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ログハウスで会いましょう

翌日午後5時、聖はG駅前で聞き取りを始めた。

2月14日、苅田知子が山田動物霊園を訪れていた時刻に

オレンジ色のスク-ターが駅付近にあったのか?


駅はG市の中心部の北の果てに位置し、駅の南は商店街。

北側はバスターミナル。

改札は南側にある。

駅前には駐車場も駐輪場もない。

バスターミナルの周りは広い空き地で、常時車やオートバイが数台停めてある。

聖も、その場所に駐車した。


「2月の5時か。薄暗かっただろうな」

車を降り、さて、誰に聞こうかと思案していると

近くに停めてある軽自動車の持ち主がやってきた。

ここに車を停め、電車で出かけていたのだろう。

作業服を着た40才くらいの大柄な男だ。


「あの、ちょっといいですか?」

携帯の画像を見せ、見覚えが無いかと聞いてみた。


「あるある。めっちゃ、あるで」

男は即答。

「2月やな。14日やったかどうかは言い切れんな。けったいな女やったで」

男が言うには、

今と同じように車に乗ろうとしていたときに

スクーターを停めようとしている人影を見た。

見掛けないスクーターだと目を留めた。

(この場所この時刻に車輛を停めている常連では無い)


スク-ターに乗っていた人物は上下、黒っぽい雨がっぱを着ていた。

「防寒服じゃなくて?」

「あれはカッパ。薄いひらひらした、ビニールかっぱや。ほんで、それを脱ぎよってん。

ほんなら、女やった。白い、ワンピースや」

女はスク-ターに取り付けたボックスから靴を出し、履き替えた。

「てっきりな、おしゃれして電車で町へいくのやと想った。帰りは遅い、バスが無いからスクーターで来たと」

 ところが、その女はバスターミナルに向かった。


「この車種やった。色も一緒。ちょっと前に流行ったスク-ターや。都会のマダムが、お買い物にちょい乗り。庶民には手がでえへん代物やな」


聖は7時まで、スクーターが在った場所に留まり、道行く人に尋ねた。

結果、日にちまで、はっきり憶えている若夫婦に出会えた。

(バレンタインやし、イタリアンディナー予約していて。車は明日まで此処に置いとけば良いかって。白いワンピース着た女の人が、走って踏切渡ってきて、カッパ着て行っちゃいましたよ。えらい(ひどく)慌てた様子でした)


聖の仕事は、この完璧な証言で、あっさり終了。

工房に帰り薫に電話を架ける。

すぐに出た。

辺りが騒々しい。

聞いた通りを報告。


「そうか。ありがとう。俺の推理はハズレやなかったんや」

薫はよほど嬉しいのか、大きな声。

いや、このハイテンションは……酒飲んでる?

人に聞き込みさせといて?


「バレたか。ぶり大根で一杯やってるねん。昨日は飲めんかったから」

<居酒屋てっぺい>に居るらしい。

「そうなんだ。1人で飲んでるんだ」

俺に聞き取りさせといて、と言いかけたら電話は切れた。

そして、ラインしてきた。

(塾の駐車場から刈田を尾行した。

駐車場に着いたのが7時50分。

まっすぐに三島のマンションに行った。

鍵で開けて入って行った。

 子供の塾が終わる前に、出てくると思われる。

 尾行終了次第報告します)


「カオル、張り込んでるみたい。なんでだろ? 

2人が今夜会っているのを突き止めても、何の証拠にもならない

不審な行動じゃないでしょ?

時間つぶしに友人の家に行ってるだけ」

 

 薫の意図がわかるかと、マユに聞いてみる。


「カオルさんは、時間つぶしに飲んでるのね。仕事中に飲んでいいの?」

「勤務時間外だろ。それに、この事件は担当じゃ無いと思うよ。『首』を発見した行きがかり上、個人的に調べてるんだ」

「なるほどね。……塾が終わるのは8時50分。8時30分頃に店の外に出て、

刈田さんが出てくるのを待つつもりね」

「そうなんだろうけど……何の為に?」

「被害者は8時30分から8時45分、たった15分のアリバイが必要だった。

どうしてその時間だったのか……検証しているんだわ。自ら三島さんのマンションに行ったと仮定して」

「8時では早すぎるし、9時では遅すぎる、てコト?」

「ええ。被害者は夫の行動を知っていたとしたら?……塾のある日は必ず、そのマンションに行っていると」

「本屋や喫茶店で時間つぶし、は嘘?」

「カオルさんは、そっちも検証したと思うわ。該当する店で聴取した結果、誰も刈田さんを知らなかった」

「塾のある日、午後8時から午後8時40分位の間、三島のマンションに居たとしても、短い時間だよね。喫茶店替わりに友人の家で休憩してた、だけじゃないの?」

「友人の家で時間つぶしと、普通に妻に言えるコトを隠していた可能性があるでしょ? 警察の事情聴取に本屋に喫茶店、と嘘ついてた。何故かしら?……マンション通いは『秘め事』だったんじゃない?」


