害虫駆除
痛み。それが男にとっての目覚ましだった。全身から聞こえてくるのは、あまりにもうるさい。唯一、右腕からは聞こえてこなかった。
理由は単純。視界が赤く染まっていても、判別できてしまうことだ。
自身の右肘から先が無いからである。
「良い発見したよ……あの世でのみあげ話になるぜ。くそったれ」
「ずいぶんと余裕じゃな」
仰向けに倒れる男のつぶやきに、しわがれた声が続く。
ありえない!
咄嗟に彼は見上げてしまう。ここには自分と黒い血の魔獣しかいない。そのはずなのだ。
「じいさんこんなところで何してんだ!? 速く逃げろ! 殺されるぞ!」
「あれじゃろ? ワシが始末しておいた。だからオヌシも赤子のように寝れていたんじゃぞ?」
話していることが理解できない。けれども事実なのだろう。
老人が指さす先には、にっくき魔物が倒れ伏し、燃えているからだ。
「まじか……爺さんあんた強いな。見た目は枯れてるのに」
「じゃろ? 流石にオヌシを助けるのは……無理そうじゃがな」
「期待はしてない。もうそこらの魔術師や尼さんでも治せ……」
男が血を吐きながらせきこんだ。死が近いのだろう。
だが彼に恐れている様子はない。力なく笑っているだけだ。
「……オヌシ、死ぬのが怖くないのか」
「未練はどっかに落としたよ。別に死んでもいいんだが……遺言だけいいか?」
「変な奴じゃな。ええわい。話してみ」
「冒険者なんてクソだ。収入が不安定すぎる」
――
―――
――――
城壁都市ミリーファ。
ローゼット家が治めるこの土地は、リムチェ王国の首都を除けば、最も発展した都市である。人々の往来も多く、周囲の地域との交易も盛んである。
ここを拠点にする冒険者も多い。
「毒と怪我用のポーションをそれぞれ三つ」
「これじゃな。しかし内の薬を選ぶとはセンスがいいのう。そんな目の良いお嬢さんにはサービスでプラス一本じゃ!」
「おいジジイまた勝手に」
「本当? ありがとうおじいさん」
町で特に活気があるのはこのラーポ広場だ。
出店する屋台の列には、様々な質の良い商品が売りに出されている。
食品系だと、野菜や果物はどれもみずみずしい。戦場を渡り歩いた歴戦主婦ですら鮮度の差に見分けがつかない程だ。
悩む彼女の子供はおかげで暇なのである。たまたま出会った友達と遊ぶのも当然であった。
「待てー!」
子供達は周りも気にせず走りまわる。
元気な彼らは大人にとってほほえましいもの。
だった。
「危ない!?」
誰が叫んだかはわからない。
重要なのは、積み重なった木箱が崩れ、子供達の方へ落下している現実だ。ぶつかると誰もが思った時、箱は空中で飛び跳ねた。
なぜ?
答えは、子供達を囲うように現れた半透明の半球によって、はじかれたからだ。けれども球は小さかった。あぶれてしまった女の子がいたのだ。
少女に逃げる時間はない。
残された手は覚悟を決め、目をつむることだけだった。
「大丈夫かい?」
声をかけられて少女が目を開いた。
そこにいたのは木箱ではなく、銀髪の騎士だ。頭に獣を思わせる耳が生えているが、彼女にはどうでもよかった。
相手の端正な顔に見惚れてしまうほど、夢中だったからである。
「う、うんありがとう!」
「ならよかった」
半透明の半球に守られた子供達へ、近づく人物もいた。長い白髪の女性だ。
「良かった、怪我していなくて……」
「ありがとう! おばちゃん!」
子供らは女性に対してお礼を伝えると、騎士が守った子と一緒に手を振りながら去っていった。
彼女も手を振り返している。ひきつった笑顔で。
「……染めようかしら髪」
「ついに? 昔は僕の銀髪と似てるからって、絶対しないと」
「子供の時はね」
「なら、色は家族に合わせますか? 自分だけ違うって、お嬢様はよくぼやいてました」
「いまさら赤毛にするのも……こう、星空みたいな派手さは欲しいわ!」
談笑するカポーティとよばれた騎士とお嬢様の元へ、カバンを持った女性が近づいてくる。
「ありがとうございます! ルイーザ様、カポーティさん!」
「気にしないで。やるべきことをやっただけ。それよりも子供達をみてあげたら?」
「え? あー! またそうやって走り回って!」
怒声をあげて去っていく女性。彼女にルイーザは笑みを浮かべながら手を振った。
「本当に元気いっぱいねあの子達。うらやまし」
「良いことですよ。ところで急がないと暗くなりますよ」
「そうだった! 走るわよ!」
――
―――
――――
結局ルイーザとカポーティが目的の小屋に到着したのは、日が暮れた後だった。
2人が家の中に入ると先客が居た。二人組だ。ミリーファを象徴する称号が刻まれた鎧を装着している。
「お疲れ様。調子はどう? 衛兵」
「あれ? ルイーザ様にカポーティさんじゃないですか。こんな遅くまでそっちこそお疲れさまっすよ」
「おい! なれなれしいぞ!?」
「そこまで目くじらを立てなくても。それで、証拠の方は?」
「ダメっすねー。魔法の痕跡もなけりゃ、押し入った形跡もなし。あるのは常連のあいつっすよ」
衛兵が指さすのは、周囲に散らばった黒い粘液だ。
「相変わらず液体の正体は不明です。分かっているのは……」
「油臭いってことだけね?」
「はい。完全に手詰まりです」
「なるほどね……じゃあ仕事は引き継ぐから、二人は戻っていいわよ」
「え!? ルイーザ様が直々に? そんな恐れ多い……」
「いいの。この行方不明事件を解決させるのは私の仕事なんだから。それにみんなの不安を取り除かないとね!」
「さすがルイーザ様っす! 行きましょう先輩! 俺達だって夜回りがあるから出直すつもりだったじゃないすか」
「それはそうだが……」
「後は僕たちが引継ぎを」
そう言ったカポーティが、先輩衛兵の手を取り微笑んだ。
「……分かりました。行くぞ」
「あ、先輩羨ましい!」
衛兵の二人は小屋を出ていく。
「前々から思っていたけど、ずるいわよねー。そんな顔で銀貨を握らされたら断れないもの」
「使えるものは使うのが基本ですから」
「それって自分の事を淫魔とかよりも、顔がいいって自慢してる? それとも金?」
「さぁ? それよりも調査しましょう」
「露骨に話をずらしすぎよ」
「それもありますが……ちょっとネズミが気になりまして」
首をかしげるルイーザに、ふふふと軽い笑みを浮かべたカポーティは、ベッドを持ち上げた。
「初めまして。寝心地はどうだい?」
「くそったれ……最悪だよ」
人間だ。義手をつけた男が寝具の下に、這いつくばっていたのである。
「すっごく大きいネズミ。いつから居たのかしら」
「僕たちが来た頃にはとっくに。衛兵達からは上手く隠れたとしても、僕の耳からは逃げられない」
