【第7話~第12話(第一期最終回まで)】
~第7話 新たなる町と、ヒュードロの墓地~
あれから1日後の事。龍斗の傷は完治し、出発するときのことだった…
「龍ちゃん!おまたせー」
マーリンはこれから旅行にでも行くかのような荷物を持ってきた。
「お前な…いくら長そうな旅になるとはいえ、多すぎじゃないか?」
「ありすぎて困るものは無いんだから。『念を入れて』だよ。」
「ちなみに、何が入っているの?」
「お菓子だけど?」
龍斗はマーリンの言葉に一瞬絶句する。そんな二人を、見送りの為にポセイドンとシグバーが待っていてくれた。
「寂しくなったら帰ってくるんじゃぞ?龍斗!娘になんかあったらただじゃおかんからな!覚悟しとけ!」
ポセイドンはマーリンに優しい顔で、龍斗には再び般若の顔で睨んでくる。
「龍斗様…あなたが来たことでなかなか経験できないことができました。また来てくださることがあったらぜひ、旅の話をお聞かせください。」
「うん、わかったよ。」
シグバーに分かれの言葉を済ませたところで、龍斗は地上に戻る方法をポセイドンに教えてもらう。
「なぁ、どうやったら地上に戻れるんだ?」
「これを使うんじゃ!」
ポセイドンが指を指したところには『出口☆』と書かれた看板と、流れが強そうな海流があった。
「ここに飛び込めと…」
龍斗は絶句する。
「まぁ、なんとかなるよ!それじゃ、レッツ…ゴー!」
マーリンは龍斗を海流に放り込むと同時に自らも飛び込む。その頃、ミレンとサレンは……。
「…お兄さん、大丈夫かな。」
「リンドヴルムさんが(モニター越しで)付いてくれているから大丈夫だよ!信じよ?」
心配するミレンをサレンがフォローする。そのとき…
「うわあぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ!」
どーん!と湖から水柱が飛び出したかと思うと聞きなれた声が彼女たちの耳に入る。
「お兄さん!」
「お兄ちゃん!」
二人は岸付近に落ちた龍斗を迎えに行くが…
「いてて…龍ちゃん?大丈夫?」
龍斗の顔を胸で押しつけにする”人魚”が彼女らの目の前にいた。
「あなた…誰?」
ミレンが尋ねると人魚は答える。
「私?私はマーリン!人魚のお姫様なんだ。そして、龍ちゃんの『恋人』だよ?」
「なんですってぇ!!?」
ミレンの悲鳴が湖に木霊する。
「お兄さん!これはどういうことですか!?事情を説明してください!」
「わかった!わかったけど…とりあえずマーリン、どいてもらっていいかな?」
龍斗はマーリンにどくように頼むが、「いーや。このままがいいのー!」と言いながら彼女が龍斗を抱きしめる腕の力はどんどん強くなっていく。
「それ以上はやめてください!私だってされたいのに…」
「そんなこと言っている場合かぁ!!」
今度は龍斗の悲鳴が木霊していく…。
その後、一通り自己紹介を終えたまでは良かったが、ミレンとマーリンはお互いに顔を合わせず、そっけない態度でついてくる。
「あのさ、なんで二人とも機嫌悪いの?」
龍斗はサレンに耳打ちすると、サレンも耳打ちで質問に答える。
「お兄ちゃんってそういうことに気づかないタイプなの?」
「そういうことって?」
「やっぱりなんでもなーい。」
サレンの言葉に首を傾げていると、リンドヴルムから「突然通信が入った。」との連絡を受けた。通信相手はスゥシィさんだったので、モニターを通して繋いでもらった。
「ミレン、サレン。二人とも元気にしてた?」
どうやら、彼女は可愛い娘二人の事が気になって連絡をくれた様だった。
「はい!私たちは元気にしています。」
「うん!元気にしてるよー! 」
二人はそれぞれ元気でいることをアピールする様に返事をした。
「龍斗様。二人がいつもお世話になっております。」
スゥシィの声に龍斗は「こちらこそ、二人のおかげでにぎやかになっています。」と答える。そんなやり取りの中、リンドヴルムが口を挟むように質問を投げる。
「しかし、二人の安否を確認する為だけに連絡をくれたわけではないのだろう?」
その問いかけに答える様にスゥシィは「はい。」と言う。
「二人の事も勿論心配しています。それも通信の理由なのですが、龍斗様にお話があります。」
龍斗は「俺に?」と聞き返し、その後の言葉を待つ。
「私たちの〖魔族国家 スピリシア〗にお越しくださいませんか?」
その言葉に一同は首を傾げる。
「魔族国家…ですか。急にどうしたのですか?」
「実を言うと、私たちの国で大変なことが起きていまして…」
スゥシィの言葉を遮るようにウルルミスが慌てた様子で口を挟む。
「龍斗様、大変です!〖 帝国 バンガレフ 〗がその〖魔族国家 スピリシア〗に攻め込もうとしています。なんでも、その国を守護する魔竜【アル・メルクリア】に用事があるのだとか。」
龍斗が「もしかして…。」というと、スゥシィは「いま女神様が申しあげたとおりです。」とウルルミスの言葉を肯定する。
「リンドヴルムは、その魔竜がどんな竜か分かる?」
龍斗の問いかけにリンドヴルムは「あまり関わりは無いが、上位魔法の天才と呼ばれていた竜だ。」と答えてくれた。
「その魔法が目当て…というわけか。その魔法でどうするのかはまだ分からないが。」
「彼女は竜王の中でも特殊で、魔法で人や魔族、時には違う生き物に化けては環境に溶け込んだりして生きてるよ?彼女は優しくて、お人好し…いや、お竜好しだからね。」
ファフニールはそのアル・メルクリアと認識があるようで、どんな竜なのか教えてくれた。
「それなら猶更、奴らに好き勝手にされるわけには行かないな。」
「お兄さん…。どうしますか? 」
ミレンとサレンは何か言葉を待つように龍斗を見上げる。ウルルミスと、モニター越しでスゥシィとリンドヴルム、ファフニールも龍斗の言葉を待つ。
「勿論、スピリシアに行こう。このまま見逃したら正に戦争がおきて誰かが傷付く。そうなる前に加勢して止めないといけない…いや、止めないとダメなんだ!だから、マーリンにも協力してほしい。」
龍斗の言葉にマーリンは「私は龍ちゃんについていくよ。外の世界に連れて行ってほしいって頼んだのは私だし、一緒にいたいって決意したんだから。」と承諾してくれた。
「ありがとう。みんなもついてきてくれるよね?」
その言葉に一同は頷く。
「というわけです、スゥシィさん。これからそっちに向かうから待ってて。」
スゥシィは龍斗の言葉に安心したようで、「ミレンとサレンが国の場所を知っています。彼女達に案内してもらってください。」と言い残して通信を切る。
「よし、みんな。行こう!」
龍斗の掛け声と共にみんなはやる気を出すように「おぉー!」と叫ぶのだった。そして二人の道案内の元、魔国スピリシアへ一同は足を運ぶ。しかし、その道中では…
「お兄さん…離したら駄目ですからね…。」
「龍ちゃん…もう少しゆっくり歩いて…。」
ミレンとマーリンがそれぞれ龍斗の腕を掴んで離さない。
「二人とも、痛いよ…。」
龍斗のつぶやきに「我慢して!」と容赦ない答えが返ってくる。
「まぁ、この状況じゃあ仕方ないよな…。」
何故、三人はこんな状況になっているのか…。それもそのはず、〖魔族国家 スピリシア〗に行くまでの道中では、絶対に”ある墓地”を進んでいかないとたどり着けないようになっている。その墓地の名前は…
「私も気になりますね。天界だと、この【ヒュードロの墓地】の”幽霊さん”に会えませんから。」
いつの間にか横にウルルミスが並んで歩いていた。彼女の一言で二人は「それを言わないでぇ!」と声を重ねて叫ぶ。
ここ、〖ヒュードロの墓地〗では世界中で無念を残した亡霊たちが集う墓地である。その為、夜になると幽霊として旅人の前に現れたり、何かに取りついてポルターガイストを起こしたりといろいろ噂話が絶えなかったりする場所である。そして、ミレンとマーリンが龍斗から手を離さない事と照らし合わせると、二人はお化けの類が嫌いなのである。
「なんでここを通らないといけないのよ…。」
「仕方ないじゃない…この不気味さで誰も近づかないようになっているんだから…。」
マーリンの文句にミレンも敬語で答える余裕も無いようだった。
「というより、お姉ちゃんはまだ怖いの?」
サレンの言葉に「だ、黙りなさい!」とミレンは顔を赤らめて怒鳴る。
「そんな風に怒鳴ったりして、バチがあたっても知らないよ?」
そんな彼女の言葉を肯定するように、ぼそぼそとささやくような声がどこからともなく聞こえ始める。
「ひぃ!ごめんなさい怒鳴ってすいませんもう怒鳴りませんごめんなさいごめんなさい…」
「はぁ。前買い物行くときにもここ通ったのに、女々しいなぁ。」
龍斗はサレンの言葉におや?っと思い、「出かけるときって、いつもここを通るの?」と尋ねる。
「いつもはママが結界を張って出かけるから問題ないんだよ。でもお姉ちゃんは結界の中なのにママの腕にしがみついたりして。」
サレンがフフフと笑う。普段しっかり者のミレンが、怖がりながらスゥシィにしがみついている様子を思い浮かべ、やはり子供なんだなと龍斗も微笑んでしまった。
「…恥ずかしいからやめてよぉ…」
そんな中、龍斗はこの光景に懐かしさを感じていた。
「あの時は逆の立場だったからなぁ…」
ふと、彼は幼いころのある少女と一緒にいた時間を思い出す。その少女はいつも自分の前を走っていて、こちらを振り返ると笑顔を浮かべていた。
「…吹雪…。」
ぼそっとつぶやいた言葉は、突如響いたうめき声によってかき消される。
「オオオオォォォォン…。」
「ぎゃあぁぁぁ!」
そのうめき声に龍斗以外の全員(ウルルミス・リンドヴルム・ファフニール含む)が悲鳴をあげる。
「どこからだ!」
龍斗はあたりを見回すと、その正体がすぐに分かった。それは、とても大きな骸骨で、体からは青い煙のようなものが漏れ出している。
「あれは…がしゃどくろ!」
「ミレン!知っているのか?」
龍斗の問いにミレンは涙を流しながらも答えてくれた。
「はい…。あれは、このヒュードロの墓地の怨念たちが集まってできた、この墓地のヌシです!」
がしゃどくろ…。龍斗がもといた世界でも同じように伝えられた化け物の一体で、この地に生きるすべての生き物を蹂躙し、魂を食らうといわれている存在である。
「まさか…本当に目撃してしまうなんてな…。肝試しでこいつと出会っていたら、絶対死んでるな俺…。」
「オォォォォォン…。」
がしゃどくろの呼びかけに答えるように、周りの地面からゾンビやミイラといったアンデッドモンスターが飛び出してくる。
「ぎゃあぁぁぁ!」
突如悲鳴が聞こえたので何事かと振り返ると、サレンの足がゾンビの腕らしきものに拘束されていた。
「まずい!」
龍斗は銃(【サンダーバレット】)を具現化し、ゾンビの腕を貫こうとするが、その前に動いた人影に驚きと同時に安心を抱いた。
「サレン!」
ミレンは短剣を取り出すと、ゾンビの腕を切り裂き、サレンの拘束を解いた。
「お姉ちゃん!」
「サレン、大丈夫?」
彼女は妹に無事を尋ねる前に尻もちを付く。
「お、お姉ちゃんこそ…。」
「あはは、腰が抜けちゃった…。」
そういって、妹の手を借りて体を起こすミレン。やはり、姉妹の絆はあるものだと感じる龍斗だった。
「ミレン!サレン!その調子で二人を守れるか!?」
守る二人とは、女神ウルルミスとがしゃどくろを見て気絶したマーリンのことである。
「怖いけど…分かりました!」
「任せて!お兄ちゃん!!」
龍斗は頷くと、がしゃどくろの周りにいるゾンビたちにサンダーバレットを放つ。
「ウゥゥゥゥ…」
銃弾は見事に脳天をぶち抜いて風穴を開ける。しかし、ゾンビである為か一発では倒れなかった。
「あれ?光を具現化させた銃だから、アンデット系には有利なはずだけど…。」
確かに、ゾンビは打たれた場所に光を感じるようで、頭を押さえて苦しみだす。しかし、苦しむだけで、浄化はされなかった。
「それは、神聖力が足りないからであろうな。」
おや?と思ってる龍斗に、リンドヴルムは空いていた口を無理やり塞ぎ直してから属性についての深い説明をしてくれた。
「属性には基本として炎、水、風、木…そして、お互いに対立する光と闇があるのは知っておろう?」
「勿論、炎に水、水には木、木には炎が有利になって、風は有利も不利もない万能属性だって。」
「そこから更に、各属性には木の枝のようにそれぞれの長所をのばしたり、不利を補う属性が連なっている。例えば、氷は水の上位互換。しかし、炎に対しても不利になったり、木だと炎を克服するため炎林という属性があったりする。そのときは水が弱点になったりと、属性というものは無限に増え続けるのだ。この系統を、我々は『ツリー』と呼んでいる。」
「無限か…。つまり、今の時点でいえることは、『光属性から連なる神聖力という属性がアンデットという属性に有利』ということか。」
龍斗の推察に「ご名答!」とリンドヴルムは称賛する。
「つまり、属性が分かったのなら、何をすればいいのかわかるであろう?」
「勿論、神聖力をエンチャントすればいいってことだよね。」
現在、この場で唯一神聖力を使えそうな人物といえば一人しかいない。いや、人なのだろうか?
