政治学の悩み
政治学の講義は、ユリアなどの平民組は大変苦労する科目であった。政治学の基本として、アウレリア帝国の貴族の名前、家の特徴などを押さえるのは必須である。これが非常に労力が必要だった。
歴史学でも有名な貴族の名は出てくるが、子爵や男爵家についての記述は殆どない。また暗記作業であるため、ユリアは関連づけて覚えられるかと思っていたが、意外とそうでもなかった。歴史学では事件や政策などを通して人物を覚えられたが、ただ人間関係と名前を記憶していくのは正直退屈でもあったのだ。
一方でパトリック達や他の候補生達などは、そこまで苦痛ではないようだ。そもそも家同士の付き合いなどで子爵、男爵などは大体顔見知りらしい。また、高位の貴族の家系も幼少期の教育で大体網羅しているそうで、これといって新しい情報は少ないようだ。
政治学というよりかは社交学じゃないかとクルトは文句を言っていたが、マックスが宥める。政治と社交は密接に関係しているため、今後魔法士として活動していく上でも大切なことなのだと説明した。
という訳で、平民組は名前を覚えていくのに必死だった。リゲルは人間にそもそも興味が無いようで、候補生達の名前さえも覚えていない。歴史に出てくる人物や政策、特産物で有名な人物については、知識として頭に入れる分は苦ではないようだ。しかし、ただ顔も知らぬ人達の人間関係を記憶するのは純粋に不快のようだった。いつもより暗い顔をして、勢力図を眺めている。
「ほんと政治学って嫌になるな…政策というよりかは、根回しの仕方を学んでばかりな気がする」
クルトは少し嫌そうに教科書を遠ざけた。
「あら。政策も当然大事ですが、政策を達成するための過程を学ぶのも重要ではなくて?」
リリアンヌが扇で口元を隠しながらクルトに指摘する。クルトは、それはそうですが…と口を尖らせた。リリアンヌはクルトとも普通に話せるようになった。クルトは初め警戒していたが、マックスが普通にしているのを見ると安心したのか、気軽に話しかけた。リリアンヌも嫌ではないようで、パトリック達と同じように接している。ユリアはリリアンヌの関わる人が増えて、嬉しいなと側で見守っていた。
「リリアンヌ様、ルワン様やオーレン様とも候補生になる前に会ったことはあるのですか?」
ふと疑問に思い、ユリアは尋ねた。
「わたくし、ルワン様とは実はお会いしたことはありませんの。ルワン様のお兄様とお父様には一度お会いしましたわ。…オーレン様様とは幼少期にお会いしたことはありますわ」
リリアンヌはマックスをチラリと見ながら説明する。
「フィアカート様と会ったことはあるらしいんだけど、何せ3歳ぐらいだったからぁ。あんまり俺は覚えてないんだよな。パトリックとは親同士が仲良くて、小さい頃から会ってるけど」
マックスはパトリックと仲が良すぎて、パトリックが家に帰りたくないと泣いた話を聞かせてくれた。
「マックス、やめてくれよ!恥ずかしいだろう。領地が割と近いと本人同士で会ったことがある人が多いかもね。僕の場合は、北や南の端の子爵家や男爵家は、顔は知ってるけどそこまで深くは、という感じかな」
ユリアとテト、クルトは貴族の事情にふーんと感心する。貴族も幼少期から様々な事を学ばさせられて大変だなぁとクルトは感想を述べた。
「名前覚えるの大変だろうけど、頑張れよ。まぁ、今後は昔の貴族の関係性も学ばなきゃいけないらしいから、俺らも励まないと不味いんだけどな」
マックスは暗記は歴史学だけでうんざりだと顔を顰める。
「今の貴族の関係性について学んで、わたくしたちの実家の事情が筒抜けになるというのも、正直嫌ですわね」
リリアンヌは暗い顔をしてボソリと呟いた。その声は小さいものだったので、隣にいたユリアにしか聞こえなかった。
ユリアはその声に哀しみが含まれているような気がして、こっそりとリリアンヌを見た。しかし、リリアンヌは何事も無いようにパトリック達の会話に参加していた。
(リリアンヌ様…何か嫌なことがあるのかな…)
ユリアは先程の発言を思い返して、心配になった。アイベルに尋ねても良いが、答えてくれるだろうか。友人になったとはいえ、プライベートに必要以上に突っ込むのは失礼だと直ぐに考え直し、会話に集中した。
ユリアはこの時、リリアンヌに話を聞けば良かったと後悔をすることになる。リリアンヌに試しに聞いてみれば、案外あっさり話したかもしれない。しかし、それは仕方ないことである。ユリアなりに気を遣って判断したことなのだから。そのため、ユリアは次の日リリアンヌが、涙を流すことなど予想もしていなかった。