「ワーウルフかよ。しかも銀狼なんて初めて見たぜ。相方は……まじか。ザニアの白い花は部屋の中でしか育たないんじゃないのかよ」
敵意はない、といわんばかり手をあげて男は立ち上がってくる。
「ちょっと面接しない? 貴方は誰で、何をしていたの?」
「……話す義理はない」
「なら牢獄までデートよ。経験はあるからリードも完璧」
「最低のプランだな。センスがない」
「なら、僕たちと話をする方にするかい?」
「喜んでな。くそったれが」
「じゃあ質問に答えて」
男はため息をついた。
「俺は専門家だ。この街で起きてる事件のな。これでいいか?」
「へぇ……」
カポーティは知っている。
お嬢様が口もとをあげている時は、自身のお腹が痛くなる合図だと。
「採用! 今から私たちは仲間ね」
「お嬢様!?」
「まじか……」
やはりであった。
ルイーザの返答は、男にも予想できなかったようだ。目を見開いている。
「何かしでかしたら牢獄に連れていけばいいじゃない。今の私たちには少しでも情報が欲しい、そうじゃない?」
「素性も分からない奴ですよ!? もう少し考えてからでも……」
「その間に次の被害がでたらどうするの?」
言いよどむしかない。
こうなってしまうと、ルイーザは巨人の力があったとしても、動かないぐらい頑固だ。
「……分かりました」
「決まりね! じゃあ専門家さん 名前を聞いてもいいかしら?」
「レイモンド。苗字はいいだろ」
「よろしくねレイモンド。早速だけど、事件をどうやって解決する気?」
「仲間と協力する。だからその騎士様に伝えてくれ。ベッドを下ろせってな。眠くないんでね」
――
―――
――――
「てっわけだ。俺の口説き文句も悪くないだろ? ハワード」
「……のう、レイモンドよ。連れ込む女性は選んだ方がええぞ」
木の椅子に座っている老人ハワードは机に頬付きし、レイモンドの後ろに居る2人組に目を向ける。
一人は上質な服を着た女性だ。肌や髪が白く赤い目が印象的である。それとかわいい。
片割れは獣人だ。頭に生えた耳からしてワーウルフ系列だろう。
鎧を着ていることからお付きの騎士だろうか? あと美形だ。
「あのルイーザって奴のツラは爺さん好みだろう?」
「事情がタイプじゃないわい。しかもオヌシよりも若いのは……いや……」
いつものハワードならば口説いていた。なのだが、今回は話が違う。
素性がバレてる上に、宿泊している部屋に乗りこまれているのだ。頭が痛くなってくる。
「仕方ないだろ。逃げたらベッドで寝かされちまう。だったらハワードも道連れだ。人肌があった方が寂しくないしな」
「男は趣味じゃないわい! 全く……」
「そろそろ話を進めない? 事件はせっかちなの」
「分かっておる。ではレイモンドよ。証拠はちゃんと持ってきたか?」
「……はぁ?! 今やるのか?」
「嫌がるでない。こうなったのもオヌシが原因じゃ」
「え? 何をするの?」
「要望通りに話を進めるんじゃよ」
いよいよレイモンドには、観念するしか道はなかった。
仕方ない。ハワードが差し出す石のすり鉢を手に取り、よだれを入れる。
「君たちは何をやっているんだ?」
「カポーティじゃったな? まあ、待て」
何をする気なんだ? カポーティの疑念は高まる。
ハワードは石の小さな台の上に火をつけて、乗っている鍋に何か葉っぱやらの粉末を投入している。最後にはレイモンドのよだれを垂らした。
あまりにも怪しい。魔法使いですら、ここまできな臭くならないはずだ。それとも薬師はみんなこうなのか。
「できたぞ! 犯人の居場所が分かる薬じゃ!」
「都合よすぎない?」
「都合よくなるようにいろいろやってんだ。詳しいこと秘密だぜ。金を払われてもこればっかりわな」
「ほれ、レイモンド。暗視ポーションの空があるじゃろ」
「ああ。入れてくれ」
レイモンドが差し出した木の小瓶に薬が注がれていく。
「どうして飲まない?」
「まだ準備が残ってる。大事な話をしていないしな」
レイモンドが椅子に座ると二人の方を向いた。
そのままにやついた表情で、ハンドサインを見せてきたのだ。親指と人差し指で〇の形である。
「レイモンド! 貴様……」
「騎士様は分かったみたいだな。金さ。事件の解決にどれだけ払う?」
「……変わらんのうオヌシ。死んでも治らんな」
いぶかしむハワードにレイモンドがウィンクする。
これには老人はため息をつくしかない。
「で、どうする?」
「望む額、と言ったらどうするかしら?」
「……なぁカポーティ。あんたのお嬢様やばいな」
「いつも胃がキリキリするよ。もっとも今回は貴様のせいだが」
「それで? 他には何が欲しいの?」
「金がありゃいい。前払いはいらない。ちゃんと解決してからだ。良心的だろ?」
「ええそうね。私たちの身柄を要求とかよりはるかにね」
「ワシはそれでもええぞ」
「ジジイは黙れ。こちとら金が奥さんなんだ。不倫はもってのほかだね」
「でも契約書はいいのかしら? もしかしたら払わないかも」
「その時はその時だ。嘘をついた代償は払ってもらうけどな」
「あら怖い」
レイモンドとルイーザ。見つめあっている二人だが、ハワードとカポーティにはなぜか雷が散っているように感じていた。不思議である。
「これで準備は終わり?」
「まだじゃよルイーザ嬢。どんなに急いでも明日の昼じゃ」
「何をするのかは秘密だ。だから帰ってくれるか?」
「そう。なら家に戻りまりしょうかカポーティ」
「いいのですかお嬢様?」
「いいの。それじゃあね二人とも」
それだけを言い残し、ルイーザとカポーティは部屋を出ていく。
「んじゃハワード、俺は寝るからあとよろしく」
「寝かせるわけなかろう! 予定の時間までに仕上げるのはオヌシを過労させる前提じゃわい!」
「は!?」
――
―――
――――
自宅に帰宅したルイーザはカポーティと一緒に父の書斎へ向かっていた。
「お父様ただいまー」
「ローゼット様。ただいま戻りました」
「お帰り二人とも」
部屋に入った二人を出迎えたのは、ひげを生やした中年の男性だった。彼がルイーザの父親にして、カポーティの仕える主人であるローゼット卿だ。
「お父様聞いて! すっごい知らせがあるの!」
「本当かい? 聞きたいのはやまやまだけど、先にやることがあるよ」
「じゃあ早くしてよ! 本当に良い知らせなんだから!」
「分かった。分かったからそこにお座り」
逸る心を抑えつつルイーザは、椅子に座った。
ここからはいつも通りだ。父が自身に呪文をかける。終わるときの合図は、体にかけられた緑の光が消えた時だ。
「これで終わり。調子はどう?ルイーザ」
腕をまわしてみる。今回もちゃんと動いてくれた。
「いつも通り快調! さすがお父様ね」
