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眠りにつく前に  作者: メイズ
愛を継ぐ若者の章
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別れの時

 《いいですかぁ? この世にアトラナートは唯一無二でいいのですよ? 俺以外は不要ですね? 他にこんな強大な魔蜘蛛がいては俺の価値が下がりますし、青いうちに潰しとくのが一番でぇす!》



 俺の命乞いしてるエレクをよそに、アトラナートはニンマリウィンクで俺に言った。


 魔物は親子関係だとて容赦ないらしい。それともコイツだけが特別?


『仮にも俺は実の子なんだろッ!?』 って、お情け涙が通じない相手で、しかもめちゃ強いと来た。俺、危急存亡の(とき)



 ────結論、



 逃げる! ε≡≡ ε≡≡ ヘ( ´Д`)ノ 



 しかねーだろッ! でもどこへ行きゃいいんだよッ!! 蜘蛛の巣しかない奥底知れない谷間だってのに。



 アトラナートがパチンと指を鳴らすと、男の姿は霧と化して、大きな蜘蛛の実体になって固まった。



「ワワワッ! ((((;゜Д゜)))) ‥‥‥さ、さすが伝説の魔物っす。ス、スゴいですねッ!」


 まるで山のようなアトラナートを見上げながら、ツツツと後退りする俺。


 マジ、俺が人間だったら腰抜かして歩けやしないってば。蜘蛛でよかったー。脚8本あるし、一応立ってられる。



「ウフフ‥‥そうですかぁ? じゃ、もう一回!」 「で、もう一回で元通りでぇす!」


 蜘蛛からイケメン男に、そして蜘蛛に戻った。


 もう、俺は完全遊ばれてる。猫に(ほふ)られるコオロギじゃん。俺の転生の命は風前の灯火だよ‥‥


 やっとカラ破って生まれたってのに、何でまたもやこんなイヤーな死に方になっちゃうのッ!? こういうのすっごく拒否したい。



「ナチャッ! やめて!! やめてくださいませッ!」


 エレクの声が深淵に響いた。


 アトラナートの脇を超えて、オレの方へ駆け抜けて来る。



「ナチャ、そんな勝手は許しませんわ! おいで、アステローペ! わたくしの子!」


 エレクが俺をバッと掴み、抱えて走り出した。


「アワワワッ! エレク、どこへッ?」


「アステローペ! 元の身体(からだ)を、イオの身体を取り戻すのです!」



 エレクはこの蜘蛛の糸で出来た複雑迷路の巨大建造物の道を知ってるらしい。大きなアトラナートが通れない床の網の目を抜けて下に飛び降りた。


 程よい硬さを備えた弾力ネット素材で迎えられ、ダメージは無い模様。アトラナートの糸、有能素材だろ!


 俺はエレクの肩越しに後ろも見えてるけど、アトラナートが追ってくる様子はない。自分のホームグラウンドだから余裕なのか?


 立体蜘蛛の巣なんて、なんの目印もない迷路だ。どこも周りは同じに見える。



「ハァ、ハァ、ハァ‥‥もうすぐよ! アステローペ」


 エレクが俺をキュッと抱き締めた。心臓のバクバク音が俺にまで伝わって来る。エレクの胸の温もり‥‥‥昔を思い出す。素肌で愛し合ってた俺たち‥‥‥



「ハァ、ハァ‥‥ここ、わたくしの部屋よ。ふぅ‥‥‥」


 どこをどう通って、どう抜けてここにたどり着いたのか、何が何だかわかんないうちに繭の部屋の一つに入った。


 見回せば、周りの本棚も本も机も見覚えがあるものばかり。俺は懐かしい見覚えがあるベッドの上に置かれた。


 これを見て、俺はやっとエレクを本物のエレクだと確信出来た。


「同じだ。アルゴウの森の家にあった家具と本。本物のエレクだったんだ‥‥‥」


「え?‥‥‥イオはあたしを偽物だと疑っていたの? 人から見ると、あれからそんなに変わってたのね‥‥‥」


 エレクがまた、腹が痛いのを我慢してるみたいな顔しながら、わずかに微笑んだ。


 きっとエレクも俺をどう扱っていいのかわかんないのかも知れない。恋人同士だったのに、いつの間にか親子になっちまってて。


 しかも俺は今じゃ、普通なら悲鳴をあげられる大蜘蛛だし、親子としての初対面がこの状況だ‥‥‥


 俺だって複雑だ。エレクが大切なのは同じだけれど、なんか前とは気持ちが違ってる。


「イオの身体はこの部屋にはないの。ナチャが隠している。あたしだってこの巣の全容なんてわかるわけないし、どこにあるのかわからないのよ。でも、きっと見つけるわ。あなたが助かる方法はただ一つ、イオの体に戻ることよ。人ならナチャの脅威にはならないから。ナチャは、わたくしをここに引き留めているのはイオの身体だって思っているから、ずっと隠してるのよ」


