15分のアリバイ
駅前は商業ビル、マンションが並んでいる。
居酒屋「てっぺい」は古い4階建マンションの1階。
カウンターだけの小さな店で、立ち飲み屋に近い。
ひっきりなしに客が出入りするので「ぶり大根」の臭いが外に流れているのだ。
平日の午後七時。店内は仕事帰りの男達で満席。
「いそがしいのにゴメンなさい、この兄ちゃん、知ってはります?」
薫はレジに立っている50才位のスキンヘッドの男に聞いた。
携帯の画像を見せている。
刈田と三島。
河原でこっそり撮っていたのだ。
「こっちは、ここの2階の、つるんとした兄ちゃんですわ」
店主らしき男は、画像の三島を指差し、視線を上に。
「ほんで、ええ臭いや。なんでっか?」
「うちの看板料理、ぶり大根でっせ。だんな、どうぞごひいきに」
警察手帳も見せていないのに雰囲気で警察官と察したのか
店主は丁重に頭を下げた。
「セイ、大当たりや」
薫は右端にあるマンション入り口へ向かう。
集合ポストの201号室に「三島」とマジックで書いてある。
単身者が住む賃貸マンションの佇まいだ。
「えっ? どうして ……カオル、此処だと分かったの? 凄いや」
刑事のカンは超能力に近いのかと、感嘆。
「カンやない。推理や」
遺体は細かく解体され、味付けし、生ゴミとして処分。
頭部は生ゴミに出せなくて遺棄。
一般家庭の台所で人間一体、煮詰めたのだ。
何回にも分けて、数日費やしたであろう。
「この周辺は居酒屋の仕込み時間から夜まで『ぶり大根』の臭いが漂ってるンや。しやから同じ臭いで誤魔化したんや。もしカレー屋なら三島は人肉カレー作ってたで」
男1人が住む部屋から連日煮炊きしている臭いがすれば
変わった出来事として、誰かの記憶に残る恐れがあるではないか。
「セイ、慎重な奴やで。手強いで」
薫は、次にバスで刈田の家を見に行くという。
「三島の部屋を調べれば、痕跡が、証拠が見付かるんじゃないの?」
混んだバスの中、くっついて立ち、小声で会話。
「踏み込む理由が無いヤンか。……俺が推理してるだけ。それも矛盾がでてきたらハズレ、ってことや」
「今のところ大当たりじゃ無いか。三島の家を偶然みつけたなんて凄いよ。どこの誰かも分かってない男なのに」
「そうやで。被害者の夫の友人を調べる理由は、まだ無いからな」
「それにしても駅前に住んでいたとはね」
「被害者のパート先、子供の塾、三島の家、みな駅前や」
「スーパもあるし、本屋も。駅前だから集中してるんだろ」
「まあな。被害者が、事件当日夜8時45分位に、この駅で降りたのなら単純な話やねん」
被害者は、夫と合流し共に車で家に帰る予定では無かったか。
駅到着が8時45分であったなら
刈田が駅で待ち伏せし、三島のマンションに誘った。
(友人の三島に待たすモノがあるから、すぐ終わるから付き合って)とか言って
あとは三島ともう1人の<人殺し>に委ね
自分は何食わぬ顔で塾へ。
塾と三島のマンションは僅か数十メートルの近距離。
塾の授業が終わるのが8時50分。
遅れても数分であっただろう。
「でも、防犯カメラに写ってないんだね」
「うん。防犯カメラの位置も確かめた。死角があるかもと」
「無かったの?」
「うん」
「服装に変化があって分からなかったとか?」
「真っ白なニットのワンピースやで。目立つやろ」
コートは持っていなかったと、桜木が証言している。
寒く無いのかと思ったと。
「その服装でG駅から電車に乗ってるんだよね」
「改札前までユウトが送ってるからな。G駅はカメラないで」
「無いのか。駅員も(無人駅)カメラも無いんだ」
「着いたで。降りるで」
閑静な住宅街。
敷地広く、凝ったデザインの家ばかり。
刈田の家はバス停から近い。
ベージュと黒の外装、
細長い窓の四角い家。
正面にドアが2つ。
「あっさりした家やな」
庭には木も植木鉢も無い。
ガレージに車は無い。
駐車スペースは車1台分。
窓の無い壁にくっつけるように、
オレンジ色のスクーターが1台と電動自転車が2台、あった。
「車は無いな。刈田は、まだ仕事から帰ってないな」
「そうみたいだね。で? どうするの?……家の中、覗くの?」
「いや、それは不法侵入やで。敷地内には入られへん」
薫は携帯電話で写真を数枚撮り、
「終わった。帰ろ」
と。
「もう済んだの?……なにか発見した?」
「うん。大きな考え違いをしてた、かも」
「へっ?……どうゆこと?」
「まだ言い切れない、ただの推理やねん……セイ、頼みがある」
「何?」
「スクーターの画像を送る。G駅付近で2月14日、このスク-ターの目撃情報は無いか、聞き込みして欲しい。明日でええから」
「スク-ターの?」
「そうや」
「了解。うん。明日、やってみる」
「マユ、カオルの指示通り、明日スクーターの目撃情報を集めに行くんだけど、正直、なんでか分からない」
薫は調査目的の詳細は語らなかった。
見当違いの推理かも知れないからと。
「オレンジ色のスク-ター、ね。……被害者のスク-ター、でしょ?」
マユは何が面白いのか、スクーターの画像に見入った。
「被害者の母親は70代、250CCスク-ターバイクじゃなくて、電動自転車だな」
「おそらく、そうよ。……カオルさんはスク-ターを見て、被害者はG駅までスクーターで来た可能性もあると閃いたのよ」
「で、目撃情報だろ。それは分かるよ。でも、なんでスク-ターでG駅まで来るの? どうせなら霊園事務所まで行けばいいじゃん。電車に乗るようなコト言ってたの、嘘なの? 嘘つく理由ある?」
「G駅からH駅まで、スクーターの方が早く行けるのならばね」
「それは……電車は直通じゃないから。何回も乗り換え。本数も少ない。高速走った方が少しは早いかな」
「やっぱり……スクーターの方が早くH駅に着くのね」
「せいぜい15分だと思うけど」
「15分……被害者は8時45分にH駅に着くと言っていた。でもスクーターなら8時30分にH駅到着ね」
マユは立ち上がり部屋の中を歩き回る。
推理が始まったのか。
聖は全く、見当も付かない。
「カオルさんは三島って人のマンションが被害者の遺体解体現場だと推測した。夫が誘導したのだと。でも被害者がH駅を降りた確認が取れない。……被害者はスク-ターで異動し、自ら行ったかも」
「三島のマンションに?」
「ええ」
「なんで?」
「わからない。被害者がなぜ、たった15分の為に、電車で帰ると偽装したのか、分からない」
「偽装?……じゃあ、待って、つまり……あ、そうか。霊園事務所に来たのも、ユウトと一緒の写真を撮ったのも……」
「アリバイ作り、かも」
「けどスクーターは? 置いて帰って家に無かったら旦那が妙に思うだろ? 電車で帰ったという嘘がバレるよ」
「パート先もH駅前なんでしょ? スクーターで通っていたとしたら、いつも置いている駐車場があるはず。2月の寒い夜よ。行きはスクーターを使ったけれど、塾で合流して車で一緒に帰っても不自然じゃ無い」
「たた15分のアリバイ作り、だったの?」
「スクーターの目撃情報が出れば、そうでしょう?……嘘ついたんだから」