。
「油断はできませんよお嬢様。まだ病気は完治していないんです」
「平気よ! このまま治療を受けていればいいんでしょ? あの頃よりも元気なんだから!」
「それでも心配にはなるんです」
「私は平気! 何かあったらカポーティが居るもの」
「そういえばルイーザ、さっき言いたかったことって何だい?」
「それなら僕の方から説明しますローゼット卿。お嬢様はもうお休みください」
「ええ?! 私から言いたいのに!」
「治療した後なんですからお休みください」
「わかったわよ……じゃあ任せたからね!」
納得はしきれていないルイーザ。けれどもカポーティに言われたのならば仕方がない。
彼女は部屋を出ていった。
―――
自室でルイーザは本を読んでいた。タイトルは世界を救うのはこの私! 星々大決戦!古典であるが何週もしている。
好きなシーンは白馬の騎士が王女様を助けるところだ。何度も読み返してしまう。今回もその場面、というところでノック音だ。
無視はさすがにダメだ。本にしおりを挟んで、ドアを開ける。
「話は終わったのねカポーティ」
「ええ。ローゼット様も喜んでいました。お体の方はどうです?」
「二言目には心配ね。専属の医者はもう必要ないのに」
「そういわずに」
「……でもそうね、今日は体調がへんかも。誰かつきっきりで介護してくれないかしら! できたら……慣れてる人!」
カポーティは知っている。こんなこと言っているときは一緒に居たいと。今もいろんなところを向くふりをして、何度もこちらを見ている。
ちょっとしつこい。
「……分かりました。僕が一緒にいますよ」
「え!? 本当ありがとうレオノーラ!」
合図だ。
「今日の寝物語はどうする? ルイーザ」
――
―――
――――
次の日。約束の時間になったのでルイーザとカポーティは、レオナルドとハワードのいる部屋の前に来ていた。
「来たわよ。入っても……」
「お嬢様お待ちを。今から僕の言う通りにしてください」
「いきなりどうしたの?」
「臭うんです。これは心を溶かすものだ」
どうにもルイーザには理解できない。しかし、騎士が言うのならば信じるしかない。
「今から僕がドアを開けます。そしたら風を起こしてください。換気します」
ちょうどよく扉の前には窓があった。それを開けてから二人は位置につく。
口と鼻を布で隠したカポーティがドアの前、ルイーザが騎士から三歩ほど離れて所だ。
「今です!」
「とんでいけぇ!」
カポーティがドアに体が隠れるように開いた。その瞬間に魔術の風が部屋の中を吹き荒れ、廊下の窓から外へ出ていった。
「……よし。もう大丈夫です入りましょう」
「結構強くやっちゃったけど大丈夫かしら」
「そっちよりも僕は彼らの精神が生きてるか心配です」
部屋の中に侵入した二人が見たのは地獄であった。
レイモンドは机に突っ伏したまま身動き一つしない。
ハワードは目の終点があっていない笑顔をさらしている。
極めつけに骨だが、葉っぱやら、本などが散らばっている始末だ。これだけは風のせいかいもしれないが。
「やはり、こうなって……」
「な、なにがあったの!?」
「ほほほ、ちょっと失敗しただけじゃ気にするでない! あ、見るじゃあそこに奴がおるぞ! しとめるぞレイモンド!」
「待って! ハワードさん! 何もないから! 青空に飛び立とうとしないで!」
窓から乗りだそうとするハワードをルイーザは力の限り引っ張る。だが枯れ木同然の見た目と反して力が強い。下手したら自身も危ない。どうすれば。だんだん腕力も限界になってきた。
「お嬢様!」
救世主、カポーティである。落っこちそうになっている二人を、騎士は片腕で中に引き上げた。
「ありがとうカポーティ! でもなんですぐに助けてくれなかったの!?」
「すみません。これを取りに」
カポーティの手に握られていたのは木のジョッキだ。
……なんで? という彼女の疑問をよそに状況は進んでいく。
騎士が空中に向かって手を伸ばすハワードに飲ませ始めたのだ。
「なにそれ……」
「特効薬です。今までも、これでうまくいきました」
不安。その二文字がルイーザの頭をかすめる。
飲ませている液体に見覚えがあるのだ。
だが、だが、だが、今は気にしていられない。
「と、とりあえずそっちは任せたわカポーティ!」
もう一人の方へルイーザは近づく。
「レイモンド? 生きてる?」
まずはゆすってみる。
「……ああ迎えが来たのか。やっと楽に……」
「嫌味ね、ほんと……」
―――
レイモンドとハワードの着付けは成功する。今はそろって椅子やベッドにうつむきながら座っていた。
2人の周りに漂う哀愁は、重い。
「のう……やけに頭が痛いんじゃ。一体何があったんじゃ」
「爺のせいだろ! 無駄な借りを作ったろ!?」
「頭に響く……今はその達者な口を糸で縛っておいてくれ」
「あのなぁ」
「何があったのか教えて! 喧嘩も禁止!」
「薬を作っていたんだが……」
レイモンドがハワードを見る。
「仕方あるまい! 外に美女がおったら、手元が狂うのも当然じゃ!」
「それでこんな事態に?」
カポーティの問いかけに反応したのはハワードだ。
彼は床にある削られた極彩色のキノコを手にとった。
「幻覚作用があるって本で読んだわ。名前は……」
「スラント。精神に作用するキノコじゃよ」
「俺達にとっては金の生る木」
「それで二人はあんなことに」
「ご明察だよ探偵カポーティ。粉末にしたスラントを、火の中にこぼしやがったんだ。」
「後は見ての通りじゃ。火が燃え移らなくてよかったのう」
「おかげで天使が来るまでこの様だよ」
「肝心の準備はどうなったの? 延長? 」
「ちょっとだけな。下の受付で待っててくれ。できたら呼ぶ」
「心配なんだけど……」
「もう同じミスはしないわい。今度こそすぐ終わるから安心せい」
どうにも不信感をルイーザはぬぐえない。かといって見張りをして、事故に巻き込まれたらたまったものではない。
ため息がでてしまう。ここにきて足踏みだ。
「下に行きましょカポーティ」
「いいのですか?」
「ジャンキーになりたくないもの」
―――
宿屋の受付で待っていたルイーザとカポーティを、ハワードが迎えに来た。
「あら? レイモンドが来ると思ったら貴方なの?」
「こぼした責任があるとかと屁理屈をこねてのう……」
会話もほどほどにハワードに連れられて部屋に向かう。
中ではレイモンドがバッグを背負って立っていた。
「来たな。じゃあさっそく作戦の説明だ」
「全く年寄りはねぎらう者だと教えられなかったかのう……」
「罪の清算は済んだからいいだろ」
「なら話に入りましょ? 妬けちゃうくらい長話されても嫌なの」
