おはぎ
「被害者のプロフィールはネットに出てるの?」
マユも事件に興味を持ち始めたようだ。
被害者苅田知子にトラブルの影はなかったのか?
「幸せを絵に描いたような、だって」
苅田家の家族構成は
夫:苅田 ノボル(39才)食品メーカー研究所勤務。
苅田 サトキ(9才)小学校4年
松川 ケイコ(72才)知子の母。無職
玄関別、風呂のみ共有の二世帯住宅で築10年。
苅田ノボルの実家が、結婚する息子の為に建てた家だ。
「被害者は結婚相談所で王子様を射止めたと、友人が喋ってる」
実家が裕福な次男坊で
院卒の大手メーカー研究員。
被害者は母子家庭のアパート育ち。
高卒後、数年スーパーマケット勤務。
その後は派遣で服飾販売員を転々としていた。
「トモコは旦那様と出会ってレベルアップしたのよ。
本当に幸せそうで……なのに、こんな惨い目に合うなんて」
涙ながらに被害者のプライバシーを語る、女の動画があった。
中学時代からの友人らしい。
H駅前商業ビルでアクセサリーショップを経営。
肩書きはジュエリーデザイナー。
苅田知子は、この店で週3日短時間、働いていた。
「人に恨まれるような人では無かったし、トラブルも見当たらないのね」
「そうだね。山の捜索でも何も出なかったのかな。遺体の首から下は見つかって無いね」
「被害者の近辺、失踪時の行動の詳細は、今捜査中でしょうね」
「続報を待つしか無いか」
「ご主人の行動も捜査中かしら」
「旦那? 怪しいの」
「怪しいでしょ」
「なんで?」
「犯人はSNSの画像を見、捜査攪乱目的で、この山に首を。そうよね?」
「うん」
「あの写真に場所を示すメッセージは無い。
一見豪華な別荘。実は動物霊園事務所だと犯人は知っていた。
ご主人も、犬の埋葬に来ているんでしょ?」
「あ、そうか。ホントだ。旦那は桜木さんにも会ってるんだ」
聖はマユの推理は正しいと思った。
最初に犯人は被害者の近辺、と言い切った薫の推理も正しかったんじゃないかと。
新しい情報が公表されることもなく
(生首発見から)3週間過ぎ、月が変わった。
5月になっても山の朝は寒い。
だが薪ストーブが必要な程では無い。
昨日の大雨が嘘のような青い空。
雨上がりの山は特に綺麗だ。
花は鮮やかに色を競い、
蜂が勢い良くそこらを飛び回っている。
鳥も獣も活性化している。
「あれ?……熊が歩いて来た?」
吊り橋の向こうに
木立の影に、黒いモコッとしたのがいる。
「なんだ、カオルか」
吊り橋を渡ってきたのは(モコモコしたフード付きのコートを着た)
結月薫だった。
四角い風呂敷包みを携えている。
「どうしたの?」
事前連絡がないのは珍しく無いが
(オートバイじゃなく)徒歩で来たのはなぜ?
それに、ナニ持ってる?
「あんな、妙な話やねんけど苅田知子の旦那から連絡があってな。
頭部が流れ着いた現場を見たい、いうねん」
「えっ?……ここに来るの?」
疑わしい男がやってくる。
会えば<人殺し>と自分は知ってしまうのか。
聖は些か緊張する。
「で、その風呂敷包みは?」
「これな、酒屋の婆さんに、ユウトにと。セイのとこ行くと言ったら3人で食べてとな、手作りの『おはぎ』やて」
県道をオートバイで走っていると酒屋の前に風呂敷包みを抱えた婆さんが立っていた。
何気に停まり挨拶すると
(丁度良かった。誰ぞに、墓場のイケメンに届けて貰おうと、な)
店の前に立っていれば、村の誰かが声を掛けてくると予想して、その誰かを待っていた。
「知らなかった。酒屋の婆ちゃんは桜木さんのファン、だったんだ」
「イケメンやからな。まあユウトは楠酒店の上客やし」
「そっか。近いしね」
「ほんでな、バイクではせっかくの『おはぎ』が型崩れするやん。
酒屋から歩いてきたんやで……あ、そろそろ来るんちゃうか」
薫は時計を見た。
「11時の約束?」
「9時にH駅を出る、言うてた。1時間に2本のバスが着くのが10時45分やから」
「車じゃないんだ」
「うん。車やったら、そんなに時間かからんけどな」
「そうなんだ」
「あ、来たな」
薫は吊り橋の向こうの人影に、手を振る。
