表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠りにつく前に  作者: メイズ
清廉なる乙女の章
18/66

刻々と迫る時

 私たちは女神降臨作戦の準備に余念が無い。私が私のままで生きるために。


 さすがによく眠れない日々。テュレイス帝国から近日中に攻め込まれるって分かっているのに。



 ***



 準備を整えてから2日経った。アステローペが時々外を偵察に出てくれてるから、大体の時間はわかるの。


 その日はいつもと違っていた。


 この部屋の扉の向こうで人の気配がし始めた。



 さっきから何でしょう? 扉の外が、にわかにざわめいてる。時間ごとに大きくなって。小さな子の声も‥‥‥


 耳を扉につけて澄ませてみた。


 口々に不安を吐露してる大人たち。不穏な空気を察して泣いてる幼い子ども。



 ───わかったわ。このざわめきは、街から逃げない人たち、事情で逃げられない人たち、行く宛てが無い大勢の人たちが大聖堂に身を寄せているのだわ。こんな地階にまで‥‥‥



 時々、私のいる部屋の扉を開けようと試みる人たちがいた。けれど、ここの扉が堅固で、カギも簡単には開けられないとわかるとそれも収まった。


 たぶん、私がここの扉の向こうに閉じ込められているだなんて、ここに来た外部の人たちは知りもしないのでしょう。


 扉の外に聞こえてしまわないように小声でアステローペに話しかけた。


「ねえ、街の人が逃げ場を求めて大聖堂に集まって来ているわね。上に入り切らなくてこんな地下深くまで溢れてるんだわ」


「俺‥‥ちょい外の様子を見て来る」


 


 薄暗い部屋にひとり。たまに引っ張られるガタガタ扉の音。不安が渦巻く。


 祭壇の手前に置かれた、アステローペ 力作の大きな神の像。


 中に私が入ったら、アステローペが切り取った蓋を糸でとめて元通り。中の紐を引っ張るといい感じに割れて崩れるように筋が入ってるの。アステローペによれば、狩りの罠の仕掛けのワザが生きてる造りだとか。しかもアステローペのしなやかな蜘蛛の糸と、乾くと硬くなる石の粉のハイブリッドで外圧にはとても丈夫。


 人々は、もともとここに張り付いて動かなかった湖水色の神の像が、知らぬ間に巨大化していたと思ってさぞかし驚くでしょうね。



 神の像は、この基本形から、あらゆる形へと姿を変えて権化(ごんげ)すると言われてる。


 そして、私は人々の前で、神の像の中から神々しく現れるの。考えるとすごく怖いし緊張するわ。こんなことで皆、私のことを神に選ばれし少女だなんて思うのかしら?


 テュレイス軍に捕えられて、昔の魔女狩りのように処刑される恐れだって無きにしも非ずですもの‥‥‥


 そんな目に合わされたエレクトラとイオ。本当に酷い運命だったと思う。しかもイオは自らエレクと運命をともにした。エレクトラが本当に好きだったのね‥‥‥死んでもいいくらい。まさしく燃えるような恋。


 ‥‥‥なんだかイオにそこまで愛されてたエレクが羨ましい。というか、ちょっと妬ましい‥‥イオは私のアステローペちゃんなのに。ううん、カペラさんにタマゴを貰ったとはいえ、別に私のじゃないわよね‥‥‥




 偵察に行ってたアステローペが戻って来た。



「外に出る度に、悲惨な状況の噂しかない。もうネビュラはどうにもならなそうだ。ただでさえ度重なる天災で疲弊してたんだろ? 昨日まで畑耕してたにわか兵士なんて、大蜘蛛アトラナートなんて魔物を目にしただけで戦意は喪失してしまうさ。なんでも山のようにデカいって噂だ。本当はそこまで大きくはないけど、魔力で一時的にデカくなれるってアレクの家の本で読んだから大げさではないのかもな。首都陥落も時間の問題だってみんな口々に言ってた」


「この大聖堂は大丈夫かしら? 人がたくさん避難して来ているみたいだけれど」


「ああ、もう国外への主な街道は塞がれて、逃げ出すことも不可能に近い。あの万年雪の山を越えることなど出来ないし、大きな河を渡るのは困難だし。テュレイス軍は間もなくここにも到達するだろう」


「プリアード領はどうなっているのかしら?」


「先に首都陥落が目的だろう? 地方はたぶん無傷だ。テュレイスが戦力を無駄に向かわせるわけない。中央が落ちたら地方はそのまま降伏すれば被害は最小限で済むだろうな。だが、国中の各領から中央のここに出兵はさせてる。プリアードの兵士がどの辺りに配備されてるかはわからないけど」