「悪かったな。ならお望みどおりに」
そう言ってレイモンドが、両手を顔の前あたりまで上げて見せたのは、木の瓶を二つである。
大きさは共に握りこぶし一つ分ほど。
「片方は犯人の場所が分かるっていう薬よね?」
「その通り。そしてもう一個が犯人を仕留めるのに使う」
「薬品はそれだけ? たくさんあれば、武器に塗ったり、直接かけたりできるのでは?」
「材料がないんだ。集める時間もない」
「それにしみ込ませたものでもないと無理じゃ。絡めただけでは味はつかん」
「なるほど……もう一つ聞いても?」
「残金のこと以外ならいいぜ」
「貴方たちは何者でどうして犯人の正体を知っている? 僕たちがいろんな手段を使っても分からないのに」
カポーティだけでなく、ルイーザも気になっていた彼らの正体。今、聞かないとチャンスがないと感じたのだ。
「専門家でいいだろ。犯人の正体は話してやるから」
「協力して犯人に確保するんだ。素性を少しぐらい話してもらわないと、背中を預けられない」
「ええじゃろ別に話しても。信頼を得るのも大事じゃぞ」
「……俺の腕はあいつらの仲間にやられた。だから俺みたいなのを増やさない為にこんなことをしている」
ハワードがひげを撫でる。
「ワシも似たような経歴じゃよ。もっともこの健脚のおかげで怪我せずに逃げれたじゃがのう」
「薬の力だろ」
「何がおかしい! 年寄りはいろいろと入用なんじゃよ!」
「見返りもなく? 凄いじゃない! 物語に出てくる正義の味方よ!」
「そんな高等なもんじゃない。俺なんか命を救われた借りでハワードに連れまわされているんだぜ?」
「いいじゃない! じゃあカポーティもこれで納得でしょ?」
「……一応は。ただ、変な動きをしたら容赦はしない」
「私の騎士も納得したし、犯人を捕まえに行きましょう!」
「出番じゃぞ。レイモンド」
へいへい、とハワードに気を抜けた返事をしたレイモンドが、薬を飲んだ。
そのまま目をつぶって彼は黙り込んでしまう。
「レイモンドは何を?」
「追跡じゃよ。今のうちに敵に対してワシからの説明じゃ。ちゃんと聞くんじゃぞ」
神妙な顔つきのハワードに、思わずルイーザも気も引き締まる。
足取りをつかめなかった、犯人の正体が分かるのだ。聞き逃しはできない。
「ぶっちゃけ分からん」
「はぁ!? 今まで何体も倒してきたんじゃないの!?」
「仕方なかろう。敵はいろんな物と合体して姿や能力が変わるんじゃ。ただ……」
ただ?
「まだそこまでの力は持っておるまい。人間を狙うのも魔物よりも貧弱だからじゃろ。これはチャンスじゃ。弱いうちなら情報がなくとも仕留められる可能性が高い」
「理にかなった戦法だがリスキーでは?」
「失敗した時のプランもあるから安心せい」
などと会話している間にレイモンドが目を開いた。
「いくぞ。報償金が俺たちを待ってる」
「渡す本人が目の前にいるけどそんなこと言うの? デリカシーは?」
「報酬の金額次第だ」
――
―――
――――
四人がやってきたのは町を覆う城壁の外側だ。場所はローゼット家の真後ろであり、離れた位置にある。
「ねぇカポーティ。私、もしかしたら未来予知できるようになったかも」
「奇遇ですねお嬢様。僕にも同じ力が芽生えました」
2人の会話にハワードが首をかしげている間、レイモンドは、城壁の壁を右腕の義手で位置を変えながら何度も叩いていた。すると空洞を思わせる音が響いた。
当たりである。
「レイモンドよ。そこにあるのか?」
「9割ぐらいでな。わずかに隙間がある。奴はここを抜けて出入りしていた」
「老眼にはみえづらいのう……だが、奴なら通れるじゃろな。スライムよりも変幻自在の液体じゃ」
「後は入り方なんだが……」
触ってみたり、引っ張ったりしてみるが、動かない。
「……マスターキー使うか」
蹴りの構えをとる。困ったときはこれが一番だ。
「待ってレイモンド。カポーティ? 頼める?」
「……了解です」
やけに脱力している。レイモンドがそう感じているのも束の間であった。
カポーティが手慣れた様子で、壁に偽装された扉を開けたのだ。
「ねぇレイモンド。本当にここなのよね? トリップする薬で見えたのって」
「そうだ。奴は隠し扉の先を根城にしてる」
「なんで気づかなかったのかしら……今なら、メイド長が何かにつけて普段掃除しないところをやろうとする気持ちが分かるわ」
「どうした? 何か変だぞ」
「乙女心が知りたい? ならついてきて。いくわよカポーティ、競争ね」
「は? こんな時に」
何を、というカポーティの言葉は最後まで語れなかった。理由は単純明快。言い切る前にルイーザが隠し扉の中へ入ってしまったから。
幼馴染の突進癖には呆れながらも、カポーティはついていく。
「ワシらも行くぞ。女性に先陣を切らせるなど趣味ではない」
「俺も素人を見殺しにする趣味はない。気が合ったな」
そして二人も隠し扉の中に入っていく。
「狭いな……」
レイモンドが思わず愚痴る仕方がない広さであった。
入って最初に下り階段があるのだが、どう頑張っても一人ずつしか降りられない。おまけに急だ。
先行した二人が灯した松明のおかげで、足を外さずに済んでいる。
降りた先は広い空間だ。
「ようこそ。ローゼット家の避難路へ」
「お嬢様と来るのはいつぶりでしょうね?」
「うーん……私が元気になってからは、初めてね」
「ちょっとまて。ここが避難路? ならあれか? 敵は!」
「ええ、ええ、その通り。犯人は利用していたの!」
「盲点だよ。ここはたまに点検するときぐらいしか人はこないんだ」
「驚いたのう。奴は腹の中に住んでおったのか」
ハワードが周囲を確認する。
松明の明かりに照らされた空間は、レンガ造りだ。広さは馬車を二台並べたぐらいだろうか。降りてきた階段の真正面には扉があった。
「この扉はどこに通じているんじゃ?」
「実家よ」
「ならこっちは?」
「そっちは倉庫に。必要な物を持ち出せるようにしているんだ」
カポーティの解説を聞いたレイモンドは倉庫に通じる扉のドアノブに触れた。確証ができたのだ。
「そこに居るんじゃな?」
「ああ。留守でもないぜ。間違いなく居る」
「レイモンドちょっと待って。家の人たちを呼んでくるわ。袋だだきにしてやりましょう!
」
「狭すぎるから同士討ちするのがオチだ。それよりも、大事なお願いがある。帰ってくれ」
「はぁ!? 私も一緒に行かせて。これでも魔法をちょっと嗜んでいるわ!」
「お嬢様、確かに彼の言う通りです。後の事は専門家に任せましょう」
「カポーティまで?」
完全にルイーザは孤立してしまう。
このままでは実家に帰らされるのは明白だ。
何か、何か手は? 捻り続けた彼女の頭脳は閃いた!
