第5話 お・ん・せ・ん!
言われたとおりに年季の入ったクローゼットに服をかけ、ついでに下着とシューズも入れてみる。
ベッドのシーツやタオルケットはふわっふわだ。
建物は確かに古いが、設備は悪くない。
置いてある寝巻きを見てみると、上着とズボンが分かれている作務衣タイプ。
色も濃いめの緑で肌が透けず助かる。
バスタオルとフェイスタオルは寝巻きに添えてベッドにあり、とってもわかりやすい!
ノーブラノーパンで作務衣を着込み、肩にタオルを引っかけ、シラチャを小脇に抱えると、真正面の大浴場へと向かうことにした。
ちゃんとドアを出ればサンダルも並んでいて、至れり尽くせりだ。
大浴場ののれんをくぐると、正面にカウンターが。左右で通路があり、男性浴場と女性浴場に分かれているようだ。
カウンターにいたおばちゃんリカちゃんが、手を叩いて飛んでくる。どうも喜んでいるようだ。
『あらやだ、人が来るなんて久しぶりだわぁ!』
よっぽど嬉しいのか、パタパタと忙しない。
『あら、ドラゴンちゃんもいるのね? 2人とも、ゆっくりしてって。左側が女性用よ。これ、ロッカーの鍵ね。この番号のロッカーを使ってね』
「あ、あの、シラチャも大浴場、浸かっても大丈夫ですか? こっちの温泉、初めてで」
『あら! 獣人の子の入浴も問題ないわ。ちゃんと浄化魔法が効いてるから毛が落ちてもすぐ消えるわ。そうそう、サウナは庭の中にあるから。水風呂も近くにあるわ。夜は22時までどっちも入れるし、朝はどっちも6時から。好きに使ってね。……あ! サウナの温度見なきゃね』
すぐにぴゅーんと飛んでいってしまったが、おばちゃんは妖精でもおばちゃんで、なんだかほっこり。
おばちゃん妖精が指をさした場所を見ると、時計があった。
時刻は21時を回ったところ。
いやー、時刻の刻みが異世界でも同じって超助かるんですけど!!
つい、いつもの癖で持ってきたスマホと時刻を比べてみたが、同じだ。狂いがない。
「マジかよ」
「サエー、お・ん・せ・ん!」
「あー、はいはい」
見慣れたロッカーに作務衣を詰め、鍵は左の手首へ。タオルを1枚胸に下げながら、シラチャは頭に乗っけると、大浴場の引き戸を勢いよく開けた。
「わぁ〜……! 滝がある! めっちゃ広っ!」
「モワモワしてるー」
さまざまな花々を縫うように小さな滝が流れる景色が美しい大浴場だ。
少し奥に小屋が見える。壁の囲いと煙が上がっている。あそこがサウナの小屋で間違いないだろう。
洗い場がすぐそばに見つかった。数えると10ヶ所程度だ。
もしかすると、団体客用の、もっともっと大きな大浴場が存在するのかも。
もう、ワクワクが止まらない!
が、まずはここの大浴場から攻めていこう。
「シラチャ、ここで体を洗ってから温泉に入ろうね」
「へー」
「シラチャも体、洗うよ?」
「じゃあ、あらってー」
桶にお湯を溜めると、シラチャはぽちゃんと自ら入ってしまった。
桶に両手を添えて、るんるんでこちらを見上げてくる。かわいい。
でも、拍子抜けだ。
「え? お湯、怖くないの?」
「ぜんぜーん。おふろ、すきだよ?」
そうかと、残念になる。
よくある猫ちゃんのドタバタを楽しもうと思っていたが、ないのか。……ないのか。
まずは、シラチャを備え付けのシャンプーで洗っていくことにした。
シャンプーには、『獣人の方も使えます』と書いてある。シラチャも問題ないだろう。
顔にはつかないようにアワアワにしてあげると、シラチャはにっこにこだ。
「もこもこしてる! ぼく、おおきくなった」
「大きくはなってない」
シラチャを膝に乗せ、シャワーで流していくが、思ったよりもシラチャボディは小さくならない。
意外と、ムチムチボディなのかも。それはそれでかわいい!
