《挿話》 恋したら魔女だった 4
俺は脱力し、彼女に体を預けてる。この身体でエレクと続きが出来るとは思っていたわけでは無いけれど、それでも俺は‥‥‥‥
エレクの髪からは、カモミールの香りがしていたけれどメローペは甘い匂い‥‥‥髪飾りのスズランの花の造花から‥‥‥
子守唄を歌いながら、赤ん坊をあやすように俺を撫でてるメローペ。確かに俺は生まれたてだけど。
‥‥俺、メローペに甘えてる? いやいや、俺が面倒みてやってんだろ。
俺はメローペを助けてやんなきゃいけない。
‥‥‥ん? 何でだ? そんな義理あったっけ? ついさっき出逢ったばかりだ。
とか言いつつ、メローペの膝に乗っかって、ちょっと嬉しい俺。だって最初は姿見て叫ばれてたから、短時間でスゲェ進歩だ。
「さあ、そろそろアステローペの番よ。エレクと誓い合った続きからお話してくれる?」
「‥‥わかった」
俺は心地よい温もりの膝から下りて、隣に位置を取った。
「エレクと俺が誓いのキスをしてからだな。あー、お子様にこの続きはちょっと‥‥‥」
「ちょっとどうしたの?」
「‥‥ま、いいか。その夜の続きは──────」
エロ表現は極力抑えて、俺は話し始めた。
***
狭いベッドの中で、俺の背中にくっついているエレク。今、確かめておかないとモワモワで眠れそうにない。
「エレク‥‥‥聞いてもいい?」
「ええ、どうぞ‥‥‥」
「エレクには‥‥未来がわかるのか?」
「何となくの予感はたまにあるの。これはこうした方がいいとか、これはやめておいた方がいいとか。はっきり見えるのは稀によ。殆ど無いくらい。それに知りたい未来を指定して見れるわけじゃない。今までの経験から思うに、たぶん、あたしが恐れていることと未来が一致する時にだけ見えるのかもしれないわ」
「悲劇がわかっててもどうにも対処できねーのか?」
「これに関しては、どの道筋を選ぼうとあたしが魔女狩りに遭う運命は変えられないみたい。運命が追いかけて来ることって、きっとあるの。生まれた時から決まってることもあるのかもしれないわ。その辺の真髄は魔女だからってわかるものでもないのよ。イオがあたしと一緒にいることを選択するのなら、やはりあたしと同じ運命をたどるの。あたし‥‥‥やっぱり‥‥‥イオを巻き込みたくない!」
俺はエレクが愛しくなって、向きを変えて抱きしめた。髪からカモミールの香りがふわっとした。エレクの匂い‥‥‥
「なあ? このまま二人で逃げてもだめなのか?」
「あたしは、どうあがいてもこの災禍からは逃れられない‥‥‥だって国中が暗黒のオーラで覆われているんだもの」
「‥‥‥そっか。ならしょうがねぇ。俺、最後までエレクといたい。俺は爺さんになるまで、失ったエレクを想って嘆きながら生きるよか、エレクと最後まで思いっきり愛し合って散る方を選ぶ。だったら俺たちにはあと何日かしか無いんだろ? 貴重な時間になるな。叶うなら1秒でもエレクと離れていたくはないさ」
「‥‥‥怖い? その日が来るのが」
俺を間近で見つめるエレクの瞳の奥に、鈍い光が灯ったような気がした。
「そりゃ怖いさ。死ぬんだろ? 自分がなくなんだぜ? 死んだらどうなるんだろうな? あー、命がけでアレクを愛してるってこの想いも、俺と一緒に消えてしまうのなら、それは一番ツラいかも」
「‥‥あたしが今まで生きて来て、そこまで命をかけて情熱的に愛してくれたのはイオが初めてよ。若いって、そういうことなのね、ふふ‥‥。でもね、あたしを選ぶということは死を選ぶということよ? イオはまだ間に合うのよ? 本当にそれでいいの?」
「おい。俺たちはたった今、契ったってのに、今さら何だよ?」
「‥‥もし、イオの決心がこのまま変わらないのなら、明日、家族やカルポさんたちにさり気なくお別れをして来るといいわ。そして暗くなる前に、あたしのところに必ず戻って来て。最期にあたしからイオに愛の印をあげる。あたしに命を捧げてくれるイオに報いるために‥‥‥」
***
翌日の朝、俺はエレクの家を出てから今まで世話になった人たちの顔を訪ねて回った。
あんま好きでなかった実家も、最後だと思うと愛おしく思う。まだまだ元気な両親と跡継ぎの一番上の兄貴とその家族が、急に顔を見せた俺を訝しそうに見てる。
いや、今日は小遣いせびりに来たわけじゃあない。狩った鴨を2羽手土産に渡すと態度が一変した。懐いてた甥っ子には、お手製の木彫りのクマをあげたら微妙な顔をされたけど、これは俺の形見の品なんで、押しつけて来た。ったく。カルポ爺さんと俺が冬場に作る工芸品、結構な高値で土産物屋で売ってんだぜ?