脅すか。
「分かったわ。その代わり報酬はなし」
「士気をそぐことを言うな。何のつもりだ?」
「倒すところを確認しないと信用できないわ。金目当てで偽物をつかまされるかも」
「レイモンドならやりかねないのう。確かにそうじゃ」
「ジジイ!どっちの味方なんだよ! くそったれ! 下手したらあの世いきだ!」
返事はない。だがルイーザの本気なのは目が語っている。
こうなると希望にすがるしかない。レイモンドはカポーティの方を向いた。無言の問いかけに対する答えは、あきらめ。首を横に振られてしまった。
「くそったれ! 死んでも自己責任だぞ! 化けてくるなよ」
「そんな暇ないから安心しなさい」
「じゃあ手伝ってもらうぞ。俺が扉を開けたらすぐに中の火をつけてくれ。倉庫にも松明があるんだろ? 1,2,の3だ」
「もちろん。信頼できる仲間を信じなさい!」
レイモンドからすれば舌打ちモノだ。けれどもイラついている時間はない。
1,2,3の合図に合わせて彼が扉を開けた瞬間に、ルイーザが指を弾いた。
魔法は起動し、部屋の中にある松明に火が点くが、同時に専門家も消えた。
「え?」
なぜ? レイモンドはどこに?
ルイーザの旗門が、後ろから引っ張られたことで、強制的に中止されてしまう。
「お嬢様下がってください!」
「出てきおったわ!」
とりあえずルイーザは状況を確認する。
まずはカポーティの後ろに下がらされた。
ハワードは臨戦態勢だ。
肝心の消えたレイモンドは壁に寄りかかっている。背後にはくぼみがあった。さっきまでなかったはず。しかも倉庫の入り口から見て真正面だ。
吹き飛ばされた?
「レイモンド大丈夫!?」
「待つんじゃルイーザ嬢。感動の再開の時間がきたぞ。粗相がないようにしないといかん」
その言葉にルイーザは身構えた。老人は備えろと言っているのだ。カポーティも同意見のようだ。自身の手をつかんで離してくれない。
危険が迫っている時はいつもこうである。本当に頼もしい。
「離れないでお嬢様。僕でもギリギリだ」
「……うそでしょ?」
魔法でエンチャントされ、加速した矢を余裕でつかめるカポーティで? 冷や汗が流れてくる。
「良いか? 奴は息をひそめておる。次に仕掛けた時を狙うぞ」
「どうする気?! カポーティで危ないのよ!?」
「安心せい。ワシも……」
聞こえた! 来る!
「お嬢様!」
ルイーザを引っ張り、体の位置をカポーティが入れ変えた。
直後、自身の胴体に走る痛みは踏みしめて耐える。これでいい。彼女のけがをする姿を見たくない。
状況の方は騎士の思惑通りになっていた。目の間でハワードが犯人の腕をとって捕まえているのだ。
「流石お付きの騎士じゃな。あそこでお昼寝している助手よりも強い」
「お褒めありがとう。目が合った時が驚いたよ」
「ワシもじゃよ。まぁ濃いが始まったのは暴れるこやつ相手じゃが」
拘束を解こうする犯人を、ハワードは壁に押し付けて動けなくする。
その姿はカポーティに治癒の魔術かけていたルイーザを、絶句させた。
「私に……似てる?」
顔がそっくりというレベルではない。髪の色は真っ白な自分とは反対の真っ黒、肌だって同じだ。目の色だけは同じ赤。まとめると、自分の影が立体化しているような見た目だ。
訳が分からない。
「どういうことなの!?」
「知らんわい。オヌシの抜け毛とかを吸収でもしたんじゃろう。それならここを根城にしたのも納得ができる。記憶をコ……」
「そんな話をしている場合じゃないだろ……爺さん……」
よろつきながらも、立ち上がったレイモンドがたしなめた。そのまま彼はハワードの隣へ歩いていった。
「ようやく起きたか。ほれ、捕まえておいたぞ」
「少しはねぎらえよ……」
「はよせい。ワシの腕がなくなるぞ」
「分かってる。ルイーザ来てくれ。こいつの口を開けろ」
「そんなの自分でやりなさいよ! カポーティを治さないと……」
「片腕じゃ無理だ」
……仕方がない。一旦カポーティを治療をルイーザは保留にして、犯人の口を開けた。
「早くやって!」
「分かってる。おい、いきなり人を吹っ飛ばした代金だ。お釣りはやるよ」
レイモンドは取り出した薬を飲ませた、
次の瞬間、内側から燃えるようにして犯人が焼却されていったのだ。。
「え? きゃ!」
「平気だ。一瞬だけだ。焼けたりしない」
本当なのだろうか? 自身の手を確認するルイーザ。確かにやけどはない。
でも。
「ねえレイモンド、ちょっと……」
「ルイーザにカポーティ。なんともないか?」
「僕は平……」
腹を抑えたカポーティにルイーザは駆け寄る。
そうだ。自分の事は後回しでいい。優先はこっちの怪我だ。
「私も何ともないわ!」
「なら良い。なら次は騎士様の怪我だな。治すなら実家の方がいいんじゃないか?」
「確かにね」
「俺が担いで行く。ハワードは後片付けを頼む。合流は宿だ」
「ありがとう。君にも慈悲の心はあるんだね」
「金をもらいに行くついでだ」
――
―――
――――
なんだが寒い。それがまどろむルイーザが、最初に気づいたことだった。次に動けないことだ。
両手、両足が締めつけられている感覚ある。金縛り、にしてはもがける。
そもそも寝具もこんなに硬かっただろうか? ベッドメイキングを失敗したなんてもんじゃない。土の上にでもいる感じだ。
考えは頭の中をめぐり続けるが、答えは出ない。
それでも諦めないでいると声がした。
「なぁ、どうして森の中に運んできたんだ? あそこで殺せば終わりだろ」
「バラバラにして調べるんじゃよ」
男の声が二つ。どうにもルイーザには聞き覚えがある。確証はない。なら見ればいいのだが、袋か何かを被せられているのだろう。お先が真っ暗だ。
それだけではない。先ほど聞こえてきたバラバラとはなんだ?
「おい待て。本気なのか爺!?」
「まずは調査。寄生されて理性があるのは二番目のケースだからのう……」
寄生?
