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眠りにつく前に  作者: メイズ
清廉なる乙女の章
3/66

奇蹟の間

 ‥‥‥ん‥‥んんっ‥‥朝?


 目を瞑ったままの瞼の裏に、明るい光を感じる。


 まだとても眠いのだけれど、もう朝が来たのね‥‥っていうか、ここは地下深き部屋よ!? お日様の光が入るわけないじゃない!


 じゃあ、これはなんの灯りなの? まさか───誰かいる‥‥‥?


 ゾワッ‥‥‥



 心臓がバクバク動き出す。



 怖いけれど、目を開かなくちゃ何も見えないわ。体は固まったまま目を開く。


 天井が薄く照らされてる! 青い月夜のような不思議な色の光。いったい何者が‥‥?  


 石棺の中からでは真上しか見えない。エイッ! 思い切って上半身を起こした。



「無礼者ッッ!! 私に無断で入‥‥‥‥‥あれ‥‥?」



 見回しても人影なんてどこにも無い。扉の前に置いた重たい箱はズレてない。隠れる場所なんて。 青白い光が部屋を仄かに照らしてる。その光源は─────



 私の目線は祭壇の上で止まった。



 あの神の像からだわ。両手のひらを合わせて乗せられるくらいの綺麗なエメラルド色の石の玉。


 私はそこから目が離せぬまま棺桶からソロリと脚を出す。光に引き寄せられるように祭壇の前に立った。



 ‥‥もしかして、これが『奇蹟の間』と言われる由縁なのかしら?


 そっと手をかざすと、石から心地よい温もりが伝わって来た。


 私は両手で慎重に掴んで持ち上げた。この温かみをもっと感じたくて。


 硬い硬い石なのに、案外軽い。



 私に合図を送ってるような、まるで私に話しかけてるみたいな強弱のある光り方に変わった。


 私はつられて話しかける。



「‥‥‥この石に‥‥‥本当に神様が宿っていらっしゃるのですか?」


 信じられない気持ちで手に取った石を見つめていると、次第に光は弱まって元の石に戻った。



 ***



 今、部屋の中を照らすのは、炎のオレンジ色を放つ薄暗いランタン一つ。ロウソクの減り具合からして、まだ夜中だと思う。


 ふわふわした落ち着かない気持ちで石棺のベッドに戻り、毛布代わりのローブを体に掛けて再び横になる。


 気持ちがいくらか収まると、もしかして私が今見たものはただの幻想だったんじゃないかと思えて来た。この異常な状況下に置かれたショックで、生まれて初めて夢を見たのかもって。




 ***




 コンコンコンッ‥‥コンコンコンッ



「おはようごぜーます。メローペ様。お祈りの途中だったら済まねーです。わしは世話係のカペラという者です」


 ノックに、しわがれたおじいさんの声が続いた。



 あれからいつの間にか眠りに落ちていた私。石棺に横になったまま、声を取り繕って返事をする。どうせ扉を隔ててお互いに姿は見えないのだから。


「う、ううんっ、コホッ‥‥おはよう、カペラさん。ご苦労様ね」


 目をこすりながら半身を起こして、大きな欠伸をした。こんな状況下でもぐっすり寝てしまえるなんて、私って意外と大物だったりして。



「‥‥お祈りは順調ですかい?」


「‥‥ええ」


 世話係というより、生存確認に来てるだけよね。


「あー‥‥‥わしのようなもんが言っちゃあ悪いが、子どもをこんなことに使うなんて、わしゃ反対だったんだ。だが、ただの雑用係にはどうすることもできゃしねぇ‥‥‥。お嬢さんには済まないこったが‥‥」


 声の感じはどうやら本当に私に同情してるようね。今、周りには他に誰もいないとみたわ。ならば私の質問にも答えてくれる?



「いいのよ。カペラさんは気にしないで。所で‥‥‥あなたはこの神殿には永く仕えていらっしゃるのですか?」


「はあ。わしゃガキの頃は聖歌隊の一員として、13で声変わりしてからは雑用係として、もう60年とちょっとここで働いてる」


「この部屋は『奇蹟の間』って言うんでしょう? どうしてなのかご存知ですか?」


「ああ、知ってるともさ。この部屋は元々、身寄りのない孤児たちが身を寄せていた部屋の一つです。わしは22で結婚して出るまで、住み込みでこの部屋にいたでな」


「まあ‥‥‥そうでしたの!」


「暖炉の上に、デカい卵のような石が祀られておるでしょう? 青緑の。あれは、わしが17の頃、山で拾って来たんだ。あれは初めての一人きりの使いでな、山岳地方のペルセアス領の神殿に行って、帰りに迷って森に入り込んじまった時見つけたんだ。綺麗だったから持って帰ったのさね。硬いわりに軽石みたいに軽かったから荷物にはならんかったし。神の像として、わしが部屋で祈りを捧げるのにぴったりだと思って」


「どうして置いたまま出て行ったのですか? 置いていくように言われたの?」


「どうしてって‥‥。不思議なことにあそこから動かなくなっちまったんだからしょうがないさ。どんな力持ちが引っ張ったってあそこから離れないんだから」



 え? さっき私、手に取ったけど??? ‥‥ああ、そうか。あれは夢だったっけ?


