同じ臭い
犬2匹、<おはぎ>をぺろぺろ舐めている。
「変わった喰い方するんやなあ。まず、きな粉を全部舐めてまうんか」
薫は面白そうにシロとアリスを眺めている。
犬が<おはぎ>で充分変わっている、と聖は思う。
「……桜木さん、アリスも、何でも食べるの?」
「甘いのは何でも。嫌いなのは酢豚ですね」
と、悠斗。
薫と聖は、河原から歩いて山田動物霊園事務所に来た。
「苅田を、被害者の旦那を、見たんやな。なんか変わった言動は無かった?」
薫は、悠斗に聞く。
「自分は挨拶程度しか。墓標選びなんかは奥さんが。
あ、確か、雪が少し積もっていて……」
苅田は、息子と雪だるまを作り出したという。
犬の死を一番悲しんでいる子供を慰め、
雪遊びに誘ったのだ。
「かわいい子でしたね。父親にそっくりでした」
「優しい父親か。まあ温厚そうな奴ではある」
「ほんで、夫婦仲は良さそうやった?」
「さあ。それはどうだか。特に険悪な雰囲気では無かったですが」
「被害者はごく普通の妻、普通の母親、やってんな」
「記憶に残るエピーソードは無かったですよ。ただ……」
「ただ、何やのん?」
「たいしたコトではないです。奥さんの、鼻がね……不自然で。整形かなとチラッと思いましたね」
「成る程、美容整形か」
「あの……アルミホイルに包まれていた顔、鼻の先から、骨じゃないのが、出てたんですよね……あの時は全く結びつけて考えなかったけど」
「えっ、そうやったん。俺は一瞬しか見んかったし、気付んかった。セイは?……なんか気付いたコト、あった?」
「……無いかな」
聖はアルミホイルを剥いただけ。
中身が姿を現したとたん、目を背け、側を離れた。
「なるほどな。鼻を整形か」
薫はまたしても<おはぎ>に手を出し頬張りながら思案顔。
そして、唐突に立ち上がる。
「ほんなら、帰るわ」
酒屋まで車で送ると、桜木が言うが、
「腹ごなし、に歩くから」
と、出て言った。
聖は慌てて後を追う。
「なあ、セイ。明日俺に付き合ってくれへんか? H駅周辺と被害者宅周辺を歩いてみたいねん」
薫は、桜木の前では差し控えた話を始める。
「被害者宅はH駅から北へ5キロ。バスで2駅。子供の塾はH駅前や。ほんで塾の迎えは、旦那がしていた」
塾の授業が終わるのは8時50分。
苅田は奈良市北部の職場まで車通勤。
2月14日は午後7時に退社。
8時前後に塾に到着。
1時間ほどの待ち時間は、本屋と塾の駐車場で過ごした。
そして9時に息子と帰宅。その夜はずっと家に居た。
マユは、
思わぬ展開に驚いた。
「ご主人が友人とやってきた。2人は殺人犯では無い。でもカオルさんは死体遺棄に関わってると……」
「そうなんだよ。殺してないのに遺体の首を切断遺棄したと。確かに2人の様子は、かなり怪しかった。遊びに来たみたいにね、楽しそうな顔してたよ」
「謎ね。被害者の消息は19時にSNSに画像配信、それが最後、だったわね。怪しい夫のアリバイはある。でも友人登場で複数犯の可能性が出てきた……他に仲間がいるのかも」
「カオルも、そんな風に言ってたよ。実行犯は他に居ると」
苅田は妻殺しを誰かに依頼したのでは?
失踪時の完璧なアリバイで自身は被疑者から除外される。
遺体をどこかに隠し置き、妻の自撮画像の、この山に頭部を遺棄したのか?
「セイ、『首』はシロとアリスが運んできたのでしょ」
「そうだよ。川上から河原を転がして」
「どこで見つけたかは不明なのね」
「うん。警察犬が何かを嗅ぎ当てたという話も聞聴いてない」
「シロ達は、昼ご飯にも戻らなかったのよね。
……首を運ぶのに相当の時間を費やした、ってコトね」
「数時間、だよね。……そっか。川上の河原で見つけたのでは無いんだ」
川上は1キロ先に滝が有り、周辺に河原は無い。
1キロ、アレを運ぶのに数時間は費やさない。
「セイ、2人がわざわざ首の発見場所を見に来たのは、不思議に思ったからでしょうね。なんで川を流れてたの? って」
「遺棄場所は川ではないんだ。それにしても呑気そうな顔して『おはぎ』喰ってたのは、一体どういう神経してるんだろ」
「つかみ所が無い感じね。この事件不可解すぎるわ。被害者はH駅付近の防犯カメラに写っていなかった。それも謎ね」
「計画的犯行なんだよ、きっと。被害者はG駅からH駅の間で犯人に接触し、途中の駅で降りたんだ」
「それって無理矢理、じゃないわね。人の目があるんだし」
「知り合いかな?」
「9時までに帰りたいと言ってたのよ。余程の理由がなければ途中下車しないでしょ。
どんな理由か……考えつかないけど」
マユの推理力を持ってしても、お手上げだと言う。
「目撃情報出てないしね。明日何か手がかりが見付かればいいんだけど」
聖は、本心は関わりたくないと思っていた。
人混に行きたくなかった。
しかし『首』を持って来たのは自分の犬だ。
怪しい旦那は人殺しでは無い、と言い切った責任もある。
薫の頼みはスルーできない。
翌日、薫は午後7時にH駅北改札、と言ってきた。
車をH駅南側のコインパーキングに停め、薫を待った。
電車で来るのだと、改札を出る姿を探した。
「セイ、待たせたな」
背後から薫の声。
「電車じゃ無いの?」
「うん。単車のが、早いねん。そんなことより、この臭い、アレと煮てないか?」
「臭い?」
意識して、そこらの臭いを嗅いでみる。
言われれば、煮物の臭いが、ほのかに……。
醤油とショウガと大根と……。
「ぶり大根?……どこからだろ?」
「あっちやな」
薫は改札前のロータリーの向かいに見える、居酒屋を指差した。