「おいまじかよ。もしかしてあの時もか!?」
「いちいちうるさいのう……どうせ最後は殺すんじゃ。別によかろう」
足音が近づき、ばルイーザの視界が明るくなった。かぶされていた袋をはがされたのだろう。
そして、ハワードと目があった。
「あ、起きておったのか」
「なんでこん!」
「静かにしてくれ頼む……いいか聞いてくれ。ルイーザ。お前は危険な状態なんだ」
レイモンドにルイーザは口を押えられてしまう。
そもそも危険なのは今の状況だ。
「静かにしてくれ。頼む……ちゃんと理由を話す。嘘はつかない」
はいそうですか、となるルイーザではない。力の限りもがき、声を出す。ユニコーンもめじゃないくらいに暴れてやるのだ。
「今回の事件は終わってない。まだ黒幕がいる」
「オヌシはその一人じゃルイーザ。ほかにもいるじゃろうな……近しいモノじゃ。カポーティも候補の一人」
ハワードの言うことをルイーザには信じられなかった。何よりも無二の親友を悪人扱いである。信憑性のかけらもない。
「やめろルイーザ! 暴れるな! 声を出そうとするな! ジジイ言い方があるだろ!?」
「いいじゃろ別に。いつかは知ることになる。では本題じゃ」
そう語ったハワードがナイフを取り出す。煌めく刃がルイーザによぎらせるのは、加工される豚だ。
逃れようにもレイモンドに押さえつけられている。
「泣くではない。おそらくは、死なん」
ハワードの雰囲気は子供をあやす父親だ。
ただし、ルイーザの肌を撫でた後に、ナイフで切りつける姿は狂人としかいえない。
「ふむ。やはりルイーザ嬢の肌は極上じゃ」
「黙ってろよジジイ……」
「これでよし。次はよだれを」
血液を木の瓶に詰めて何を? 思考しようとするルイーザ。邪魔をするのはハワードたちの行動だ。
今度は無理矢理、口をあけられ、指を突っ込まれる。
苦しい。吐きそうだ。どうして? どうしてこんな目に?
……助けて! レオノーラ!
「ルイーザをかえせぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「カポーティ!? どうやって見つけ」
届いた祈りが使者を呼びよせ、レイモンドとハワードを吹き飛ばした。
今だったら修道女にだってなれる。それほどまでにルイーザは、カポーティが来てくれたのがうれしかった。
「レオノーラ!」
「ルイーザ! 大丈夫?」
カポーティはルイーザの拘束をほどき、抱きしめる。
無意識だった。本当ならこんなことをしている場合ではない。名残惜しくても離れる必要がある。
騎士にはやるべきことがあるのだ。タックルで突き飛ばした誘拐犯の断罪である。
「貴様ら……どういうつもりだ!」
「くそったれ……今日だけで二回もかよ」
「ワシは一回目じゃな……腰に響く」
「質問に答えろ! 返答次第、いや、ルイーザを誘拐したんだ。魔物の餌にしてやる!」
「良いぜ。答えてやるよ。お前らのやらかした事のしりぬぐいだ!」
レイモンドは見逃さない。自身の発言でカポーティの目が見開き、頭に生える耳の毛が逆立ったのだ。おそらく、図星をついた。
チャンスだ。
「ぜんぶ分かってるんだぜ? おつきの騎士がとんだ詐欺師野郎だ」
でまかせである。
「どうやって知った!? 僕やローゼット卿の一部しか知らないはずだ!」
効果あり。
「拉致するときじゃよ。しかしのう……ルイーザ嬢にすら秘密とは。悪魔よりも悪質じゃわい。顔が良いのも悪魔らしさかのう?」
相棒の企みを察したハワードの援護攻撃だ。
「……ねぇレオーノラ。犯人が私達だなんて、嘘よね?」
「君だけには知られたくなかった……でも、仕方なかったんだ!」
「教えて! 何がどうなってるの!?」
ルイーザがカポーティの肩を揺さぶる。
良い感じだ。天秤がこちらに傾いてきている。これにはレイモンドも心の中でほくそ笑んでしまう。
このままいけば、色々と自白してくれるに違いない
「……後で話すよ。君をこんな目に合わせた奴らを始末してから、ね」
「おい、全部話す流れだろ。」
「まずはお前からだレイモンド。そのおしゃべりな口を引き裂いてやる!」
「良かったのうレイモンド。オヌシのトークに惚れておるみたいじゃ」
「くそったれ! 爺さん!後は頼む! 俺はルイーザを!」
「まだ罪を重ねるのか!」
ルイーザに手を出す? そんなことをカポーティは許さない。
「レイモンドォォォォォ!」
「は!?」
距離はあったはずなのに、いつの間にかレイモンドはカポーティに、首を絞められていた。
彼にとっては危機的状況だ。なのに、微笑んでいる。
「なぜ笑う? 今から殺されるのに」
「後ろ……みろよ……騎士様」
「レオノーラ!」
騎士を、自身を呼ぶ声にカポーティが振り向く。そこには最悪の光景が広がっていた。
ルイーザを捕まえているハワードの姿だ。
「カポーティよ。頭から血が吹き出て、周りが見えなくなっておらんか? レイモンドを襲えばこうなるに決まっておろう?」
「ルイーザを離せ! さもないと……仲間の命はないぞ」
「それは大変じゃのう……」
離すか?
「そやつに人質の価値があればな」
返事から束の間であった。ルイーザの頭が胴体と離れてしまったのは。
硬い肉の塊が地面に落ちた後に、体は倒れた。最後に血が吹きでた。
処刑でよくみる光景である。ギロチンだ。それを老人が首を握りしめてやってしまった。
「やりやがったなクソジジイ!」
「え……あ?」
どうしてルイーザが地面に倒れている? どうしてルイーザの首が体と離れている? どうしてルイーザは血にまみれている? どうしてルイーザは何も声を出さないでいる?
どうして? どうして? どうして?
