茶会の悩み
エルミー・ビビアンドは珍しく緊張していた。背筋を伸ばしお茶を啜るも、全く味わう余裕は無かった。何故何事も難なく成し遂げる彼女が焦っているのか。初めての茶会が公爵家主催で自分がホストだという理由ではない。また、目の前に並ぶ年の近い子どもたちがみんな一様に腹黒そうに見えるからでもなかった。
エルミーの緊張の原因はただ一つ。目の前に座る一人の少女であった。その少女はエルミーの一個下にしては背丈が大きく、少し威圧感があった。ベージュの髪は少し癖があるようで、お団子で纏められている。しかし、全体的に毛量が多いので、どこかモサッとしている印象だ。本人は何度も髪を撫でつけ、ひどく気にしているようだった。エルミーは真正面から見る事は出来なかったが、少し切長の藍色の瞳にはどこか苛立ちが浮かんでいるようにも思えた。
(あぁ、お父様…茶会初心者にはキツいですわ…)
エルミーは少女が帰りたいとばかりに辺りを見渡すのを見て、内心焦る。なにせ公爵家の自慢の薔薇園の中で行われる茶会は始まったばかりであった。軽く自己紹介を終わらせて、子どもたちはそれぞれお喋りに興じている。エルミーの目の前の少女はというと自己紹介を終えてから何も話をしようとせず、偶にクッキーをつまんでは、つまらなそうにティーカップを眺めていた。
エルミーとその少女が全く会話していないのを見て、周りの御令嬢方はヒソヒソと話している。公爵家の別の令嬢、令息も来ているが友人と話しているため近くにはいない。周りにいる子供達は侯爵、伯爵のため、エルミー達高位貴族には話しかけられないのだ。そのため、彼らは遠巻きに見ているだけだった。
「お楽しみの中、失礼致します。私、ビビアンド家に仕えます魔法士でございます。只今から加護の披露会を執り行いたいたいと思います。こちらのステージにて、お一人づつお願い致します」
伯爵家の令息の1人がまず呼ばれた。加護の披露会は希望者のみで行う余興のようなものだが、単なるお遊びではない。高位貴族達はユリア達のように候補生として日々評価を受けるわけではないので、自分がどの程度優れているか他人と比べる場は少ない。よって学院に入るまでの期間は、茶会や夜会などで子供たちの加護の力や魔法を披露し、如何に自分の家系は優れているか自慢しあうのである。勿論希望者のみであるため、まだ自信がないものは観客にまわるだけだ。今回はまだ年齢層が低いので、加護の力の披露が主になるだろう。
一人目の令息は鉢植えに向かって祈り始めた。どうやらみどりの属性のようだ。大抵自信満々に披露するのは火属性と水属性である。その二つは貴族の魔法士としても花形であり、見た目もわかりやすく評価が出来るからだ。エルミーは令息の必死な顔を見て、親から出るように言われたのねと心の中で溜息をついた。みどりの属性でも優れた力を発揮すれば、評価はそこまで悪くないのだ。土属性と違い、花や植物は貴族の嗜みとして愛されているため、それなりに結果を出せるものは、馬鹿にはされない。
令息は必死に祈ったが、鉢植えの花はほんの少しぼんやり光っただけのようだ。あれでは微妙なんじゃないの…とヒソヒソと陰口を叩く子どもたち。
エルミーは次々と子供たちが披露しては、陰口を叩き合う空気にうんざりとしていた。たまに火属性や水属性で中々のものを出すものはいたが、プライドの高い者ばかりなので、心から褒めるものはいない。皆ただ表面上は全員に対し、素晴らしいと拍手はするが、表情を見ればそう思っていないことなど明らかだった。
伯爵家、侯爵家も終わり、公爵家の番になった。公爵家の子どもは加護の力に恵まれているようで、素晴らしい結果を出した。他の子ども達も純粋に優れた力に感動し、口々に素晴らしいと褒めていたが、お近づきになりたいという意図も透けて見えた。エルミーも均一な大きさの水球を幾つも空気中に浮かべることが出来たため、盛大な拍手が送られた。
エルミーは全く緊張はしていなかった。それよりも、残り一人の少女がどの様な加護を示してくれるかが気になっていたのだ。
待望の人物の番になったが、当の本人は動こうとはしない。不機嫌そうに口をきゅっと結び、腕を組んでいる。エルミーはどうしたのだろうと顔色を窺うと、その子は視線に気づきエルミーを軽く睨んだ。
「わたくし、披露は致しませんの。わたくしの力を出しては場合によっては、怪我をしてしまうかもしれませんわ」
ずっと黙っていた彼女はようやく口を開いた。披露しないという言葉に子供たちは少し騒めく。
(確かに…歴史に名を刻むほどの加護を授かっているとのお噂だもの…辞退するのは当然かもしれないわね)
ユリアは少女を眺めながら、静かに納得する。加護の力は自分では制御できないので、いくら魔法士が控えているとしても、少女のレベルの加護になると危険かもしれない。少女の言葉に他の子どもたちもそれぞれ納得したのか、何も言わなかった。
それでは披露会は終了しますと魔法士は少し残念そうに締めくくった。きっと加護の力を自分の目で確かめたかったのだろう。それではと魔法士達は庭園を去っていく。
お茶会はまだまだ続く。皆少女が気になるのか遠巻きにチラチラ見ているが、本人は鬱陶しそうに紅茶を啜る。エルミーは結局少女と話が出来ず、ほかの御令嬢達に囲まれた。皆一様に加護の力が素晴らしかったと褒めて、エルミーに気に入られようとする。エルミーは笑顔で対応しつつも、少女の様子を観察していた。
(あっ…お帰りなられるのね)
少女は退席するようだ。お付きの者達も一斉に動き始める。
「わたくし、これから別の用事がありますの。楽しいお茶会でしたわ。ビビアンドさん、ご招待ありがとう」
エルミーに向かって、ニコリともせず少女は言った。エルミーは深々と頭を下げ、お礼を伝える。
「こちらこそ我が茶会に足を運んでくださり、誠にありがとうございます」
エルミーがそう伝えると、後ろにいた他の貴族達も次々に頭を下げていく。
少女は軽く頷くと、不機嫌そうに護衛に守られ退出する。エルミー達は姿が見えなくなるまで見送った。
(噂とは違う部分もあるようね…中々気難しい方のようね、姫殿下は)
エルミーを1日悩ませていたのは、アウレリア帝国の皇女、ジュリアンナ・ロベリクス。精霊の唄を授かった、歴代屈指の加護の持ち主と期待されるお方。聡明かつお優しい人柄という噂は、どうやら少し異なるらしい。