「もしかして、私の事でしょうか。」
今の話を聞いていたウルルミスが手をあげる。確かに、ウルルミスの神聖力が強いからなのか分からないが、彼女の周りにはゾンビたちは寄り付かない。しかし、彼女は天界のルールがある以上、下手に力を貸すことはできないのである。
「一人でやるしかないんだな…。」
その一言を聞いたウルルミスは、「…ごめんなさい。」と誰にも聞こえない声で謝罪する。もちろん、彼にも聞こえていない。
「属性の付与はイメージして具現化…だったよな…。ならば…!」
龍斗は一度銃の具現化を解くと、手を天に掲げ、イメージをする。
「神聖…神聖…神聖力…聖なる力を得るには…祈りか!」
神聖力というものをイメージした龍斗は、手を天に掲げたまま神に祈る。
「…この世界に生きる亡霊たちに、永遠に枯れることのない祝福を与えたまえ…」
その祈りを通じて、龍斗の手には”ある武器”が出現する。
「これは…弓矢?」
神々しく輝くその弓矢は、射貫かれた悪が滅されると思わせるような光を放っていた。その光を、ゾンビたちは恐れるように後ずさる。
「ごめん…。まだ、この世界に生きていたかったよね…。苦しいこともあって、成し遂げたい夢や、ずっと家族で一緒に生きていたかった人もいたと思う。死はみんなを悲しませて、残されたものは強くなるみたいな話もあるけど、それでも死ぬことは切なくて…辛い。味わったことがない奴が口をはさむな、とか思われるかもしれないけれど、俺は、みんなには成仏して、天国で魂としての”生きがい”を見つけてほしいと思っている。もしかしたら、その夢や幸せを天国で手につかむことができるかもしれない。そんな小さい可能性だけど、その可能性を、みんなには信じて欲しい…だから、それを願いながら、俺に運命を託してほしい!」
龍斗は弓を引きながら、魂たちの無念を語り、同情する。ただ、同情したからといって信じてもらえるわけでも、感謝されたいわけでもない。ただ、龍斗はその時思ったことを口に出しながら、弦を引いていく。
「『彼らが天国に行き、神の祝福があらんことを…』」
弦は最大まで引き絞られ、彼は弓矢を具現化したことで得たスキルを叫び、矢を放つ。
「【アーメン】!』」
龍斗が放った矢は目の前のゾンビたちを薙ぎ払い、浄化させていく。その矢は、がしゃどくろの体を目掛けて飛んでいった。
「オォォォォン…」
しかし、がしゃどくろは矢に貫かれたにも関わらず浄化され無かった。そして、反撃とばかりに呪いを纏わせたであろう青い塊を打ち出してきた。
「具現化、【イージス】!」
なんとか盾を具現化させて防ぐ。その直ぐ、突如におどろおどろしい声が聞こえてくる。
「…私たちは…この墓地を守るもの…。」
「まさか、お前が喋っているのか!?」
「オォォォォン…」
がしゃどくろは声も理解できているようで、頷く。
「大丈夫だよ。俺たちはこの先にある国スピリシアに用があるんだ。この墓地を荒らしたい訳じゃない。」
「…ならば通るがいい…。」
意外とあっさりした答えに龍斗は驚く。
「いいのか…?俺は、お前の仲間たちを浄化させてしまったのに…。」
「…むしろ、浄化されて喜んでいるものもいた…。お前のおかげだ…。」
どうやら、がしゃどくろは彼がしたことに対し怒るどころか、感謝しているようだ。
「…ありがとう。少し、罪悪感でいっぱいだった。」
「オォォォォン…」
龍斗ががしゃどくろにお礼を言うと、彼らの魂達は霧の向こう側へ消えていく。
「今度、ここにみんなで遊びに来ようぜ!」
龍斗が出した提案にミレン・サレン・マーリンは「嫌だぁ!」と叫ぶ。スピリシアを目指していた一行は、変なことに巻き込まれてしまったがまたひとつの出会いを果たした。
戦うことになってしまったものの、結果的には道を譲ってもらったので(がしゃどくろには後でお詫びしないと…。)と龍斗は思う。
そして、龍斗たちはおどろおどろしい墓地を抜け、スピリシアを目の前にする。
「そう言えば、竜王の二人はなんでがしゃどくろに驚いていたんだ?」
スピリシアに向けて再び歩を進める中、龍斗はリンドヴルム達に悲鳴の理由を聞いたが、痛いところを突いてしまったらしく二人は「ギクッ!」と言葉にしてしまう程動揺していた。
「ふ、普段は遭遇しないものだからな…。思っていたよりも不気味で恐怖してしまった。竜王として恥ずかしい限りだ。」
「り、竜王として恐れられる存在でも、怖いものは怖いんだ。お化け屋敷の入口を見るだけでも震えてしまうのに……。」
モニターから見えてる二人は顔を赤くして恥ずかしがっている。龍斗が持っていた竜王のイメージとは裏腹のリアクションだったので、そのギャップに思わず「くすっ。」と笑ってしまう。
「龍斗!笑うなんて酷いぞ!」
「そうやって僕を馬鹿にして楽しいのかい!?」
リンドヴルムとファフニールが頬を膨らませてこちらを見てきたので、つい可愛いと思ってしまったことは内緒にして、龍斗は「違うよ、馬鹿にしたつもりで笑ったんじゃないんだ。」と否定する。
「竜の王として恐れられている二体…二人が可愛いリアクションをするものだから、つい和んじゃって。苦手なものがお化けなのも可愛いと思ったし。」
龍斗の感想に、二人は「恥ずかしい……。」と顔を隠してしまう。そんな仕草も凄く可愛かったと思ったのが本音である。
「そ、そんなことより!ほら、スピリシアに急ぐのでは無いのか?」
恥ずかしさと照れを隠す為か、リンドヴルムは本題を急がせようとした。
「それもそうだね。よし、ここから走っていこう!」
駆け出す龍斗にみんなが着いてきてくれた。心強く、頼もしい仲間たちと一緒に走り、一同はスピリシアに到着したのだった。
次の話は、龍斗達の世界の話になります……。
~第8話 再開~
龍斗が異世界に招かれて二週間たった頃、日本の某都内で彼が通っていた高校では”新学期から不登校の三人”について噂になっていた。
「なんだ。またあの三人はいないのか?」
龍斗が通っていた学校のクラスの担任は、夏休み明けから半月ほど同じセリフを言っている。
「飛戟君と仲のいい二人まで。いったいどうしたんだろ。」
龍斗の幼馴染である少女、【雪花 吹雪】は心配する声をもらす。
「吹雪はいつもそれ言うねー。やっぱり、あの三人となんかあるのー?」
友人の質問に「そんなんじゃないよー」と吹雪は頬を染めながら答える。
「顔赤くなってるよー?もしかして図星?」
「別にそんなんじゃないって!」
吹雪はそういうと勢いよく席を立ち、次の授業のために早々と教室を移動する。
「そういえば、行方不明になる前に【都市伝説】の事を話していた様な…確か、神隠しがどうのって。」
……時間を遡ること、夏休み前の事。龍斗、帝、大和の三人はいつも通りゲームなどの話で盛り上がっていた。
「でさ、今回のアップデートでいろんなアクションができるようになったんだ。」
「スラブラ(スラッシュブラスターズ)はただでさえ自由度が高いゲームなのにな。しかも、いろんなキャラも追加されるみたいだし。」
「なら、今日も家でやる?ハード持ってきて。」
帝がゲームの情報を話題に出し、大和が補足を加える。そして、いつも最後に龍斗がゲームに誘うという。これが、いつも三人が話している日常的な会話である。しかし、そんな三人のスマホにある情報が流れ込んで来た。
「ん?なんだこれ。」
最初に気づいたのは帝だった。自分のスマホの画面のバナーを指さしながら二人に見せる。
「都市伝説…か。内容は、”神霊の鳥居を日付けが変わる瞬間にくぐると神隠しに会う。”か。」
「神隠しというと、人が突然消えるってやつだよな?それがなんで急に…。」
帝が内容を読み上げ、大和が補足を付け足す。いつもと同じ流れである。そして帝が「試しに行ってみるか?」と提案し、「そろそろ夏休みだし、計画立てとくか。」と都市伝説の噂を試す事に三人は賛成していた。
その後である。夏休みが終わった後に三人が突然学校に来なくなったのは……。吹雪は「仮病か何かで休んでるのかな?」と思っていたが、二週間ほど休んでいるので仮病でないことは明白だ。その日の放課後、吹雪は下校して直ぐ龍斗の親に電話をかける。ちなみに電話番号は連絡網があるので、知っていて当然である。
「あ、あの!飛戟君のお宅でしょうか?」
「はい。飛戟ですが?」
電話に出たのは龍斗の母親だった。龍斗の家に遊びに行くといつも可愛がってくれていたので、「もしかして、吹雪ちゃん?久しぶり!元気にしてた?」と挨拶をしてくれた。
「はい!元気にしてます。あの…龍斗さんはいますか?」
吹雪は彼女に龍斗が居るか尋ねると、電話越しの声が少し曇る。
「まだ帰ってきてなくてね。どこで何をしてるのか心配だよ。」
「帰ってこなくなったのはいつ頃ですか?」
「夏休みが始まってすぐかな?友達を二人連れてきてゲームしていたところは知っているわ。でも、その次の日の朝に龍斗が起きてこなかったから起こしに行ったの。そしたら机に置手紙があったの。『ちょっと肝試しに行ってくる。』て。」
吹雪は「やっぱり!」と思わず声を出してしまう。龍斗の母は「何か心当たりでもあるの?」と尋ねる。
「はい!口だと説明しづらいので、そちらの家にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「勿論。待っているわ。」
「また後で。」と言って受話器を置いた吹雪は、龍斗の家に向かうために準備をして自転車で駆け出した。そして龍斗の家の前に着いた吹雪は、これからインターホンを鳴らそうとするところであった。
「ここに来るのいつぶりだろ。懐かしくて緊張してきた。」
ドキドキはするものの、そうこうしている時間はないので普通にインターホン鳴らすのだった。
インターホン越しに「どうぞー。」と声がしたので、吹雪は遠慮なくお邪魔する。
「お邪魔します。」
吹雪の挨拶に、「あれ?もしかして、吹雪お姉ちゃん?」と懐かしい声が聞こえてきた。
「もしかして陽太君?」
陽太…【飛戟 陽太】は龍斗の弟である。昔は小さい頃の龍斗とすごく似ていたのだが、今は似ているどころか、別人と思うほど爽やかな顔立ちになっていた。髪は黒色で、視力が悪いのか眼鏡を掛けている。
「久しぶり。今日は何をしにきたの?」
「えっと、あなたのお兄さん…龍斗君の居場所について心当たりがあってきたんだけど…。」
吹雪が本題に入ろうとした瞬間、二階に続く階段からドタドタと駆け降りる音と一緒に、一人の少女が姿を現す。
「あなたは…月乃ちゃん?」
月乃…【飛戟 月乃】は龍斗の妹で、陽太よりも一つ年下である。空色の髪は肘あたりまで下ろし、彼女が動くと釣られるようになびく。
「あ、泥棒猫の吹雪だ!お兄ちゃんは絶対に渡さないんだから!!」
月乃は昔、吹雪が龍斗と仲良く遊んでいた事に嫉妬し、以来吹雪が来るといつも龍斗に抱き着いて離れなくなるのである。それは中学生になった今でも変わらないらしい。
「渡すも渡さないもないんだけどな…」
「じゃあお兄ちゃんは月乃がもらうねー。」
そういう月乃に聞こえない声で「私だって、負けないんだから…」と吹雪はつぶやくのだった。
「あら、いらっしゃい。吹雪ちゃん。」
二人がそんなやりとりしている間、奥から受話器越しと同じ声が聞こえた。
「はい、お邪魔します。琴歌さん。」
琴歌…【飛戟 琴歌】は龍斗や彼らの母親である。失礼とは感じるものの、彼らの母親である割には若く見てしまった。その姿も昔とは変わらないほどである。そして、彼女の特徴としては娘と同じで青色の目をしており、長い黒髪は腰まで伸ばしている。
「ここで話すのもなんだから、とりあえずあがって?」
琴歌の提案に「そうですね。上がらせてもらいます。」と吹雪は承諾する。
「じゃあ電話の続きだけれど、吹雪ちゃんは龍斗の居場所について心当たりがあるのよね?」
琴歌は本題について切り出すと、先ほどの優しそうな顔から険しい表情になる。
「はい。おそらく、これが原因だと思います。」
吹雪はスマホを取り出すと、メッセージアプリを開いて龍斗とのやりとりを三人に見せる。
「『神霊の鳥居を日付けが変わる瞬間にくぐると神隠しに会う。』ですか。」
「はい。ふざけるなと思われそうですが、これでもまじめです。実際、このメッセージを送られた後の次の日に私が送ったメッセージには一切既読がついていません。」
龍斗は誰かとメッセージをやりとりするとき、すぐに既読をつけてメッセージを送る意外とマメな人物である。そんな彼が「肝試しに行く。」というメッセージを送った次の日から既読すらつけなくなったのである。このことから推測すると、その日から失踪した事は間違いない。
「僕たちも兄さんにメッセージを送ってみたけど駄目みたい。送信エラーが発生している。」
陽太もスマホのメッセージアプリを開いて吹雪に見せると、”送信失敗しました。”と表示されていた。
「とりあえず、情報がない今できることはこの都市伝説を試すことが目標になると思います。」
吹雪の言葉に三人は頷く。
「分かったわ。私はそれを試すことに賛成よ。二人はどうする?」
「あんなクソ親父と一緒にいるなんて最悪だ。僕も一緒に行く。」
「私も陽太と同意見。それに、お兄ちゃんの顔が見れるなら何でもするつもり。」
琴歌の問いに迷いなく、陽太と月乃も同行することになった。
「…わかりました。では、今夜の23:30に〖神霊〗に集合しましょう。」
吹雪の提案に三人は頷く。その後、自宅へ引き返そうとする吹雪を琴歌が引き止める。
「このままここに泊まっていきなさい?そのほうが作戦を始めやすいと思うのだけれど。」
「確かにその通りなのですが、よろしいのですか?」
「勿論よ。あなたは私の娘も同然だもの。」
琴歌の言葉に吹雪は「…わかりました。お世話になります。」と頭を下げる。この展開に琴歌は一瞬考え、吹雪を”ある部屋に招くこと”を決める。その部屋とは…
「えっと、今は『龍斗の部屋が空いてる』わね。そこでお休みしてもらっていいかしら。」
琴歌の言葉に吹雪は一瞬固まり、「えぇ!?」と驚く。それもそのはず。吹雪は龍斗の事が好きなので、大好きな彼の部屋で寝ていいと言われて驚くのは当然である。
「えっと、それは龍斗君も困ると思うし!?それに…私も困るし…」
頬を赤らめている吹雪に「遠慮しないで。」と琴歌が無理やりに龍斗の部屋へ連れていく。
「ここが…龍斗君の部屋。」
龍斗の部屋の扉の前に立ち、改めて懐かしさを思い出す。思わず「いつもここでゲームしてたっけ?」と本音を漏らす。
「さぁ、入って入って。」
琴歌が扉のノブを握り、扉を開ける。
「ご、ごめんね。龍斗君。」
ここにいない龍斗に謝罪しながら、吹雪は彼の部屋に恐る恐る立ち入る。
「…あのときと変わらない…。」
吹雪が思っていた以上に、龍斗の部屋は彼女の記憶のままだった。ゲームをするためのハードやモニターがたくさんあり、龍斗といくつものゲームを一緒に遊んでいた事が鮮明に浮かび上がる。
「懐かしいな…。あれ?これって…。」
吹雪が部屋の中を散策していると、ある写真が彼女の目に留まる。
「これは…もしかして…。」
その写真には、怪我をしながらもピースして笑顔を見せる少年と、そんな彼を心配するように抱きしめている少女が映っていた。
「ここから、私の恋が始まったんだ…。」
……遡ること十三年ほど前、龍斗と吹雪が五歳の頃の話。二人が外で追いかけっこして遊んでいたころである。
「ま、待ってよー。吹雪ちゃん。」
「もー。龍君はゲームばっかりしているから体力ないんだよー。ほら、頑張って捕まえなさーい?」
ゲームをした後の休憩時間を使い、二人は外で元気に走り回っていた。いつも龍斗が吹雪を追いかけ、吹雪が龍斗を連れ出すように逃げる。そんなことが彼らの日常だった。そんなとき…
「お~?こんなところに可愛い女の子がいるなぁ~?」
「おじさん達と遊ばない?」
いいとこ中年ぐらいの男二人が吹雪をナンパしてきた。
「えっと…それは困ります…。」
「お~困った顔も可愛いねぇ。ちょっとだけでいいから、付いてきてもらおうか?」
男Aが舌なめずりをすると、吹雪の手を掴んで連れて行こうとする。
「や、やめろぉ!」
連れていかれそうになる吹雪を龍斗が庇った。
「なんだぁ?このガキは。邪魔をするなぁ!」
吹雪の前に立つ龍斗を、男Aは容赦なく殴り飛ばす。
「くぅ…。」
「龍君!」
龍斗は地面に擦れながらブロック塀にぶつかる。擦り傷だらけになった彼の元に、吹雪が駆け寄る。
「大…丈夫…。君を…守るから。」
「龍君…。」
龍斗は立ち上がると、再び吹雪を守る為に、彼女の前に立つ。
「このガキ。まだ歯向かう気かぁ?」
男Aは再び龍斗を殴るが、龍斗は痛みに耐えて踏ん張る。
「どこまでやる気なんだぁ?このクソガキがぁ!」
「どこ…までも…だ…。お前が諦めない限り…耐えて見せる…。」
「龍君!もういいよ。これ以上龍君が傷つくのを見たくない! 」
盾になって傷つく龍斗を守るために自分を差し出そうとする吹雪に彼は笑顔を向ける。
「…男の子は…女の子を笑顔で守るものだって…父さんが言っていた…。友達や…大事な人を助けるために戦うものなんだって…。だから…吹雪ちゃんは…俺が守る…。」
そうはいうものの、龍斗はあちこち傷だらけになり、今にも失血で倒れそうになっていた。
「じゃあ、その女を守りながらくたばれぇ!ガキィ!」
男Bは不敵に笑い、男Aは龍斗にトドメを指すために拳を振りかざす。
「良く頑張ったな。龍斗。」
後ろから声が聞こえたと思った瞬間、男Aが振りかぶった拳を”その声の主”が押さえつける。その声の主は吹雪も知る人物だった。
「龍君のお父さん!」
その人物は龍斗の父、飛戟 翔太だった。翔太は男Aの拳を受け止めた後、相手の顔を全力で殴り飛ばす。
