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彼の朝 1

 彼は展望エリアに設置されたベンチの一つに座り、先ほどWestエリアのカフェで買ったチャイを一口啜った。途端に、口の中を甘ったるさが埋め尽くす。


 普段の彼は、ブラックコーヒーを好んでいる。そのため、初めてこのチャイという飲み物を口にしたときは、あまりの甘さに、思わず吹き出しそうになった。しかし、疲れた身体に染み渡るこの甘さがクセになり、最近では、夜勤明けは、必ずこの公園に立ち寄って、チャイを飲んでいる。


 一晩中仕事で張り詰めていた緊張の糸は、チャイの甘さに溶かされて、ほっと吐き出した溜息と共に、空気に溶けていった。


 仕事モードの緊張から解放されると、彼はベンチに横たわり、頭の下で手を組んで、天を仰ぐ。空には、薄い綿菓子のような雲が、風に乗ってゆっくりと流れている。今日は、きっとこのまま心地の良い天気が続くだろう。


(こんな心地のいい日に、早々に家に篭ってしまっては勿体ない。せっかくなので、もう少しこのままのんびりとしよう)


 そう決めた彼は、心地よい風に身を任せて、軽く目を閉じる。


 今日のような、ゆったりとした時の流れの中にいると、時々ある光景が思い浮かぶ。それはいつも同じ光景だった。


 彼はある少女と手を繋いで空を見上げている。その光景が夢なのか、それとも現実にあったことなのかは、今となってはもう定かではない。ただ、その光景は、彼の心の片隅にいつも居続けて、今日のような日は、ふっと彼の目の前に現れるのだった。


 恋とか愛とかを、まだまともに意識していなかった頃、彼の隣にはいつも同じ女の子がいた。今にして思えば、その頃に彼は初めての恋を経験していたのだろう。ただ、自覚のなかったその恋は、日常に埋もれてしまい、彼女とどんな会話をし、どんな風に過ごしていたのかは、ほとんど記憶にない。それなのに、彼女と一緒に空を見ている光景だけは、何年経とうとも色褪せることなく、鮮明に心に残っている。以前は、この光景を思い出すことに何か意味があるのではないだろうかと真剣に考えたりもした。しかし、考えたところで明確な答えにたどり着けるはずもなく、彼はいつしか、初恋とはそうやって心に残るものなのだろうと思うようになった。


 考えたところで意味はないと思いながらも、その光景を思い出し、長い時間夢想に囚われることもあるが、今日は答えの出ない思考の回廊に陥る前に気分を変えようと、ベンチから起き上がり、彼はチャイを片手に展望デッキへと移動した。

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