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眠りにつく前に  作者: メイズ
清廉なる乙女の章
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彷徨いの魔女の誘掖(ゆうえき)

 二度目にエレクトラに会ったのは、転生への眠りの薬を受け取った時。


 私の13回目の誕生日の数日前。ほんの1週間すら経ってない、つい先日よ。


 お母様は、お父様には内緒でエレクトラに相談し、自我転生の薬を依頼していたの。自分が実家から受け継いた、秘宝の真珠と引き換えに。



 私はそれまで、そんな薬のことも、エレクトラが実は魔女だと言うことも知らなかった。


 エレクトラの塔へ行く当日になって、お母様から聞かされた。



 エレクトラは、自我を保ったまま転生を繰り返し、この世を千年彷徨(さまよ)って来た魔女だということも。若い女性に見えるけれど、今は300才くらいらしいということも。


 にわかには信じられなかった。それでも私の命の危機において、お母様が冗談を言うはずもないの。



 私はちょうど3年前に、黒いローブのフードを深く被った姿を1度見たきりだったから顔はわからない。


 もし事実なら、なぜ人間が美しいままそんなに生きていられるのかは、わからないわ。

 

 魔女といえど、元は人のはずなのに。お母様はどう思ってらっしゃるのかしら?

 



 ***


 


 エレクトラの使いの黒い狐に導かれ、お母様と二人で妖精の森に出向いたその時の道は、前回とは違って至って平凡な道のりだったわ。


 エレクトラの塔に着いて、3年前の記憶と全く変わらぬように思える部屋に通された。



 私たちを出迎えた、眼の前のエレクトラを見て驚いた。あまりの美しさに。まるで夜空の女神様のようだわ。


 黒いドレスを纏う、豊かなウェーブの黒髪と月の光を宿した瞳。ほっそりした白い指先。



「メローペ様は前回いらした時のことを覚えていてくださるのかしら? わたくし、占って差し上げましたわね‥‥‥」


「‥‥はい。その節はありがとうございます」


 私は夜、夢を見たことが無くて夢占いは出来なかったから、代わりにアンティークなカードで占っていただいたことは覚えているけれど、内容は忘れてしまった。


 あ、そう言えば夢を見ないほど深く眠る私には、魔女の素質があるって言われたかも。


 今になって知ったけど、魔女に魔女の才能を認められたってこと?



 テーブルには3年前と同じハーブティーと焼き菓子。私がこの焼き菓子を気に入ったことを覚えていてくれたのかしら?



 お母様はエレクトラに "人魚の涙" を渡して代わりに薬を受け取った。



「お可哀想に。メローペ様。けれどもこれはあなた様の逃れ難き宿命なのです」


 お茶をティーカップに注ぎながらエレクトラが言うと、お母様は堪えきれず泣き出した。


 構わず、彼女は続けた。私の目ををじっと見つめながら。



「けれども、メローペ様には守護の星がついております。この難局を乗り切れるかどうかは、あなた次第とも言えますわ」


「私‥‥次第‥‥?」


「ええ、最悪でもこのお渡しした薬によって、メローペ様の自我は保たれるでしょう。そのお美しい月夜の雪原に舞う精霊のようなお姿は失われるとしても。わたくしは、そうならないことを願っておりますけれど」


「お母様の秘宝と引き換えのこの小さな粒で、私は私を忘れずに済むというのね‥‥‥この肉体を失っても‥‥」


 にわかには信じられない話だけれど、お守りみたいなものだと思えばいいのかしら?



 不意にふうっと、トンボのような羽を持った妖精が飛んで来て、エレクトラの肩に座った。燃えるように赤い逆立つ髪に、グリーンの瞳。若葉色の薄衣を纏ってる。


「この子は野生の妖精ではありませんのよ。妖精とわたくしの連絡役の1人ですの」


「‥‥‥可愛い。おいで」


 私が呼んでみたら、あっかんべをしてプイッと行ってしまった。



「うふふ‥‥メローペ様が美しい銀の髪とアイスブルーの瞳をお持ちですので嫉妬しているのでしょう。あの子は、自分の赤い髪は森の中では目立ち過ぎると不満なのです。日に透かすと炎のように美しいのに。‥‥‥わたくしが妖精の森の管理者になってからは、森の精気から確実に妖精たちが生まれ、増えております。遠くに散っていた子たちがここに集まって来たり、反対に、他所の森へ旅立って行く子たちもいますわ」


