銀の玉
神流 聖:30才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
桜木悠斗:山田動物霊園の住み込みスタッフ。元ホストでイケメン。
アリス:悠斗の飼い犬。元剥製。化け犬。
山の桜が満開。
花びらがチラホラ散り始めた。
強い風が吹けば、桜吹雪が眺められる。
どうしても今日せねばならぬ仕事はない。
神流聖は、午後は河原で過ごそうと決めた。
結月薫が夕方来ると言ってきた。
今夜は初夏並みに暖かいらしい、と。
「夜の花見、バーベキューか。成る程ね。カオルのプランは当たりだな」
シロにむかって喋った……つもりが、側に居ない。
「そっか。遊びに行ったきりだった。腹が減ったら戻ってくるさ」
シロは朝一番に外へ出ていったきり。
昼飯にも戻っていなかった。
そのうちに、
今にも、帰ってくると思った。
河原でバーベキューの支度を始める。
薪やら炭やら網を、ゆっくり運ぶ。
最後にテントと毛布。
これも薫のリクエスト。
キャンプごっこがしたいらしい。
午後4時に、薫は来た。
「産地直売の肉やで。自家製ソーセジもあるで」
葛城山麓の牛舎で買ってきたと言う。
えらく気合いが入っている。
「あれ、シロは?」
美味い肉を、かなり食べて、ビールも相当飲んだ後
薫は聞いた。
「遊びに行ったきりだよ」
「そうか。ユウトのところやな」
「そうだろうね」
「……怪しいな」
「何が?」
「肉の臭いが呼んでいるのに戻ってこない。どういうことや?」
「腹が減ってないんだろ……桜木さんからご飯もらったんだ。アリスと一緒に」
「けど、こっちは取れたての牛肉やで。
この芳しい臭いをスルーするとは、もしかして……」
「なんなの?」
「察するに、もっと美味いモン食べてるンや」
薫は
山田鈴子が、山田霊園事務所に、御馳走持参で現れたに違いない。
と、推理。
アリスとシロは、御馳走を食べてる。
鈴子なら聖を呼ぶ前に、犬達に食べさせても不思議はない。
「この香ばしい臭いにも帰って来ないんやで。想像を絶する御馳走に有りついたんや。
何やろう?……カニかな。マグロのトロかな……」
薫は、霊園事務所に電話を架けた。
「ユウトか?……えっ?……そうなん? おらんよ。アリスはおらん。セイはシロが、そっちにおると、」
薫の推理は外れた。
アリスは朝遊びに行った。帰ってきてない。
てっきり、神流剥製工房でシロと一緒と思っていたと。
桜木悠斗は、そう言った。
「マジで?……初めてだな、こんな事。アイツら飯時も忘れて遊びほうけているんだ」
セイは犬達の行動は謎ではあるが、心配には及ばないと受け止めた。
ところが悠斗は違った。
「パニクってるで。今、(動物霊園事務所)閉めたとこやから、すぐに捜索する、言うてたで」
「山に入ってアイツらを探すつもりか。……そのうち日が暮れる。真っ暗になるよ。入れ違えになるかも」
「そうやな。止めた方がいいんか。で? どうすればいいん? ほっといたら帰ってくる?」
「ここで待てばいいんじゃない? 臭いにつられて帰ってくるよ。お腹空いてるだろうしね」
「そっか」
薫は悠斗に、聖の言葉を伝えた。
10分も経たぬ頃合いに
悠斗は河原に来た。
グレーのスーツに、エンジのネクタイ。いつもの仕事着。
着替える時間も惜しんで、犬を探していたのだ。
「ユウト、暫く、ここで待ってみよう。
夜になっても帰って来なかったら3人で捜しに行こう。まあ、飲もうや」
「はい……帰ってきますよね。きっと。一緒に居るなら心配ないですね」
2匹共が山で事故に遭うパターンは想像出来ない。
1匹が怪我を負ったとすれば、1匹が知らせに来るはずだ。
2匹とも、とても賢いんだから。
悠斗は、気分を変えたい感じで酒盛りに加わった。
「ゲームもいいけど、バーベキューもいいですね。自分は初めてです」
いつもの柔らかい笑顔が戻る。
そして予測通り、森が真っ暗になる前に、
川上にシロとアリスの姿を見た。
「ほおう。あっちから来たか。河原をどこまでも走って行ったんや。春の陽気に誘われて」
薫は犬達の為に、焼いた肉を取り分け始める。
「あれ?……何してんの? シロ、シロ、」
聖は大きな声でシロを呼ぶ。(川の音がやかましいので)
アリスと一緒に、こっちに近づいているが、妙な動きをしている。
「セイさん、おっそいですね。何か……持って来てるような」
2匹は100メートル位まで近づいているのに
こっちに来るのが遅すぎる。
「うん。2匹で何か運んでますね」
銀色に光る玉が、見えた。
サッカーボールより大きい。
2匹は鼻先で玉を突ついてる。
転がして、運んできている。
「どれどれ」
薫が犬の方へ駆けていった。
そして
銀色の玉を、こっちへキック。
玉は5メートル近く転がった。
「痛、」
と薫。
玉は固く、つま先が痛かったらしい。
それでも面白いのか、
蹴り続けてる。
シロとアリスは、もう玉を忘れたように
それぞれの飼い主めがけて駆けてくる。
「さあて、これは何やろな」
薫は河原にしゃがみ、玉を眺めている。
セイと悠斗も同じように腰を落とした。
「丸い物体をアルミホイルで包んでるんやな」
銀色に光って見えたのはアルミホイル、だった。
「遠くから運んできたんですよね、アリスとシロちゃんが」
悠斗は玉に、手を伸ばしたが、触れるのを躊躇している。
聖も、ちょっと気味悪くて、触る気がしない。
「大きいし重いから、口に咥えられへん。前足で転がして、鼻でつついて運んできた。ご飯も食べんと運んできたんやで。……これは食い物、ちゃうか?」
中に美味しい食べ物が入っている。
でもアルミホイルは噛みたくない。
聖と悠斗に中身を出して貰おうと運んできた。
「カオル、それは違うと思うよ」
シロとアリスは、今は玉から、ずいぶん離れたところに居る。
執着はない。警戒している様子。
「けど、なんか食い物の臭いがするような……」
薫は鼻を近づける。
「醤油と昆布と、すじ肉……おでん、の臭いか。
いや、ショウガと大根入ってるで。やや生臭い。魚か?
わかった。ぶり大根や。」
「ぶ、ぶり大根が、このなかに?」
悠斗は一生懸命<ぶり大根の大きな塊>を想像しようとしている。
「桜木さん。真に受けないで。何にも臭わないじゃん。カオル、さっさと中を見れば?」
アルミホイルを矧がせば?
「セイが、して」
「なんで?」
「俺、この玉怖い」
「ぶり大根なんだろ?」
いつまでも男3人と犬2匹で中身が分からぬ玉を眺めてられない。
聖はアルミホイルを矧がし始めた。
何重にも巻き付けてある。
何枚も何枚も矧がす
すると、確かに、紛れもなく醤油とショウガの臭いが……。
薫の嗅覚は犬並みであった。
中身が露わになると、
男3人は、揃った動きで後ろに一歩跳んだ。
「うわ」(悠斗)
「げえ」(薫)
「勘弁してよ」(聖)
中身は人間の頭部であった。
長い髪が巻き付けてある。
おそらく女で、
醤油とショウガで煮たような臭いがした。
煮崩れた魚のように、表面はぐしゅぐしゅ、していた。