愛人関係
「包丁に血が付いたまま冷凍しました。知子さんが自害した、証拠品です」
三島が説明を添える。
薫はもう興奮していない。
冷静な刑事の顔つき。
<手>を携帯で撮りながら刈田に質問を始める。
「自害とな? 違うやろ、アンタの彼女が殺ったんちゃうん?」
やはり
マユと同じ推理に行き着いていたようだ。
「彼女? ああ、……なるほど」
「なるほどね」
刈田と三島は顔を見合わせて笑い合う。
聖はこの2人は怖い、と感じる。
人殺しでは無いが、怖い。
<人殺しの手>を見た時より、恐ろしい。
「2月14日、午後8時40分頃、被害者は……三島さん、アンタのマンションに行った。それは間違い無いな?」
薫は手帳を撮りだし、聴取態勢。
「そうみたいです。びっくりしましたよ。あの女がサスペンス劇場みたいなコトやらかすなんて」
刈田は、思い出し笑いのように、
クスッと笑った。
「で、同時刻マンションには、どなたが?」
薫の質問に(待って下さい)と刈田。
「ユヅキさん。知子がどんな女だったか、まず、それから、ですよ……」
……刈田は10年前の出会いからを、語り始めた。
自分は、親に30までに結婚しろと、うるさく言われていました。
誰でも良い。子を産んでくれる女なら誰でもと。
格式の高い、古くさい家でね。
跡取りの兄には、男1人、女1人、子供がいるんだけど
一族の繁栄を考えれば孫が2人だけでは不安だそうで。
結婚しなければ援助を打ち切るとまで言われ、
仕方なく結婚相談所に登録しました。
そこで知子と出会ったんです。
知子の、相手に求める条件が、ハードル低かったですよ。
年齢上限無し、再婚、子連れOK。
もう誰でもいい、って感じ。
どんな女か見てみたくなって、アプローチしました。
デパートの中にあるレストランでランチしました。
豪華だと喜んでいましたね。
(なんで自分なんかを。からかってるんですよね)
って、何回も言いました。
知子は、次は無いと思い込んでいた。
ペラペラと全てさらけ出しましたよ。
母子家庭で貧乏だと。
母親はパートで薄給。無年金。
自分もアパレルショップのパート。
婚活のために借金して鼻を整形したことも。
自虐ネタが延々と続いて面白かったな。
俺への質問は無かった。
二度と会わない男に、聞くことは無かったんでしょうね。
別れ際に
(1つくらいアピール出来る事無いの? 料理が得意とか、ピアノが弾けるとか)
と聞いてみました。
そうしたらね、
(無いですね。……純潔ですけど。30過ぎて、コレもマイナスですよね)
って。
俺は、純潔、が気に入りました。都合が良いと考えた。
……そのまま、ホテルに連れて行きました。
(妊娠したら結婚しましょう。結婚しても俺に干渉しないで。俺も干渉しない)
知子は、高揚した顔で言いました。
(はい、そのとおりにいたします)
一度の関係で、知子は妊娠した。
結婚式は刈田家の遠縁に当たる神社で、2人だけで済ませた。
披露宴は無。
刈田の両親が金を出し、二世帯住宅を建てた。
片方に刈田が1人住み、
もう片方に知子と母親が住んだ。
子供が産まれた後は
決まった時間に、知子が刈田の元へ連れてきた。
「快適だったんですよ。家政婦が2人いるようなモンですから。息子は可愛いし。知子も何の文句もないでしょ。母親と暮らせて、金には困らない。アクセサリーショップのパートは半分趣味だし。俺は始めに契約したとおり知子には一切干渉しなかった。まあアレが何しようが興味も無いけど」
「でも、アンタ、浮気したんだろ?」
表向きは夫婦でも
実質は別居状態、妻は家政婦扱い、ではないか。
親に孫を与えたかっただけ。
それでも夫が変人だと割り切れば不自然さは我慢できたであろう。
ところが、愛人の存在を知ってしまった。
自分に対して情の欠片も無い男が
女の元に、通っている。
「奥さんは、妻の立場が脅かされると、恐れた。アンタに好きな女ができてしまった。元々好きで結婚したわけでは無い、自分と母親は追い出されると、思たんちゃうん?」
薫は刈田に聞いた。
刈田は、理解出来ないと、言いように首を傾げる。
「知子さんは、ノボル(刈田の名)が浮気していると、思ったワケでは無いですよ」
答えたのは三島だ。
「誰か好きな人がいると、最初から疑っていたと思いますよ。
その人とは事情があって結婚できない。
だから誰でも良かった。言いなりになる女、子供を産む女なら誰でも良かったんじゃ無いかと、疑っていた」
「成る程、そういう事情か。刈田さん、アンタの愛人は、人妻か。疑いが事実やと知ってしまったんやな。友達のマンションで会ってるのがバレたんや」
「ははは」
刈田は大口を開けて笑った。
「何が、おかしいんでっか」
薫の口調は優しい。
刈田の精神は正常かと、疑い始めている。
「知子さんも同じように考えたんでしょうね。屈辱が憎悪に、殺意になってしまった。女を殺し、ノボルを犯人にできると、あの時間に決行したのでしょう。……包丁をテープで手に固定して般若の形相で……」
三島は、
見たかのように、言った。
「僕は……驚いたけど、次の瞬間には、知子さんが哀れに思えて……逃げなかったんですよ。僕を刺して気が済むなら、どうぞって。……ところがね、あの人、ポロポロ涙こぼして……ひいひい、へんな声だして……いきなりざくって、自分の喉を切ったんです」
「へ?……は?……一体、それは」
薫は、三島の語る状況が、分かりかねている。
セイは、1人で笑い続けている刈田が、怖い。
「ユヅキさん、とぼけてますね。わかってるんでしょ? 僕らのコト。おたくら、と同じですよ」
刈田は笑いながら、薫とセイを指差す。
「ん?」
薫は、セイを見て、何かと考えている。
「おたくら、この小屋で密会してたんでしょ?……若い男2人山奥で何してたんやと問われたくないから、嘘ついたんでしょ?……『首』が川を流れてきたなんて嘘を」