手土産
「ログハウス?」
マユの目がまん丸。
それくらい超意外な展開なのだ。
「彼らは、どっかのログハウスに首を放置した。そいつをシロとアリスが運んできたみたい」
「カオルさん、どこのログハウスか分かったのかしら」
薫は聖に
(シロにも聞いといて)
と、簡単に話を終わらせた。
「セイ、聞いてみる?」
シロは聖の足下で丸くなって寝ている。
「まずは桜木さんに聞いてみる。アリスとシロの行動範囲は俺より知ってそうだしね。明日の朝、行くよ」
「日曜の午後に会うのね。日にち無いじゃない(今は木曜の夜)。カオルさんは忙しくて動けないのかしら」
「土曜休みだけど大切な用事があって」
土曜日はゲームの発売日。
薫は梅田(大阪駅あたり)の電気屋ビルに行くのだ。
ゲーム、プラモ、パソコンやテレビをたっぷり見て回り、
帰れば、ゲームを始めるだろう。おそらく徹夜で。
「何それ……大切な、娯楽?」
マユは呆れている。
「娯楽と言えばそうだけど、半年前から楽しみにしていたんだ。アイツの生きる糧なんだ」
セイはムキになって薫を庇う。
実は(人混みに行きたくないので)薫に予約したゲームの受取を頼んでいるのだった。
楽しみにしているのは自分のコト。
「ああ、でもカオルさんのことだから、見当ついてるのね。きっと、そうよ。犬が数時間で往復できる範囲にあるログハウス。山の中の別荘じゃない? そして空屋でしょう。男2人が侵入し『首』を放置し、犬が回収できた。廃屋か滅多に人が来ない別荘でしょ」
「別荘か……」
「該当するログハウスは絞れるでしょう? 沢山あると一軒一軒回らなきゃいけないけど」
マユはこの山に別荘が在ると、思っているようだ。
「ここらに、別荘ないよ」
「え……ない、の?」
何にも無いから動物霊園にできたのだ。
別荘など無いから、かつて、狂人が(猪の)首斬り場に使っていた。
「県道の向こう側には在るけどね」
犬達が首を転がして、車が走る道路を横断したとは考えられない。
「まあ。……謎ね」
マユは面白そうに言う。
「謎だよ。解けたらいいんだけどね」
聖は、
山にログハウスが一軒存在する事を
完全に忘れていた。
薫と尋ねた、あの家が思い浮かばなかった。
翌朝、シロを伴って桜木に会いに行った。
どこかにログハウスがあれば直行と、車で行った。
霊園事務所のドアは開け放されていた。
桜木は事務所の中、拭き掃除をしていた。
てきぱきと、隅々まで丁寧に拭いている。
たかが朝の掃除に表情は真剣。
几帳面で生真面目な男だと、あらためて知る。
「おはようございます」
突然の訪問に
桜木は笑顔で挨拶してくれる。
事件に巻き込みたくは無いので詳細は話さない。
ただ、アリスが遊び場にしているログハウスを知らないか、と聞いた。
桜木は、外へ出て
「あっち、ですよ」
と西の森を指差す。
あっさりと1秒も考えず即答。
「へっ?……あっちの森に?」
「はい。車でこっちからは行けません。道が無いです」
車で行くには県道から、ずっと西、
県境(奈良と和歌山)の橋から、と。
「そっか。そうだよな。道無いよね」
じゃあ、と車に乗りかけたとき、
アリスが、西の森の入り口で
木立の陰を出たり入ったりしているのが目に入った。
「あれ?」
あそこから、森に入って行った覚えが……、
思い出した。
「セイさん、急ぐなら歩いた方が早いですよ。30分位の距離です。獣道がね、ログハウスの前まで続いています」
「そう……ですか」
こっち、早く来いよ、
とでも言ってるように
アリスの側にシロも走って行き、
2匹で聖に吠えているではないか。
ログハウスに辿り付く前に
聖は、<徳田のログハウス>を忘れていたのだと、分かった。
河原でバラバラ死体を発見した強烈な出来事は
まさか忘れやしない。
だが事件に関わった徳田の家は忘れていた。
「1回行っただけ、だからな。しかも夜中だった。」
薫と2人、懐中電灯片手に、森の中を歩いた。
どこに在るか分からぬ徳田の家を探しに。
真っ暗な森の中、家の明かりが目印になるから見つけやすいと、薫は言った。
その言葉通り、黄色い明かりが遠くからでも見えたのだ。
「思い出したよ。俺はあのとき、ログハウスのシルエットを見てないんだ。
真っ暗で家の中しか見えなかった。
俺は徳田さんの顔はハッキリ覚えている。
あの人の喋り方も……あの人の犬も。
強烈だったから。
強烈すぎてログハウスの記憶が薄くなった、それだけのコト」
失念の弁解を犬に聞いて貰う。
徳田の、その後は知らない。
自殺幇助、遺体損壊の罪状であろうが、
実刑で服役したのか、執行猶予がついたのかも。
どうであれログハウスに住んでは居ないだろう。
あれは老犬と暮らすために建てた家だから。
では他の誰かが住んでいる可能性は?
