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eternal

刈田の愛人は三島だった。

情事の直後に、被害者は押し入った。

生々しい気配が、臭いが残る部屋に。

夫と、この夫に良く似た男が

何をしていたか、知ってしまった。

そして狂った。


「知子は自爆して勝手に死んだ。いい迷惑だ。しっかし、どう警察に説明する、って思うじゃ無いですか。色々考えて、知子のアリバイ工作を利用することにした。山で殺されたと」

 初めに、遺体をすぐに山に放置しようと考えた。

 しかし夫である刈田は、失踪後の行動は警察が調べるだろう。

車も使えない。すぐにバレる。


「三島の部屋にいつまでも置いておけない。細かくして捨てるしか無いと……、クソ作業ですよ」

 風呂場で解体。

臭いが強烈。

このまま捨てられない、と。あんまり臭くて窓を開けた。

すると、ぶり大根の臭いが入ってきた。コレだ、と閃いた。

大鍋で何回にも分け、煮てはマンションのごみ置き場に持っていった。

ところが、頭部は煮ても遺体、丸出し。

頭蓋骨を砕く道具は無い。

特殊な道具の購入は痕跡が残る。


「山の中に埋めるしか無いと。どうせならこの山がいいかなと」

 用心して車は使わなかった。


<頭>は最初ポリ袋に入れた。

気味悪かった。

見たくない。二度と見たくない、と思った。

アルミホイルで包もうと三島が提案。

見た目が綺麗だし、万が一鞄の中身を誰かに見られても

白菜かキャベツの大玉とごまかせる。


「俺と三島はまず動物霊園目指して……山のどこかに埋めようとね、偶然、このログハウスを見つけた」


「なんでここに放置したんですか?」

 暫く黙っていた薫が聞いた。

 薫は、彼らの(聖と愛人関係という)誤解を訂正はしなかった。


「そうそう、黒い山羊がいたんだ。そいつを追いかけたんだ。まるで導かれたようでしょ?」

 三島が楽しい思い出のように語る。


……黒い山羊?

聖は聞いたとたん、肩が重くなった感じがした。


「マップには存在しない。さっそくネットで調べた。集団自殺事件現場と分かり、ゾクゾクしてテンション上がるじゃ無いですか。入り口の鍵は壊れていて中に入れた。案外綺麗。何より、寝室がね……窓が無くて完全密室、良いじゃ無いですか」

 刈田は、左側に顎を向ける。

 そっちには

 寝室らしき部屋のドアが。


 薫は刈田の視線を追い、首を傾げた。

 そして再び刈田と三島を、今更のように眺める。


聖は、薫がますます2人の精神状態を疑っているのだと。

<寝室>のドアは封印されていた。

板が打ち付けて開けられない。

最近取り付けられた感じでは無い。

釘が錆びている。


「あんた達も、使ったから、わかるでしょ。聞こえるのは鳥の声、遠くの川の音だけ。この世界に2人だけ……永遠に留まりたい。至福の時間を過ごせた」

 刈田は、いつのまにやら三島の手を握っている。


「時間が分からなくなって、日が暮れてしまって。電気無いから此処は真っ暗。森で穴ほるのもかったるい。そしたら三島がね、此処に置いとこうと。どうなるか面白いんちゃうかとね」

 発見するのは不法侵入者。

 アルミホイルの玉を、どうする?

 めくって中身を見たくなるだろう。

 その後は?

 警察に届けるのか?

 不法侵入がバレるけど。

 見なかった事にするかも。


 どっちでもいい。

 山で<頭>が見付かるのだから。

 ずっと行方不明のままより

 死亡確認できた方が夫の立場としてはメリットあるかも。

 どういう展開になっても

 自分たちが殺したんじゃ無い。

 たいした罪にならない。

 事実を隠したのは子供の為だ。


「あの……頭は、寝室に放置したと……そうですか?」

 聖は、確認せずにいられない。


「とぼけないで下さいヨ。あんたらが見つけたんでしょ。まさか警察官、とはね。さすがに放置はできない。それでバーベキューしてたら川を流れてきたと偽装したんだ。はは。嘘まるだし。はは。けど、その後は素晴らしい仕事したね。知子のアリバイ工作、解体現場も、あっさり突き止めた。あんた優秀な刑事さんやってんな」

 刈田と三島は

 顔を見合わせて、また笑う。


「お話は分かりました」

 薫は腰をあげ、(自然解凍が始まっている)<手>をクーラーボックスに戻し、

 聖に手渡した。

「セイ、頼むわ」

 薫はオートバイで来ている。

 オートバイで運ばない方が良い。

 聖に徒歩で家に持ち帰り、

自分と合流し、聖の車で警察に届ける、と。

「了解」

 聖も腰を上げる。


「俺たちは、せっかく来たから、ゆっくりしていきます。今連行できないでしょ。証拠は渡した。どうしようがユヅキさんに任せます。焼いて処分しても構わない。すべて無かった事に。知子の死因は謎のまま、いずれ迷宮入り。それでも誰も困らない。俺は逃げも隠れもしない。いつでも電話下さい」



