スミレの雫
明日は経済学の発表である。ユリア達は資料の確認や発表内容を細かく書いたレポートの最後の見直しをしていた。一つの方向に意見がまとまってから、更に情報を集めていった。そして何度も話し合い、レポートを精査した。パトリック達は明日の発表が楽しみだと上機嫌に寮に戻っていった。
ユリアも皆んなと挨拶をした後、ゆっくりと寮に向かっていった。今日は雪が積もっているので、しっかりとマフラーを巻きつけた。さくさくと雪の上をあるいていくと、何やら道の外れでキョロキョロと辺りを見渡す上級生がいた。探し物だろうか、困った顔をして地面を必死に見ている。ユリアはどうしたのだろうと近づくと、その人が以前階段で箱を落とした女子の上級生だと気づいた。
ぽっちゃりとしたその子は余程寒がりなのか、もこもこのコートにマフラー、手袋、そして耳当てと完全防備だった。少し着膨れをしているようだったが、ユリアは気にも留めなかった。それよりもその人が泣きそうな表情をしていたことが気になったのだ。
「あの…お困りですか?」
ユリアはそっと声をかけた。少女はびくりと肩を震わせると怯えながらユリアの方を振り返った。
「…!あっ…いや。その…あの…えっと…」
ユリアの顔をみた少女はスミレ色の目をこれでもかと見開いた。しかし、話すのが苦手なのか、モゴモゴと何か言っている。
「何か探し物ですよね?私も良かったらお手伝いします!」
ユリアは少女が平民に話しかけられて嫌そうな態度をしていなかったのを見て、手伝いを申し出た。
「えっと…お爺さまにいただいたピアスが見つからないの…その…この辺りを今日通ったから、探していたの」
ピアスの特徴を聞いてみると、無くしたのは片方だったようで、少女はポケットからもう一つを取り出して見せた。雫の形をした少女の瞳の色をした小ぶりなピアスであった。
「いつ頃失くしたのに気がつきましたか?」
「学舎に着いてからすぐよ…寮からの道をもう何度も往復して確認しているのだけど…」
こんな寒い時にずっと外にいたのだろう。少女の耳は真っ赤になり、痛そうだった。
もしかして…とユリアは少女を見ながら遠慮気味に確認する。
「あの…今身につけているマフラーやコートのフードなど確認されましたか?」
「いいえ。確認してなかったわ…!」
急いでマフラーを外し、広げたが何も出てこなかった。ユリアは失礼しますと言って、フードを確認する。
「ありました!」
フードの奥の方にピアスがキラリと光っているのが見えた。ユリアは急いでそっと取ると、少女に渡した。
「あぁ…!よかったよかったわぁ」
少女はピアスを見ると安心したのか泣き出してしまった。ユリアはハンカチを差し出して、良かったですねと声をかけた。
「有難う。あなたにはきちんとお礼をするわ。今は何も渡せる者がなくてごめんなさい…」
少女はユリアの手を取り何度も感謝をした。
「お嬢様!?」
少女の侍女が走ってきた。少女の頬に泣き跡があるのを見るや否や侍女はユリアを睨みつけ、少女を強引に連れていってしまった。
「ち、ちがうのよ…!あの方は私に親切に…!」
「お嬢様はそう言っていつも流そうとするではありませんか…!」
遠くで侍女と言い合う声がしたが、ユリアは呆気に取られ、ただ見ているしかなかった。
「まぁ、ピアスが見つかったから、いっか!」
ユリアは特に気にすることもなく寮へと戻っていった。寒いから、食堂で温かめの食事を貰っておこうと足を運ぶ。
「こんばんは」ユリアはいつものおばさんに声をかけた。おばさんはユリアを見ると今日もお疲れ様と優しい声で返事をしてくれた。
「最近朝は眠そうな顔をしているけど、忙しいのかい?」
おばさんは心配そうにユリアを見ながら食事の準備をしていく。
「経済学の発表が近くて、その準備に追われていました。でも、凄く楽しいし、良いアイデアがまとまったので明日の発表が待ち遠しいです!」
「そうかい!楽しいならなりよりだね。ユリアちゃんの発表上手くいったら良いね」
おばさんはにっこり笑って、おまけでデザートを追加してくれた。有難うございますと礼をして、プレートを受け取る。
そのまま階段を登っていると、リリアンヌといつも一緒にいる赤の髪と青の髪の子とすれ違った。侍女を引き連れ、食堂に行くようだ。ユリアが自分で食事を運んでいるのを見て、クスクスと笑っている。ユリアは気にしたら負けだと顔を真っ直ぐ上げ、部屋に戻った。
はぁ…ユリアはさっきの光景を思い出し、溜息をついた。いつになったらあんな風に馬鹿にするのをやめてくれるのだろう。ユリアは12歳の試験までずっとこの状態が続くのかと憂鬱にもなった。いつか、平民を理解し、蔑むのをやめてくれたらいいなと淡い期待を持つ。
「そんなことより、ごはんごはん!」
温かい食事が冷めてはいけないとユリアはチーズのかかったパンを口に入れる。明日の発表上手くいくといいな…!ユリアは窓の外を眺めながらそう強く思った。