集団自殺、遺体解体現場のログハウス。
誰も買わない、使わない。
マユが言った通り、
薫は<徳田のログハウス>と、目星を付けたに違いない。
「でも、待てよ。なんで警察犬は発見できなかったんだろう?……なあシロ?」
シロとアリスは獣道を先に駆けていき、そして飼い主の元へ戻ってくるを、繰りかえしていた。
時々、道を脇へ逸れ、木立の中へ。姿が見えなくなる。
アリスが後を追う。
暫くして、側に戻ってくる。
「そっか。長いこと森で遊んでいたんだな。銀の玉転がして」
数時間広範囲でサッカーしてたのか。
遊びに飽きて俺の所へ持って来たんだ。
警察犬は臭いが広範囲に点在しているので、始点に辿り付けなかったのだろう。
小さなログハウスの
鍵は壊されていた。
空き別荘を荒らす輩が居る事は知っている。
中はさぞかし、おぞましい様子であろう。
汚い部屋を見るのを覚悟して、中に入る。
電気は付かない。
薄暗い。
カーテンを開ける。
室内がはっきり見える。
「なんで?……きれいじゃん」
大きな木のテーブルは、薄く埃が溜まっているが
汚れていない。
綺麗に洗ったガラスの灰皿が一つ、置かれている。
床は、犬の足跡がいっぱい。
しかし犬の毛と埃以外のごみは無い。
キッチンも同様。
戸棚に食器が整然と並んでいた。
流しの横にある窓が開いている。
シロとアリスは、ここから出入りしていたのか。
(徳田さんのログハウスみたいだ)
薫にラインを送った。
(やっぱりな。日曜13時に現地集合で頼みます)
と即返信。
その夜、マユにログハウスが特定できたと報告した。
「あの、集団自殺事件の……そっか、空屋になってたのね。……じゃあ、日曜を待つだけね」
マユは聖がゲームするのを見たいと言った。
「いいの? 退屈じゃない?」
「見たいのよ。画像が綺麗で大好き」
日曜になれば、すべて終わると思えば気分は軽い。
日曜になれば、薫が(今やってるゲームの)新作を持ってくる。
聖はだんだん嬉しくなってきて
夜明けまでマユに見守られながら、ゲームに没頭した。
日曜日午後1時。
聖はシロを連れて、歩いてログハウスに。
薫はオートバイで先に来ていた。
側でアリスも待っていた。
「4人で会おうと言ったんだよね。また友人と来るのかな?……犯人じゃ無くて」
聖は、マユの推理を(自分の考えとして)話してみる。
被害者は夫の愛人を殺そうとし、返り討ちに。
遺体の始末を刈田と三島が為したと。
「うん。……分からんな」
薫は大あくび。
目が赤い。
さては
寝ないでゲームしてた?
30分後に
刈田と三島到着。
2人モノトーンの似たような服装。
オフロードの白いベンツに乗ってきた。
「中で話しましょう」
刈田は人なつっこい笑顔で言う。
三島は、保冷バッグを抱えている。
4人テーブルを囲んで座る。
「あんなあ、」
薫が口火を切ろうとした。
それを遮るように、
「見せたい物があるんです」
刈田は、早口で言って、三島を見た。
三島は手早く保冷バッグから、
中身を出す。
何だ?
最初に刃渡り15センチ位の刃が目に入る。
包丁だ。
柄に丸い塊が布テープでぐるぐる巻にして
くっついている。
塊の端は赤い。
赤くて中央が白い。
「おい、刈田、コレは……なんやねん、」
「わかりませんか?……ほんの手土産ですよ」
刈田は、笑っている。
薫は立ち上がった。
今にも刈田に跳びかかりそうな殺気。
「ユズキさん、座って下さいよ。僕たち逃げたりしませんから。どうか……お願いします」
三島が静かに頭を下げた。
「しやから、なんやねん、」
薫はもう一度刈田に聞く。
刈田は真っ直ぐに薫を見て、答えた。
「知子の、手、ですヨ」
ログハウスは<その15>で登場です。