30分後、聖と薫はロッキーに乗り込んだ。

「カオル、あの2人、野放しでいいの?」

「今はな。話の中に、明らかに事実で無い内容があった」

「寝室に入ったと言ったよね。封印されてるのに。……妄想? 2人で同じ妄想?」

「いや、どっちかにもう1人が合わせてるんやろ。2人とも正常な精神でないとしても同じ妄想はない。まあ少なくとも1人に妄想の症状があるな」

 そこまで一気に喋って

 鞄からウイスキーの小瓶を取りだし、飲む。

「カオル、なんで今、酒?」

「あの手を使う。今日は非番や。飲酒OK。酔っ払いになれば細々とした状況説明はスルーできる」

「あ、そうだよね。全部話すのは大変、だよね」

 非番に、独自に事件を捜査し

 被害者の夫と接触し……ややこしすぎる。


「で、どこ行く? 交番じゃ無いよね」

「交番ではアカン。署やな。すまんけど、JR奈良駅西の県警で俺を落として」

「わかった」



「セイ、大変だったね」

 その夜、一部始終をマユに報告。


「夫の愛人が男性だったとはね……被害者は想定外だったんでしょうね」

「ショックすぎて、気が変になったんだろうね」

「残酷よね。……相手が誰であれ愛する人がいるのに、自分の都合で他の人と結婚するなんて酷すぎる」

「なんか、刈田って奴は性根が残酷な気がしたよ。ぞーっとする位。あの残酷さに付き合える人間はそういない。三島も同類なんだよ。2人は性とは別の次元でも唯一無二のパートナーなんだろな」

「ぞーっとしたのね。……入れる筈の無い寝室の話も怖いわね。妄想? 幻覚?」

「それも怖いけど……俺は、奴らが黒い山羊に導かれてログハウスを見つけた、その話が一番恐ろしかったんだ」

「黒い山羊?……また出たのね」

「幻覚で無ければね。……聞いた瞬間、自分が責められたように肩が重くなった」


「……そう、でしょうね」

 マユは何故が微笑む。


「何?……何が可笑しいの?」

「ゴメンなさい。笑って悪かったわ……山羊の話が出て、セイが自分の子供が悪さしたと、知らされたような気分になったのかと……親の気持ちだわ、と」


「へっ?……何? 意味わかんない」

「気にしないで。そのうち……分かるかも。まあ良いじゃ無い。忘れましょう。気味の悪い人たちも、事件も。セイの役目は終了したのよ」

 マユは、さあゲームをしてよ、と話題を変えた。

 聖も事件のコトは忘れたかったので

 誘いに乗った。

 

 その後、カオルとは普通にメールや電話でやり取りが続いたが

 もっぱら話題はゲーム。事件には触れなかった。


 ログハウスの件から3週間過ぎた。

 6月なのに30度を超える日が続いている。

 聖はアイスクリームが食べたくなって

 車で楠酒店に向かう。


「セイちゃん、座敷で食べて行きや」

店主の婆さんに言われ、奥の座敷に上がる。

座敷のテレビが付いている。

店主は午後のワイドショーを見ていたらしい。


 なにげに見ると、

 見覚えのある顔が。

 2人の男。

 三島と刈田、ではないか。


 奈良県遺体遺棄事件の参考人

 逃走中

 全国指名手配

 目撃情報を求めます。


「へ?……あいつら、逃げたの?」

 予想外の展開に腰の力が抜けて行く。

 殺してないのに?

 自殺、でしょ?

 死体破損、死体遺棄ぐらい平気そう、だったのに。


 呆然としていたら、

 桜木悠斗から電話が掛かってきた。


「セ、セイ、さん。忙しいですか?」

 珍しく悠斗の声が上ずっている。

「忙しくないですよ」

「あの、ログハウスに来れます?」

「あの、ログハウス、(何で?)……今、酒屋です。15分で行きます」

「良かった。社長が警察より先にセイさんに見て貰おうと」

 社長って山田社長?

 警察?

 見るって何を?

 話が全く見えないが、行けば分かる。

「了解しました」

 と最中アイスの塊を口にくわえて、車を走らせた。

 

 ログハウスの前に

 白いオフロードのベンツ(刈田の車)


 悠斗と、山田鈴子。

 シロとアリス。

 少し離れた木の下に、金髪で白いスーツのアイツ(鈴子の守護霊)


「にいちゃん。悪いな」

 鈴子が笑顔を見せずに言う。

 そして悠斗に

「桜木はんは、事務所に戻っといて。此処からは関わらん方がええ」

 と。

 悠斗は、聖に一礼して、去って行った。

 アリスは、付いていかない。

 シロと、ログハウスに向かって吠えている。


 聖は、ただ事では無いと、知った。

 