「2人、だね」
苅田ノボルは
中肉中背の、爽やかな雰囲気の男であった。
連れも、同じ年位で体型も似ている。
こちらも、風呂上がりのように清潔感溢れている。
2人とも、肌が白くてきれい。
2人とも、服装はモノトーンで、カジュアル。
2人とも、ジャケット、腕時計、革靴は上質。
「ユヅキさんですね。突然、無理なお願いをして申し訳ないです」
苅田は丁寧に挨拶。
連れは友人の(三島)と紹介。
吊り橋の上で、男4人。頭を下げ合う。
聖も、薫の友人で発見者だと、挨拶……しながら苅田の手を見る。
見たくないモノを見ると覚悟して。
だが、<人殺しの徴>はなかった。
白くて指が長い綺麗な手だが、男の手だ。
左右違いはない。
連れの三島も<人殺し>では無い。
「『頭』を回収したのは、この下、ですか?」
苅田は吊り橋から、河原を指差した。
「あ、冷たい」
三島は川の水に触れ、くすっと笑った。
「中央は流れが早いですね。深そうだし……」
苅田は、(よく川に入れたな)と言いたげ。
現在の川幅は10メートル程。
対岸は急斜面で草木が生い茂り河原は無い。
中央水深は3メートルか。
「昨日、雨がふりましたから。あの日はこんなでもなかったような」
聖はとっさに言い訳。
事実は、首は川を流れてきたのでは無い。
犬2匹が河原を転がして持って来た。
隠蔽がバレそうで冷や汗が出てきた。
「僕、入ったんちゃうかなあ。なんや全身濡れて寒かったし。
いやね、相当飲んでたから、恥ずかしい話が、記憶曖昧ですんや」
薫は、しゃあしゃあと嘘を付く。
「あ、そうでしたよね」
苅田は、微笑んだ。
そして
「じゃあ、そろそろ」
と腕時計を見た。
今にも帰ろうという感じ。
もう帰るの?
たった、これだけ?
一瞬現場を見ただけで気が済んだのか?
薫も(もう帰る気か?)と驚いた顔してる。
「あ、そうや。ここに『おはぎ』があるんです。よおさん貰ってね、」
薫は河原にしゃがみ、唐草模様の風呂敷包みをほどく。
二段の重箱に大きな『おはぎ』が、びっしり。
取りやすいように一つずつアルミホイルに載っている。
「大きな『おはぎ』だ。いいんですか? ホントに?」
苅田は二つ取り、
「お前、大好きやろ。ラッキーやな」
と、一つを三島に。
2人とも、パクリと食べた。
そして手の中に残ったアルミホイルを
ポケットに入れようとするから
薫が「こっちで捨てますよ」と、引き取った。
「有り難うございました。ごちそうさまでした」
苅田は真から嬉しそうに言い、
2人の男は河原から去った。
「感じの良い人たちだったね」
何気に聖は呟いた。
「人殺し、ちゃう、いう、ことやな」
薫は(おはぎ)を頬張っている。
「うん」
疑っていたが<人殺しの徴>は無かった。
安心して、良い人たちだと思えた。
「セイ、感じ良すぎるやん。アイツら、何しに来たんや?」
「現場を見に……うわ、めっちゃ変かも」
あの2人は河原に<おはぎ>を食べに来たのでは無い。
苅田は、妻の遺体発見場所を見に来たのだ。
でも、友人の三島と、のんきな顔で笑っていた。
美味そうに、<おはぎ>を……。
本当に妻を惨殺された男か?
「殺してないが、遺棄には関わってるで」
薫は言い切った。
「な、なんで、分かるの?」
「これや」
苅田達から受け取った、丸めたアルミホイルを見せる。
「よお、見て。ひとつは、普通にぐしゃっと丸めてるな。
ほんで問題は、こっち。五角形や」
「ほんとだ、きれいに折ってある」
「そうや。これな、折り方が独特やねん」
「?」
「対角から折ってない。時計回りで折ってる」
「……わかんない、けど」
薫は足下の重箱を指差す。
「風呂敷で物包むのに、向かい合わせの角を結ぶやろ」
「普通、そうするだろ」
「球体を、大判のアルミホイルで包むんも、一緒やと思わんか?」
「えっ?……アレの話?……違ってたっけ?」
何重にも包んであるのを矧がしたのは聖だ。
全然、そんなコト記憶に無いが。
「時計回りで、きれいに折りこんでたで。円柱合わせ包み、やな」
3つ目の<おはぎ>を頬張りながら
薫が言うのだった。