カポーティの頭をめぐる疑問。その答えなど考えなくても分かるはずだ。なのに、騎士は悩み続ける。
「騎士、様よ……よかっ、たな。仕事が消え」
「うるさい!」
静かになるレイモンド。いやに素直なのは、口から頭を真っ二つにされたからである。おまけに地面へ落下した上半分もつぶされてしまった。
「執拗じゃのう……あの口の悪さにはワシも辟易しておったが」
「どうして! どうしてルイーザを!」
「知りたいか? 知りたいじゃろう?」
手を叩きながら後ろ向きにハワードが歩き始めた。
バカにしている。そう感じ取ったカポーティは追いかけていく。
二人は森の中へ消えてしまう。残ったのは、話ができなくなったモノが二つだけであった。
――
「あーくそったれ……頭いてぇ……」
何度目になっても、この感覚にレイモンドは慣れない。少しずつ、少しずつ意識が薄れていく。最後には意識が切れる。その瞬間にすごい力で引っ張られるのだ。クラーケンの触手に捕まった時の方が、まだ優しい。
「……俺の見間違いであってくれよ」
調子はまだ悪い。だが、やらなければならない。
ルイーザに近づいたレイモンドは、ナイフを取り出し、自身の腕を切りつけた。
にじみ出る血が一つ、二つ、三つと彼女の胴体に降り注いでいく。
よかった。レイモンドが安堵した瞬間である。離れた頭が動き出す。
「……同類かよ」
体の方へじりじりと近づいていく頭。あるべき位置に到着するとくっついた。
魔物ならいざ知らず、人間であるルイーザの肉体が起こすのは、あまりにも奇妙な光景だ。
そして、目覚めるはずがないマブタが開いた。
「聞こえるかルイーザ。綺麗に治ったぞ。プロの魔導士も真っ青だな」
「……え? なんで……私、見たのに。自分の首が、首が!」
「ああそうだよ。お前は死んだ。だけど、復活した。理由がわかるか?」
「分かるわけないじゃない! 貴方が何かをしたんでしょ!?」
「ああ、したよ。血を与えた。だが、そんなんで人間が生き返るわけないだろ」
「ならその血に」
「言っておくが、そこらの魔物や人間にかけても何も起きないぞ」
「そんなの!」
「嘘ってか? 今そんなことをしたって意味がないのは分かるだろ」
相手の言うとおりである。
そうなると生まれてくる可能性をルイーザは否定したかった。自分は人間ではないと。
「嘘よ……じゃあ私は……」
「化け物だ。タチの悪い奴に寄生されている。」
「……それって事件の犯人?」
「察しがいいな」
「でもあの時みんなで倒したじゃない!」
「俺達が退治したのは分身だった。多分だが餌集め用なんだろうな」
筋は通っている。もはやルイーザには認めるしかなかった。
「問題なのはいつごろ宿主なったのか。心当たりはあるか?」
「……私、昔は体が弱かったの。ちょっと走るだけでめまいがするし、日に当たったらもう大変だった。だって軽いやけどするんだから。満足に家もでれなかった」
「誰が身の上話しろって言った。それにザニアなのは知っている。白い肌に髪の毛、極めつけは赤い目だ。後は貧弱なんだろ」
「最後まで聞いて。そんな私でも両親は愛してくれたわ。いろいろな医者や魔導士に聖職者、試せることはなんでもした。でもね、無理だったの。病気やけがを治して、厄を払うことはできても、体質はどうしようもない」
「何が言いたいんだ? お涙が欲しいなら売り切れてるぞ」
「ここからよ」
ルイーザは深呼吸する。
「18の時かしら。私、ついにベッドから起きれなくなったの。力が入らないの。不治の病でどうにもならないって。迎えって、意図しないときに来るっていうけど、事前に報告してくれるタイプも居るのね」
「……まさか」
「三日後だったわ。朝起きたら動けるようになったの。体も元気。あの日なんて、肌着で屋敷中を走り回っちゃった」
「お転婆なのはその頃からか」
「後になってお父様が教えてくれたの。魔法をかけたって」
「けど、違った。愛があるからこそやりやがったか……」
「今でも魔法をかけてもらってる。考えてみたらおかしな話よね。今までどんな魔法も効かなかったのに」
「魔法は奴の抑制。本当は寄生された元気になったわけだ」
抱いていた疑問はこれで解決した。
なぜ犯人がルイーザそっくりだったのか。 なぜ薬での幻視でローゼット家の屋敷が見えたのか。 なぜ、眠る彼女の姿があったかを。
「となると、事件が起き始めたのも元気になった後か」
「その通りよ。私は事件をどうにかしようとした。民が困ってるなら助けるのが貴族だもの。家族にも、カポーティにも、怒られちゃったけど。危ないって」
落ち着いてきたのが微笑するルイーザ。そこには憂いも混ざっている。
「茶番だな。犯人が捜査かよ」
「どうして事件は起きたの?」
「自分を成長させるためだ。普通なら分身を出すなんてやり方はしない。自分で行けばいいからな」
「それじゃもしも解決しなかったら……」
「奴になる。魔法で抑えていても成長すれば意味はない。引きはがす必要がある」
「前に逆戻りしろってこと……?」
「それどころか、運が悪かったら死ぬだろうな。あれの力で延命しているんだぞ」
ルイーザは座り込むしかなかった。あまりにも衝撃的すぎる事実なのだ。
自分が生きれば周りが死に、逆に自分が死ねば周りが生きる。
「レイモンド達は専門家なんでしょ! 何とかならないの!? 前の、どこにも行けない頃に戻りたくない!」
「……駆除はできるが、助ける方法は分からない」
だから殺す。
ルイーザの喉をレイモンドの義手が捕まえた。動かないはずなのに生身の手のように動いたのだ。
そのまま掴まれた個所からケムリがあがり、彼女の喉元は焼け焦げていく。
余りの熱にルイーザは呻くことしかできない
彼に躊躇はない。寄生体を殺すための薬品を取りだし。
「恨むなら好きにしろ。これが仕事なんだ」
少しずつ、少しずつ、ルイーザの口に注がれる。
口が、喉が、胃が、内側から焼かれて燃えていく感覚。それは。熱した鉄を流し込まれているようなものだ。
彼女では耐えきれない。
「……ん?」
レイモンドの持っていた薬の瓶が消えた。
なぜ? 答えはルイーザの耳から伸びる黒い触手が、はじいたのだ。
「こいつ! まだうごけ」
ルイーザの体が膨張し、比例して周囲の木や地面が消えていく。
「見境がなくなったな! くそったれが!」
非常にまずい状況である。
殺されかけたことで暴走したのだろう。息をひそめて獲物を刈るのではなく、大手を振って全てを食らうつもりだ。下手に近づくと吸収されてしまう。
レイモンドは咄嗟に飛びのけたが、左腕の肘から先を一瞬で持ってかれたのだ。
再生するとしてもきつい。
「巨人の成長期ですらもっと謙虚だぞ!?」
ルイーザだったモノは、周囲の木を抜き去るほどに成長していた。
見た目は倉庫で追い詰めた犯人と同じ。だが、拘束するには今のレイモンドにはデカすぎる。
金をばらまいて冒険者を雇っても無駄だろう。食料提供にしかならない。
「木こりとエルフがなくなこりゃ!」
巨体から振るわれる剛腕がレイモンドを襲う。彼はかろうじて避けることに成功はする。
代わりに薙ぎ払われた範囲の木々が根こそぎ吸収されてしまう。取り込むスピードが倉庫の分身とは違いすぎる。速い。
正面に立つのは得策ではない。
「どうする?」
木の後ろに隠れたレイモンドは思考する。
一人ではどうにもならない。ハワードも近くにいないのだ。薬を飲ませようにも量が足りない。そもそも近づくことができない。。
ならば……
「なんだこれ……何がどうなっているんだ」
この場にいないはずの、聞きたくもない、カポーティの声がレイモンドの耳に届く。
「野次馬がきやがったか……」