「いってぇ!何しやがるてめぇ!」
「俺の息子を可愛がってくれたようだな。息子の代わりにお返ししてやるぜ!」
男Aと男Bは翔太を攻撃するが、彼はその攻撃をすべて躱し、自分の攻撃を的確に当てていく。
「くっそー!覚えてやがれ!」
男AとBは勝てないと分かると、あっさりと逃げ出していく。
「大丈夫か?龍斗、吹雪ちゃん?」
龍斗はその言葉に笑顔で「大丈夫!」と答える。
「龍君…ありがとう…。守ってくれて。ほんとに大丈夫?」
心配する顔で龍斗を見上げる吹雪に、彼は笑顔で「怪我がなくて良かった。」と答える。
「…強くなったな。龍斗。」
その光景を残そうと、翔太はカメラを構えるとシャッターを切る。
その後、予め呼んでいた救急車が到着し、安静剤を打ってもらった龍斗は意識を失って、そのまま病院へ搬送されるのだった。龍斗は命に別状はなく、しばらくすれば目を覚ますと看護師さんが吹雪に教えてくれた。翔太は「別用がある。」といって、龍斗の安全が確認できた後直ぐに病院を出て行ってた。
「今起こしちゃうと、龍君困るよね。」
吹雪は見舞を終えると、自分を守ってくれた龍斗の事を考えながら自宅に戻る。
「龍君が守ってくれてた時…凄くかっこよかったなぁ…。」
その日、吹雪は龍斗に初恋をしたのだった……。
「…守ってくれてありがと。龍君。」
吹雪が思わず呟いた言葉に琴歌は笑顔を浮かべる。
「じゃあ、時間になったら起こしに来るからね?」
「はい。ありがとうございます!」
琴歌は吹雪に約束すると、自分も休憩する為に部屋へ戻る。
「龍君が使っていたベッド…。」
吹雪はドキドキしながらもベッドの上で横になる。
「うぅ…ドキドキして全然休める気がしないよぉ。」
それでも寝付こうと目を瞑ってみるが、頭の中に龍斗の笑顔が浮かんでしまい、余計に寝付けなくなった。
「…龍君のにおい…。落ち着く…。」
思わず思ってしまったことが言葉に出てしまった吹雪は、頬を染めながら布団を被る。
「今度は私が助ける番だよ。龍君。」
吹雪は龍斗を助けると決意し、目を閉じると何とか寝付けた。そして……。
「…吹雪ちゃん?起きなさい?」
琴歌の目覚ましに、吹雪はあくびをしながら体を起こす。
「あ、おはようございます。琴歌さん。」
「おはよう…というより、”こんばんは”に近いかな?」
部屋にある掛け時計を見ると、針は11:30を指していた。
「は。すみません!寝過ごしましたか!?」
「ううん。その神霊までは歩いて10分ほどの距離だから、大丈夫よ?」
吹雪は「急いで支度します!」と言うと髪を整え、顔を洗い、持ってきた鞄を担ぐと一階に降りる。
「すみません!遅くなりました。」
一階に降りると既に琴歌と陽太、月乃が準備を終えて待ってくれていた。
「お兄ちゃんの部屋で寝るなんてずるいなぁ。その代わり、お兄ちゃんに会ったら一緒に添い寝するのは私だからね。」
月乃の言葉に頷きながらも「私も添い寝…できるかな?」なんてことを考える吹雪だった。
「さて、みんなで行きますか。」
陽太の言葉にみんなが頷く。
「はい!いきましょう!」
辺りは真夜中なので、吹雪が掛け声を出すとみんなは小さい声で「おぉ…」と応じるのだった。そして一行は時間前の23:40分ほどで神霊という神社の鳥居前までやって来た。
「ちょっと余裕を持ちすぎましたか?」
吹雪が琴歌に尋ねると「逆に間に合わないよりかは大分マシよ。」と答えてくれた。
「では、30秒前になったらカウントを読みます。それまで待機しましょう。」
吹雪の言葉に一同はその時間まで鳥居の前で待つ。その時間は遅く感じるようで、スマホを見ると想像よりも早かったりして、すぐにその時が近づいて来る。
「…秒読み開始。30…29…28…」
吹雪がカウントダウンを開始すると、三人は緊張しながらその時間まで待つ。
「…5秒前…4…3…2…1…今です!」
吹雪のタイミングに合わせて、四人は鳥居へ飛び込む。すると、四人は”一緒で”見知らぬ空間にいた……
「あれ?ここ…どこだろ。」
吹雪が周りを確認すると、みんなも何が起きたのか分からないようで辺りをキョロキョロしていた。
「あれ?あなたがたは一体誰なのですか?」
声が聞こえたと思ったその瞬間、急に目の前に水色の髪と瞳をした女性が現れた。
「あなたこそ、誰なのですか?」
吹雪の言葉に「失礼しました。私はウルルミスと申します。」とウルルミスは頭を下げて名乗る。
「私は雪花 吹雪です。こちらは飛戟 琴歌さんと、陽太さんと、月乃さんです。」
「飛戟…。もしかして、龍斗様の家族でいらっしゃいますか?」
ウルルミスの言葉に「彼を知っているの!?」と四人は彼女に詰め寄る。
「は、はい。私の勝手で、このグランディアに招かせてもらいました。」
「私達を彼に合わせてください!」
吹雪の言葉にウルルミスは「少々お待ちください。これから聞いてみます。」と答える。
「龍斗様、聞こえますか?ウルルミスです。」
ウルルミスの問いに「はい!聞こえてます。」と懐かしい声が空間内に響く。
「龍斗君!」
吹雪の声に「もしかして…吹雪か!?」と龍斗は驚いた声を上げる。
「どうやってここに来たん…あ、もしかしてメッセージを送ったからか?」
龍斗が経緯を尋ねると吹雪は「うん!」と返事をする。
「兄さん!大丈夫ですか!?」
「お兄ちゃん!大丈夫!?」
「まさか陽太と月乃!?みんな来たのか!?」
龍斗が驚いた声を上げていると「勿論、私もいるからね。」と一番記憶に残っていた声も聞こえる。
「母さんまで来たのか…。また…みんなの声が聞こえるなんて…。」
龍斗は懐かしさと嬉しさのあまり、涙を浮かべる。
「龍ちゃん?どうしたの?」
「お兄さん?どうしたんですか?」
心配そうに見つめてきたミレンとマーリンに「大丈夫…。大事な人達にまた会えたのが嬉しかっただけだ…。」と答え、龍斗は涙を拭う。
「どうやら、龍斗様と面識があるようですね。これならば、特に問題ありません! 」
ウルルミスは魔法陣を展開すると、龍斗がいる現在地に送り届けようとする。
「そのままでいてください。龍斗様のところまで転移させます。」
そういうと魔法陣は輝いて四人を包み込む。
「…どうか、我らの民と世界をお救いください…。」
……辺りの閃光が晴れた後。吹雪が目を開けると、目の前に龍斗がいた。
「龍斗く…。」
「吹雪!」
あまりの感動の再開に龍斗は思わず吹雪を抱きしめる。
「え、ちょっと!龍斗君!?」
「学校以来だな…元気にしてた?」
「うん。私は元気だったよ?龍斗君がいなくて寂しかったけど。」
「…俺も吹雪に会いたかった…。」
龍斗の言葉に吹雪は思わず涙を流す。
「私も…私も!龍斗君に会いたかった!あの夏休みの後に会えなくて…寂しくて…苦しかった…。 」
そういうとお互いに涙を流して強く抱き締め合う。もう二度と放さないとでも言うかのように。
「お兄ちゃん!月乃も会いたかったぁ!」
月乃も一緒になって龍斗に抱き着く。
「…月乃はまだまだ子供だな…。中学生になって、まだ泣いているのか?」
「それはお兄ちゃんもでしょ?私よりも泣いてるよ…。」
月乃は「うわぁん!」と泣きながら龍斗に強く抱き着く。
「三人とも…。まだまだ子供ね…。」
琴歌と陽太は少し涙目になるものの、その顔は笑みを浮かべていた。
「あのぉ。龍斗お兄さん?これは一体どういうことですか?」
「話を詳しく聞かせてもらうよ?龍ちゃん?」
ミレンとマーリンは鬼の様な顔で龍斗に迫るが、彼の泣き顔に思わず困り顔をする。
「あぁ、二人にもちゃんと…ちゃんと説…明するから…。」
「お姉ちゃん!それにマーリンさんも。感動の再開を邪魔したらメッ!だからね。」
サレンが二人を龍斗から引き離してくれた。
「ありがとう…サレン…。」
その後、その町では三人の鳴き声が、しばらく辺りに響き渡るのだった…。
~第9話~ レベルアップ
しばらくして、龍斗たちはとりあえず宿へ向かった。現在、彼らは情報不足により、誰かが魔王城へ行って現在の状況確認をしなければいけないのである。スゥシィも詳しいことは分からないようで、彼女曰く「魔王様に聞けばいろいろ分かると思う。」ということらしい。道中何があるか分からないので、様子見がてら、龍斗一人で事情を確認してくることになった。
「とりあえず、今は緊急事態だからみんなは宿で待っててほしい。」
「私もついていったらダメ?」
吹雪の言葉に龍斗は肯定する。
「ミレンとサレン、マーリンもここで待っててほしい。理由は、何かあったときにこの人たちを守ってほしいからだ。」
「お兄さんのお願いなら、聞かないわけにはいかないです。」
「龍ちゃんの頼みなら、聞かないわけにはいかないね。」
龍斗の言葉に対してセリフが被った二人はお互いに目を合わせると火花を散らす。
「わかりましたよ、龍斗お兄ちゃん。みんなの事は任せてください! 」
サレンの言葉に安心した龍斗は「行ってくる。」と言い残し、その足で〖魔王城〗へ向かう。
「ところで、少し聞きたいことがあるのですが、ここはどこでしょうか?」
吹雪は身近にいたミレンに話を聞く。
「ここは〖魔族国家 スピリシア〗です。理由を話すと長くなりますので深くは言いませんが、私たちは戦争を食い止めるためにここへ来たのです。」
「戦争…?」
月乃の疑問に「じつは…。」とミレンはここまでの経緯を話すのだった。
…そして、龍斗はこの国…スピリシアで何が起こったのか確認するために魔王城にいる魔王に話を聞きに行く。
「スゥシィさんは「深い事情は聞かされてないけど、魔王様なら知っていると思います。」って言ってたし、行けばとりあえずわかるかな。」
龍斗は特に何も考えないまま教えてもらった区画を散策していたら、魔王城らしきものを発見する。そのまま外見を見ていても何もか分からないので、とりあえず中に入ろうとしたときだった。
「貴様!何者!!」
龍斗は衛兵たちにいきなり槍を突きつけられる。
「まぁ、この反応は当然だよな…。」
苦虫を噛んだ顔をしていると、魔王城の入り口から眼鏡をかけた金髪の悪魔がやってきた。
「えっと、君が龍斗君…なのかな?」
「はい。俺が龍斗ですけど。あなたは?」
「あぁ、すまない。君にだけ聞いて私が言わないのも公平じゃないしね。私は『ベルゼブブ』だ。」
「ベルゼブブさんですか!実はあなたに会って事情を説明すれば魔王様に会えると聞いたのですが!」
「あぁ、彼女から話は聞いている。中に入りたまえ。」
どうやら、彼はかなり上の地位の属しているらしく、「ベルゼブブ様が言うなら大丈夫だろう。」と衛兵たちも納得していた。
「魔王様はこの階段をずっと上がった先にいるよ?気を付けて行ってらっしゃい。」
ベルゼブブの言葉に「ありがとう!」とお礼を言って、龍斗は階段を駆け上がっていく。
「あの方を前にして大丈夫だろうか…。」
ベルゼブブが漏らした声は誰の声にも届かず、静かに消えていった…。
「うおぉぉ!この階段は何段あるんだ!?」
龍斗はもう200段を超えた後もずっと階段を駆けあがっていた。
「落ち着け…ゲームにもこんなものあったじゃないか。えっと…からくりは…。」
龍斗が辺りを見渡すと、今上っている階段以外に、階段が複数に存在していた。その階段がある場所は…
「絵?」
たくさんの絵画に階段が描かれていた。妙に感じたのは、その階段がやけに立体的すぎることだった。試しに触れてみると、その絵から波紋が生じる。
「これ、もしかして…。」
龍斗は勢いをつけると、思いっきり絵に飛び込む。
「いってて…。やっぱり! 」
龍斗の目の前にはまたもや階段が続いていた。しかし、その階段は先ほどとは違い、絵と同じ”赤色の階段”だった。
「へぇ、からくりに気づくなんて。あなた、なかなかやるじゃない?」
すると、突然天井から女の子の声が降ってくる。
「えっと…あなたは?」
「私は魔王のメル。この街を守る王よ。」
「魔王!?ということは、この仕掛けを君が?」
龍斗の疑問にメルは「その通りよ。」と答える。
「私に会うための試練みたいな感じよ?」
「なら、これをクリアすれば面会できるわけだ。」
「もちろんよ?『あなたがこれをクリアできれば』ね。」
メルの挑戦に龍斗は「受けて立つ!」と答え、赤い階段を駆け上がる。その後、溶岩の上を綱渡りしたり、左右に触れるギロチンを避けながら進んだり、踏むボタンを間違えると岩が転がってきたりと様々な罠が龍斗を襲うが、ゲームの知識を生かしてなんとか進むことができたのだった。そして、いよいよ魔王が居る部屋に到達した。
「おめでとぉ!よくここまでたどり着けたね。」
扉を勢いよく開けると、そこには長い銀髪の青い目をした少女が足を掛けて座っていた。
「こんなもの…リンドヴルムの試練よりもマシだったぞ…。」
なんとか強がってみるものの、龍斗は少しだけ疲れていた。しかし、彼は直ぐにスタミナが回復するので特に問題はないのである。
「へぇ…リン君の試練をねぇ…。」
メルは「だったら!」というと勢いよく立ち上がる。
「試練はまだ終わりじゃない!というのも分かるよね?」
「だろうと思ったよ。女の子だからって、手加減しないから! 」
龍斗は剣を具現化して、戦闘態勢になる。
「それじゃ、一発目ー。」
彼女が言葉を言い終えると、辺りに風が吹き荒れる。
「これは、風の魔法か。」
それだけでなく、彼女は次の魔法に備える。
「『焼き尽くせ!【バーニング】!』」
詠唱が終わると、辺りが炎に巻き込まれる。
「あぶねぇ!」
なんとか”翼だけリンドヴルムに竜化”して空中に逃げたが、個室である以上、天井ギリギリ飛行することになる。
「ほい、次行くよー?」
天井付近を飛行してた龍斗の周りに”黒い雲”が出現する。
「『轟け!【スパークリング】!』」
今度は雷を落とす魔法を唱えてきたが、龍斗は避雷針を具現化して遠くに投げることで、着弾点をずらした。
「なかなかやるね…。これも、避けられるかな!?」
メルは杖を掲げて、再び呪文を唱える。
「風で自由を封じた後、炎で動きを制限。雷でとどめか。ゲームにもこんな手口のプレイヤーがいたな…。その後は……。」
龍斗はゲーマーの直感を頼りに、メルの攻撃を先読みしようとする。
「『動きを封じろ!【グリーン・キャプチャー】!!』」
「動きを封じて確実に極大魔法を当てるのが考えられるな…。ならば!」
龍斗は壁から生えてきた植物からの拘束攻撃を避けるため、敢えて炎の中に飛び込む。
「『炎を消し、辺りを押し流せ!具現化!【大波】』!」
龍斗は炎に飛び込む瞬間、大波を具現化してその水圧ですべてを流す。
「何よそれ!このままだと…。」
龍斗の考え通り、蔓で拘束してから魔法を放つ準備をしていたメルは大波を避ける術を持っていない。攻撃を食らう事を覚悟し、目を瞑った彼女には…ガキンと音がしただけで、衝撃は来なかった。
「あ、あなた…。」
彼女が目を開けると、イージスを具現化した龍斗の姿があった。
「剣を具現化したからって、接近戦をすると考えた君の負け…ってことでいいかな?」
龍斗が降伏を宣言すると、「し、試練は合格…です。」と何故かメルは敬語を使う。
「あの…大丈夫?」
龍斗が手を差し伸べると、「あ、ありがとうございましゅ…。」と彼女は頬を染めて彼の手を借りるのだった。
「ごほん。それでは、あなたがここに来た理由を教えてもらおうかしら?」
「えっと、”まずはこの国が何処と戦争しそうになっているか。”という事と、”その場合、どう対応するか。”とか、とりあえず、具体的な情報が欲しい。」
龍斗はスゥシィから聞いた情報を元に、スピリシアが今どんな状況に置かれているのかを聞き出そうとしていた。
「まずは、これから戦う国について説明しないといけないわね。ここに攻めようとしているのは〖バンガレフ〗という帝国よ。殺戮を躊躇わない、物騒な国だって聞いているわ。」
「そいつらがこの国に攻めようとしている理由は…竜王の力か。」
龍斗が思いつく限り、バンガレフがスピリシアを狙って攻撃を仕掛ける理由は一つしかなかった。
「そう、この街を守護する魔竜…【アル・メルクリア】の力を奪うためよ。」
バンガレフは魔法というものを伝えられておらず、武力だけで戦争を続けていたのだそうだ。もちろん、魔法が使える国に対しては圧倒的に不利と考えるのが妥当である。その為、多彩な魔法を使う天才の竜であるメルクリアの力で魔法を会得しようとしているのである。
「でも、スピリシアだって魔法が使える上に魔族の国だ。そんな不利な場所に攻め入るなんて、余程自身があると見て取れる。恐らく、切り札を用意していると考えられるね。」
「君の言うことは最もだ。その為、我らだけで対処できるかどうかは掛けに近かった。そこで、我らと同等若しくは強い助っ人が欲しかったところなのだ。」
この言葉により、龍斗は先ほどの試練に挑まされた理由を得たのだった。
「ということで、私たちと一緒にバンガレフを追い返すのを手伝ってほしいのだ!よろしく頼む!」
メルは龍斗に深々と頭を下げる。
「むしろ、俺は最初からこの街を助けるつもりだったよ。」
龍斗の言葉にメルは首を傾げる。
「この国はミレンとサレンの大事な故郷だし、奴らの目的も無粋だ。それに…」
「それに?」
「こんな可愛い美少女の魔王に頭を下げられたら、断れないよ。」
龍斗が発した言葉にメルは顔を赤くする。
「そんな…可愛いなんて…。生まれて初めて言われた…。」
メルが顔を赤らめて照れている間、龍斗は自分のセリフに後悔していた。
(なんで俺こんな恥ずかしいこと言っちゃったの!?思わず口から出た言葉とはいえ、彼女にも失礼すぎる!しかも魔王だぞ!?いますぐ謝らないと!あぁ!俺のバカ!オタンコナス!厨二病!)
