彼女の朝 1
彼女の部屋のテレビは、毎朝6時につく。
しかし、ニュース原稿を読む男性アナウンサーの声を聞きながら、あともう少しだけと往生際悪く、彼女はまどろみの中にいる 。けれど、6時半になると、テレビの音と共に、スマホのアラームも騒がしく彼女を起こしにかかる。それでもまだ、ふわふわとした夢の中にいる彼女を、現実へと引っ張りあげるのは、いつも決まって、あの機械的な声のリスとウサギの掛け合いだった。
そのショートアニメが始まると、彼女は仕方なくベッドから這い出し、テレビの前に置いてある1人掛けソファに座る。そしてそのまま、しばしフリーズする。すると、テレビの中のアナウンサーたちにさわやかな声で挨拶をされる。
「おはようございます」
そこで、ようやく彼女は覚醒する。
(おはようございます)
そう心の中で、キャスターたちに挨拶を返し、彼女は活動を開始する。
いつもと同じ朝の工程を経て、朝食のパンをかじり始めるころ、天気予報が始まった。お天気キャスターのお姉さんは、いつもと変わらない、かわいらしい笑顔で天気予報を読んでいる。
「今日は晴れてポカポカ陽気となります。久しぶりの外出日和となるでしょう」
「晴れかぁ。じゃあ、この前買った白いパンプスを履いて行こうかな」
テレビの中のお天気お姉さんにそう答えながら、朝食を終えると、彼女は出かける準備を始める。
髪をセットし、メイクをする間も、テレビは情報を流し続ける。話題は、人気スポットの特集に移っていた。毎朝仕入れる多くの情報を活用しきれていないくせに、彼女はついつい手を止めて画面に見入ってしまう。
特集担当のキャスターは、何とかという彼女は名前を聞いたことがないが、有名らしい建築家がデザインした公園を紹介していた。それは、彼女の家から最寄り駅に行くまでの道を、少し遠回りしたところに新しくできた大きな公園だった。
彼女はまだその公園に行ったことがなかった。
そこは、子供向けの遊具や、テニスやバスケを楽しめるスポーツエリアだけでなく、テラス付きのカフェや広々としたドッグランが併設されているらしい。また、健康器具を所々に設置した遊歩道もあり、老若男女問わず、多くの人の憩いの場となりそうな造りだった。それらだけでも十分居心地の良さそうな感じだが、ここで特集担当キャスターの声に力が入った。
「……と、多くの楽しみ方ができますが、この公園のイチオシエリアは、何と言っても、『丘の上テラス』です」
キャスター曰く、公園の一番上に作られた展望エリアは市街地よりも高い場所にあるため、見晴らしが良く、昼間は、眼下に雄大な景色が望め、夜は、素敵な夜景が楽しめる、ということだった。
「ふ~ん。公園ねぇ。最近こういうところ、行ってないな」
大きな独り言と共に、彼女は、止めていた支度の手を動かし始める。
平日は、家と職場を往復するだけ。休日は、予定を入れず家でまったりと過ごす。これが彼女のライフサイクルだ。毎日に不満があるわけではない。けれど、恋愛やキャリアアップで、毎日忙しそうにしている友人たちの姿を見ると、彼女は、自分はこのままでいいのだろうかという、焦りにも似た疑問を抱くこともあった。
しかし、だからと言って、これまで何か行動に移すわけではなかった。彼女が、これまでのライフサイクルを変えることになる日は来るのだろうか。もしも、その日が来たとしたら、どんなきっかけで彼女は動くのだろうか。
いつも通りに出勤準備に追われる彼女の耳に、占いを読み上げる女性アナウンサーの声が届く。
「……、そんなうお座のあなた。今日は、新しい道が開ける予感。ラッキースポットは、丘の上です」
「丘の上って、ざっくりしているなぁ……この占い、絶対適当じゃん」
彼女の悪態は、もちろんアナウンサーには届かない。
「それでは、今日も元気に行ってらっしゃい」
そう女性アナウンサーの明るい声で、締めくくられて、朝の情報番組は終わった。それと共に、彼女はテレビを消す。ここまでが、彼女の朝の一連の流れだ。
今日もいつもと同じ1日が始まった。