2月14日
「しゃあないな」
薫が、通報した。
友人の神流聖と神流剥製工房南の河原で
川上から流れてきたアルミホイルで覆われた球体を発見。
回収し確認したところ、中にヒトの頭部あり。
犬が運んできたと報告しなかった。
「ユウト、警察官が来る前に、事務所に帰りや。アリスとシロ連れて」
「あ、……はい」
悠斗は、アリスと一緒に生首を眺めていたが、
速やかに薫の言葉に従った。
薫は
悠斗は発見者から省いて良いと判断したのだ。
犬2匹が運んできた事実も、同じく省いた。
「アリスとシロは川に浮かんでた銀色の玉を発見し、ただならぬ気配を察知して運んできたと、俺は確信した」
悠斗と犬達が去るのを見届けて、薫はタバコに火を付けた。
「しやけど(そうだけど)、それ、言えるか? 普通の犬がするか?」
物が、咥えられる大きさなら有り得るかもしれない。
「そだね。あいつら(シロとアリス)警察犬じゃないし、サーカスの犬でも無いからね」
不審物を運ぶ特別な訓練を受けた犬ではない。
それが、自らの意志で玉を、面倒な作業を繰りかえし時間をかけて運んできた。
「言うたら、ややこしいやん」
薫は、2匹が普通の犬では無いと思っている。
と、聖は知った。
「セイ、飲もう」
「えっ? この状況で」
「うん。酔っ払いになろう。そしたら事情聴取は、早く済む」
「なるほど」
また遺体の第一発見者になってしまった。
せっかくの楽しいキャンプが突然中止。
腹立つ、
なんて運が悪い。
薫は雨で遠足が中止になった小学生のように
「楽しみにしてたのに、何でや。いやや、いやや。キャンプしたいねん」
駄々をこね、酒をあおる。
煮られた生首を、再び見はしなかった。
今夜は、やる気の無い警察官、モードなのか。
「なんで煮詰めてアルミホイルなんだろう」
聖は犯人の意図が想像付かない。
薫はこの謎をスルーするのか?
……いや、違った。
「単純な事件や。遺体処分で証拠隠滅工作や。
細かく解体し、分散して捨てた。
煮付けであるかのような処理を施せば、骨や肉が露見しても人間とバレない。
しかし頭部は生ゴミに出すには大きすぎる。
煮ても焼いても骨だけにしても、人間の頭蓋骨と分かってしまう。
ほんで、川上の橋の上から遺棄したんやろう。
アルミで包めば沈むと考えたんかな。
無知やな」
ちゃんと分析、推理していた。
「犯人は頭蓋骨を砕く道具を持っていない、
山奥に穴を掘って埋める、人手と道具も持たない。
プロの殺し屋でもサイコ野郎でもない。
突発的に殺してしまい、ずさんな後始末となったんやで。
被害者の身元が判明すれば、近辺に犯人が浮かぶ」
煮詰められアルミホイルで包まれた生首は猟奇的だが
事件は単純だろうと、つまらなそうに言う。
「なんしかな、グロは嫌や。グロ続きでうんざりしてるねん」
薫は一生懸命酒を飲む。
思惑通り
酒の臭いをプンプンさせて赤ら顔の遺体発見者は
手短な質問で解放された。
警察官が続々と河原に集まった頃には
聖と薫は、神流剥製工房の2階寝室で酔いつぶれて寝ていた。
翌日昼近くまで、寝ていた。
真上を旋回するヘリコプターの騒音と
河原のざわめきに起こされる。
「セイ、警察犬到着やで。ユウトにシロとアリスは事務所の中に置いとくよう、伝えた」
隣の部屋で寝ている薫からライン。
聖は身体を起こし、窓から河原の様子を見た。
十数人の警察関係者。
シェパード2匹。
そして吊り橋の上、オートバイを手押しで薫がゆっくり通り過ぎていった。
丸3日、河原での捜索は続いた。
警察犬が走り回っているのでシロは山田動物霊園に預けたまま。
聖は河原の物々しい喧噪が過ぎるのを待つしか無い。
作業室に籠もって仕事に没頭し
捜査の終息を待った。
「身元が分かれば犯人は近辺に居ると、カオルさんは言ったのね」
聖はマユとニュース動画をチェックしていた。
「そうだよ。……今夜は捜索してないみたい。明日の朝桜木さんにシロを事務所から出して貰うよ」
聖はシロが、やっと帰ってくるのだと胸が熱くなっている。
4日間、側に居ないのが、辛かった。
愛犬と引き離されるのが、こんなにもキツイと思い知らされた。
5日目に被害者の身元が公表された。
苅田知子42才。
大阪府東大阪市在住。
パート従業員。
早々に身元が判明したのは。
家族が失踪届を出していたのだ。
被害者は2月14日昼頃に自宅を出たきり連絡が取れない。
夫は友人知人、心当たりに電話を架けた。
消息が掴めないまま1週間過ぎても妻は帰ってこないので、警察に相談した。
遺体は死後2週間から2ヶ月と判明した。
冷凍保存期間が存在する可能性が有り
死亡日の確定は困難ではあるが、
被害者は2月14日19時にSNSに画像配信している。
それが最後に消息は途絶えたと見なされている。
最後の画像は
被害者と若い男のツーショット。
苅田知子は明るい茶色に染めたロングヘアをアップにしている。
白いニットのワンピ-ス。オフタートルで手編みのざっくりしたシルエット。
片手にワイングラス。
隣の男はグレーのスーツにエンジのネクタイ。
……桜木悠斗であった。