レイモンドは落ちている木の棒を手に取る。それからカポーティの位置を確認し、投げつける。一回、殺された分の怒りを込めるのも忘れはしない。
頭に命中、気づいた相手に手招きをする。
一瞬戸惑ったようだが、隣にやってきた。
「どうして生きている!? それにあの怪物はなんだ!? 」
「一つだけ答えてやる! あれはルイーザだ! 潔く死なせなかった報いだ!」
「っ! 僕やローゼットさんがどれだけ悩んで!」
「いいか! 俺はあいつを殺す! 手伝え!」
「僕にルイーザを殺させる気か!?」
「吠えるのは後だワーウルフ! ルイーザはみんなを救いたがっていた! お前が一番知ってるはずだ! その意思すら踏みにじる気か!?」
「それは……」
「見ろ!」
レイモンドが指さす先にいるルイーザだったモノは一方向に向かって進んでいる。隠れている二人に目もくれず。向かう先はそう、町だ。
「このまま行けば、ルイーザは自分の手で守りたいものを壊すことになる。いいのか!?」
「それでも……ああなってもルイーザはルイーザだ! 僕には……」
「ならそこで耳を垂らして座ってろ!」
カポーティはだめだ。動きすらしない。
木偶の坊となった騎士を置いて、レイモンドはルイーザだった巨人を追いかけるために走りだす。
幸いにも足は遅い。すぐに追いつく。おまけに見慣れた救いの神もだ。
「やりおったなレイモンド。こりゃ骨がおれるぞ」
「小言は後回しだジジイ。ロープは持ってるか? 捕縛用の奴」
「持っておるが、どうする気じゃ? おそらく数秒しか意味がないぞ」
「哀れなお嬢様を寝かせてやる」
「本気か?」
「やるしかない。投げるタイミングは俺が決める」
縄を受け取りレイモンドは走り出す。ハワードも相棒と同じ行動をとる。
それぞれ到着したのは、巨人の進む先でお互いが対面する位置だ。
「いまだ!」
木に縛ったロープの端をレイモンドが、ハワードへ投げつけた。
ちょっと取り損ねてしまうも、なんとか老人はキャッチした。
「さあ、ワシのテクをくらえぃ!」
ハワードが張ったロープに、足を引っかけた巨人は、焼ける音と共にバランスを崩した。
上手くいった。
このスキにレイモンドは義手を外し、懐から取り出した薬を飲みほす。
苦しい。
「いいぞ爺さん!」
倒れたルイーザに近づく。当然、レイモンドは吸収。されない。
準備は完了した。ここからは根気勝負だ。
「寝かしつけてやるよ」
義手のない右腕を、ルイーザだったモノの頭に向ける。後は、力を込めるだけだ。
少しずつ、少しずつ、奥底から引っ張り出す。その度に痛みが襲う。体の内部を引っ張りだしているかと錯覚する程の代物だ。
いつもこうである。
それでも、やるしかない。
「――仕事の時間だ相棒。居候代を払ってもらうぜ」
絶叫。
そこまでしてレイモンドが取り出したのは切り札だ。右腕から生えてきた黒い触手がそうである。
それをルイーザだった者の頭頂部に突き刺していく。それで終わり。
巨人が立ち上がったからである。
「くそったれ! 寝てなくても大きいからいいってか!?」
「レイモンドよーしっかり引っ付いておらんと、落ちるぞー」
ルイーザだったモノの頭部に、なんとかレイモンドは引っ付く。今にも振り落とされそうだが、耐えるしかない。気合いだ。
幸い相手は気にする様子はない。チャンスだ。
「どこだ……どこにある」
レイモンドにうかうかしていられる時間はない。急がないと接続している自身も吸収されてしまうのだ。
「やっぱりお前かルイーザ!」
ルイーザだったモノの頭頂部につながっていた黒い触手が引っこ抜かれた。なんとルイーザも一緒だ。さながら一本釣りである。
彼女の体は宙を舞い、落下していく。
あわや激突、とはいかずにハワードがキャッチした。
「これでよし。駆除完了じゃ。ちょっと、もったいないがのう」
モノ言わぬルイーザに薬を飲ませる。一瞬うめいたが、それだけだ。
一方で彼女だったモノには変化が起きていた。閃光を発し、消えてしまったのだ。
つまり乗っていたレイモンドは、大地へ急転直下である。
「がっ……」
「おおう。オヌシの血液が満開の花になっておるぞ」
仰向けで倒れたレイモンドにハワードが近寄る。
体はバラバラになっていないが、何か変だ。
「あ、じ、ポ」
「ほれ、恵みの雨じゃ」
呼吸ができていない。
そう判断したハワードは、ルイーザをおろして薬をレイモンドに飲ませた。
「……ありがとよハワード。ついでに俺を受け止めてくれたら、ハグしてやったんだが」
「ワシはルイーザ嬢を抱えておったんじゃ。仕方なかろう」
「そうかよ……なぁルイーザはどんな状態なんだ?」
「詳しく調べんと分からんが、ほぼ人間じゃな。薬にわずかしか反応せんかった」
「……なぁ、夜の女神達に渡す金、欲しくないか?」
「……何が望みじゃ?」
「ギャンブル」
――
―――
――――
ルイーザ・ローゼットの死は、すぐにミリーファ全域に広がり、人々が嘆き、悲しんだ
葬儀の当日にやってきた参列者は老略男女の様々な人たちだ。
「ルイーザが神のみもとで安らかな眠りを」
神父が最後の祈りささげる。
これが知らせとなり、彼女の眠る棺桶に土が被せられ始めた。
やっているのはカポーティだ。
一人でスコップを握る騎士の服装は、鎧ではなく長ズボンに長袖の服である。もう必要のない物を身に着ける必要はない。
「さよなら、ルイーザ」
ゆっくりと土を棺桶に被せていく。
躊躇はある。だが、けじめなのだ。だから埋葬役に志願した。
もっと早く来るはずの別れを、悪魔に魂を売って先延ばしにした罰なのだ。
「僕は……これからどうすればいい?」
小さいこ――! ろから――! 一緒だった。離れ離れになるんて、考えたくもなかった。だか――! ら町の人よ――! りもルイーザを優先……
うるさい。どこから?
カポーティは耳をすませる。
「開けて! 私は生きてる! 生きてるから! 埋めないで! 死んだらリッチになって出てやる!」
声の正体に気づいたカポーティは速かった。
スコップを投げ捨て、埋まりかけていた地面を両手で掘り返し始めたのだ。周囲の参列者達に土を飛ばすのもお構いなしである。
「カポーティ!? なんでルイーザの墓を!?」
「聞こえたんです! お嬢様の、ルイーザの声が!」
止めにローゼット卿を振り払い、カポーティは掘り続ける。ルイーザの棺が露になると、即座に蓋を引きちぎった。
「レオノーラァァァァァァ! 本当に埋められるかと思ったァァァァァァ」
棺桶から飛び出てきたルイーザに、カポーティは抱きしめられた。
嬉しいなんてものではない。枯れたはずの涙が、出てきてるのだってわかる。
だが、なぜ?
――
―――
――――
あれから数週間が立った。
ミリーファから離れたレイモンドとハワードは、とある港町で宿泊をしていた。
仕事の為である。
「俺は成功したと思う」
「失敗じゃろ」
「分の悪い賭けってのは、上手くいくもんなんだよ」
「そういって、どれだけカジノに寄付をしてきたんじゃ」
「すみません。荷物を届けに参りました。手紙も一緒です」
「レイモンド出てくれんか? ワシは手を離せん」
「ああ……いいぞ」
疑問が浮かぶ。自分たちに手紙を送ってくる知人が居ただろう? しかも、旅暮らしなのに的確に届けてきたのだ。バード郵便でもここまで正確ではない。
とりあえず様子見だ。
レイモンドはナイフを逆手に持ち、服の袖で隠してからドアを開けた。
「サイ……」
「いりません。ただ、受け取り拒否もできません」
どうしてここにいる?
「久しぶりだね。レイモンド」
カポーティ!
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