龍斗はとりあえず謝ろうと口を開く前に、メルが彼に抱き着く。
「え!ちょっとま…え!?」
「…可愛いって言われたの初めてだったの。わ、私は女の子なのに、いままで女の子として見られなかったの。魔王だったからかもしれないけど…でも、今日初めて私を女の子として可愛いって言ってもらえて…凄く嬉しかった!」
メルは自分の気持ちを洗いざらい話していく。それと同時に、龍斗を抱きしめる彼女の腕は力強く締まっていく。
(防御1000以上あるのにこの腕力…。どんだけ強いんだこの魔王は…。)
龍斗はメルに失礼なことを考えながらも、彼女の抱擁をほどく。
「そ、そんな事言われたら…俺も嬉しいけど…。でも!そうやってすぐに抱き締めたりされると、勘違いするやつもいるから、気を付けてね!」
苦し紛れの言い訳に「分かったよ。これからは気を付けるようにする。」と彼女は答える。
「ごほん。よし、話を戻すぞ。まず、バンガレフがここに攻めてくるのがいつになるか分かるか?」
龍斗は一つ咳ばらいを入れると、話の根幹を整えようとする。
「うむ、彼らの進行状況を確認して予想すると、およそ5日後になるだろう。」
「5日間か…。長そうで、短いな。」
「その為、こちらも戦力を上げる為、強力な武器や杖を仕入れている。」
「了解。なら俺も強くならないとな…。」
龍斗は覚悟を決めると、メルにあるお願いをする。
「俺に付き合ってくれ! 」
「え!?ちょっ、ちょっと!それは大胆だよ!でも…大胆な告白も嬉しいかも…。」
変な勘違いをする彼女に龍斗は「あ!ご、誤解だ!主語を言わなかった俺が悪かった。」と謝罪する。
「その…。魔法の練習に付き合ってくれないかなって意味だったんだけど…。」
「あ…そういうことだったの…。」
メルは言い訳ばっかりする龍斗に向けて「…残念…。」と呟く。
「分かったよ。私にできることなら教えてあげる。」
魔法の先生役を受け入れてくれた彼女に「ありがとう。」とお礼を言い、魔王城を後にする。
「後はみんなに事情を話さないと。」
そういうと、龍斗は宿に向かって歩を進めるのだった…。
…その後、龍斗は何事もなく宿にたどり着く…。
「ただいま。みんな待った?」
龍斗が宿に着くなり、月乃が彼を出迎える。
「お帰り!お兄ちゃん!ご飯にする?お風呂にする?それとも…」
月乃がラブコメにありがちなセリフを言う前に、吹雪も彼を出迎える。
「龍斗君!お帰りなさい。」
「お、おう…。ただいま…。」
異世界に来るまではありえないと思っていた展開に龍斗は少し動揺していた。それもそのはず、幼かった頃に身を呈して守りたいと思った初恋の人が、夫を出迎える妻のように挨拶をするのだ。そんな状況で、動揺するなと言われても無理な話である。
「龍斗さん。お帰りなさい。」
ミレンとサレン、マーリンも龍斗を出迎えるべく、部屋の玄関にやってくる。しかし、龍斗はミレンの一言に疑問を抱いた。
「あれ、ミレンは俺の事『お兄さん』って呼んでなかったっけ?」
「あぁはい。そのことなのですが…。」
ミレンが説明する前に「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだもん!」と月乃が答えてしまう。
「ごほん。えっとですね、龍斗さんが魔王に会いに行っている間に、色々話しまして…。」
「龍斗が小さかった頃とか、色々ね?」
またも説明をする途中、琴歌がさらっととんでもないことを口走る。
「ちょっと母さん!?何を話したの!!?」
龍斗の突っ込みに「色々よ☆」と琴歌は軽く流す。
「ちょっと吹雪!変なこと聞いてないよね!?」
吹雪に問い詰める様に顔を近づけると、「べ、別に…変なことは…無かったよ?」と頬を染めながら煮え切らない返事が返ってきただけだった。ちなみに言うと、部屋内の全員(女神ウルルミスとモニター越しの竜王達含む)も頬を赤らめていた。
「あの…本題に戻りますよ?」
かくいうミレンも頬を赤らめていたが、本題に話を戻すべく切り出す。
「お、おう。続けてくれ…。」
龍斗は母が何の話をしたのかがすごく気になるが、話が進まないので我慢することにした。
「ごほん。えっとですね、今この場に龍斗さんの妹である月乃さんがいるので、呼び方が紛らわしくなるので今後は『龍斗さん』と呼ばせていただきます。」
「あたしも『龍斗兄ちゃん』って呼ぶことにするからね☆」
サレンは龍斗にあざとくウィンクをする。そんな彼女に「お兄ちゃんと呼んでいいのは月乃だけなんだからー!」と月乃が牙を立てる。
「それと、これまでにあった出来事と、これから何をするかをお話されていましたね。」
また話が脱線しそうなタイミングで、ウルルミスがフォローする。
「あ、はい!そうでした。龍斗さんがこれまでにしてきたことや、これから何をするのか。このような話は親しみのある方々に聞いてもらうものだと思いまして…。」
「いや、むしろ宿に戻ったら何から説明するか悩んでたところだったから逆に助かる。ありがとう。」
龍斗にお礼を言われて「どういたしまして。」と返事を返すミレンであった。
「『この世界の種族たちによる戦争を止める』ことでしょ?そんなことができるの?」
心配してくれる吹雪に、「俺一人だとできるか分からない…。」と龍斗は煮え切らない返事をする。
「でも、みんながいてくれる。ミレンにサレン。マーリンに、今は陽太や月乃がいて、母さんがいて…。それに…吹雪もいるから…。」
龍斗は少し照れながら、かっこいいような、恥ずかしいような、それでいて頼りないようなセリフを言う。
「それに…大親友の二人もこの世界にいるわけだしな…。」
彼はそういうと、湖の上で戦った親友の顔を思い浮かべる。
(帝…絶対お前を救って見せるからな!お前の顔をぶん殴って、目が覚めるまでタコ殴りにしてやるからな…。覚えておけよ…?)
みんなが密かに見守る中、龍斗は改めて決意をする。
「ああ言った以上、約束を破る訳にはいかないからね。それに、殺し合いなんて俺は嫌だから、誰にも死んで欲しくない…。だから、俺はこの戦いに参加して、帝国を追い払う!これからも、戦争が起きそうなら俺が止める!俺は、その為にここにいるんだから!」
みんなが見守る中、龍斗は自分の口から覚悟を語る。その覚悟に、みんなが賛同した。賛同はしたが、ここで突然問題が発生する。
「それなら、月乃も頑張るよ?」
妹からの言葉に龍斗は驚きながらも、「何を頑張るんだ?」と尋ねる。
「勿論!お兄ちゃんの役に立つこと!月乃も戦うから!」
突然の言葉に龍斗も混乱する。
「ちょっと、月乃!?お前、何を言って…」
龍斗が言葉を言い終える前に陽太が口を開く。
「やっぱり兄妹だからかな?月乃なら同じことを考えていると思っていたよ。というわけで、俺も手伝うつもりだから。兄さんはお人よしだからね。」
「いいえ、兄妹だからじゃないわ。家族だからよ?」
陽太も手伝うと宣言する。そして、琴歌は龍斗の手を取ってこう言うのだった。
「大事な息子が危ないことをしようとしているんだもの。母としては止めたいぐらいよ?それでもあなたがやろうとするのなら止めたりしない。でも、お手伝いするくらいなら問題ないでしょ?」
「陽太、母さん…。」
龍斗が感動しているなか、ミレンとサレンはそれぞれ彼の腕にくっつく。
「勿論、私もずっと一緒ですからね!龍斗さん!」
「あたしも、龍斗兄ちゃんとお姉ちゃんがいるなら、どこでもついていくからね!」
二人が龍斗を見上げて、泣かせるようなセリフを言うので彼は少し泣きそうになっていた。
「あぁ、俺…凄くダサいな…。かっこつけて堂々としていたつもりなのに…結局一人だと心細くて…。不安で…怖くて…。」
「あなたはチート級の能力を秘めたお友達を倒すくらい強いので、大丈夫ですよ。ねぇ、リンドヴルム?」
「うむ、そうだとも。貴殿は見事我の試練を乗り越えて見せた。そんな貴殿に今は我とファフニールの力を持っている。だから、自分の力を信じるのだ。だろう?ファフニール。」
「そうだね。リンと僕の力が君を助けてくれる。君なら絶対成し遂げられるよ。」
ウルルミスも、モニターから見ているリンドヴルムとファフニールからも信頼されて、龍斗は思わず軽口をこぼす。
「プレッシャーかけるなよな…。これでも、緊張に弱いんだから…。」
「私が緊張をほぐしてあげる。歌でもなんでも、龍ちゃんのためならなんだってするから♪」
マーリンも龍斗を助けると約束する。そして最後に大切な幼馴染が、彼を励ます。
「大丈夫だよ、私たちが付いてる…。困ったときは頼ってね。なんでも手伝うから…。」
「…ありがとう…。みんな…本当にありがとう…。」
龍斗はあふれる涙を拭いながら、魔王城で決まった方針をみんなに話す。
「まず、帝国が攻めてくる予定日が分かった。5日後にここに着くらしい。ただ、具体的な時間は分からないから5日後の朝なのか夜なのかは分からない。」
「つまり、それまでの間に迎撃する準備をしないといけないことになるね。」
陽太の言葉にみんなが頷く。
「申し訳ございません。神様の私が情報を提供しなければならないのですが…」
ウルルミスは申し訳なさそうに謝罪する。どうやら、この世界『グランディア』ではそれぞれの国や地域ごとに神様が決まっていて、帝国バンガレフ・魔族国家スピリシアはウルルミスの担当外に位置するらしい。しかも、それぞれの神同士で秘密を共有することは罪なので、お互いが担当外の情報を流そうとすると、大天使長の『ミカエル』の裁きにより堕天、最悪の場合、地獄に追放されてしまうのだと言う。
しかし、悪魔で天界でのことなので、地上にいれば他の地域に侵入することは可能ではある。かといって、担当外の地域を天空から見ることも勿論許されるわけが無いので、敵の軍隊を視察することすら出来ないのである。
では、何故ウルルミスがこれから攻めてくるであろう帝国バンガレフの名前と、現在の魔族国家スピリシアにやってくることが分かったかというと、彼女はどうやら殺意に敏感の様で、感覚的なもので察知できるのだと言う。しかも、殺意には感情や心が込められているので、その殺意から何をどうするかまで分かる。ということらしい。
以上の理由があり、具体的なことが調査できなかったので、ウルルミスはみんなに謝罪したのだった。
「いえ、むしろウルルミス様が察知してくれたおかげで、最短でここに来れたんです。下手すると、リミットまで3日後になっていたかもしれません。なので、凄く助かってます。」
龍斗のフォローに嬉しくなり、ウルルミスは満面の笑みで「ありがとうございます!」と頭を下げる。
「ごほん。またも話が脱線したけど、俺はこの5日間を利用してレベルアップを試みる。みんなには申し訳ないけど、最低でも『魔法』が使えるようになって欲しい。もちろん、講師は確保してある。」
彼から”魔法”という単語が出た瞬間に月乃と陽太が飛びつく。
「魔法が使えるの!?」
「魔法があるの!?」
二人の言葉にミレンとマーリンが呆れ顔をして、「当然よ。」と同じセリフを口にする。
「あたしも使えるけど…まず、基礎から習ってみる?」
サレンが自ら講師を名乗り上げてくれたおかげで、龍斗は少しだけ安心する。
「サレン…ありがとな。助かる。でも、これから講師が指導してくれるって言ってるから、サレンも習ってきたらどうだ?」
龍斗が魔法指導教育を促すとサレンは、「分かったよ。習ってくるね、龍斗お兄ちゃん!」と元気に答えてくれた。
「お姉ちゃんたちはどうするの? 」
「私は龍斗さんと…」
「私は龍ちゃんと…」
良く似ているのかわからないが、この二人は必ず大事なところで意見が一致してしまうのである。
「二人もありがとう。でも、俺は俺でしないといけないことがあるから、みんなで習いに行っておいて?講師はメルがしてくれるし。」
「メルって…魔王様が直々に!?」
龍斗がさらっと言った一言にミレンは驚きのあまり、口が塞がらなくなっていた。
「彼女は意外と寂しがりやだから、仲良くしてやってな?」
「と、とんでもありません!魔王様は私たちにとって偉大な方です!そんな方から魔法を教わるなんて…生きててよかったです。」
ミレンは感動のあまり、涙が洪水の様にあふれていた。こんな彼女を龍斗は見たことなかったので、思わず笑ってしまった。
「龍ちゃんが言うなら…分かったよ。」
マーリンも渋々といった様子ではあったが、何とか承諾してくれた。
「母さんと、吹雪も行っておいで。もしもの時のために魔法が役に立ってくれるから。」
龍斗は自分一人では守るのも限界に近づくのではと感じ、魔法の指導を受けることを彼女たちに進める。
「分かったよ。息子の頼みなら仕方ないね。」
「分かったよ、龍斗君。今度は、私が助けてあげるからね。」
二人はそういうと龍斗に微笑みかける。この笑顔をみて彼は(やっぱり、また会えて良かった。)と感じる。
「じゃあお兄ちゃん。月乃達行ってくるねー!」
彼女たちに「行ってらっしゃい。」と見送った後、龍斗は宿を出てリンドヴルムに竜化する。
「さてと。リンドヴルム、これからそっちに行く。練習に付き合ってくれ。」
「了解した。『例の状態を維持する練習』だったな。」
リンドヴルムの聞き返しに龍斗は「あぁ。」と答えると、その白く大きい翼をはためかせて〖白の塔 頂上〗へ飛んでいく。
そして、白の塔 最上階では…
「…極限開放…バーストモード! 」
龍斗はリンドヴルムに竜化した後、バーストモードで自我を保つ練習をしていた。
「ぐ…ウゥ……。グオォォ…。」
なんとか暴走する本能を抑えながらも、龍斗はバーストモードを維持し、自我を保っていた。
「…我の言葉は聞こえるか?」
リンドヴルムの問いに龍斗は頷くのが限界だった。
「その状態でも会話できるようにならないとな。しかし、練習から1時間でここまで物にするとはな、正直驚いたぞ。」
龍斗はバーストモードを解除すると、「あんたの教え方がうまいだけだ…。」とふらふらしながら答える。
「それに、イメージは俺の中でも得意中の得意だからな。」
バーストモードとは、竜化状態でできる秘儀であり、奥の手である。その状態を維持している間は自分のパラメータが数十倍まで跳ね上がるが、その代償として暴走したり、体のあちこちから血が噴き出したりととても危険な技である。
龍斗は一度だけバーストモードを使ったことがあるが、唱えた瞬間に頭が真っ白になり、体中が何かに奪われているような感覚になったのだという。その後はファフニールに対処してもらったので、なんとか生きてはいた。しかし、その代償として数日の間意識が戻らなかった…ということが最近あった。
「5日後までには…制御しておかないと…。その分、ここで経験することでレベルアップにもつながるしな。」
龍斗は竜化した状態でも、バーストモードになったことで全く歯が立たなかった帝の力を思い出す。
「初めて負けたな、お前に…。でも…」
龍斗は気合を入れなおす為に、頬を強くはたく。
「今度は絶対に負けないからな!」
バシン!と頬から音が響いていく中、彼は再びバーストモードを維持する練習を始めるのだった。
「…にしても、飲み込みがはやいね。彼は。」
龍斗がバーストモードを練習する中、ファフニールがモニター越しでリンドヴルムに話しかける。
「我なんか、あの頃『ヨルムンガルド』殿に何回引っ叩かれたことか。」
「懐かしいね。僕は無敵だったから痛くなかったけど。」
「その分火炎魔法を纏わせた鉄拳が炸裂したけどな。」
「うん…。あれはすごく痛かったなー。火傷痕もいまだに残っているし…。」
そんな思い出話をする中、二体の間にどことなく笑い声が生まれる。
「彼はきっと、僕らよりも強くなるよ…。絶対に。」
ファフニールの言葉に「確かにな…。」とリンドヴルムが答える。
「強くなった龍斗と戦ってみたいものだ。」
「それは僕も同意見だね。」
「この戦争が終わった後…いや、もっと先になるかな。そのころにはどれだけ強くなっているのだろうか。」
リンドヴルムが感慨に耽っていると、「たぶん、僕らの想像がつかなくなるぐらいに強くなっていると思うよ。」とファフニールは答えるのだった。
「グ、ググォ…グガァ……。(ちょ、ちょっと…助けてほしい……。)」
龍斗は頑張ってバーストモードで声を出すも、疲労が蓄積して維持するのが困難になっていた。
「今は『あの有様』だけどな。」
「少しずつ、確実にだね。」
二体は笑いながら龍斗のいるところに行って、彼を介抱するのだった……。
リンドヴルムのところでバーストモードの練習をしていた龍斗は、リンドヴルムの介護もあって竜化を解き、束の間の休憩を取っていた。しかし、少し休憩するはずが寝てしまっていたようで、彼は重い瞼をゆっくり開く。
「ん…。あれ、俺はどうして…。」
目を開けると、目の前にファフニールが映るモニターとリンドヴルムと水平線が見えていて、自分が顔を横にして寝ていたのだと気づく。しかし、普通なら頭に地面のゴツゴツとした感触があってもおかしくないのだが、何故かゴツゴツとは程遠いもちもちとした柔らかい感触があるだけだった。
「もしかして、枕を用意してくれていたのか?」
「気が利くな。」と言おうとした瞬間、龍斗の目の前に水色の髪の毛が垂れてくる。
「おはようございます。龍斗様☆」
髪の毛が垂れてきたと思ったら、今度は水色の目をした少女の顔が割り込んできた。
「あれ…、これって…もしかして…。」
龍斗はそこではじめて気づいた…。自分が何を枕にして寝ていたのかを…。
「じゃーん!何を隠そう、私の膝枕なのでした☆きゃあー♡あなたの世界で男女がこんなことをしていたのを見ていてドキドキしてたのです。いざやってみると、凄く気持ちがいいものですね☆」
そういうとウルルミスはあざとくウィンクするのだった。
「ご、ごめんなさい!すぐにどきますから!!」
龍斗は失礼極まりないと思い、すぐに起きようとするが、ウルルミスは優しく彼の頭を自分の膝の上に戻す。
