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眠りにつく前に  作者: メイズ
清廉なる乙女の章
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白羽の矢

【あらすじ、白羽の矢が当たった→白羽の矢が立った】 物心ついた頃から思っていた。


 眠りに落ちる瞬間を見てみたいって。 意識と眠りの境目。


 きっとそれは人が死ぬ瞬間と同じ感覚なんだと思う。


 目を瞑って、気がつけば朝になっていて、感覚、秒で時間が過ぎ去っているから、その時間のギャップに不思議を感じてる。毎夜、眠りに落ちる瞬間を捕らえようと試みるのだけれど、13才になった今日まで、未だに成功していない。


 私は夜、『夢』というものを見たことがない。



 ───遂に来た。今日は特別な朝。




 ***




「‥‥‥メローペ、支度を」


「はい‥‥‥」



 お母様は努めて淡々とした面持ちで、私を促す。


 侍女たちは外して貰っている。母子二人きりの部屋。


 先ほど清水で身を清めた私は、白いシンプルなレースのドレスを纏う。お母様は、私の長い髪に香油をつけサイドを編込み、、甘い香りを放つスズランの花の飾りを、頭がブーケになりそうなくらい盛ってくれた。


 プラチナのストレートの髪。ブルーグレイの瞳の少女。鏡に映る私の頬は青白い。


 窓の外は、新緑の木漏れ日と小鳥の囀りの響く美しい日だというのに───



 落ち着かぬお父様と、2つ違いのお兄様と弟は、私が仕上がるのを廊下で待っている。



 ああ、私には優しい家族がいて幸せだった。逞しい肩に私を乗せて豪快に笑うお父様、いつも私を護るナイトになってくれていたシリウスお兄様、明るくおしゃべりなかわいい弟のカリスト。



「父上、他に方法は無いのですか! クソ‥‥我らが何をしたというんだ!!」


「メローペ(ねえ)様がいなくなるなんてイヤだッ! グズッ‥‥‥ふえぇぇん‥‥ズズズッ」


 いつもは冷静なお兄様のやるせない怒りの呟きと、弟のグズる声が私の所まで響いて来た。




 その声に反応したかのように、お母様が私をそっと抱き締めた。そして私の耳許で囁いた。


「‥‥‥メローペ‥‥ああ、私の愛しい娘」


「お母様‥‥」


 離れたくない。この温もりと匂い。



「メローペ。さあ、このピアスをつけて。いいこと? これが最後の砦よ。‥‥‥私がしてあげられる精一杯がこれだなんて‥‥‥」


「ありがとう。お母様は私のためになるたけのことをして下さった。‥‥こうなったのは、避けられぬ私の運命なのだわ」


 お母様は私の耳に、黒光りする小さなピアスを飾ってくれた。


 私はお母様の施して下さった愛に感謝して、涙を堪えてエレガントに一礼した。





 ***




 メローペに白羽の矢が立ったのは、ほんの7日前のことだった。



 北の辺境の小さな国、ネビュラ王国では、去年の春から国難級の災厄が立て続けに起こっていた。降り止まぬ大雨が続いて川は反乱し、多くの家が壊れ流された。その後は疫病が流行り、多くの人が苦しみ亡くなった。そして夏には日照り続き。この国の作物は枯れ、秋には食料難となった。隣国の援助で何とか厳しく長い冬を乗り越え、春には種をまき、やっと夏の収穫を心待ちにしていた矢先に、イナゴの大群が国中を彷徨い移動した。


 人々はこの度重なる神の仕打ちを恨んだ。


 国内各地の大司教たち総意の進言により、教皇が国王に提言し、ネビュラ王国では300年ぶりとなる人柱を神に捧げて神のご加護を願うことになった。


 王宮とて、なんの手立ても施さずにいたら人民の怨嗟が益々こちらに集まってしまう。


 王宮お抱えの占い師による香木の枝占いで、人柱に指し示されたのは、貴族の末端であるプリアード家の娘、メローペだった。


 その占いも、出来レースの胡散臭いものではあったのだが、国王からの依頼という強制の前に、プリアード家が拒否することなど出来るわけもなかった。


 国の外れに位置するプリアード領は、一連の災厄をほぼ逃れていた。各地の要求に応じ、出来る限りの援助は施したが、効果は焼け石に水だった。豊かなままのプリアード領は、各領の妬みの的になってしまったのが、娘のメローペを指名された一番の原因だと推測された。



 プリアードの領地は自然豊かだった。森には妖精が住み、人々は豊富な木材を使って家や家具や食器を作る。秋の果樹園(オーチャード)には、シャインレッドと呼ばれるかわいらしい赤い果物を収穫し、ワインを作る。平穏で素朴な田舎領だ。