 俺の抜け殻の身体が人質の役割りか‥‥‥



「‥‥アステローペ、少しじっとしていて」


 エレクは俺の頭に手のひらを当てて、呪文らしきものを呟いた。


「とにかく、今は逃げなさい。妖精の森の立入禁止区域なら危険は少ない。そこに入れるのは、領主一家とわたくしを含め幹部数名のみ。そこにわたくしはあなたに特別立入許可を与えました。但し、妖精を傷つけぬこと。これを破ればあなたとて森で野垂れ死んでも文句は言えません」


 エレクは首にかかっていたゴールドのチェーンをドレスの中から引き抜いた。中に隠れていたペンダントトップには小さな鈴がついている。


 チリリンと3回鳴らした。



《我はアトラク=ナチャの名代(みょうだい)なり。ナチャの名において命じる! 北の塔への窓を開けよ!》


 エレクが白い壁に向って唱えると、壁の一部がユラユラさざ波のように揺らぎ始めた。



 ベッドの上の俺を両手で持ち上げ、言い聞かせるように顔を合わせて言った。


「今から、わたくしが開ける空間を超えれば、プリアードの妖精の森にある管理棟であり、わたくしのあちらの世界の住まいの北の塔の部屋に着くの。さあ、すぐに行くのよ!」


「行くのよって‥‥エレクは一緒じゃないのかよ?」


「わたくしはナチャを引き留める。それに、ここの何処かにイオの体があるの。それを見つけなければ」


「そんなのもういいって! 一緒に行こうぜ! アトラナートにエレクが殺られちまう!」


「わたくしは大丈夫ですわ。アステローペはお母様の言うことを聞きなさい! アチャは場所さえ特定すれば空間を超えてどこにでも来れるの。だからわたくしが(いさ)めるしかない。これは母の努めです! さあ、早く!」


「でも、待ってくれよ! エレクは俺の、イオの体を護るためにナチャに囲われてるんだろ? もういいんだぞ? 元の俺の人間の体なんかどうでもいいさ。魔蜘蛛の俺も悪かねぇ。地味に暮らしてりゃ、アトラナートにも見つかんないさ。だからエレクももう、自由にしろよ‥‥‥」


 このままではエレクが哀れじゃないか。俺の昔の身体を護るために他の男の言いなりになって生きてるなんて。そりゃ俺だって元に戻れんなら元の猟師に戻りたいけど。



 魔蜘蛛になった俺は、この先どこでどう生きていけばいいかもわからない。しかも実の親のアトラナートから命を狙われて生きて行かなきゃなんないらしい。


 だからって蜘蛛になったことを俺が嘆いたら、エレクはどんなに自分を責めるだろう? 蜘蛛に転生したのは不可抗力だったんだ。エレクだってきっとあれからずっと苦しんで過ごして来たんだろ?


 運命はエレクとイオ、俺たちを強制的に終りにするはずだった。エレクはそれでも俺たち二人の未来を目指したけれど、やはり神に阻まれたんだ。ただ、それだけ‥‥‥



「相変わらずね。あなたの心はイオのまま優しい‥‥。イオはあたしに真心をくれた。そして命までも。‥‥‥わたくしのことはもう気にしなくていいのよ? わたくしがしたいようにして来た結果なの。だからもう神には抗わない。これからは全て受け入れるわ‥‥‥。さあ、行って」


 エレクの顔は、達観した慈悲の女神のようだ。



 そしてこの言葉は、恋人からの別れの通告───‥‥‥



 エレクは俺にハグしてから開いた明るい空間の向こうへ俺を放った。


 もう俺たち、別れ際も口づけでは無い。



 ‥‥‥あ? 



 ────もしかして、エレクはアトラナートを‥‥‥? そんな気がした。






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