「いいんです。むしろ、これぐらいしかお役に立てません。みんなは魔法や武器を調達して迎撃の準備をする中、私は見守ることしかできません。龍斗様は、『私がいたからここに早く着けた』と言ってましたが、私が言わずとも、スゥシィさんが伝えてくれたので結果役に立てていないのです。私は神様です。神様なのに、見守ることしかできなくて、何も手伝えなくて、祝福もできない。天界のルール上では仕方ないかもしれません。でも、私は…神様として失格です。なので、せめてこれぐらいの事はさせてください。」
そういうと彼女は、龍斗に優しく微笑みかける。しかし、無理に作った笑顔は分かりやすく、龍斗は凄く切ない気持ちになった。切なくて、罪悪感いっぱいの笑顔を見せられたらほっておけない。彼はそういう男なのである。
「…別に、そこまで頑張らなくてもいいんじゃないですかね?」
龍斗が放った言葉にウルルミスは「え?」と疑問を持つ。
「俺たちが生まれていなかった時も、世界が誕生していなかった時も、きっとウルルミス様たちは見守ってきたんだと思います。何を?と言われても俺には答えることができません。でも、これまでの間、あなたたちはこの世界を作り、俺たちを作り、心というものを教えてくれたのだと思います。俺がいた世界の神様はこんな風に下界に降りてきたりしませんが…。いや、もしかすると見えていないだけで、ほんとはいたのかもしれません。そして、俺たちの事をずっと見守って、罰を与えて、たくさんお仕事をして疲れたりすると思います。俺も運動したり、誰かを手伝ったりすると疲れますし…。」
「それで、龍斗様は何をおっしゃりたいのですか?」
ウルルミスが首を傾げる中、龍斗は再び口を開く。
「ウルルミス様はこれまでの間、よく頑張りました。頑張って疲れたのなら、休憩する必要があると思います。ウルルミス様は役に立てないと言いましたが、これまでの間この世界を見守り、支えて、みんなを助けてくれていたんだと思います。だから、休んでもいいんです。今回みたいに、何もできない日があっても、誰もあなたを責めたりしません。きっと…。」
自分は役に立てていない。そう考えて自分を責めていた彼女に、彼は彼女にとって言って欲しかった言葉を次々と語っていく。頑張ったと褒めてもらったり、たまには休憩しても良いと気を使ってくれたり。彼女の心から、謝罪や、申し訳ないといった言葉が少しづつ抜け落ちていく。
「私は、このままでもいいんですか?」
自分が彼に甘えているのは自分でもわかる。責任とか、反省とか、いろいろ抱えないといけないこともある。今でも申し訳なくて、謝りたくて、とても辛い。辛いからこそ、私はこの人に言ってもらいたいんだと思う。
彼女は涙を浮かべながら、その言葉をただ静かに待つ…。
「あなたはこのままでもいいと思いますよ。勿論、さぼりすぎは良くありませんが、俺が許します。だから、あなたも少しだけ俺達に甘えてください。」
そういうと、龍斗はまた少し休憩するためにそっと目を閉じる。そんな愛らしい顔に彼女の涙がぽつりぽつりと垂れる。
「…ありがとう…。ありがとうございます…。龍斗様…。」
責任感と罪悪感でいっぱいだった彼女の心は、彼の言葉で霧が晴れる様に消えていく。そして、霧が晴れていくと同時に、涙の量も増していく。雲一つない夕暮れの空に、一人の少女の泣き声が響いていくのだった…。
そして泣きつかれた頃に、ウルルミスは龍斗の顔を見下ろす。
「私をその気にさせたらどうなるか、教えてあげますから…。」
しかし、この時の龍斗はあまりの疲労ですでに夢の世界にいざなわれていた。そんな彼をウルルミスは涙いっぱいの顔で微笑みながら、包み込むように抱きしめるのだった……。
…またしばらくして、龍斗が目を覚ましたのは丁度日が落ちて辺りが暗くなったころである。
「は!俺はまた寝ちゃったのか…。」
「あら、まだ寝てていいんですよ?龍斗様。」
起きた彼の前に、ウルルミスの顔があった。
「いや、もうぐっすり寝れたから大丈夫だよ。ありがとう。」
「そう。残念…。」
なぜか、一回目に起きた時に見た彼女と、今起きた時に見える彼女には違和感があった。その違和感は説明しづらいのだが、さっきまでの彼女とは何か違う。
「残念って、何がですか?」
「いえ、特に何もありませんよ。今はまだ…ね。」
そう答えた彼女の頬はあたりが暗くなっていても分かるくらい赤くなっていた。そう、外は暗くなって……
「あ!もうこんな時間になってたのか!メルに怒られる!」
「メルというと、魔王様のことですか?」
「はい。魔法の練習は俺もしたかったのだけど、今からなら間に合うかな……。」
こんなとき、ウルルミスの心の中に謎の違和感が走る。自分じゃない女性の話をされるとムズムズするというか、ズキズキするというか……
「なんでしょう。この気持ち……。」
そんな彼女の心境も知らないまま、龍斗は勢いよく立ち上がり…
「行きましょう!女神様。」
優しく差し伸べてくれた彼の手を、彼女は微笑みながら取る。
「はい、龍斗様!」
龍斗はリンドヴルムに竜化すると、スピリシアへ超特急で戻る。そして町に着き、みんなが魔法を受けているであろう魔王城に入る。
「ご、ごめんなさい!遅くなりました!」
遅刻した龍斗に「遅い!いつまで待たせるのよ!」とメルは叱る。
「あ、龍斗さん。私たちで先に練習始めてました。」
龍斗の存在に気付いたミレンが状況を報告してくれた。
「時間は有限だから、むしろそれで良かった。メル、ありがとう。」
龍斗が素直に感謝すると、「べ、別にあなたの為なんかじゃ…」とメルは照れる。
「ここからは俺も混ざる。魔法を教えてくれ!」
「…わ、分かったわよ。これで全員そろったから本格的に教えるよ!」
こうして、〖メル大先生〗魔法の基礎授業から練習は始まる。
魔法とは、その名の通り、魔力を使って放つ技でマジックポイント(MP)を使用する。この数値は魔法だけでなく、技や変身を使う際にも消費され、使うタイミングを見極める、回復手段を蓄えておくといったそこそこ考える必要があるステータスである。そのため、龍斗が竜化した状態も変身であり、具現化も技というカテゴリに含まれるので、〖竜化状態で具現化を行うことはMPをかなり消耗して戦っていた。〗ということである。
「まず、魔法の出し方は教えたから、あなたたちの得意属性を知りたいかな。それを知れば、どの魔法を教えれば私も分かるから。」
得意属性というのは、個々が持つアビリティの一種で、それぞれ火が得意だったり、水が得意だったりする。そして、その得意な属性を発する魔法を使えば、他の属性魔法より強くなったり、消費MPが少なくなったりといろいろお得なのである。一応、得意属性以外の魔法も使えないことは無いのだが……。
「でも、魔法といっても、マジックオーブを出したぐらいだけど…。」
マジックオーブとは、魔法を習う前に行う基礎で、魔法を使う時に、その人が一度に使える魔力を知る方法である。このオーブを出現させたときの大きさで強さが分かる。例えば、オーブが大きければ一度に放出できる量が大きく、小さければ放出できる量も少ない。かといってオーブの大きさが大きければ良いという訳でもなかったりする。
〖魔力の放出が大きければ一度に魔力を当てる隙を見つけたり、小さければ連続で魔法を連射する・使い分けてサポートしたりする。〗と言った工夫があれば有利不利も無いのだ。
「あ、俺まだそこまでやってないから、そこからでいい?」
「あ、なら私が教えます。」
龍斗は魔法の基礎を知らないのだが、ミレンがやり方を教えてくれるようだ。
「ミレン、ありがとな。」
「いいえ、普段は龍斗さんにお世話になっているので、こんな時こそ役に立ちたいです。」
「ありがとう…。早速なんだけど、何から始めればいい?」
「えっとですね、まずは手を前に出して、ろうそくの火を風から守るようなポーズをとってください。」
「こ、こうか?」
「そこでイメージしてください。その中心に何かを集めるようなイメージです。」
「イメージなら得意だ、任せろ。」
しかし、ここで龍斗がマジックオーブを出現させたことで、その場の誰もが顎を外すほど驚くことになる。
「あれ、マジックオーブってこんな大きいものなの?」
そう、龍斗が出現させたマジックオーブの大きさは、なんとスピリシアの街にある民家一軒分と同等の大きさだったのだ。これにはモニター越しのリンドヴルムとファフニールも驚きを隠せないようだった。
「あの…龍斗さんは魔法を使ったらまずいことになるかもしれません…。」
「え!何で!?」
「さっきも言ったように、マジックオーブが大きければ大きいほど、一気に放出できる魔力も多くなり、力を増します。あなたが魔法を使ったら、おそらくこの街は簡単に消し飛ぶでしょう……。」
この一言には龍斗も顎が外れるほどの顔にならざるを得なかった。そして、しばらくこの空間に静寂が訪れる。
「い、一応龍斗さんの得意属性も把握しておきましょうか。」
龍斗は顎が外れたまま、「あぁ…。」と答える。そして、龍斗もみんなと同じラインに立ち、授業が再開される。
「えっと、なら俺からでいい?」
「プロテクションシールド!」
龍斗は得意属性を見つけるために先手をやろうとするが、メルが急に魔力の壁を張る。
「こ…これでよし…。や、やっちゃってどうぞ!」
「お、おぅ…。」
その壁からすごい拒否感があって、龍斗は少し傷つくのだが、これから起こることにこの壁の意味を思い知らされることになる。
「まず、こう唱えてください!『アトリビュート』と。」
「りょ、了解。あ、アトリビュート!」
ちなみにいうと、その魔法はその詠唱者の得位属性を知るもので、普段なら軽く火が出たり手が凍ったりするぐらいなのだが、龍斗の周りは大変なことになっていた。
辺りに突風が吹き荒れ、地面から炎が噴き、植物は魔物になったかのように牙を生やして暴れ、嵐が来たかのような大雨と雷が鳴り響く。更に眩しいと感じる光とそれを飲み込むぐらいの真っ暗な闇が火花を散らして衝突していた。それはもう魔法というより……。
「…て、天変地異……。」
自然が起こすものをたかが属性を知る為の魔法で引き起こすほどである。これには龍斗も『魔法を使うな。』と言われたことに簡単に納得できた。
「え、えっと…り、リコール!」
とりあえず、龍斗は変身解除用の魔法を唱えたが、これは発現した魔法にとっても効果があるようで、辺りを恐怖におとしめた天変地異はすぐに収まった。
しかし、これにはその場にいるすべての存在が顎を外すほど驚いていた。空を飛んでいた魔鳥やドラゴンも含め……。
「こ、これは…すべての属性が得意…ということになるんですかね……。」
この状況は天地がひっくり返るほどのイレギュラーらしく、メルやリンドヴルムたちも判断ができないようだった。
「文字通り全ての属性が得意なのか、それとも基本である六属性が得意なのかはまだ分からない。」
「でも、これはほんとに珍しいよ。なんせ、僕ら竜王でも全属性が得意な個体は5本の指で収まるぐらいね。ちなみにいうと、僕は得意な属性は水と氷の二つしかないね。」
「でも一応いるんだね……。ちなみに、その竜達がアトリビュートを使ったらどうなったの?」
龍斗は興味本位で聞いてみたが、リンドヴルムたちは首を横に振る。
「見たものはその絶大な魔力により消し飛ばされたらしい。その為、先生方の中でも、見せてくれる竜はいなかった。」
「先生といっても、ほんとに校長か理事長クラスぐらいだしね。勿論、未だに全力を見せてもらったことは無かったよ。」
竜王の中でも珍しいとされる『全属性が得意』というアビリティ。龍斗は魔法を使ってはいけないと思いながらも「被害が起きても大丈夫な場所で練習しよう……。」と考えるのだった。
「ご、ごほん。それじゃあ気を取り直して、みんなの属性を確認させてね。」
メルの一言にみんながこれまで何をしていたか思い出すのだった。
こうして、各々アトリビュートを唱え、何の属性が適していて何の魔法を覚えればいいかを知っていく。
ミレンとサレンは炎から連なった属性の愛、マーリンと琴歌は風から連なった属性の歌、陽太は炎と光、月乃は氷と闇、吹雪は風と氷が適しているといった結果になった。
「これで、それぞれがどの属性が得意なのか分かったね。ここから、それぞれの担当の先生のもとに集まって魔法を覚えてくださーい。」
メルがリズムをとるように手を叩くと、どこからともなく魔族の人たちが現れる。その中には……
「あれ、ベルゼブブさん?」
「あ、君は魔王城の前であった龍斗君。」
面識がある彼らの口調から、「君たち知り合いだったのか?」とメルが尋ねる。
「ええ、少しだけ。龍斗君、後ほど時間をもらえるかな?」
ベルゼブブの誘いに龍斗は頷く。
「では、水、風、闇が得意な属性の人たちは私のもとへ。」
その一言に月乃と吹雪は彼のもとに集まる。ミレンたちも、各々の得意属性を活用できる魔法を得るため、それぞれの先生のもとへ集まっていた。
「…あのさ、ちょっといいかな。メル。」
いきなり声をかけたのがまずかったのか、メルは龍斗に声をかけられた瞬間に「ひゃあ!」とびっくりしてしまう。
「ご、ごめん!悪気があったわけじゃないんだ。」
「あれ、あなただったの。龍斗。」
「あぁ、突然で申し訳ないのだけど、魔法の練習に付き合ってもらえないかな。さっきも見た通り、俺の場合は上手く制御しないと肝心なところで役に立たない。」
アトリビュートを唱え、龍斗がやることは決まった。魔法を制御して、みんなが巻き込まれないようにすることである。
「私だったら、大丈夫だと思った?」
「さっきの障壁が出せるなら多分大丈夫でしょ?それに、ファフニールやリンドヴルムに頼れない。」
ファフニールの能力は、水中移動と無効化だが、属性攻撃に弱いというマイナス点もある。リンドヴルムならおそらく大丈夫だと思うが、光である以上闇の魔法に付き合ってもらうわけにもいかない。そうなると、先ほどの基本枠の全属性が放たれたときに耐えることができた彼女に付き合ってもらうのがいいと龍斗は考えたのだった。
「我らをなめてもらっては困る。…といいたいところだが、今回は龍斗の意見が最もだ。すまないが、任せるぞ。」
「属性がものをいう魔法には、僕の無効化は貫通するからね。物理関係の魔法なら問題ないのだけれど、今回は任せてもいいかな?」
竜王たちの意見もまとまったので、「分かった。龍斗の先生は私が担当するね。」とメルが請け負ってくれた。
「ありがとう、メル。」
二人が微笑ましいと感じる空気を見てサレンが辺りを修羅場と化す一言を発する。
「メル様が龍斗お兄ちゃんの"先生"ですか~。先生って、もしかしてあっち系も…?」
それを聞いた女性陣(ミレン、マーリン、月乃、吹雪)は顔を鬼にして龍斗に詰め寄る。
「それは許せません……。」
「そんなことしたら、どうなるかわかってるよね…?龍ちゃん??」
「お兄ちゃんは月乃のものだからね……。」
「龍君はそんなことしたら駄目だから!」
みんなの顔が恐ろしいことになっているので、龍斗は冷や汗を掻きながら「誤解だ!」と訴える。
「魔王の私ですら恐怖を感じた……。あなたの仲間って、怖いんだね……。」
メルの言葉に、とりあえず苦笑いしかできない龍斗だった。こうして、各々は魔法を覚えていき、龍斗はバーストモードの制御も少しづつではあるができるようになっていく。そして、バンガレフがスピリシアに到着するまで後半日を残すことになった……。
~第十話~ 戦争
「いよいよか。帝も助けたいし、帝でさえあの状態なら大和も心配だ。でも、この国の人たちはほっとけないし、今俺が助けに行ったところで返り討ちに遭うだけだからな。悪いけど、俺を信じて待っていてほしい……。」
龍斗は昇っていく太陽を眺めながら、親友に謝罪し、必ず助けることを約束する。そして、これから起こる戦争を止めるため事を誓う。
「よし、みんなでスピリシアを守るぞぉ!」
龍斗の掛け声に合わせ、町の兵士達も「おぉ!」と叫ぶ。そして、龍斗は塔の上からスピリシアの入り口を見ると、複数の人影がこちらに押しかけようとしてくるのが見て取れた。
「バンガレフが来た!みんな、こんなときに言うのがおかしいと思うけど、緊張しないで!緊張していると、いざという時に動けないから。」
龍斗がアドバイスをすると、「分かった!」とか、「了解!」といった答えが返ってきた。
「まぁ、まだ仕掛けないで話し合いから始めるつもりだから、身構えなくても大丈夫だよ。」
メルは周りの緊張をほぐすつもりで、まだぶつからないことを約束する。とはいうものの、必ずぶつかることになるのだが……。
そして、バンガレフは数十万を超える兵士を引き連れ、スピリシアにやってきた。
「皆様、お初にお目にかかる。我はバンガレフの党首『ファナラ』。皆からは『神殺しのファナラ』と呼ばれているものだ。」
数十万の兵の中から、一人が名乗りあげながら出てくる。どうやら、彼がバンガレフのリーダーであるらしい。
「私はこの国を治める、魔竜【アル・メルクリア】の力を受け継ぎ者。魔王メルと申す!」
お互いの国のリーダーがはっきりしたことで、それぞれの目的を暴露する。
「担当直入に言う。メルクリアを差し出せ。そうすれば、この国に手を出さない。」
悪党が言う名文句である。勿論、悪者が言うこのセリフは信用できない。
「残念ながら、我々もそうはいかない。彼女を差し出すぐらいなら、貴様たちを追い払って見せよう!」
メルは自身があるかのように宣言するが、バンガレフはいきなり切り札を見せる。
「仕方ない。ならば、ここで貴様らを蹴散らし、メルクリアの力を奪い取ってやる。来い!【勇凪 帝】!」
「なんだって!?」
嘘であってほしいと思う龍斗だったが、そんな期待はすぐに裏切られた。
「あひゃひゃひゃ…。ようやく俺様の出番かなぁ?待ちわびたぜ……。」
湖で出会った時のように狂った笑い声をあげていた。あのとき帝の意識は残っていたが、会ってから大分時間が経ってしまっている。もしかしたら、もう元に戻せないかもしれない。
(でも、絶対にお前を助けるって誓ったんだ。だから、何があってもお前を助ける!)
