第9話 『届け物』
『120年前になります。届けて欲しいこの鍵が返却されたのは』
テーブルに滑り出てきたのは、ウードさんのお腹くらいある丸いペンダントだった。
どこから出てきたのかは無視をして、話を伺う。
『この鍵はもう1つありまして、我々は人間と共同で経営をしていました』
意外でしょう。そう目が伝えてくる。
ウードさんの遠くを見る視線は、過去を辿っている。
『この鍵は竜騎士様に創っていただきました。お互いの温泉の権利を表すものとし、そして2つが1つになることで、このエリアの種族たちと会話ができるという、特別なものです。さらに、鍵は我々の魂を自由にするものにもなりました。これは、竜騎士様も驚いておりましたが……』
「魂が自由?」
あたしの質問に、ウードさんの記憶が濁ったのがわかる。
『我々妖精は、不死と思われていますが、違います。この土地でのみ、魂の循環が行われているのです。呪いのようなものです』
めっちゃおいしいトマトソースをからめたスクランブルエッグが、少し苦く感じる。
「……それって、逆に言えば、この土地以外じゃ、生きていけないってこと?」
『そのとおりです』
ウードさんは息を吐く。
懐かしさに顔を綻ばせながらも、苦しそうだ。
『逆に言えば、2つの鍵が作動している間は生きられたのです。我々はこの鍵をいただけたことで、初めて外の世界を見ることが叶いました。とても素晴らしいことでした』
「じゃあ、今は1つしかない状況だと……?」
首を横に小さく振った。
『鍵が村を守る壁にもなっていますが、他の土地へと行ってしまった魂は切り離されました。120年前、唐突に返却されたことで、わたしの娘をはじめ、旅にでていた多くの妖精たちが帰れなくなりました』
あたしの沈んだ顔がわかったのか、シラチャがバターが染みたパンを口へと運んできた。
口を閉じていたが、無理やり押し込まれたので、咀嚼する。
シラチャは満足そうに頷いて、自分の席へと戻り、手づかみでスクランブルエッグを食べだした。
お風呂、もう一回かも。
『わたしは、彼らの魂を呼び戻したい。……戻るかわかりませんがね。でも、サエ様がいらしたこの機会を無駄にはしたくないのです。確かに、二の舞になるのかもしれません。それでも、こんな機会はもう、二度とないかもしれない……』
最後のひと口を、あたしは大事に頬張った。
シラチャにはスプーンとフォークくらい使い方を覚えてもらおう。
頭の隅に、<シラチャの食事の仕方>とメモりなから、ウードさんの話を、あたしなりに理解をしようと、分解、解析してみる。
ウードさんがいれてくれた少し濃いめのコーヒーが、考えをしっかり固めてくれて、大助かり。
「……そっか。ウードさんにとって、今回がラストチャンスなんだね」
『よくお気づきで。……そうです。わたしの魂は、あと10年も残らないと思います。わたしが消えたら、人と一緒に経営をしていた事実も何もかも、消えてしまうでしょう』
ウードさんがいなくなったら、人間と仲良しの記憶がある妖精が、いなくなっちゃう……
あたしはベリータルトを頬張って、考える。
このまま、過去の記憶が消えて、新しい妖精の社会になる方がいいのか。
改めて、人間との交流が復活したほうが、これからの妖精のためになるのか。
でも、外の世界をしらないままって、あたしだったら嫌だな。
……いや、過去、旅に出た妖精たちが、外界を見てみたいと思ったのは、そう思わせたのは、竜騎士、だったのかもしれない。
すごいな、過去の、竜騎士って。
……と感心した瞬間、あたしは思ってしまった。
「……こうさ、悪意を持った人間が、檻の中とか、強制送還とかされる魔法とかあればよくない?」
ここが異世界なら、それぐらいできたっていいと思ったのだ。
あたしの言葉に、ウードさんが手を叩きながら、くるりと回る。
『そうです! そのような魔法があれば問題ないのですっ!』
