別れと始まり
それからはあっという間だった。
公爵と契約を交わした後、ユリア達は直ぐに馬車で孤児院に戻った。荷造りや孤児院の皆や町の人に別れの挨拶をするため、出発は三日後に予定された。
孤児院の同学年の子達は何がなんやら分かっていなかったが、ユリアが遠くに行ってしまうと理解すると泣いてしまった。それでも、ユリアが孤児院を忘れないようにと布袋に森の木の実を沢山詰めてプレゼントしてくれた。先生達はユリアのために、お別れ会兼候補生お祝い会を開いてくれた。町の人たちは候補生になったお祝いに駆けつけた。小さな町から公爵家の候補生が出たのだ。皆んな口々に、素晴らしい、光栄な事だと話しているのをユリアは聞いた。
「ユリア、候補生に選ばれておめでとう。」ユリアがケーキを頬張っていると、花屋のビルが声をかけてきた。
「寂しくなったら、これを見て思い出しておくれ。皆んなユリアのことを応援しているから」そう言うと、小さな青い花の押し花の栞と林檎の葉が刺繍されたハンカチ、軸がユリアの瞳と同じアンバーの万年筆を渡した。どうやら町の人達がお祝いでプレゼントを用意してくれていたようだ。
「ありがとう、おじさん。ユリア大切にする」
ユリアはビルに抱きついて、感謝の気持ちを伝えた。
「ユリア、私からも贈り物があるの」様子を見ていたサルラン先生が赤いリボンがかかった小さな箱を持ってきた。ユリアが箱を開けると中には、小物を入れる銀のロケットが入っていた。ロケットには林檎の葉と実が裏表に彫刻されている。首から下げてみるも、意外と重くはなかった。
「魔法石を入れる布袋が古くなっていたでしょう。せっかくだから新調したらどうかと思って。それは本人しか開けれない仕組みになっているから、安心してね。」
サルランはフランに行った時にこっそり購入していたようだ。ユリアは綺麗なロケットをうっとりと眺めた。
「ありがとう先生!ユリア、先生のためにもがんばるね」ユリアはサルランに飛び付いた。
「ユリア、先生や町のためなんて考えなくていいの。ユリアの家はここですから。12歳の試験が終わるまでは会えないけれど、それまで皆んなで待っているわ」サルランは以前ユリアが孤児院のために頑張るのと言ったのをひどく気にしていたようだ。
「ユリアが元気に暮らすことを祈っています」サルランはユリアの頭を撫で、寂しげに言った。
ユリアは馬車の中から、見送りに来てくれた人達が小さくなっていくのをじっと見つめた。次に会えるのは12歳の試験が終わってからだ。サルラン先生がくれたロケットを強く握りしめ、これからの生活を想像した。候補生としてのお勉強は大変なのよと先生が言っていたので、ユリアは心配だった。同じ平民の子もいると聞いているので、おともだちになれたらいいなとも思った。貴族の子ども達と仲良くなるのは難しいのかもしれないとサルラン先生の話を聞いているうちに何となく理解している。
太陽がゆっくりと沈んでいくのを眺めながら、考え事をしているうちに屋敷に着いてしまった。馬車を降りると背の高い黒髪の30代くらいの男性が待ち構えていた。
「どうも。ユリアだね?おぉー本当に小さい子だ。僕は候補生達の生活の管理を任されているグレンだ。おっと、荷物はそれだけかな?それは私が持とう。新しい子がこの時期来るのは本当珍しいんだよね〜あ、でも心配しないで。勉強は凄い先生達がいっぱいいるから、きちんと追いつけるよう僕もサポートするよ〜早速だけど、色々案内しなければならないので着いてきて」
グレンはどうやらお喋り好きのようだ。ユリアが口を挟む間もなく話している。グレンはユリアの持っていた鞄を持つと、正門の西側への道を案内していった。
「よろしくおねがいします。ユリアです!」ユリアは挨拶が大事だと言うサルラン先生の言葉を思い出し、大きな声で言った。
「よろしくね。でも5歳で目覚めるなんて素晴らしいね〜。しかも土の精霊様の加護を授かったと噂では聞いたよ〜?人材不足だから本当ありがたいなぁ。」グレンはうんうんと頷いている。
「とりあえず生活する場を案内しなきゃだね。」グレンはベージュのシンプルな建物に着くと、ユリアのために扉を開けてくれた。
「ここは食堂だよ。朝6時から夜20時まで開いていて、いつでも好きな時に食べに行っていいよ。」
玄関の左隣にある大きな部屋を指差しグレンは言った。玄関ホールは中央に大きな階段を中心に2階は3つの通路が見えた。どうやら別棟に繋がっているようだ。ホールの中央の壁には立派な林檎の木の絵が描かれている。
「7歳の子達を1年と呼ぶんだけど、1番左の通路が1、2年の部屋、真ん中が3、4年、そして右が残りだね〜ユリアは1年の扱いだから、こっちの通路だね。僕は女子寮の中までは行けないから、1人で言ってもらうことになるよ。ユリアの部屋は、1番奥の右側の部屋だね。目印にオレンジの花を飾っておいたから、わかるはずだよ」
そう言うとユリアの鞄を渡してきた。
「説明しないといけないことは沢山あるけど、とりあえず疲れているだろうし、明日にしようかな。サリーって子が1年と2年のまとめ役だから、分からないことがあったら聞いて〜。明日の10時頃また迎えにくるね〜」
「案内ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」ユリアはペコリと礼をして、階段を登っていった。
(新しい生活が始まるんだ…)
不安だらけだけど、前向きにいこうと心に決めるユリアだった。