龍斗は息を多く吸い込むと、帝に向かって言い放つ。
「帝!俺はお前を助ける!その洗脳を解いて、もとに戻して、これからもずっと親友でい続けてやるからな!」
「もしかして、お前は湖の時の光竜か?あひゃひゃひゃ!俺たちはどうやら巡り合う運命だったらしいな!」
「ある意味じゃあ、赤い糸で結ばれているといっても過言じゃないかもな。」
「その赤い糸はお前の血で染められるんだろうな?俺が染めてやるよ…。あひゃひゃひゃ……。」
しかし、親友という単語が聞こえ始めたあたりから、少しだけ帝の様子がおかしくなっていた。恐らく、まだ自我が残っているらしい。
「メル!帝は俺がやります。みんなは他の兵士たちをお願いします!」
「了解したぞ!龍斗!」
メルに感謝すると、龍斗は竜化する。
「竜化!リンドヴルム!!」
リンドヴルムに竜化し、剣を具現化して構える。
「竜化…ディアボロス……。」
帝も竜化する。その竜化した姿は、湖で見た黒い竜と同等のものだった。
(あの時とは違うけど、俺は勝てるのか?あいつに。)
龍斗は自分らしくないことを考えてしまった。元居た世界のゲームで敵なしのはずが、負けたことに動揺して不安を覚える。また負けたらどうしよう。ほんとに帝を助けられるのか?頭の中がぐるぐるしていつものペースを保っていられなくなる。それでも!と自分を奮い立たせるが、一度覚えてしまった不安により、自分の行動に自信を無くしかけている。しかし、そんな彼の頭に親友のこんな言葉がよぎる……。
「あぁ、また負けた。でも、負けってある意味では最大の成長だよな!」
ゲームの世界で悔しがっていた帝の言葉を思い出す。
「この負けを生かして、今度こそお前に勝ってやるからな!」
あのときは笑って流していたが、帝に敗北した時にこの気持ちを理解した。これは、ポジティブに解決できるものではないし、涙を流すほどに悔しい。その悔しさをこらえてまでゲームに付き合ってくれていたのだから、今になって帝の心の広さを思い知らされる。
「なるほど……。これが、俺が感じられなかった気持ち…。大和、帝だけでなく、俺と戦ってくれた全プレイヤーが抱いていた気持ち……。」
龍斗の心には、不安なんてものは消えていた。代わりに、こんな気持ちで溢れていた。
「…『こんどこそ、お前に勝つ!』」
リベンジを果たすこと。そして、帝を洗脳から解放すること。この二つを達成することは容易でない。帝…ディアボロスの力を思い知らされた龍斗自身が良く分かっている。しかし、それでも親友を助けたいという気持ちを曲げることは無い。
「いくぞ……。帝ぉ!!」
龍斗は具現化した剣を構えると、一瞬にして帝の懐に飛び込む。
「神速……。電光石火!!」
神速で素早さを底上げし、前にファイトリアスでジャスティスという選手が使っていた技を繰り出す。その攻撃は一撃で止まらず、複数の連撃を一瞬にして加えることで技が終了する。
「痛ぇ…。痛ぇじゃねぇかクソ野郎がぁ!」
湖で戦った時とは違い、的確に攻撃が通っていく。技が終了した時には、帝の体にたくさんの傷跡がついていた。
「もう許さねぇ!【極限解放! バーストモード】!」
帝はなりふり構わずバーストモードに突入し、その黒い竜から生えている角や牙に鋭利さが増していく。それだけでなく、治癒の促進強化もあるようであちこちにあった傷跡が塞がっていく。
「あひゃひゃひゃ!こうなれば貴様はもう俺に勝てない…。残念だったなぁ?あひゃひゃ……。」
「…見くびるなよ、俺を。」
龍斗の言葉に帝は「は?」と言った。
「もう俺は引けを取らない!あのときの俺は、ゲームのルールを理解してない状態でやったからお前に負けた。でもな、ルールが分かった以上、後はいつも通りの事をするだけ……。」
龍斗は「ふぅ…。」と息を吐くと、同じ土俵に降り立つ。
「【極限解放!バーストモード】!!」
龍斗もリンドヴルムの状態でバーストモードに突入する。この数日の練習が効いてきたのか、なんとか自我を保っていられる。
「でも…これじゃあ少ししか持たないな……。速攻で仕掛ける!」
「シネェ!」
帝から繰り出される攻撃を龍斗は容易く回避する。そして自分の攻撃を的確に当てていく。
「お前は前まで手も出せずにくたばったはず…。それが…ナゼェー!」
「洗脳されているお前じゃ理解なんてできる訳がない。それが理解できるのが…ほんとのお前だろぉ!帝ォォ!」
渾身の一撃を帝の腹にえぐり込む。帝はその一撃でノックアウトした。
「あ、あれ?操りの糸が見えない?」
前に洗脳されていたファフニールを助けたときは、ファフニールが瀕死になったときにようやく視覚化できるようになった紫色の糸を断ち切ったことで洗脳を解いた。しかし、今度はその操りの糸が視覚化できていないので解放することができない。
「あひゃひゃひゃ!そうだ!これこそが我らの切り札……。〖操り人形〗だぁ!」
帝を開放する為に作戦を考えていたその時、突如不気味な声が響き渡る。その声の主は……。
「ファナラ!」
帝国バンガレフの党首であり、今回のスピリシア襲撃作戦を立てた張本人である。その男が今こそと言わんばかりに種明かしする。
「この呪具があれば一度洗脳に成功した相手を思い通りにコントロールできる。ちなみに今までに帝が笑っていたのは私のセンスだ。中々ユニークだろう?あひゃひゃひゃ!」
「この、てめぇ!」
龍斗はファナラに目掛けて疾風の様な速さで突っ込むが、寸でのところで避けられる。
「おっと、このアイテムで私は彼に死ねと命令できる。それでもいいのかな?あひゃひゃひゃ!」
「ぐっ……。」
安易に人質を取られたことで誰もファナラを攻撃できない。
「ということで、やっちゃいなぁ!帝!」
「シ…シ…シ…ネェ…。」
先ほどのパンチを食らって気絶した帝が意識を取り戻す。そして、龍斗を殺すためにじりじりと近づく。
そんななか、彼は自分の意識下で目を覚ます。
……。
「ここは…どこだ……?」
周りは真っ暗で目の前に映画館にありそうな画面が映し出されている。そして、自分は何かもやもやしたものに拘束されていた。
「ここは貴様の精神の中だ。〖勇凪 帝〗。」
重い瞼をあげた帝の目の前に、黒い竜が居た。
「あんたは……。」
「我は帝黒竜〖ディアボロス〗……。帝国バンガレフの守護竜である。」
ディアボロスとは、帝国バンガレフを守護する漆黒の竜である。そして帝が試練を果たし、竜化の儀式を行うに足ると認められたことで契約を交わした竜である。
「ディアボロス…。そうだ、俺はあんたと契約してディアボロスの力を得た。そして、神が言っていたように争いごとを無くす為に俺は……。」
「全く、貴様は危機感が無さすぎる。というより、情報収集を怠った自分への罰だな。」
ディアボロスは中々に厳しいことを言う。
「『ディアボロスの力で私の言うことを聞けば、この世界を平和にしてあげよう。』なんて、簡単な口車に乗るなんてな。」
「うっせぇ。俺は考えるのが嫌いで、そういうのは龍斗と大和に任せてある。俺は、俺がそうしたいと思ったほうに走るだけだ!」
帝は疑うことを知らない良い奴だ。しかし、これから見せられる映像を見て自分の愚かさを思い知らされる。
「ぐあぁ! 」
その映像では、自分の腕らしきものが親友の顔面をただひたすらに殴り続けていた。
「龍斗!」
帝は親友の名前を叫ぶが、自分の意識の中では彼に声が届かない。
「俺の事は気にするな!このまま俺を殴り飛ばしちまえ! 」
しかし龍斗はお人よしで、親友の命が関わるのなら自分が傷ついても良いと考えるぐらいである。龍斗はただひたすらにこちらを見ては、「お前を助ける…。そして、また三人集まって…この世界を助けてあげようぜ……。」と言葉を投げかけ続けている。
「俺は…ほんとに何もできないのか……?親友がボコボコにされているのに…俺は……。」
「ならば、我になれば良い。」
帝が自分を虐げていると、ディアボロスはさらりと解決案を出す。
「ここは貴様の精神の中だといったであろう。そして、我は貴様と契約を果たした竜だ。その我が貴様の精神に入り、我になれという。この言葉が理解できないのなら、貴様は馬鹿の中の間抜けだな。」
その言葉に帝は「ふっ」と笑う。
「…流石に分かったよ。俺が、何をするべきなのかを!」
帝は意を決し、竜化の魔法を詠唱する。
「竜化!ディアボロス!!」
ディアボロスの名を叫んだ彼は、もやもやした何かの拘束を破り、漆黒の竜に変身する。
「あのもやもやを辿ると、宝石の様なものが見えるだろう?」
ディアボロスの言われたとおりに、自分を拘束していたであろうもやもやを辿ると、ピンク色の球体状の宝石の様なものがあった。
「あれが〖洗脳の核〗だ。あれを砕くことができれば、貴様は意識を取り戻せる。」
「あれを壊す…か。」
ディアボロスは「無理だ。とでも言う気か? 」帝を茶化す。
「まさか。ディアボロスの力を信じてる。それに、やらないといけないことは俺が一番わかっている! 」
帝はそのピンク色の球体を目指して突き進む。それを拒むように、ピンクのもやもやは形状を変えて襲い掛かってくる。その形状とは…
「お、俺?」
人間状態の帝が複数現れ、一斉に襲い掛かってくる。
「そうやって俺に攻撃を躊躇わせるのが目的か?残念だったな!俺は俺だ!偽物に屈したりはしない! 」
帝は自分の偽物を殴り飛ばしながらバーストモードに切り替わる。
「おらぁ!!」
渾身の一撃を込めた帝の攻撃は、宝石をガラスのように削り飛ばしていく。
「このまま!!」
偽物の攻撃は無視して核を破壊していく。このとき、現実世界の帝にも影響を及ぼしていた。
「なんだ!?痛い!頭が…割れるぅ!」
現実の帝は頭を押さえ、苦しみだす。
「大丈夫か!帝!!」
龍斗の問いかけに、「もう少しでそっちに帰る…。待ってろ……。」と小さい声が返ってきた。
「帝! 」
ようやくかと言わんばかりに、龍斗は嬉しい声になる。
「ば、ばかな!私の洗脳は完璧だ。完璧のはず…。それなのに…何故だぁ!」
ファナラは洗脳を重ね掛けようとする。その度に、精神の中にある核が少しづつ形を取り戻していく。
「俺は…ここまで…きたなら…諦めない…。」
しかし、帝はここまで自分の姿をした敵の攻撃を食らいながらノンストップで核を攻撃していたので、疲労がたまっていた。内心ダメかと思ったその時、親友の言葉が彼を奮い立たせる。
「まだだ!帝!!」
「龍斗!?」
「俺がなんとかする。だから、お前は力を溜めて、一気に放て!」
その言葉を聞いて帝は察したようで、「お前にすべて任せるぞ! 」と答える。
「ファナラァ!!」
龍斗はファナラに突撃するが、またも寸でのところで避けられてしまう。
「こんなもの!!」
だが、これが狙いだったのだ。スピリシア陣営全員が魔法を詠唱し、ファナラにターゲットを絞る。
「しまった!」
ここまでの状況は龍斗がそのまま予想していた出来事である。ファナラがさっきから龍斗の攻撃を避けることができていたのはやつの技のおかげだと龍斗は考えた。そして、その技にはクールタイムが存在するということも。そこで、そのクールタイムを狙って攻撃を行う様、メルたちに魔法の詠唱を準備してもらっていたのだった。
「放てぇ!」
メルの合図とともに魔法が放たれる。その瞬間ファナラは魔法を防ぐために結界を張る。勿論、この間は洗脳を重ね掛けできない。
「帝!今だぁ!」
龍斗の合図とともに、帝は溜めていた力を一つも残さない勢いで核にぶつける。
「壊れやがれぇ!!」
その瞬間、パリンという音と共に帝の周りが光で覆われる。
「…流石は、我の契約者だ。」
その精神の中で最後に見たディアボロスは帝に笑いかけていた…。
「ぉ…帝…帝!」
帝はうるさいなと思いながらも目を開ける。
「帝!大丈夫か!?」
心配する親友の声に、帝は「大丈夫だ。」と答える。
「帝君!よかったぁ。無事だったんだね。」
「吹雪!?お前いつ来たんだよ!」
驚く帝に「後で説明するから。」と龍斗は言う。
「分かった…。それに、ありがとな、龍斗。助けてくれて。」
「親友だからね。俺とお前は。」
龍斗の言葉に付け足すように「大和もな。」と帝は言うのだった。
「私の…計画が…こ…このままでは引き下がれん!いけぇ!貴様らぁ!!」
自棄になったファナラは自分の兵たちに命令を下す。その命令を元に全員が突撃してくる。
「メル!みんな!ここは任せてもいいかな。俺は奴を叩く!」
「うむ。貴様は友の仇を討ってくるといい。」
メルの言葉に龍斗は「ありがとう。」と礼を言う。
「私たちも手伝うから!龍君は何も考えないで、あの人を倒してきて!」
吹雪と陽太、月乃と琴歌も龍斗の背中を押す。
「…分かった!ミレン、サレン、マーリンも任せたよ!」
「分かりました!」
「分かったよ!」
「うん!」
三人の声が聞こえたタイミングで、龍斗はファナラを倒すためにバーストモードのまま突撃する。
「龍斗!俺も戦う!」
帝も加勢しようとするが、体と精神にダメージを負っていて立ち上がることもままにならない。
「帝君!安静にしてなきゃ!!」
龍斗を助けに行こうとする帝を吹雪がなだめる。それでも、帝は「行かなきゃ…」とつぶやきながら這いつくばってでも助けに行こうとする。
「だって…俺は……。俺は、あいつの『親友』だから!!」
帝の魂が、心がそれだけの為に体を動かす。肉体を、精神を突き動かして、疲労困憊の体を引きずってでも助ける。その思考のみが今、帝を動かす原動力になっていた。
「…あなたは、どうしても龍斗を助けたいの? 」
魔王メルが何かを確かめるように、帝に答えを求める。
「…どうしても…どうしてもだ……。俺は親友として、あいつを助けたい…。さっきもあいつに…龍斗に助けられた……。それに…友達は、親友はお互いを助け合っていくものだって両親から教わった……。だから…今度は……。今度は…俺が龍斗の力になりたい!」
その言葉を聞いたメルは安堵したような、呆れたような複雑な表情を浮かべていた。
「良かろう!ならば…」
そして、帝の体は優しい光に包まれていった……。
その頃、龍斗サイドでは……。
「よくもやってくれたなぁ!俺の、世界を蹂躙する計画を踏みにじりやがってぇ!!」
ファナラは大きな斧を軽々と振り回して攻撃を仕掛けてくる。どうやら、レベルは竜化した龍斗のステータスを上回るようで、龍斗は神速を使ってなんとか攻撃を凌いでいた。
「ぐっ…正直、帝を助けることで精いっぱいすぎて体力の温存を考えてなかった……。ヘトヘトで…やばい……。」
しかし、ここで動くのを止めてしまえば、ファナラの斧で胴体を真っ二つにされてしまうのがオチである。
「バーストモードを解除してしまえば…動きに追いつけなくなるし……。」
龍斗はファフニールとの戦闘で、翼だけ竜化したことで一部をステータスを維持したまま戦ったスタイルの事を思い出し、今回は足だけ竜化してスピードステータス維持のバーストモードのまま攻撃を避け続けているが、魔力が減っていくことには変わらない。
「あひゃひゃひゃ!シネ!シネ!シンデシマエ!邪魔ニナルモノ…俺ノ邪魔スル奴ハ全テコロス!コロシテヤルゥ!」
途中で人格が崩壊したのか、気が狂ったように龍斗を引き裂こうとしてくる。疲れがたまっている中、ここまで猛攻を加えられると流石にきつい。
「このままだと……。」
しかし、その心配は一つの出来事で杞憂に変わる。
「龍斗!!」
そこには自分を助けてくれる”竜になった親友”の姿があった。
「帝!」
「行くぞ、ディアボロス!【極限解放、バーストモード】!」
帝は渾身の一撃を結界で受け止められたが、バーストモードで強化したことにより結界ごとファナラを吹き飛ばす。
「お前…もう大丈夫なのか?」
心配する龍斗を安堵させるべく、大丈夫と言わんばかりに腕を大きく振る。
「あそこの銀髪の子が助けてくれた。お前を助けるためって言ったら魔法で傷を癒してくれた。」
指を刺した方向には、スピリシア陣営を指揮する魔王の姿があった。
「それにさ、あの子すごい美少女すぎない?告白したら付き合ってくれるかな??」
緊張をほぐす為か、帝はこの場の空気をぶち壊すような事を言う。
「…この状況でそんなことが言えるとか、余裕ありすぎだろ…。(笑)」
帝の軽口まみれの発言に龍斗も少し落ち着きを取り戻す。大きく深呼吸して呼吸を整える。
「…バーストモード続行。」
竜宮城でバーストモードを使って暴走したこともあり、ファフニールからバーストモード状態に対してのリミッターをかけてもらっていた。時間経過で解除されるように。その為、現状況でバーストモードを維持するために、『続行』といった継続関連の言葉を口にしないといけないのである。
「助かったよ帝。ここから、一緒に戦ってくれる?」
「勿論だよ。親友だからね。」
そう良いながら、二人は背中合わせになり、ファナラがぶっ飛んでいった方向に顔を向ける。
「そういや、共闘なんていつぶりだ?ゲームではほとんど敵同士だったし。」
「さぁ?忘れたけど、これだけは言える。このタッグマッチで負ける気が全くしない…。」
二人は元の世界での思い出を、昔話を言うかのように喋っていた。そんな余裕をこいた姿にファナラも苛立ちを覚える。
「調子ニ乗ルナ雑魚ドモ…俺ガ、貴様ラヲブチ殺シテヤル!」
ファナラは大きな斧を振り回して竜巻を発生させる。その光景を横目に、二人は顔を合わせる。
「行くよ、帝!」
「あぁ!」
龍斗は再びリンドヴルムに完全竜化して、そして二人は竜巻を纏ったファナラに突撃していくのだった……。
~第十一話~ 耐久と覚醒
その頃、ミレン達防衛班はバンガレフの兵士たちがスピリシアの門を突き破っていかないように抑えていた。
「ちょっとだけ、眠っててください!」
ミレンの蹴りを食らった敵達は次々と気絶していく。
「あたしに魅了されちゃえ。キャハ☆」
サレンは得意属性の愛を駆使し、敵達を魅了して行動不能にさせていく。
『氷よ!彼らの猛攻を塞き止めなさい!アイシクル・ウォール!』
吹雪と月乃は、お互いが得意な氷属性魔法で壁を作り、進行を妨害する。
「光よ!その眩い力で彼らの視界を封じたまえ!フラッシュ!」
陽太は炎属性だと氷の壁に影響を及ぼすと考え、光の魔法で敵達の視界を塞いでいく。
『私たちの歌を聞きなさい!アタック・バレード!』
琴歌とマーリンが「ラララ~♪」と歌い出すと、スピリシア陣営の味方に活気が満ちる。
歌属性はあまり聞かないものだが、強化魔法と違いMPの消費が抑えられると同時に、効果も長続きするという特徴を持った属性である。勿論、相手を眠らせたり混乱させたりすることも可能である。
「つ、強い…。」
彼女らの強さを目撃したバンガレフの兵士達は恐れ始める。その空気を塗り替えるように、ガタイが大きい大男が姿を現す。
