学び舎
「さぁ、今日は学舎の説明に行こうか〜」グレンはユリアに合うや否やそう言って歩き始めた。
「昨日はよく眠れたかい?」思い出したかのように突然ユリアに尋ねてくる。
「は、はい…」ユリアは正直あまり寝付けなかったが、嘘をついておいた。
「そうか〜。眠れない時はホットミルクとか飲んだらいいと思うよ。食堂20時までだけど、厨房は裏の入り口から入って、名簿に名前書いとけば勝手に使えるしね。食材も自由に使用可能だよ〜まぁ、大体御令嬢の侍女たちが出入りしてるから、割と気軽に使えるよ」ユリアの嘘を見透かしたのだろう。しかしグレンは同情している様子は見せず、さらっとアドバイスしてくれた。
女子寮からさほど離れていない場所に学舎はあった。講義中なのか、廊下には生徒たちの姿は見えない。
「ここが学舎になるね〜ユリアはまだ座学とかには参加しないから、一旦この辺の教室は置いておこう。主に使うのは、一階のこの部屋になるかな」グレンはそういうと部屋に足を踏み入れた。
「ここでまず、読み書きを学んでもらおうと思う。読み書きが完璧になったら、1年生の座学にも参加してもらうことになると思う。まぁ正直、座学に関しては遅れても大丈夫。人より2年長くいる訳だから、12歳の試験までにカリキュラムこなして対策取れれば、早かろうが遅かろうがという感じだね」グレンはそう言うと教卓から紙を取りだした。
「ん〜日程では明日から読み書きの講座が始まるね。そうそう、言い忘れてたけど、候補生は座学の他に属性ごとの実習があるんだよね。実習は教科書とか使わないからユリアも参加してもらうことになるな〜とりあえず、明日の午後は実習に参加して、詳しいことは先生に聞いてみて頂戴。」グレンはそう言うと、紙束を渡してきた。
「明日から始まる読み書きのための練習に使って。何かここまでで質問は?」
「その…ここで生活する上でのマナーとか基本的なルールを知りたいのですが…」ユリアは昨日のことを思い出しながら、グレンに勇気を出して言ってみた。
「あ〜なるほどね。色々、言われたりするかもね。でもね、マナー講師を新たに雇って授業してもらうとなると、難しいんだよなぁ〜僕が教えてもいいけど、正直女性特有のルールとか詳しくはないんだよなぁ〜。あ、それこそ読み書きの先生は女性だし、貴族の家庭教師もされてる方だから適任かも。先生には僕から話を通しておくよ〜」
「ありがとうございます!」ユリアはグレンの言うことに素直に従った。
「あの…平民で女の子は1年生にいるのでしょうか…」おずおずとユリアはグレンに尋ねた。
「あ〜確かね、1年生ではいなかったんだよなぁ。男の子は3人いるんだけど。これでも多い方なんだよ。やっぱり貴族の家系の方が、加護の力が強く反映されるんだよなぁ。だから候補生レベルの平民の子っていうのは珍しいんだよ。平民の女の子だと、3年生に2人、5年生に1人しかいないね〜そもそもなんでも平民には加護の力をあまり引き出せないかというと…」グレンは最新の研究について1人で熱心に話し始めた。
そんなグレンを尻目に、ユリアは、平民の女の子はいないのか…とそっと溜息をついた。
グレンは1人で語り尽くした後、実験室や救護室、図書室を案内してくれた。図書室は候補生の簡単な調べ物用に作られたもので、別に公爵家の保有する図書館もあるそうだ。図書館の利用は講師達の許可を貰った者のみが許されているらしい。
グレンが図書室について説明していると講義が終わったのか、生徒がぞろぞろと廊下に出てきた。
「おいグレン〜その子って噂の子か?」赤茶色の髪の男の子がグレンに声をかけた。周りにいる生徒は少し離れたところで、じろじろとユリアを見ている。
「そうだよ〜。君、いつも言ってるけど、グレンじゃなくて、グレンさんだろう〜。あとタメ口はだめでしょ〜?」男の子をグレンは咎めた。そして、
「この子はユリア。まだ5歳だけど候補生の1年生として勉強することになったので、皆仲良くするようにね〜」グレンは生徒達の集団にニコリと笑いかけた。
「グレン、その子の加護の属性は?」赤茶色の子はグレンに注意されたのを無視して、言った。
「ユリアは土の精霊の加護を授かっているよ。素晴らしいことだね」グレンがそう答えると、男の子はユリアをチラリと見て、小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「対して役にも立たない土属性か。平民にぴったりな属性だな。敵が増えるから心配してたが、その必要はなかったようだな」男の子がそう言うと、周りの生徒達もクスクス笑った。
「はぁ…。精霊様の加護に優劣はないと常に言われているだろう。まったく…ユリア気にする事はない。もう、いこうか」グレンはやれやれと肩をすくめ、生徒達からユリアを離した。
ユリアは「役に立たない土属性」と言われたことが頭から離れなかった。土の精霊様の加護は大した事がないのか…ユリアはみんなの為に役に立てないのか…ユリアは生徒達の意地悪な顔を思い出し、明日から始まる実習も心配になってしまった。