「にいちゃん、このログハウスと辺り200坪、徳田さんからウチが買うてん」

「あ。そうなんですか(知らなかった)」


「集団自殺事件の後、荒らされてな。鍵も壊され、ベッドも使われていた」

 それで、

 まず寝室のドアに板を打ち付け、入れなくした。

「応急処置や。いずれ解体する予定や。金も手間も掛けたくない」

入り口も鍵を付けようとしたが

そのうちに不法侵入者は途絶えた。

 中に入って遊んでいるのは犬2匹だけ。

 実質犬小屋となったので放置。

 月に1回、悠斗が状態確認していた


「にいちゃん怪奇現象やで……口で説明するより中にはいろか」

 鈴子は金色のスカーフで鼻と口を覆って

 さっと、中に入る。

 そしてカーテンを開ける。


 テーブルの上に

 綺麗なガラスの灰皿と

 携帯電話が二つ、置かれていた。


 聖は強烈な臭いに

 咽せた。

 鈴子は黙って寝室を指差す。

 打ち込まれた板の上に

 赤黒い、血で書かれたような小さな文字。

 <eternal>と。

 この前見た時は、こんなの無かった。

 

 そして、鈴子の指は下に、床に……。

 ドアと床の数ミリの隙間から

 どろっとした黄色い液体が流れ出ている。 

 虫が出入りして……。

 ……虫で無いのがぷつぷつ、見える。

 近づいて見れば、指の先だ。

 紫色に変色した死人の指先。

 あっちと、こっち

 2人の人間の手。


「げっ、うっ」

 セイは寝室の中に何があるか、想像して唸った。


 そんな馬鹿な。

 なんで中に?

 ドアは、こんなに頑丈に

 外から封印されている。

 いつから中に?

 あの日から?

 熱中症で死んだのか、

 

 寝室の中を見るにはドアを開けるしか無い。

 窓は無く

 背が届かぬ位置に或る換気扇は蓋がとじたまま止まっている。 


 鈴子は、臭い、外に出ようとリアクション。


「にいちゃん、心当たりあるか?」

 鈴子は刈田の車を指差して聞いた。

「はい」

 聖は<首>を犬達が運んできた始めから、話した。


「2人がドアの封印を壊し、中に入った後、誰かが板を打ち付け、閉じ込めた、それしか考えられへん」

と、鈴子。

「ですよね……しかし俺がみたところ、打ち付けてある板を一度矧がした跡が無い」

「そうやろ。あの板を打ち付けたんは私と桜木さんや。どうみても、その時のままや」

 

「怪奇現象、ですね」

 警察はどう判断するだろう?

 鈴子の見解は記憶違いとし、刈田と三島を閉じ込めた犯人を探すに違いない。


「社長と桜木さん以外に誰もあのドアに触ってないとしたら……メチャ、厄介ですよ」

「厄介やで」

 鈴子はバッグからタバコを取りだし、金のライターで火を付けた。

 煙が真っ直ぐに上に。


「風は無いか」

 つぶやいて、聖の肩をぽんと叩く。


「にいちゃん、ご苦労やったな。帰ってええで。あとはウチ1人で始末を付ける」

 聖を見ないで言う。

 

「はい」

 聖は命令されたように、速やかに車に乗り込んだ。


 

消防車のサイレンが聞こえてきたのは

工房に戻って1時間後、だった。 


 2階の窓から、煙が上がっているのが見えた。

 

鈴子がライターでカーテンに火を付けたのだと察した。

怪奇現象ごと、何もかも焼いてしまったのだ。


(自分のログハウスに知らない車が停まっていると従業員から聞いた。

1人で確認に行くと寝室から異様な臭いがした。

何だろうと、考えながらタバコを吸った。

その時、ライターの火がカーテンに。

台所から水を運び、消火しようとしたが、追い付かなかった)


刈田と三島は焼死体で発見される。

死因は解明出来るのか?

他殺で無いとは判るだろう。


<eternal>

あの文字を書いたのは何者か?


(聞こえるのは鳥の声、遠くの川の音だけ。

この世界に2人だけ……永遠に留まりたい)

刈田の上ずった声が生々しく蘇る。


刈田の望みを、ソイツは聞いていたんじゃないか。

 何者なのか、考えるのも恐ろしい。


「怖い思いをしたわね」

 マユが慰めてくれる。

「早く忘れてしまいましょう。禍々しいログハウスは社長が焼き払ってくれたんでしょ」

「うん。……まあね」


 聖は鈴子を、思い出す。

 

髪はブルーシルバー。

黒いノースリーブのワンピースに

 金色のスカーフを羽織り……真っ赤なハイヒール、だった。

 背筋を伸ばし、タバコ片手にログハウスを、眺めていた。

 シロとアリスは、子分のように鈴子の足下に伏せていた。


 背景は青い空と森。

 

背景、色彩、ポーズ、全てが美しかった。

 一枚の絵のよう。

 

 綺麗だけど、どこか禍々しい絵。


聖は、やっぱり(鈴子は)おっかない人だと、

また思った。




最後まで読んで頂き有り難うございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 25話目、完結おめでとうございます! 鈴子はん、最後は大胆な行動にでましたね。 さすがといいますか。 黒山羊さんの影響がチラホラと出てきているようで。 ラストの怪現象、ほんと何なんでしょう…
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