「私はバンガレフの次期党首の第一候補。〖ブレイザー・ビート〗と申すもの。ファナラ様の指示により、ここを突破させて頂く!」
ビートと名乗った大男は、自分の身長の3倍もある大剣を振りかざすと、その勢いで薙ぎ払う。
「うわあぁー!」
その一撃により、防衛班のほとんどが再起不能となっていた。
「凍り尽くせ!【マスターズ・フリージング】!」
メルが氷属性最大の魔法を唱えると、ビート含む敵全てが氷漬けになる。ビートはそれを砕こうともがくが、それさえ意味を成さない程に分厚く生成された氷だった。
「死人はいないな!?」
その声にみんなが「おぉ!」と答える。
「怪我人は引いて回復してもらえ!他はその援護をしろ。敵の侵入を許すな!」
メルが敵の殆どを氷漬けにしたとはいえ、まだ7万人程が無傷のままスタンバイしていた。敵戦力の強大さに味方が不安になる中、ベルゼブブと彼らが前に立つ。
「まだ諦める時ではない!彼らも一緒に戦ってくれている。友を傷つけられ、苦しいと思うが、殺してはならないし、こちらも死者を出してはいけない!肝に銘じて魔王と我らに続け!」
ベルゼブブの言葉に「おぉ!」とみんなが良い返事をしてくれた。そして彼ら(魔法教室での先生方)も笑みを浮かべ、みんなの心がくじけないようにしていた。
「これは龍斗の目的であり、我々にとっても成し遂げたい事だからな。」
ベルゼブブは、魔法教室1日目が終わった後の事を思い出す。
…時を遡ること、魔法教室1日目が終わったころの事、龍斗はベルゼブブの約束通り彼を待っていた。
「すまない!待たせたね。」
ベルゼブブは急いで龍斗が座るベンチまで走ってくる。
「いえ、別に問題ないですよ。それに、俺からも話があったので。」
「そうだったか。では、まず先に君の話を聞こうか?龍斗君。」
ベルゼブブから先手をもらったので、その行為を受け取り、龍斗は口を開く。
「…ベルゼブブさんは、この世界の在り様について、どう考えていますか?いえ!特に深い意味はないんですけど…。」
龍斗の質問にベルゼブブが「うーむ…。」としばらく考る。
「…やはり、我々と人間が相容れないということにあるかな?我々はむしろ人間たちと仲良くなりたいのだが、人間側も、もちろん魔族にも協定を結ぶことに不満を持つものもいるだろう…。それでも、私個人の意見としては、人間たちと仲良くしたいかな?君たちと話していると、そう思えてくるんだ。」
ベルゼブブの深い言葉に龍斗は感動していた。ウルルミスが言うように、魔族にも心があって、感情があって、普通の暮らしを望んで…。そして、人間と仲良くなりたいと思っているものも少なからずいたのである。そのことに龍斗は、”人間と魔族が共存する世界”に
「ありがとうございます、ベルゼブブさん。俺も、みんなが仲良くなれる世界を作りたいと思っているし、こんな戦争が起きない世界を作りたいと思っている。実際のところ、そんなピンチを助けるために俺たちが呼ばれた訳ですし……。それに、同じ人同士で傷つけ遭うのは嫌だし、死んでほしくもない。だから、この戦いでお互いに死傷者は出したくない。俺、必ずみんなが平和で、同じ人同士で仲良くしていける世界を作ります!」
龍斗の言葉に「スケールが大きい話だな……。」とベルゼブブは呆れながら答える。
「それが、女神ウルルミスとの約束なので。」
「約束であれば、破ることは許されんぞ?」
ベルゼブブの言葉に「はい!」と答える。
「実は、私が聞きたかったこともそれなのだ。この世界がどうなっていくのか、我々が共存することができるのか。それが知りたかった。」
「…俺だけだと不安がありますが、今は仲間がいます。なので、絶対に人と魔族が手を取り合って暮らしていける世界を作ります!」
龍斗の言葉に「ありがとう。」とベルゼブブは答えた。
「さぁ、また明日から訓練だ。しっかり体を休めるんだぞ?」
「はい!ベルゼブブさん。」
そして、二人は別れた…
…そして、現在に戻る。
「極力、氷魔法で敵を封じ込め!なるべく怪我はさせるな!」
ベルゼブブの言葉でスピリシア陣営は再び戦意を取り戻す。
「私たちも手伝います!」
氷魔法が得意な吹雪と月乃も、敵陣営の戦力を削ぐ為に氷魔法で援護を開始する。また、氷魔法が得意ではないが使えるものも一緒に、敵の氷漬けを手伝っていた。
「氷魔法で凍らせた奴は、炎魔法で氷を溶かして拘束しておけ!」
ベルゼブブの指示のもと、炎魔法が得意な陽太や、他の術者たちもどんどん氷を溶かして、鎖で敵を拘束していく。
「いいぞ!この調子で敵を拘束していく。遅れをとるな!」
氷魔法を放ちながら、メルはスピリシア陣営を鼓舞する。その言葉に全員が「おぉ!」と叫ぶ。
「こっちは気にせず、思う存分に戦うがいい。龍斗。」
メルは龍斗と帝が戦っているであろう場所に目を向け、笑みを浮かべるのだった…
…そして、龍斗サイドでは……。
「具現化!イージス!」
龍斗が盾でファナラの攻撃を凌ぎ、帝がその隙に攻撃を加える。逆に、帝に攻撃が絞られたら、龍斗が攻撃を加える。セオリーと言っても問題ない連携攻撃に、流石のファナラも動きに乱れが生じる。
「調子ニ乗ルナァ!」
二人の連携に嫌気がさしたのか、ファナラは自分の周りに竜巻の様なものを発生させる。龍斗はこれを予測し、帝に離れる様促してから自分も離れる。
「中々強いな!あのファナラってやつは!」
帝が敵のボスを称賛するが、龍斗はこの攻防を続ける中で何か違和感を覚える。
「…もしかすると、奴は奥の手を残してるかもしれない。そう考えていたほうがいいかも。」
「それって、どういうことだ?龍斗。」
帝の疑問は最もだが、龍斗はファナラが本気をまだ隠していると考えていた。これまでに培ったゲーマーとしての直感が、ファナラという敵に対して何かあるとささやく。その何かが分からないのだが……。
「俺も良く分からないけど、もしその奥の手が出たら俺たちに勝ち目無いかも……。」
ファナラは竜巻を解除すると、斧を振り回しながら技を繰り出してくる。それを回避しながら「じゃあ、その場合どうするのさ!」と帝が聞いてくる。
「それなら、逆に奴の奥の手を引き出す!でも、これをすると帝も巻き込まれるから、いったん離れていて!」
帝に離れる様促すと、龍斗は手をファナラにかざす。
「俺の全力魔法を食らいやがれ!【アトリビュート】!!」
何度も言うようだが、アトリビュートとはその術者が何の属性が得意かを知る為の魔法である。しかし、龍斗が使うと何故か最上位魔法に匹敵するほどの力を持つのだ。
龍斗がその魔法を唱えた瞬間、ファナラの周りには天変地異と思わせるほどの魔力が暴れ出す。
「コンナコトデ……。」
ファナラはなんとか結界で魔法を防いでいた。自我を失っていても、冷静に防御する思考は残っているようだった。しかし、その結界は魔法に耐えきれずヒビが生じる。
「負ケル訳ニハ行カナイ!!」
結界が割れそうになる瞬間ファナラの姿に変化が生じる。頭部はトカゲ、足が蛇で体はコブラの様だが、人間の様に手がある。外見の特徴は、ケツァルコアトルそのものといっても過言では無いと思える姿だった。頭にはエジプトのファラオのような被り物が備わっていた。
「やっぱり!なんか、ゲームで何回も感じている違和感と似ていたんだ。切り札を隠して戦う相手とは何回も戦ったことあるから、多分それで分かったのかな?」
ゲーマーとしての経験を活かし、相手の奥の手を見破ったのは良かったが、見破ったところで状況が変わる訳でもない。
「貴様ラニ慈悲ハ無イト思エ!」
「敵を本気にさせてどうするんだよ!龍斗!!」
帝が焦るのは最もだが、これも龍斗の想定通り。敵の本性を暴き、それを知ることでどう攻略するかを考えることができるのである。
「今まではレベリング不足だったり、色々分からん事だらけでピンチだったけど、攻略方法さえ分かれば後はゲーム通りさ!」
龍斗はリンドヴルム・バーストモードの状態で、”あるもの”を具現化する。
「凍てつけ!【フリージング・バレット】!!」
龍斗が具現化したものは、冷気が漂う氷の銃だった。なぜこれを具現化したのかというと……。
「こういった爬虫類に通ずるものは、殆どが寒さを苦手とするものが多い。ゲームでも氷が弱点だったりする事が多いし。第二形態以上があるのは察していたけど、何に変身するかで攻略方法が変わってくるから本性を暴きたかったんだ。でも、これが奴の本性なら、勝機はある! 」
帝にも氷の剣を渡し、二人は迎撃態勢を整える。
「とはいっても、変身前で竜化状態と互角以上の戦いを強いられたから、多分さっきよりはパワーアップしているかもしれない。」
「結局駄目じゃねぇか!どうするんだよ!」
帝の焦りが募る中、龍斗は笑みを浮かべる。
「俺に作戦がある。メルから魔法を教わったときに、”異世界の記憶”を引き出す魔法も教わったんだ。」
「その魔法でどうすればいいのさ? 」
龍斗は「フッ」と笑うと、帝にこう伝える。
「『俺らの世界から、最強のキャラを引っ張ってくればいいだけさ』。」
それだけ言うと帝も分かったようで、「あぁ、なるほど! 」と相槌を打つ。
「久々だな…。やっと同等以上に力を発揮できる敵に会えた……。そろそろ、本気出すか……。」
そのすぐ、龍斗の周りには異変が起きる。空気がよどみ、地が割れ、空には雷雲が集う。
「短期決戦だ、俺がこの一瞬でけりつけてやる。」
つい先ほどとは様子が変わった龍斗だが、この姿に帝はやっと安心した表情を見せる。
「やっとかよゲーマー。なら、俺も限界を超えるぜ。」
帝も気合を入れると、スラッシュブラスターズ(スラブラ)で龍斗を接戦まで追い上げた姿へと変身する。
「限界突破、オーバードライブ! 行くぜ、俺の相棒!【メモリーズ・フォーエバー】!〖スラッシュ・ブレイザー〗!!」
そういうと、帝の姿に変化が起きる。ディアボロスの黒い竜とは違い、鋭い刃をあしらった鎧を纏った戦士に変身する。その背中にはチェーンソーを刃にした大剣が背負われている。
「ぐ、異世界の力を取り入れると、いつも以上に力を消費するんだな…いわゆる、切り札ってやつか。それにしても、なろうと思えばなんにでもなれるんだな。」
帝は「さってと。」というと、親友がどうなったかを確認する。
「【メモリーズ・フォーエバー】…。変身、〖スラッシュ・ブラスター〗!!」
やはり、龍斗の姿にも変化が起きる。リンドヴルムの白い竜から、軽量級の防具を装着した人間状態に変身する。竜化前の人間状態と何が違うのかというと、頭には赤いゴーグルの様な者があることと、腕や足に何かが出そうな隙間がある。
【メモリーズ・フォーエバー】…これは、この世界には実在しない異世界からの記憶をこの地に呼び出して具現化(召喚)・変身することができる魔法である。つまり、これは異世界から召喚された龍斗達にしか扱えない魔法なのだ。そして二人が変身したのは、二人が元居た世界で熱狂していたスラッシュブラスターズ(スラブラ)でそれぞれが良く使っていたキャラ達である。つまり、この世界で初めて本気の二人が見られるということである。しかし、この力は世界を跨ぐ記憶から再現したものなので、思ったより力の消耗が激しく、効果は長く続かない。ちなみに以前龍斗が召喚したイメージの火竜イフリートも、世界を跨いだイメージで具現化した存在なので、体力や魔力などをかなり消耗して召喚したということになる。
「ほんとの短期決戦だ。奴に慈悲を与えるな、帝。」
「分かってるよ、龍斗。」
お互い氷を纏わせた剣と銃を構えると、ファナラに向けて宣言する。
『一分でケリをつけてやる! 』
ケツァルコアトルの様な姿になったファナラは「フザケルナァ!」と怒り狂って襲い掛かってくるが二人は難なくファナラの攻撃を回避する。
「確かに、竜化バーストモード時よりも、あいつのほうが圧倒的にステータスが上だな。」
「今となっては、話は別だけどね。」
ふたりのコンビネーションは絶大で、ファナラの攻撃、防御を全て読んでは、的確に攻撃を加える。
「コイツラ、急ニ動キガ……。」
ファナラが驚く間に、龍斗と帝が一方的に攻撃をぶつける。
「『経験値』ってやつだよ。」
龍斗はスラッシュ・ブラスターの力で的確に銃撃を加える。その銃弾の雨を搔い潜ってファナラが攻撃を仕掛けてくるが、それを読んでレーザーの剣を具現化させると迎え撃つ。ファナラはそれを避けて攻撃を加えようとするが、ファナラの頭上に突然爆発が起きる。
「何ダト…何時ノ間ニ……。」
爆発によって暫く動けなくなったファナラに、龍斗は「お前の不意を突いただけだ……。」と中二病チックな事を言うと滅多切りにする。そして、帝はその間に力を溜めていた。
「これで…終わりだぁ!」
帝の渾身の一撃を食らい、ファナラは崩れ落ちる。その時間は宣言通りの1分だった。
「はぁ。意外と疲れるもんだな、龍斗。」
「これは竜化のバーストモードの比にならないな…。正直、きつかった……。」
帝と龍斗はふらつきながらも、ハイタッチする。その瞬間、スピリシア陣営から歓声が上がる。
「敵司令官は打ち取った。我らの勝利だ!!」
メルの言葉でこの戦いは終わり、幕が降りる。はずだった……
……
「なら、俺がまたお前に力を貸してやるよ。」
ファナラは自分以外何も見えない世界で一人目を瞑っていたが、彼にとって聞き覚えのある声を聞いて目を開ける。
「貴様ハ…邪竜【ヘルヘイム】……。」
そう、この竜こそがファナラの悪意に手を貸した邪竜ヘルヘイムなのである。
邪竜ヘルヘイムは元々竜王の一角だった竜だが、永遠に続く平和に飽きて人間たちを戦争に駆り立てた悪者である。勿論、そんな竜を置いておくわけには行かないので竜達の世界から追放されたのだが…。
「君たちの様な悪意の子に力を与えては、俺に悪意を吸収させる。ウィンウィンな契約だろう?」
ヘルヘイムはファナラの意識下で「ギャハハハ」と盛大に笑う。
「俺ニ…俺ニ……奴ラヲ制裁出来ル力ヲ……。」
藁を掴むような思いで、ファナラは自意識に居るヘルヘイムに手を伸ばす。
「いいだろう。貴様が恨む帝国を叩き潰せる力を貸そう。貴様は自分の復讐のために、俺の力を使うがいい。」
ヘルヘイムから紫色のオーラを受け取ると、ファナラの意識が完全に消滅した。
「さて、楽しくなりそうだ……。」
ヘルヘイムはファナラの意識下で不敵に笑うと、自らも離脱した。そして、ファナラの心が崩れて崩壊いくのだった……。
そして、歓声が絶えない現実世界では、再び戦いの咆哮が放たれる。
「グオォォォ!!」
ファナラは一度倒れたかと思ったら、再び起き上がる。それだけでなく、体も巨大化して、パンチ一回でちょっとした村が崩壊しそうなぐらいに強化されていた。
それだけでなく、完全に理性を失っているようで巨大化した体でやたらめったらに暴れまわる。
「なんだあれは……。」
さらに変身したファナラに、龍斗と帝は膝から崩れ落ちるほど絶望していた……。
~第十二話~ 最終決戦と……
「撤退しろ!町の中に逃げ込めぇ!!」
メルの指示で、スピリシア陣営の全員が町に避難する。吹雪たちはその彼らの避難を手伝っていた。
「ぐ…流石にもう変身する魔力が残ってないぞ……。」
帝は唇を噛み、巨大化したファナラを眺めていた。
「…帝は、メルから魔力を貰ってこい。そして、俺のところまで戻ってこい。」
龍斗はファフニールに竜化すると、帝にそう告げた。
「龍斗!お前、まさか……。」
死ぬ気か?と言いそうな友人の言葉を、龍斗は否定した。
「お前を信じているだけだ。だから…大丈夫だ。」
帝は龍斗に「死ぬなよ!」というと、すかすかの魔力でディアボロスに竜化してメルの元まで飛ぶ。
「さて、奴を誘導するか。メル、このあたりに何もない平地とか無いか?」
龍斗は念話でメルに聞くと、「平地は無いが、誰も住んでいない山ならある。」と答えてくれた。場所も聞き、これ以上スピリシアに被害が出ないようファナラを誘導する事にした。
「俺に付いてこい!」
わざとファナラの目の前を通り、龍斗はファナラが付いてきていることを確認しながら、その山に向かう。
「グォアァァァァ!」
ファナラはハエを叩き落とすように、大きな手を振って龍斗を攻撃する。それを避けながら、龍斗は山までファナラを誘導していく。
「いくら物理無効化でも、捕まったら誘導もできないからな。とりあえず、躱しながら誘導するしかないな。」
しかし、龍斗も【メモリーズ・フォーエバー】で変身していたので魔力の大半を使い切っていた。もしかしたらの事を考え、竜化するのに十分な魔力は残しておいたのだが、
それでも疲労は溜まっていて今にも力尽きそうだった。
「…それでも、彼女たちの街を壊させる訳にはいかないからな……。もう少し……。」
なんとか山に着いたが、もうすぐそこにファナラの拳が迫っていた。これを避ける気力も無く、龍斗は山の中に殴り飛ばされる。
「…ファフニールさんの力は、やっぱりすげぇな……。リンドヴルムの状態だと耐えきれなかった……。」
ダメージは無い。しかし、起き上がれる程の体力を龍斗はもう持っていなかった。魔力も底を付きかけていて、竜化の変身も自動的に解除されてしまった。
「やっぱり、ここまでだったかな……。所詮、俺はゲームだけが取り柄だった人間…。ゲームに似たこの世界ならと考えたが、結局、俺は役に立てないままなのか……。あんな約束までして……。」
約束。それは、この世界の種族間による争いを回避すること。その為に竜の力を得て、魔族の仲間も増えた。帝に敗北し、新しい竜の力を受け取り、人魚の仲間も増えた。そしてこの街に来て、家族と幼馴染に会えて、新しい人とも知り合うことができた。それは龍斗にとってかけがえのない思い出で、失いたくない気持ち(モノ)だった。
「…俺が負けたら、この世界の戦争を阻止できない……。それは…嫌だ……。」
ふと、昨晩にベルゼブブと交わした約束を思い出す。
『…我々はむしろ人間たちと仲良くなりたいのだが、人間側も、もちろん魔族にも協定を結ぶことに不満を持つものもいるだろう…。それでも、私個人の意見としては、人間たちと仲良くしたいかな?君たちと話していると、そう思えてくるんだ。』
約束を守りたい…。みんなを助けたい……。龍斗の中には、みんなの期待を成し遂げたい気持ちでいっぱいだった。いっぱいあって、龍斗は自分がここに来た意味を思い出す。
「大和ももしかしたら操られたり、ひどい目に遭っているかもしれない。親友として、助けないと行けない……。」
まだこの世界に来て、三人一緒になったことがない。それだけは、なんとしても成し遂げなければならないのだ。
「…だから、俺は……こんなところで……負けるわけには……。」
人間状態の龍斗の前に、ファナラの拳が近づいてくる。普通の人ならば、諦めてしまったかもしれない。しかし、龍斗はこんなところで諦めたりする人間ではない!