湯冷めするとかわいそうなので、桶にお湯を汲んで入っててもらう。
あたしはいつもの順序で洗い流していくが、シャンプーもボディソープも質がいい。洗っていたときから手触りが違う。
「このシャンプーとか、めっちゃいい。買って帰りたい」
「サエ、おかねあるのー? すごいー!」
おかね。
おカネ。
お金……!!!!
通貨問題発生ですよ。
いや、いい。
今は温泉を楽しむ!
これを現実逃避と言う勿れ!!
「温泉、めっちゃ楽しみだね、シラチャ」
「たのしみー」
べちゃべちゃのシラチャを頭に乗せながら大浴場へ行くと、浴槽は床と同じ石でできている。
備え付けの小さな階段を手すりを伝って降りていくが、ほぼ露天風呂だ。
洗い場が屋根付き、大浴場は天井なしとは、なかなかに大胆な造り!
肩までゆっくり沈み込ませていくが、匂いはない。
お湯の色は少し白っぽい。すぐにお湯が肌に吸い付く感覚がある。腕をさすると、肌質がしっとりすべすべしていくのがわかる。
シラチャもそっとお湯に浸した。
ぶわっと毛が広がって別な生き物に見えてくる。
「どう、シラチャ、熱い?」
「だいじょーぶ。きもちいー」
「……うん、マジ、気持ちいいね」
大きな庭が大浴場を囲っている。
角度によって見える風景もかわり、特に夜であるため、星々の煌めきが美しい。
もちろん、洗い場などにもちゃんと明かりがあったが、大浴場は浸かるだけなので、薄暗くてもいい。
そう考えると、夜に入るお風呂として、とっても引き立つ大浴場だ。
『あら、気持ちよさそうねー。よかったわぁ』
さっきのおばちゃんリカちゃんだ。
『サウナは完璧だったわ! 好きに使ってねぇ。今はあなたたちだけだから。あ、時計はあそこにあるから、時間は見てね』
「ありがとうございます」
おばちゃんが指をさした方に、大きめの時計がある。
今は21時30分。
あと30分か。サウナは朝にしよ。
全部、今楽しむの、ちょっと勿体ないし。
目を離したすきに、シラチャが泳ぎだした。
それを目で追いながら、あたしもがっつり肩まで浸かる。
じんわりと体の筋肉がほぐれていくのがわかる。
意外と緊張していたことにも気づいた。
夢の延長みたいに過ごしていたつもりだったけど、慣れないことばかり続いてたもんね。
ぼーっと浸かっていると、シラチャが頭に登ってくる。
お湯が髪の毛を伝って、顔がべちゃべちゃになる。
「サエー、あついー」
「あー! のぼせる前に、あがろう。ヤバいヤバい」
シラチャを抱き上げた。
シラチャは濡れていても甘えることは忘れないらしく、パタパタと顔をこすりつけてくる。
時計はまだ21時45分を過ぎたところ。
着替えを済ませ、髪の毛は部屋で乾かそうと、シラチャを3枚目のバスタオルで包み、妖精の受付おばちゃんに手を振って外へ出た。
「夜風が気持ちいいね、シラチャ」
「うん! からだホカホカだからちょうどいいー」
のんびり散歩でも、と思っていたら、あの悪口リカちゃんズが、部屋のドアの前で浮いている。
あたしは「あ」という声と一緒に頭を下げた。
「あんたたち、ありがとね。キノコと木の実、めっちゃ美味しかった。めっちゃ助かった。お腹いっぱいなった。その、怒鳴ってごめん」
言うと、2人は気まずそうに首を横にふる。
『こっちこそ、まさか、本当だと思ってなくて』
『ひどいこと言って、ごめんなさい』
シラチャはしっとりの毛並みのまま飛び上がると、2人の周りをくるくる飛びだした。
「ほーら、ぼくのいったとおりだったー。やーいやーい」
よっぽど根に持っていたようだ。
でも、やーいやーいの仕方がかわいい。毛をブルブルすることで水をかけるという、地味な嫌がらせだ。
「で?」
『いや、……その、』
『『届け物のこと、断って欲しくて』』
同時に放たれた言葉に、あたしは固まった。
どういうこと?
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