「あ‥‥私、野生の妖精は1度だけ見たことがあります。その子は蝶のきれいな羽を持っていたわ」


「‥‥鱗粉を持つ種族ですわね。お渡しした薬もその妖精たちの恵みと言えますわ。わたくしはこの森に来たことで、遂に自我転生の薬を復刻させることが叶いましたの。これまで気の遠くなるほど長い年月 研究してましたのに、完成しなかったのです。肝心の妖精の鱗粉が足りなかったんですもの。ですから代替であれこれ試していたのですが、効果は今一つで」


「妖精の鱗粉なんて滅多に手に入るものではないわ。人が妖精に出会うことすら滅多にあることではないのですもの」


「ええ、私が研究を始めた時点で、もう妖精を見ることさえ珍しくなっていましたし、今は有名ですが、この貴重な森の存在は長いこと秘されていましたわね。‥‥いえいえ、ごめんなさいね。気の遠くなるほど大昔のことですわ」



 私は薬の使用方法の説明を受けたけれど、理解も信用も出来るわけない。不安を見せる私にエレクトラは余裕の自信を見せた。



「お渡しした薬は、わたくしで治験済みですから安心してくださいな。確かに無意識への3つの扉が見えましたわ。わたくしはそこで引き返して来ましたけど」


「‥‥私は‥‥とにかく大聖堂にて、プリアード家の娘として立派に責務を果たすつもりです。この森やプリアード領のために」


 緊張して強張った声で宣言した。


「‥‥そう。その後が肝心ね。じわじわと命が尽きるのを、飢えと渇きに耐えながら待つつもりなの? ‥‥‥わたくしが転生の薬を人に授けたのは、千年の間でこれを入れてたったの2人。1人はあなた様、もう1人は愛おしきお方に」


「もう1人? その方はどうなったのですか?」


 エレクトラは私に質問されて、少し動揺したように見えた。瞳が揺れたから。



「‥‥‥よろしいですか? 自我は保たれても、導かれる運命は前世とはそこで大きく変わってしまう。この私とて()()()()()()()()()()()()()()のよ? 前世で築いた関係もそのままというわけには。けれど美しい思い出は壊したくはないものね‥‥‥」



 なんだか意味深な言い方で、言いたくないように聞こえたわ。



「出来ますれば、あなた様は使わないで済みますように。無事生還なさって返して頂いた(あかつき)には、勿論 "人魚の涙" はお返し致しますわ。‥‥‥メローペ様に幸運を」




 それが私の知る魔女エレクトラの全部なの。




 ***



「アステローペ、聞いてた?」



 アステローペが黙りこんでしまったわ。


 しばらくしてポツンと呟いた。



「‥‥‥やっぱ、俺たちが知ってるのは同じエレクトラじゃんか。間違いないよ。最後の言葉。エレクは俺とエレクが交わることはもう無いって言ってんのかな? 前世であれだけ求め合ったとしても‥‥‥‥もう終わったことなんだ‥‥‥」


「それは‥‥‥私には何とも言えないわ。‥‥‥おいで、アステローペ」


 しょぼんとしたアステローペを放ってはおけない。


 あなたはアステローペになってもイオのまま。それこそがあの薬なのだけど、だけど決して元のイオには戻れないの。


 この薬をもし使ったら、それは私も同じなんだわ‥‥‥



 きゅっと胸が締め付けられた。切ない。今日は切なくなる日。



「膝においで、アステローペ」


 私を見上げていたアステローペを、猫みたいに抱っこして頭を撫でた。



「痛ッ! 俺まぶた無いし! そこは目だってば。俺のことよく見てくれよ。俺の目は頭にぐるりと8個あるんだぞ! 撫でるなら、このふわふわキュートなお尻を撫でてくれよー」


 わ! 本当だわ! スゴイ、360度見えてるのね! そしてそこは背中じゃなくてお尻なの? ちょっとわからない蜘蛛の体。



「ハイハイ、ごめんなさいね。わかったわ‥‥‥」



 大蜘蛛の扱いは難しいわね。ハァ‥‥









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