町を適当に回って知ってる顔には声をかけ、明るく軽口をたたいて回った。みんな相変わらずだ。心の中でサヨナラを言っといた。
近頃は外泊続きだった俺はカルポ爺さんの家に帰り、4年間暮らした俺の思い出の部屋を整頓した。これでそのまま次の弟子が使えるだろう。爺さんは狩りに出てたみたいでいなかった。最期に一目会いたかったな。ま、爺さんと俺との思い出は、腐る程あるからまあいっか。
俺は金も無いし、爺さんには何してあげればいいのか思いつかなかったから、道すがら取れたらキノコを台所に置いてきただけ。
まだ日のあるうちにエレクの家に向かった。エレクが心配だし。
「エレク、たっだいまー!」
「あら、早かったのね。おかえりなさい、イオ」
アハ、まるで新婚みたいだな。
俺たちは一緒に料理を作り、お喋りしながら食べる。そして夜は抱き合って寝る。
こうしていてもどこかふわふわしたおかしな気分だ。もしかしたらこれから起きることは嘘で、このままエレクと幸せにずっと暮らせるんじゃないかって錯覚してしまいそうだ。
ベッドの中でエレクが言った。
「イオはあたしの特別な人よ。今まで会った誰よりも純粋で真っ直ぐなの。だから、そのままのイオでいて欲しい。生まれ変わっても」
「‥‥生まれ変われんのかな? でもさ、死んだらどうなるかなんて誰にもわかんないだろ? ただ、自分が無くなるってのは恐ろしく感じる‥‥‥」
「‥‥無くならないわ。眠りの中で扉さえ見つけられれば」
「どういうこと?」
エレクによれば、人は意識を失う瞬間には、3つの扉のどれかを必ずくぐっているという。誰もがこれを持っているんだと。
一つは睡眠への扉。
夜の眠りにつく時に通る扉。しかし、眠りの部屋の底は冥界へと繋がっていて、余りに深くゆけば死への入り口となる。
一つは冥界への扉。
人が死ぬ時は、自然にここに導かれて冥界へと進んで行くという。現世であれこれ染みついた魂はここ冥界で洗われ、前世のことは何もかも忘れ、まっさらゼロからの輪廻。
そしてエレクは俺に、それらでは無い第三の扉を通れと言った。
意識を失う瞬間を見極めてここを通れば、今の自分を保ったまま、前世の記憶を保ったまま新たな生を受けることが出来るという────
ならエレクのことを忘れずに済むけど。
「んな、無茶を言われても俺は魔女じゃないから無理だって‥‥‥」
「あら? 魔女にだってまず無理よ? 偶然に通れる確率なんて滅多にないわ。これを使わなくては」
エレクは不敵な笑みをちらっと浮かべ、黒い硬そうな小さな二つの黒い粒の結晶を見せた。