「秘め事……。あ、もしかして、あっちか、不倫の可能性有り、なんだ。通っていたのは三島の部屋だけど、そこには、実は愛人がいたりして」


「三島さんは密会場所を提供していたのかも」

 苅田知子は、夫の愛人を殺したかったのか?

 

「夫が部屋を出た直後を狙った……出てすぐ戻ってきたタイミング。忘れ物でもしたかと思うわね。警戒しない」

 マユの推理:

あの日、苅田知子は8時30分頃にH駅前に着いた。

スクーターの置き場所は、常時使っている駐輪場か

或いはマンション周辺の路地か。 

返り血を浴びるのを想定してカッパで身を包み

 指紋を残さぬよう手袋装着

 マンションに直行。

隠れて、夫が出てくるのを待つ。

遅くても塾が終わる10分前、8時40分までに夫は出てきた。

夫が塾に向かう姿を確認し

直後に、訪問。

そして無防備にドアを開けた愛人を

手にした刃物で切りつけた。

 不意を突かれた愛人は何が起こったか理解出来ない。

 抵抗を試みる前にとどめを刺されてしまう。

 所要時間5分以内か。

 

苅田知子は仕事を終えた後は速やかに行動する。

 脱いだカッパは折りたためばバッグに入る。

 塾へと走る。


2分で到着。

 もしも少々遅れて

 夫と息子が塾を出てしまっていても問題は無い。

 塾のスタッフに、<駅から走ってきた>と印象づければ

 アリバイは成立する。

 


「けどさ、自分はアリバイ偽装で逃れられても、旦那の方が疑われる、よね。

 実際、直前まで一緒にいたんだし」

「そうよねえ……夫が一番疑われるわ。……それも計画の一部だったのかな」

 苅田知子の憎悪は凄まじく、

 愛人を殺すに留まらず、

 夫も復讐のターゲットだったのか。


「ところが殺されちゃった。愛人の方が、戦闘能力が上だったんだな」

「辻褄は合うでしょ? 夫と、その友人は被害者を殺していない。殺したのは第三の人物。それが愛人だった」

「けどさあ、これだと正当防衛じゃん、なんで隠蔽したんだろ」

「妻が愛人を殺そうとしたなんて、世間にも子供にも知られたくないでしょう」

 世間の好奇な目に晒されるのは明らかだ。

 プライバシーも晒される。

 仕事を失うかもしれない。

 妻は山で殺人鬼に殺された、そっちのがダメージは少ない。

 自分は可哀想な夫でいられる。


「愛人を守りたい気持ちもあるか。……あ、カオルだ」

 薫から着信。 

 推理を進めている間に

 薫の尾行は終了したらしい。


「尾行、ミスったで」

と第一声。

「バレたの?」

「しやねん(そうなんだ)。振り向きよった。ほんでな妙な展開になったで」

「刈田さんに何か言われたの?」

「うん。ログハウスで会いましょう、やて」

「へ?」


 刈田は(塾が3階にある)ビルの前で、ふりかえり、

「ユヅキさん、ご苦労様です」

 と丁寧なおじき。

「いああ、あの、その……」

 不意の出来事に言い訳も出てこない。

 刈田は薫に接近。

 耳元で、こう囁いた。

「お話がしたかったんです。長い話です。今度の日曜ね、午後はログハウスにおりますから。4人で会いましょうよ」

「ログハウス?」

 それだけじゃ、分からない。


「貴方たちが……知子の頭を拾った、ログハウスですよ」

 刈田は優しい声で言って、

 薫の肩をぽんぽん軽く叩き、行ってしまった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] とにかく面白い!ことです。 ご文体やご描写にスタイルがあって、小説の世界を雰囲気と共に描き出している点。 [一言] 今回はまた怖いわ、、、、。
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