妖精狩りと人喰い蜘蛛
───春から夏へ。そして秋の枯れ葉が地面を覆い尽くす季節となった。
俺は妖精の森にて無事過ごしてる。
エレクからは何の連絡もないけれど、向こうはここよりも時の流れがすっごく遅いみたいだから、俺がここで苛ついてもしょうがないのかもしれない。
アルゴウの森もいいところだったけれど、ここは更に平和で良いところだな。水が最高だ。
山の雪解け水が、更に地中にてろ過されて湧き出る泉。全ての生き物たちが恩恵を受けてる。
今では妖精のリオともすっかり友だちだし、他にも顔なじみの妖精が出来た。
けど大蜘蛛の俺は、森の動物たちには恐れられてる。ま、俺にとっちゃ奴らはエサだし仕方がない。自然界は弱肉強食なんで。
リオによると、一時期はほとんど消えていた妖精狩りが、最近ポツポツ出現してるらしい。
こういう奴らは森の呪いにより、道に迷って動けなくなってるところをフォレストガーディアンに保護されるってのが通常になってたそうだが、ここのところ平気で立入禁止エリアを闊歩してるとか。
俺は明るいうちはなるべく穴に籠もって寝てるから知らなかった。
「リオ、気をつけろよ。見つかったら金持ちの貴婦人にペットにされて虫かご生活だぞ。そういう奴らは飽きっぽいからな。最終的にはどうなることやら‥‥‥」
「末路は哀れさ。ボクたちは精に満ちた森にいれば寿命はない。その代わり森にいなきゃ、やがて精が尽きて存在ごと消えるのさ」
「‥‥人間って罪深いよな。欲深いし。元人間の俺が言うのもアレだけど」
「けど、森やボクらを護ってくれる人間もいるだろ? 人間を一括りには出来ないよ。ボクは人間のエレクから名前を貰ってるわけだし」
先日、そんな会話をしたばかりだった。
それはまだ夜が明けて間もない早朝だった。今ではすっかり俺の住処となったクマ穴に、リオが飛び込んで来た。
「アステローペ、大変だッ! 起きろッッ! コノヤロウッ!!」
「ZZZ‥‥フガガガZzz‥‥フガッ?! リオ? 何だよ? 俺はついさっき寝たばっかなんだぞ? ファァー」
「ゲホッ‥‥それどころじゃないって! 妖精狩りだ!! めちゃ悪質な奴らなんだ! アイツら、チームプレーで挟み撃ちで燻してボクたちを追い込んでる! これじゃ、高く飛べない妖精たちが捕まっちゃう!」
「何だって! 案内しろッ!」
穴の外は、薄く煙った甘ったるい空気が漂ってる。たぶんなんかの薬草だろう。
ガサッと音がした方を見ると、リスが木から落ちたらしい。そのままあっちこっちにぶつかりながら同じとこぐるぐる回ってる。
リオが気分悪そうにフラフラ飛んでる。誰だか知らないが、薬草を悪用するなんて!
───あれ? なんだろ、この内から湧きあがる感覚は‥‥?
「‥‥何だか俺はこのクライシスに、新たなる魔蜘蛛の能力が目覚めたらしい! はぁぁぁーーーっ!!」
自分でも不明だけど、急に力がみなぎって来た。持て余して氾濫しそうなほど。
気合を入れたら、俺の身体はひと回り大きく、大型犬くらいになれたぞ! もう一段階くらいイケそうな気がするけど、森を駆けるにはこれくらいでいい。
俺の体から勝手に全方位波動が出て、それが跳ね返って来たら、人間のいる位置が付近に4つ知れた。これが侵入者だ!
魔物って生まれながらにスゲェ能力持ってるんだなァ。今まで気づかなかったけど。そういや、森の動物たちは皆それぞれ優れた能力持ちだよなぁ。皆、身一つで生きてるわけだし。
いつも人間基準で考えちゃってるけどさ。あれこれ道具に頼らなきゃどうにも生きていけない人間って、生き物としてめちゃくちゃ退化してない?
「リオ! 俺一人で行けそう。ターゲット感知出来たっぽい。上空から見物してていいぞ!」
「ゲホゲホッ‥‥ホント? なら頼んだぞ! アステローペ!!」
俺は森をガサガサと枯れ葉を撒き散らしながら八本脚で駆け抜ける。煙が濃くなって来た。
───あ、前方に発見! 焚き火で燻してる中肉中背の若い男、これは一人目!
急ブレーキ。ここからはこっそり進もう。
俺は小さくなって接近し、男の背中に飛びついてくっつく。それから身体を拡大する!
「わっ!? 煙に酔ったムササビか?」
後ろからソロリと、脚を一本、首筋に回した。
「‥‥‥? んっ!? ギャーーーーーーッッッ!! ナニコレ!!」
必死で俺を振り落とそうとするが、俺は離れないぜ?
背中を樹の幹や地面に叩きつけたって俺は硬いから平気。あれ? 衝撃でおれの眉間から、ツノみたいなのが出て来たぞ? なんだろ、コレ?
「痛ッッ‥‥‥‥グハッ‥‥アブブブブ」
やみくもに暴れるから、うっかりオマエのうなじに刺さっちゃったじゃないか。大丈夫‥‥?