さすがです、と言わんばかりの声の張りに、呆気にとられる。
驚くあたしを置いて、ウードさんが続けた。
『今、都にリルリア様が来られているそうなんです!』
「だれそれ?」
『特級魔術師であり、宅急便魔術師でもある、エルフ族のリルリア様です。お歳は160歳ぐらいと、まだお若いのですが、実力は相当で。リルリア様の眷属の精霊が朝方、都に到着されたのを感じたと言っておりまして。当初はサエ様に鍵をお渡しし、宅急便魔術師に依頼をしていただこうと思っていたのですが、あのリルリア様が来られているのなら、リルリア様に鍵を届けてもらい、さらには新たな魔法陣を張っていただき、人間と妖精の温泉宿を復活させるのですっ!』
くるくる回る遠心力で、お腹のかたちが少し尖って見える。
よっぽど柔らかなお腹なのだろうな。
つい、見入っていると、ウードさんが、ギュン! と迫る。
『いっしょに、交渉に、参りましょうっ!』
大きなガッツポーズをとったウードさんのお腹がたぷんと揺れた。
あたしはお腹の揺れが落ち着いたのを待って、イケボを脳裏で反芻させる。
『交渉に参りましょうっ!』
やっぱり言ってた。
「……ウードさんも来るってこと? どういうこと!?」
ウードさんは、置いてあったメモ帳に、スラスラと絵を描き始める。
『温泉宿はここ、村はここ。わたしたちの生息範囲は、ここまでになります。本来なら、これ以上は、出ることは許されませんが、シラチャ様とサエ様がいらっしゃれば、出られますし、言葉も通じます!』
大きな谷を境に境界があるようだ。
「広いのか狭いのかわかんないや」
シラチャが言っていたように、地図があると便利かも。
体感で距離がつかめないのは、ちょっと不便だ。
だが、それよりも。
「あたし、竜騎士ってやつじゃないよ? ただの女子高生だよ? なんか期待されても困るし」
『それでもシラチャ様がいれば、大丈夫です』
「うん! ぼく、ドラゴンだから、いっしょにいたら、きえないよ。……たぶん」
「たぶんって……。でも、あたし、なんもしないからね?」
これは予防線だ。
あたしができなかったとき、あたしのせいにされたくない、それだけの予防線。
セコイとか言われても、あたしは張る!
あたしが個人競技に没頭したのも、『あたし自身ができなかった』っていう、それだけの結果がよかったからだし。
とにかく、『あたしのせい』ってことが、あたしは大嫌い!
首を横に振るあたしに、ウードさんは頷いた。構わないという意味だ。
だが、やる気は落ちていない。
『都まで行っていただければ大丈夫です。……そうそう、都にはアイスロックでできた、アイスサウナがあるんですよ? そちらに入られてはいかがですか?』
ちょっと待って!?!?
なんでそんなものを引き合いに出すの。
たしかに、あたしは温泉とサウナ好きって、自己紹介のときにちょっと話したけれど、本当になんで覚えてるのかな!?
めっちゃ気になる!!!!
冬にしか入れないサウナだ。
え? こっちでは、常に入れるの!?
「……え、ま、まあ、それなら、都までなら……」
うずうずしだしたあたしに、ウードさんは笑う。
『ありがとうございます。……自己満足ではあるのですが、もう、わたし以外の妖精たちを巻き込みたくないのです。……昨日、若い2人がお邪魔したと思います。きっと、届けるな、とでも言っていたんじゃないでしょうか』
ウードさんは苦く笑う。
そして、これは自分自身に諦めた笑いだろう。
ため息と一緒に吐き出された。
『わたしは、まだ人間のことを諦められません。……確かに、酷いことをしたのも人間ですが、守ってくれたのも、人間なのです……』
寂しそうに笑ったウードさんの目に、少しだけ、本当に少しだけ、協力しようかな、って思ってしまった。
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