「‥‥‥そう。誰も犠牲になって欲しくないわ‥‥‥」



 急に扉がドンドンと叩かれた。



「メローペさまぁ! カペラでございますッ!! わしは、わしは戻って来たのですわ!」



 びっくりして、アステローペと目を合わせた。


「カペラさん? どうして‥‥‥」


「よくよく考えたらわしはもう年だし、今さら逃げても逃げなくてもそうそう変わりゃせんしな。ならば最期は生まれ育ったこの大聖堂を護って死にたいのです。孤児のわしにとって、ここはわしの実家と変わらんのです。子どもの頃、わしは見栄えも良くて声もよく出たから孤児院ではなくて聖歌隊としてここに置いて貰えた。とても感謝しております」


「‥‥そうでしたの。けれどもご無事でいてください。私は微力ですが、世の中の安寧への願いが神に届くよう、ネビュラの巫女としてこのままここで祈り続けますわ」


「わしは、息子と男孫たちは徴兵される前に逃したのです。その分、わしはここでこの大聖堂と避難しておる人々を命ある限り護って闘う! 出来ますればメローペ様を人柱から解放させたいと願っておるのです。人間の生け贄など神は欲してはいないと思うのです。これは国王と大司教様の決定に逆らって罰当たりかもしれんが‥‥‥」


「‥‥‥えっと」


 それは願ってもないことで私が目指していることだけれど、さすがに私が言えないわ。


((((メローペ! ここは、神が御神託をくれるかも、みたいなこと言っとけよ。もう、始まってんだ。俺たちの女神降臨作戦は )))


 ───わかったわ。


「カペラさん。そこに避難されているみなさん。祈り続けるわたくしに神は、近々御神託を下すとおっしゃいました。わたくしはその声を信徒に直接お伝え出来る日が必ず来ると信じておりますわ。それまではどうかそっとしておいてください。祈りのために‥‥‥」


 これでいい? アステローペが、ウムって頷いてくれたから、まずまずの返答だったかしら?



「おお! 神の言葉をお聞きになられたとは‥‥‥ははッ。このカペラ・チャリエットはメローペ様の仰せのままに‥‥」



 カペラさんが避難民を仕切って、私の部屋の周りから他の場所へ誘導してる声が聞こえてる。


『皆よいかな、ここはネビュラの巫女メローペ様が我々のために神に祈りを捧げている尊い部屋だ! なるべく静寂にしなきゃいかん。みなさんには既に逃げ去った司教様の部屋を解放しましょう。わしは掃除のためにあの部屋のカギは持ってるでの。こちらへこられよ───』



『ええッ、あの人柱の巫女はこんなところにいらしたのか?』


『まあ‥‥娘さんがこんなところに閉じ込められるなんてお可哀想に‥‥』




 ***



 それからカペラさんは、協力者を募り、大聖堂の周りの警護を始めたらしいの。



「カペラはメローペが自分を一度逃してくれたことに恩を着て、今ではメローペをネビュラ守護の巫女だって崇拝してる。周りにも美談にして言いふらしてる。願ってもないお膳立てだ! 皆に協力を煽って独自に大聖堂の周りを民間警護してるぜ。いつの間にか、大聖堂の長老って呼ばれてる」


「まあ、カペラさんは誰よりも信心深いのね。そして信頼を集めてる。さっさとあれこれ捨てて身の保全に走ったお偉い方々より‥‥‥」


「非常時にこそ本当の人柄がわかるってものさ。‥‥‥それよりもう、そろそろだな。メローペはこの部屋を隅々まで綺麗に片付けておけ。それから俺がいない間にバケツの水で身を清めて、いつでも着替えればいいだけに身支度しておけ」


 アステローペが煙突に消えると、散らかったものもゴミも箱に詰めて暖炉の口へ戻した。


 私はさっそく身支度を始めた。アステローペが司教様の部屋で見つけた櫛を持って来てくれたから、髪もとかせる。


 バケツの水の水鏡に映るのは、疲れた顔した女の子‥‥‥


 排水溝のある部屋の隅っこでバチャバチャと顔を洗ってお行儀悪くドレスの裾で拭く。髪も水を通して手ぐしを通してから絞った。着ていたドレスは脱ぎ捨て、体に水を浴びる。すごく冷たくて震えちゃう。でも身が引き締まった。




 ***




 開戦からたった10日後のことだった。



 その夕刻、遂にテュレイス軍が、市民の盾で抵抗を続けるネビュラ大聖堂を囲んだ────



 私はアステローペが作ってくれたドレスを纏って────いざ勝負!








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