「‥‥取れなくなってしまったのは不思議ですね。それが奇蹟ってこと?」


「それもあるがな。我こそと思う術使いや、力自慢らが動かそうと挑戦したが無理だった。不思議だろう? そのうちに、あの不思議な石があそこから取れた時、なにか奇蹟が起きるんじゃないかって噂が徐々に立ち始めた」


「‥‥それでここが『奇蹟の間』と呼ばれるようになったのですね」


「もう半世紀以上も昔の話だ。こんな話を知るのも、もうわしら年寄りだけだろうな。こんな地下深くの部屋なんて、今はもう新入りの肝試しくらいにしか使われていないからなぁ。部屋の名前は残っているが、皆あの石のことなんてとっくに忘れてるだろうよ。わしだってもうどうでもいい。取れたやつにくれてやるさ」


「ふうん? じゃあ私に取れたら私のものね!」


「あはは! そうさな。メローペ様にあげるさ。だが、お嬢さんがそんな力持ちとも魔法使いとも思えんが。未だに動こうとしないんだから、相当頑固な神様が入っているんだろうよ」


「‥‥‥ねえ、カペラさん、ところであの石は光ったりするのですか? 拾った時のことを詳しく教えて下さらない?」


「光るって、夜光のキノコのようにかい? いや、光ることは無かったな‥‥‥ああ、いけない。わし、戻るのが遅いって上から呼ばれてますで。じゃあな、お嬢さん‥‥どうかわしを恨まないでおくんなさい。わしだって好きでこんな哀しい残酷な役目になったわけじゃない。この部屋に昔住んでたってだけでこんなツラい役を押し付けられたんでさ。ちなみにここに滲み出てる地下水は清水だで、口にしても腹は下さないですよ。また明日の朝 来ますんで、なるべく長く無事でいてくだせぇ‥‥‥この先、国王様の気が変わることもあるかもしれんし、開放されるってことも‥‥‥こんな期待を持たせるのは罪かもしれんけど‥‥‥」


「気になさらないで。私は巫女としてネビュラ王国のため、民衆のために、この身と祈りを捧げるために来たのですから」


「‥‥‥‥そうですかい。わしのような凡人とは違って流石に選ばれたお人ですわ‥‥‥」



 ‥‥カペラさんたら。嘲笑と哀れみを混ぜたそのお言葉は身に染みるわ。


 カペラおじいさんの足音がゆっくり去ってゆく。


 私の運命に同情を寄せる優しいおじいさんだったけど‥‥‥立場的に私の味方ってわけでもないよ。私の本心を見せるわけにはいかない。プリアード家の存続に関わるのだから。



 私は短くなったロウソクを付け替え、改めて祭壇の前に立ち、石を見る。昨夜、夢で手に持った重みが、妙にリアルにこの手のひらに残ってるような気がした。


 そっと人差し指を石に伸ばしてつつく。



 ────えっ!



 私の触れた箇所が一瞬、ポワンと波紋を見せて光った!



 びっくり! ドッキンドッキン心臓が鳴る。あれは‥‥夢ではなかった‥‥‥?


 すくうように両手で持ち上げてみた。ら‥‥‥



 すんなりと私の手のひらへ乗った!! 石は、夢の中と同じく人肌のように温かい。けど、手に乗せても、もう光らない。


 ‥‥ちょっと疑問だわ。余りにすんなり過ぎて。本当にこの石、五十うん年もここから取れなかったのかしら? カペラさんが私をからかってた? こんなことで嘘をついても意味はなさそうだけど。


「‥‥‥‥‥あ!」


 そうよ、優しそうなおじいさんだったから、死出の旅に出ようとしてる乙女を憐れんで、さり気なく最後の贈り物をしようとしてたのかも。暗闇で一人、心が乱れないように神の像を。‥‥取れたら私にくださるって言ったから、これは私のものだわ。ウフフ‥‥


「神様、本当にこの中におわすの? ならば私を助けてよ!! 奇蹟は起きないの?」

 

 なーんてね。拾って来たただの石だって言ってたもの。ただの綺麗な石に過ぎない。でも、ちょっと不思議な石だわ。光るんだもの。蓄光性の石なのかしら?




 私はその日は、暖炉の煙突部分を探ったり、壁や床に隠し扉がないか調べたけれど、成果は何も無かった。

 

 スズランの花のポーションはまだまだたくさんある。焦って気力と体力を消耗させないように、後半は石を膝に抱えながら、祭壇に置いてあった面白くもない経典を読んだり、歌を歌ったりして過ごした。石は私の歌声に反応してか、今度は時おり、仄かな光を放った。声の振動のせい? それとも歌が好きなの? まるで生きてるみたい。



 なんだか石が可愛く思えて来た。だって私は暗く冷たい部屋に一人きりなんですもの。


 名前をつけて差し上げましょう。そうね‥‥‥私の名のメローペとお揃いで、アステローペなんてどうかしら?


「ウフフ、今日からあなたの名前はアステローペよ♡ ねえ、聞いてくれる? 大人たちって酷いのよ! 私を生け贄にして─────」



 アステローペちゃん相手に、私の気持ちを思いっきり吐露していたら、ふうっと虚しい気持ちが押し寄せて来た。



 司教様も司祭様も、私を閉じ込めた人たちは、閉じ込め終わった途端、私のことなど忘れ去ったの。お偉い方々は、誰も私の祈りの様子を確かめに来ることも無い。


 世間への表向きさえ整えっていればいいんだものね。中身など要らないの。



 私はまだ大人ではないけれど、知っていたわ。


 犠牲(サクリファイス)を捧げて神に願うだなんて、国民に向けてのただのパフォーマンスだって。


 私一人を犠牲にし、民衆の批判をかわして助かろうだなんて。保身に走る権力者たちって、酷いこと考えつくのね。ハァ‥‥‥



 眠くなった私は、私のものになった綺麗なこの石、アステローペを抱えて石棺のベッドで眠ることにした。




 このあと、自分が闇を切り裂く悲鳴を上げることになるとは思いもせず────











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