知りなエレクとの会話は楽しかったし、ハーブに詳しい彼女の料理は絶品だった。
俺が狩った獲物をさばき、エレクがシチューを作る。食後はエレク特製のハーブティーを飲みながら語らう。
二人きりの夜。幸せだった。他に誰も要らないと思った。エレクがいれば。
ある夜、思い切ってエレクに言ったんだ。
「エレク、今すぐとは行かないけど、将来は結婚しようぜ。俺、エレクがいない人生なんて考えられない!」
「ありがとうイオ‥‥。嬉しいわ。でもごめんなさい。それは‥‥イオのために良くないと思うの。あたしたち、このままでも十分楽しいと思うわ」
エレクの返事は芳しく無い。
1年後、17になった時、再び愛を告白した。が‥‥‥。
「どうして結婚を約束してくれないんだ? 俺をこうして受け入れながら、まさか他に好きなやつでもいるのか?」
エレクは町の方では、美少女の薬売りって評判になってる。開きかけの薔薇の蕾のようなエレク。どっから俺たちの間に横槍が入るか分かったもんじゃない。
「あたしもイオが好き。だからこそ結婚なんて無理なのよ。このままでもいいじゃない‥‥‥」
なんで? エレクも俺が好きなのに? マジ、訳わかんねぇ。
カルポ爺さんに師事して4年。俺は18になっていた。
爺さんから独り立ちを認められた俺は、エレクに本気のプロポーズした。
「俺はエレクを愛してる。エレクのためなら死ねるくらい。エレクが他の男に取られるなんて考えただけで地獄の苦しみだ! 頼む! どちらかがこの世を去るまでずっと二人一緒だって誓って欲しい」
エレクがこの世にいる限りは他の女なんて考えられない。
「‥‥‥あたしのために死ねるというの? そこまでいうのなら‥‥‥ならばいいわ。試させてもらうね。イオのあたしへの愛を」
「‥‥試すって? よくわかんないけど、それで信じてくれるなら望むところさ!」
「いいのかしら‥‥‥本当のあたしのことを何も知らないくせに。その結果次第では、あたしたちはここでお仕舞いになるのよ? あたしを知ったらイオの方から去って行くのよ? 覚悟はいいの? この先の運命は厳しいわ‥‥‥」
「エレク、俺を信じろ。俺たちがお仕舞いに? そんなことにならねぇ自信しかねーよ」
「‥‥‥イオったら‥‥わかったわ。じゃあ、あたしが入れたハーブティーを飲んでからね?」
エレクは、聞き分けのない子どもに向けるような苦笑いの、でも慈愛のある微笑みを俺に向けた。
なぜか泣き出しそうな瞳をしながら────