 続いた天災も、プリアードの領地周辺にはほぼ被害も無く、そのため神から特別なご加護を受けているに違いないと噂が流れていた。妖精が住み着く森があるせいだとか、神に愛されている清廉な乙女がいるからだとか。


 社交界デビューもしておらず、殆どが見たこともないメローペの姿だったが、その噂は想像に任せ、商人や旅人の口々で広まっていた。


 美しく清廉と噂されるプリアード領主の娘メローペを神に捧げることは、国民の不安と苛立ちを落ち着かせるのには政権側としては好都合だったに違いない。


 



 ***




 よりにもよって今日は私の13回目のバースデーの夜だというのに。


 本来なら私は今頃、素敵なドレスを着てバースデーパーティーの最中だったはず。


 それが今、初めて来た場所で、質素な白い布を纏って大衆に晒されているなんて、一寸先はわからないものね。


 死んだ虫に集まり群がる蟻のようだ。朔のこの夜。照らすのは広場に用意された数基の大きな篝火(かがりび)だけ。


 少し前に本で読んだところよ? 暗闇と炎の組み合わせは、人をちょっとしたトランス状態に引き込めるって。上手く出来てる演出だこと‥‥‥



「おお、あれがプリアード家のメローペ様か! なんて眩しい光を纏った少女なんだ! これできっと神も我らにも振り向いて下さる」


「メローペ様が巫女となって、その身と引き換えに我らの願いを神に届けて下さるのだ! 禍が、これ以上起きぬように」



 眼下、大神殿前の広場の壇上に立たされた私の耳に、時折はっきりと群衆のおしゃべりが切り取られて聞こえてる。


 プラチナの私の髪も、白いドレスの裾も、オレンジの炎に照らされて、さぞかし神秘的に見えているようね。



 

 私は民衆に晒されたこの後────



 イヤ、考えるのはよそう‥‥‥


 涙は出ない。震えもしない。とても恐ろしいのに、私の奥に冷静な私がいて、冷たくことの成り行きを見守ってるの。私はプリアード領民のために、愛しい家族のために、この責務を果たさなくてはならない。さもなければプリアード家は断絶させられてしまう。



 私が逃げ出さないように、右も左も後ろも司祭たちに囲まれてる。逃げるわけないのに。覚悟は出来てる。



 だからと言って、王族や聖職指導者たちの安寧のために、民衆の一時的な慰みのために、私がこのまま、ただ生け贄にされるとでも?




 お母様は私のために苦肉の策を施した。二人だけの秘密。


 私は私のお役目を上辺は果たしてから生きて脱出したいけれど、叶わなかった場合は()()を試さなくてはならない。



 私は、耳たぶのピアスにそっと触れた。ここに────




 ***



 お母様は私のために『人魚の涙』と言い伝えられている真珠を手放した。七色に色が移ろい、時に潮騒の歌を奏でる、お母様が実家から受け継いだ名宝だった。



『どちらにせよ(わたくし)はこれはメローペに継がせるつもりだったのだから、あなたのために使うのなら全く惜しくはないわ』



 お母様は妖精の森に住む魔女エレクトラと取り引きしたの。『人魚の涙』と引き換えに。エレクトラが調合する魔女の薬を手に入れるために。今、私の左右の耳たぶにピアスとして飾られている黒い粒がそれよ。見かけはただのブラックダイヤモンドの小さな石。



 妖精の森には羽に鱗粉を持つ種族がいて、その粉には人の感覚を惑わす作用があるらしい。

 魔女エレクトラは、その鱗粉を主成分として、意識と眠りを半々に出来る魔薬を調合したの。その時間の中でなら見極められるそうよ。



 ───意識が落ちる瞬間の壁を。



 そこには3つの扉があるはずなの。




 一つは眠りへの扉。


 魔女エレクトラによれば、私の持つこの扉の向こうの闇は他の人よりもすごく濃いから、眠りの時、夢は見られないそうなの。私には魔女の素質があるらしいわ。



 もう一つは冥界への扉。


 ここに進むと今の命は終焉を迎える。魂は新たに上書き出来るよう、ここで生前の記憶を洗浄されるという。眠りの闇の一番深き底は、ここに繋がっているそうよ。



 そして、私が開くのは第三の扉。


 誰もに この扉はあれど、殆どの人は通れないというその扉を開けば、私は私を保ったまま新たに生まれ変わることが出来る。魔女エレクトラはこれを繰り返して自我を保ったまま千年生きているそうよ。私ももしもの場合は、必ずやこれを見つけて通過して見せるわ。





 私は黒山の喚声に押されながら大神殿の門をくぐる。



 ───大神殿での儀式を終えたらこの身は神殿地下に閉じ込められ、巫女として神に捧げられるの。





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