れれれ? 泡吹いて倒れて動かなくなった。((( ;゜Д゜)))
ま、まさか‥‥し、死んだ‥‥? ど、どうしよう‥‥アタフタアタフタ‥‥‥
恐る恐るこいつの腹に乗っかって、心臓の音を確かめる。
あ、生きてるような気がする。息はしてんだろな?
そのまま顔の方に向かった。どれどれ? 瞬間、男の目がパッと開いた。
至近で見つめ合う俺たち‥‥‥
「ギャーーー!!!! 化け物だッッッ!!! 助けてくれぇー、アニキー!」
ワワ! 急に俺を振り落として叫ぶから、こっちがビビったじゃねーか!
よろめきながら走って逃げ出す男。仲間のところに行くのかな? 待ってくれよ〜。この煙の元の焚き火消さないと!
一石二鳥。マーキングしてスッキリ消してから追いかけた。
「アニキ! 助けてくれぇ! 蜘蛛の化け物が出たぁーーッ!! 俺を食おうとしてたんだッ!」
後をつけて二人目発見!
俺は茂みから男たちを覗いてる。こっちは一段と焚き火からの煙が凄いな。
白く煙った隙間から、奴らが少し見えた。
あ、あの強面のゴツい大男がアニキ? そいつは低く抑えた声で、駆け寄る男に怒った。
「バカ! なに大声出してんだ! ダス、いい加減にしろッ! フォレストガーディアンに見つかるだろうが! ゲホッ」
「ハァ、ハァ、ハァ‥‥だって、だって化け物が‥‥‥」
「‥‥ったく、びくびくしてやがるから、動物と見間違えたんだろ? それともお前までキマっちまったのか?」
悪者アニキはどんな武器を持ってるか知れない。煙って良く見えないけど、声からしてゴツい男のようだ。念のため、俺は最初からラージサイズで行こう。
俺はもうひと段階身体を拡張させ、燻す煙の中、二人の前に進み出た。
こんなに煙っちゃ、お互いシルエットしか見えねーな。
「お前ら、妖精狩りは止めろよ! ここは関係者以外立ち入り禁止エリアだぞ?」
「ほら見ろ! ガーディアンが来ちまった! ゲホゲホッ‥‥作戦Dに変更! ダス、あいつらにも合図しろ」
フワッとそよ風が吹き抜け、俺たちの間の煙が薄まった。
「‥‥‥うん?」
大男がゴクリと息を飲んだ。
「ア、ア、アニキ‥‥出たッ! コイツだ! お、俺ら喰われるッ‥‥‥」
合図の指笛を吹こうとしていた男の手が大きく震え出した。アニキの方は、目を見開いてこっち見て突っ立ってる。‥‥‥これは固まってるのか?
───ちょっと威嚇してみっか。
後ろ脚で立ち上がって、前脚を広げた。
「ギギギギーーーーーィ!! フッフッフッ‥‥‥美味そうだな? お前らの肝、寄越せや‥‥‥」
「ギャーーーッッ!!」「ウギャーーーッッ!!」
二人もつれながら、転がるように走り去って行く。
‥‥ったく、しょうもない奴らだ。あ、この煙を絶たなきゃな。
俺が煙が出ないように土掘って焚き火を埋めてたら、騒ぎを聞いたらしき残り二人がやって来た。
「おーい、アニキ、ダス。どうし‥‥ん? 違う? まさか‥‥‥クマ?」
薄煙りの中の俺を見て、森の動物と勘違いしてるようだ。少し離れたところから様子見してる。
風がそよいで、刹那、煙が隙間拭い去られたので。
「ギギギギーーーィ‥‥‥お前らも‥‥美味そうだな?」
「ばっ、化け物だ‥‥‥蜘蛛の‥‥‥!」
「ま、まさか‥‥‥アニキとダスは内蔵喰われて‥‥‥残りそこに土饅頭‥‥‥?」
いや、あいつら逃げたし。これは焚き火を埋めてただけなんですが、まあいっか‥‥乗っとこう。
「フフ‥‥‥ジュルリ‥‥ご馳走さん」
残りの男たちもあっという間に木々の彼方に消えた。
これにて任務完了! うぇーい!!
上空から、フワフワ数匹の妖精が俺に寄って来た。先頭にリオがいる。
「アステローペ、ありがとな! ほら、タルフ。我らの守護神アステローペに勝利の祝福の粉を!」
「さあ、これを浴びるがいい! 我らを護りし大蜘蛛アステローペに幸運を!」
目の覚めるような美しい青い光沢の蝶の羽をもつ妖精タルフが、クルクル舞いながら、俺の体の上に、パラパラ鱗粉を振りかけた。
朝日にキラキラ輝く美しい霧雨が、俺を包む。
「わあ‥‥! 虹が粉になって降って来たみたいだ! これ何?」
「幸運を呼ぶ粉だ! これからの数日間は、悪運が幸運に変換される。悪運は反転され幸運へと変わる! 小さな悪運は小さな幸運に、大きな悪運は、大きな幸運になる」
「へぇ~? それは嬉しいな」
「けどこれから数日間、アステローペに悪運が無かったら特に何も変わんないけど」
「‥‥‥クックック。何もないのか! けどさ、気持ちだけでも嬉しいな。すごく綺麗だったし。サンキュー、タルフ!」
「‥‥けどね、すぐ来ると思うんだよねー。だから今回アステローペに特別にあげたんだよ? これは最初で最後のアタシからのプレゼント!」
なんか意味深で怖いんだけど。何がすぐ来るんだよ‥‥‥‥?




