魔女の三百年計画
「─────で、俺は火炙りにされて、いつの間にかタマゴになってて、カペラに拾われて。タマゴん中では覚醒と深い長い眠りを繰り返してた。カペラにこの地下室に祀られたら置かれた場所からなぜだか離れなくなっちまって、ここに取り残されてた。まあ、ここにくっついていれば、おかしなやつに持って行かれることもないし、自分では動けないタマゴの俺も安全だったと言える。ここんとこうつらうつらしてた俺は、メローペに起こされて、こうして大蜘蛛のアステローペちゃんになってやがんのさ」
***
私は鳥肌だわ。欠けていたブロックがはまって行く。
約300年前に始まった因縁は、時を超えて私を引きずり込んだの。
エレクとイオが幸せになっていたのなら、ネビュラ王国は呪われることもなく、300年後に生きる私も幸せでいられたのに────
「アステローペ、聞いてちょうだい。事は重大で、私の推測はたぶん間違ってはいないと思うの─────」
今度は私が、カペラおじいさんから聞いた民間伝承をアステローペに話し、今のネビュラ王国の惨状は魔女エレクトラの呪いだと考えていることを伝えた。
「‥‥‥マジかよ?」
「‥‥‥私は真剣よ。ほぼ確信したわ。ここまで辻褄が合うんだもの。私の知るエレクトラはイオの恋人のエレクの転生だった。そして以前の自我のまま転生して、以来約300年生きているの。これってもはや魔女の域を超えてると思うわ」
「なら、火炙りからすぐのことだよな。エレクと俺が300年前に使ったのが、エレクが持つ最後のオリジンの転生の薬だった。そして少なくともエレクが妖精の森に入ったおよそ50年前までは、妖精の鱗粉が無くて薬を複刻させることは不可能だった。その間は250年もある。その間に死んでしまったら再び自我を持ったままの転生は出来なかったわけだ。だからエレクは生きてるしかなかったんじゃないか?」
「だからって、1つの人間の体でどうやってそんなに生きてられるの? しかもエレクトラは、私の姉だと言ってもおかしくはない姿のままだったわ。いくらなんでも魔法で、人の本来の寿命の3倍も延命なんて出来るのかしら? 魔女の体は基本、人間なんでしょう? 魔物とは違うんじゃない?」
「けど、エレクは死ぬわけには行かなかった。自我が消えたら恨みまで忘れて消えてしまうから。この世から無かったことにされてしまうぞ?」
「ならば、新たな薬が無いままで、火炙りから転生してしまうのはリスクが高かったでしょうね。次の転生の人生で、こんな大きな復讐を成し遂げられるかというと難しいことだし、出来なかったらそれまでよね。その人生で、長年未完成だった自我転生の薬を確実に複刻させられる保証は無いもの。実際完成したのはここ50年以内のことだし。火炙り後、すぐ転生して普通に生きてたら、薬は到底完成していないまま亡くなったはずよ。エレクトラの魂は洗われ、恨みの思いもとっくに消滅してる」
「‥‥‥だよな。次回の薬が無い以上、自我を保って転生したとしてもエレクにとっては歩の悪いターンになる。エレクには何か策があったのか?‥‥エレクは、魔女狩りによって民衆の不満の目をそらしたこの国を恨んでた。更にそれが民衆によって歪められ執行され続けても黙認し続けたこのネビュラ王国を。‥‥ああ、今も目に浮かぶ。エレクは火に炙られながら言ったんだ。『この国に必ずや滅亡を贈る』って。
「‥‥‥火炙りになったエレクトラは、ただの自我持ち転生とは違うのではないのかしら? どれもこれも、イオとともにいた頃のエレクの力を遥かに超えていると思うの。美しいまま300年も生きてることも、ここまで国を追い込んでいることも。イオに、『来世では崩壊と再生の瞬間』を見せてあげるって言ったんでしょう?」
「ああ、寝物語でそう言った」
「今、まさにそうなろうとしている時にイオは生まれたわ。火炙りから300年も経った今。‥‥‥火炙りからすぐにイオが生まれていたとしたとしたら、魔物とはいえ不運で亡くなって、もういなかもしれないし、今頃は寿命を迎えてるかもよ? そうだったら、ネビュラ王国崩壊途中の今、あなたの魂は洗われて、エレクのこともイオだったことも忘れてるのよ。けれど、今あなたはまさにここに。これも偶然にしては出来過ぎだと思うわ」
「‥‥‥俺がタマゴから、なかなか孵れなかったのはエレクのせいだと? このネビュラ王国の『崩壊と再生の瞬間』を約束通り俺に見せるために?」
「‥‥‥だって、そう考えるとぴったりじゃない。タマゴが光ったのだって、私が耳にピアスにして身につけてるエレクトラの転生の薬に反応してたんじゃないかしら? この薬に出会うことが、イオが再び生まれてもいい合図だったのかも‥‥‥」
「‥‥‥もう、わけわかんねぇ‥‥‥今日はもう考えたくない。もう俺は寝る!」
「そうね。まだ夜では無いような気がするけど休みましょう。私も頭の中を整頓させなきゃパンクしそう‥‥」
***
ドンドンドンッ ドンドンドンッ
「メローペさまぁ!! 大変だぁー!!」
びっくりしたぁ‥‥カペラおじいさんだわ。もう朝?
私は地下室に閉じ込められてるから時間の感覚がよくわからなくなってる。
「おはようございます。カペラさん」
「おはようじゃないですよ! メローペ様! 今は真夜中ですよ!」
「なら、どうしたの? 何が大変なの?」
「お、落ち着いて聞いてくだせぇ。と、と、とにかく今は皆、大慌てなんですわッ!」
確かにカペラさんは慌て過ぎ。落ち着いた方が良さそうね。
「大変なこった! 実は10日も前に隣国のテュレイス帝国が我がネビュラ王国に宣戦布告し来てたそうなんでさ! にも関わらず政治の上層部は国民に知らせなかった! 全くあいつらの無策には国民は怒りしか無いですよ。国は何とか国民には知らせぬまま、裏で話し合いに持って行く算段をしてたらしいが、決裂したらしい。最後通牒を受け取った。でもって、この夜が明けたら開戦になるそうなんでさッ!」
「まあ! 開戦ですって? なんてことなの!! そんなに前から宣戦布告が‥‥‥」
ならばその事実から国民の目を逸らすために、私の人柱パフォーマンスは丁度良かったというわけね‥‥‥
酷い。‥‥‥私は王室の使い捨ての盾に使われた。国の平穏を願う女神様の役割を押し付けられて。
ならば仮に私がここで死んだとしても誰の何の役にもたたなかったってことね! 強権的に、一時的な目くらましに利用されただけ。民衆の気を逸らすために。
司教様も司祭様も一度も祈りの様子を見にも来ない。気にもかけない。私に構う暇も無いわけだわ‥‥‥
「もう、みんなアワアワしちまってる。逃げなきゃわしのような役立たずの老いぼれは真っ先に殺される。女、子どもは早く逃げないと攫われちまう。男衆もこのままじゃ、闘って殺されるか、良くて捕虜になってテュレイスの奴隷だ!!」
ネビュラ滅亡の足音が聞こえるわ‥‥‥‥
──────これはエレクトラの呪い