「行かないんだぁ!!!」
渾身の叫びに、龍斗の姿は神々しい光に包まれる。そして、それは竜化状態とは少し違うフォルムの竜に変身する。
「リン!あれって、もしかすると!」
普段はクールでいるファフニールですら驚きを押さえるのに必死な様子で、リンドヴルムに話す。
「あれは…竜王形態か!」
竜王形態とは、普段の竜化状態と比べ、数百倍もの力を有する存在である。また、竜王形態でもバーストモードを使うことも可能なので、実質、数千倍の力を持った姿である。
普段の竜化状態と何が違うのかというと、全体的に大きくなったが体のほうは少し細くなっており、翼も二つだったものが、六つに増えている。そして、普段の状態で、竜化のバーストモードと同じくらい鋭利な棘が体中に生えていた。
「でも、彼は魔力が底を尽いていたのでは?」
「恐らく、爆発的な進化により、魔力も増幅したのだろう。」
竜王たちも想定外の様子だったが、今まさに竜王形態の龍斗が目の前(モニター越しではあるが)に居るのが、何よりの証拠だった。
「…俺は…俺は……。」
竜王形態の龍斗に吸い込まれるように白い光が集まっていく。
「ここで…倒れる訳には……。」
約束の為、親友の三人で再会する為に龍斗は叫ぶ。
「行かないんだぁ!」
龍斗の気迫と勢いで、ファナラの巨体が後ろに倒れ込む。その爆発によって、山の半分が消滅する程の威力だった。
龍斗は、立ち上がれずにもがくファナラに追撃する。
「今度こそ…最後のチャンスだ……。俺の力を全てぶつける……。」
ファナラの巨体を空に投げ飛ばし、龍斗は自分の中にある魔力を全て込めて、〖竜王形態になったことで獲得したスキル〗を叫ぶ。
「宇宙まで吹き飛べ!【ディメンション・ゼロ】!」
最大まで蓄えられた魔力は、ビームとなって空にいるファナラに直撃する。
「グ…グガガ……グゴォ……。」
龍斗が放った竜王形態の必殺技は、ファナラの巨体を宇宙まで吹き飛ばす。その後、ファナラが空から降ってくることは無かった。
「こんどこそ…終わりだよな……。何とかなって…良かった……。」
そこまで言うと、龍斗は人間状態に強制解除され、しばらく倒れたまま動かなくなったのだった…。
龍斗が気絶してしばらくした後、メルに魔力を回復してもらった帝が、ディアボロスの姿で龍斗を担ぎ、スピリシアに戻る。バンガレフの兵士たちは、逃げるように帝国へ立ち去り、今度こそスピリシアに平穏が訪れた。しかし、竜宮城での激戦と比にならない戦いを終えた龍斗は、また数日間意識を失ったままだった。その際、誰が看病するかで女性組は毎日もめるなんてことがあったみたいだが、龍斗が目を覚ますことはしばらくなかったのである。
そして、龍斗が気を失って2か月…。彼はようやく目を覚ます。
(…あれ、あの後…どうなったんだっけ。ファナラをぶっ飛ばして、スピリシアは……。)
瞼をこすりながら、ようやく龍斗は目覚める。しばらくの間眠っていたせいか、体を起こすこともままならなかった。
「うぅ…。まだ体のあちこちが痛いけど、動けないことは無いな。」
龍斗はとりあえずベッドから起きようと手に力を入れる。すると、ベッドのふかふかとは違う何やら柔らかいものを握る様な感触がそれぞれの手から伝わってきた。
「この未知の感触…。まさか……。」
そのまさかである。龍斗の右手がミレンの胸、左手が吹雪の胸に乗っていた。それだけでなく、女性陣全員(メル、ウルルミス含)が龍斗のベッドで眠っていた。
「うわぁ!!」
驚きのあまり、ベッドから跳ね起きる。その驚きの声に全員が目を覚ます。
「あれ?もう朝…?」
全員が体を上に伸ばすと、急にじゃんけんの体制をとる。意味が分からない展開に、龍斗はまだ夢を見ているのか?と勘違いする。
「今度は私が龍斗お兄さんのお世話をするんだから!」
ミレンは自分の拳に闘志を燃やしていた。意味がわからない目的の為に…。
「あれ…。お兄ちゃんがいないよ!?」
月乃が驚きの声を上げ、全員が辺りを見渡すと、ベッドの外に龍斗が立っていることに気付く。
「…お、おはよう…。みんな……。」
この異様な光景に、龍斗はとりあえず苦笑いしながら挨拶をするのだった。
「龍斗お兄さん! 」
「龍斗お兄ちゃん!」
「龍ちゃん!」
「龍君!」
「お兄ちゃん!」
「龍斗!」
「龍斗さん!」
みんなが安心した顔になったかと思うと、涙を流しながら龍斗に抱き着く。
「え?ちょっと、これはどういう状況?」
この中一人だけ、状況を把握してない龍斗に、ミレンが涙目のままで説明してくれた。
「突然、バンガレフの親玉が空に飛んだかと思ったら、山から放たれたビームで宇宙まで飛んでいきました。メルさんによると間違いないそうです。」
「うむ、私の魔法で可能な限り宇宙まで絞った範囲の索敵魔法ですら、奴の存在を探知できなかった。恐らく、宇宙まで飛んで行ったのではないかと予想できる。」
ミレンの言葉を肯定するように、メルが補足を付け足してくれた。
「そして、帝さんがビームの出所に向かう途中、リンドヴルムさん達が龍斗お兄さんの居場所を教えてくれて、この病院まで運んできてくれました。」
「帝が…。お礼言わないと。」
その帝はこの部屋にいないが、同じ病院で治療を受けているらしい。
「私たちが交代しながら回復魔法を施しましたが、傷は塞がっているのに今日まで意識を失ったままという状況でした。それが、今の状況です。」
「ちなみに、どれぐらい俺は眠っていたんだ?」
「2ケ月ほどです。」
その数字に「俺そんな寝てたのか!?」と龍斗は驚きを隠せなかった。それも当然である。
「…その間、みんなに苦労と心配をかけていたのか…。ありがとう、みんな…。」
龍斗がお礼を言うと、「どういたしまして。」と温かい言葉が返ってきた。
「ところで、龍斗はこれからどうするのだ?」
感慨にふけっていると、突然メルからこれからのことについて聞かれる。だが、龍斗がこれからすべきことは勿論…
「勿論、この世界の争いを無くすこと。でも、今のままだともし同じ場面の遭遇した時に対応できないかもしれない。」
龍斗は今回の戦いを振り返り、自分の落ち度を何度も思い知らされた。竜化のバーストモードでも圧倒的に届かないステータス。そして、現実世界のゲーマーとしての戦い方は多少なりとも通用するが、過信しすぎてはならない事。そして、帝の洗脳に関すること。もっとこうしたほうが良かったと考える場面が多く、今となっては後の祭りで後悔することもたくさんあった。しかし、この戦いで両国に死者がいなかったのは喜ばしいことである。結果良ければすべて良し、だがギリギリの戦いになることはもう避けるべきだと龍斗は考える。
「だから、レベル上げと変身についての知識。後大和…もう一人の親友も助けに行く。とりあえず、これが今考えている目標かな?」
龍斗は自分のステータスを全員に公開する。バンガレフとの戦闘前に訓練していたおかげでレベルは30にもなり、ステータスはオール12000以上となっていた。しかし、そのステータスの竜化で、且つバーストモードであったとしてもファナラの変身した姿に対応することは不可能だった。メモリーズ・フォーエバーで変身した二人は、竜化のバーストモードよりも強いがその分魔力の消耗が著しく、すぐに変身が解けてしまう。それだと、ここぞのタイミングでメモリーズ・フォーエバーを使わないといけなくなり、それ以上に相手が強かったら負けるのが目に見える。その為…
「とりあえず、大和がどこにいるか情報を集めつつ、クエストで武者修行といったところかな。勿論、国同士が対立する場合はまた防がないといけないけど…。」
龍斗は少し不安な気持ちになる。しかし、その気持ちがメルの一言で安心な気持ちになる。
「ならば、人手がいるのであろう?私も貴様の旅に付き合ってやろう。」
「えぇ!?いいんですか!スピリシアを開けていると、またバンガレフがやってくるんじゃ…。」
龍斗には願ってもないことだが、スピリシアを留守にすることでまた戦争になるという不安がある。
「…ここで、私の秘密を話そうではないか。おそらく、そこの四角い物体から見ている二体は察していると思うがな。」
メルはどうやらリンドヴルムとファフニールと知り合いのようだった。それはつまり……
「…我は魔竜【アル・メルクリア】!この国の魔王にして、守護竜である!」
メルの体が光ったと思うと、目の前には七色に光る翼を持つ竜の姿があった。
「えぇ!?守護竜だったの!?リンドヴルム!ファフニール!なんで教えてくれなかったんだよ!」
「信用してない訳では無かったが、万が一敵にバレればメルクリアに攻撃が偏ったであろう。メルクリアが負けることはないが、一応保険だ。」
リンドヴルムが言うことは最もだ。ファナラはとてつもなく恐ろしくて、強い相手であった。メルクリアが狙われてしまえば、ただじゃすまなかったであろう。しかし、ファナラがいない今、正体を明かしてもいいと思い、魔竜アル・メルクリアとしての姿を見せてくれた。信用されていると思うと、すごく嬉しく感じる龍斗だった。
「にしても懐かしいね、メル。まさか竜学校時代のあだ名で魔王をやっていたなんてね。」
ちょっかいをかけるファフニールに、メルクリアは「う、うるさい! 」と少し照れる。その反応を見て思わずその場の全員が笑ってしまう。
「…ごほん。この街には私の分身を置いておくから、何かあったら彼女が対処してくれるわ。」
メルクリアはちょちょいと指を動かすと、自分そっくりの竜を再現する。それを見てリンドヴルムは「しまったぁ!」と急に残念がる。
「我も自分自身を具現化してここに置いておけば龍斗を助けに行くことができたのでは??いままでのはいったい何だったのだぁ!!」
くっそぉ!とリンドヴルムは悔しそうにするが、はっと閃くと龍斗にお願いをする。
「我もこの塔に具現化させた我を置いておくから、我も旅に連れて行ってくれないか!?前から面白そうでうらやましいとモニター越しで見つめるだけだったが、我も役に立ちたいのだ。」
「ちょっとリン!それだったら僕も具現化することを約束してよね?僕も楽しそうな旅に…か、彼の役に立ちたいから!」
本音が漏れたが、ファフニールまでもが旅の同行を望む。ここまでに嬉しい誤算はあり得なかったと思う程だ。
「…分かった!みんなが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。一緒に行こう?」
龍斗の言葉に竜王3体は「わぁーい!」と大はしゃぎをしている。とても、竜王と思えないぐらい楽しい竜達だ。
翌日、帝の体力も回復したので、大和に関しての情報収集しながらクエストでお金を貯める為、たくさんのクエストと冒険者が募る街、〖ダイアモンド・プリズム〗に向かって出立しようと門まで移動する。リンドヴルムとファフニールは徹夜しながら移動してきたので、二体とも目にくまをつくりながら付いてきている。勿論、竜だとばれるわけにはいかないので人間に変身してもらっていた。
「またいつでもいらっしゃい?ここはあなた達の故郷なんだから。」
門に着くと、お見送りの為にスゥシィとベルゼブブが待ってくれていた。
「また帰ってくるからね……。」
ミレンとサレンは涙目になりながら、二人に抱き着く。これが本当の親子で、本当の家族なんだなぁと龍斗は思うのだった。
「龍斗君、私たちの国を助けてくれてありがとう。人と魔族である我々が笑いあえる世界にしてくれることを楽しみにしているよ。」
ベルゼブブから約束の事について信頼され、龍斗はますますこの世界を良い方に変えていきたいと改めて心に誓う。
『娘たちを、よろしくお願いします。』
スゥシィとベルゼブブから頭を下げられ、龍斗は「任せてください!」と堂々と言い切って見せる。ミレンとサレンは何か勘違いしているようで「私たちは兄妹…。」みたいな事を呟いていた。
「ちょっと!お兄ちゃんの妹であり、恋人は月乃なんだから!」
ミレンとサレンの呟きを聞き流せなかった月乃は二人に突っかかる。その様子に「兄妹は結婚できないんだけどな。」と陽太は呆れたように笑う。勿論、陽太も龍斗の旅に同行する。
「私は龍斗の母親だからね。あんたが行くところに何処にだって付いて行ってあげるよ。」
「私は元々龍ちゃんと一緒にいれれば何処にだって付いていくつもりだったから、いつでも一緒だよ?」
琴歌とマーリンも龍斗の旅に同行することを約束してくれた。
「勿論、私も一緒に行くからね。龍君、今度こそ、いつでも一緒にいようね?」
吹雪は龍斗の両手を包み込むように握ると、龍斗に笑いかける。
「…勿論だよ。みんなとずっと一緒だ。」
龍斗は自分の周りを再確認する。三人で喧嘩しているミレンとサレンと月乃。その様子を見守る陽太。龍斗の事を大切に思ってくれる母親の琴歌、マーリン、吹雪。そして大親友の帝。本来ならばここに大和もいるべきなのだ。友達を助けたいという自分の為に、一緒に同行してくれるみんなの存在が、龍斗にとって宝物以上に価値があるもので、一生大切にしていきたい時間でもあった。
「龍斗、大和も助けて、この世界を三人で…いや、みんなで助けてやろうぜ?」
親友の言葉に、龍斗は笑いながら「うん!」と答える。友達を救う為、この世界を救う為、新しい冒険と仲間を求めて龍斗達はスピリシアから旅立ち、新たな街〖ダイヤモンド・プリズム〗に向けて、歩き出すのだった。
第十二話 ~完~