育成制度
今日は午後から実習だった。午前中のネクシア先生の授業が終わると、パトリックが迎えに来てくれた。パトリックは男子寮の食堂からランチボックスを小脇に抱えている。ユリアの分も貰ってきたというので、ユリアはお礼を伝えた。テトとマックスは畑で待っているらしい。
畑へと向かう途中でパトリックに今日講義で習ったことを聞かれた。
「貴族の階級について先生が簡単に説明してくれました。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の種類があって、アウレリアでは公爵家は3つしかないんですよね?」ユリアはまだメモができないのでひたすら頭で覚えた情報を引き出した。
「そうだね。僕たちを指導してくださるビビアンド家と海側に領土を持つバルガス家、観光が盛んな領土のスタンリー家だね」
「ビビアンド公爵家だけが魔法士の育成制度を取っていると聞きました。他の領土では魔法士の育成はどのように行われているのでしょうか?ネクシア先生に尋ねようと思ったのですが、講義が終わると直ぐに職員室に向かわれてしまうので時間がなくて…」
ユリアは申し訳なさそうにパトリックを見た。
「そうだね…。他の領土では学院を卒業した者が魔法士として活動しているね。基本学院に行くのは貴族だけだね。学院に入るにも試験があるんだけど、中々平民の人たちが入学するには科目的にも厳しいね。貴族は小さい頃から家庭教師を雇って学院を目指すんだ。ビビアンド家の育成制度は素晴らしいよ。才能があれば平民にもチャンスがあるし、何より早い段階から魔法士として認められるから領地内の人手不足も解消される」パトリックはユリアが理解できるようにゆっくりと説明した。
「候補生が僕たち子爵家や男爵家の子どもばかりなのも、理由があるんだ。基本伯爵家以上は専門の家庭教師をつけて良い学院に入れるよう教育を受けるんだ。でも、子爵系以下は長男、長女だけにしかお金は基本かけない…魔法士の家庭教師というのは、もちろん魔法士じゃないといけない分、物凄い授業料が掛かるから…。ルワン家は恥ずかしながら、次男にまで教育を受けさせる金銭的余裕は無いんだ。だから本来は自分で勉強しないと学院には行けない。学院に入れないと魔法士を目指していない人用の高等教育学園に入学することになるけど、やっぱり魔法士の方が良いしね…」パトリックは恥ずかしげに言った。
「そうだったんですね…すみません。こんな話をさせてしまって」ユリアは思いもよらぬ貴族の裏事情に驚いたと同時に、ルワン家の金銭事情を話させたことを申し訳なく思った。
「いいんだよ。実際、僕たちは凄くビビアンド家の育成制度に助かっているんだ。もし学院に入れなくても、領土内の魔法士として認められるだけでも光栄なことなんだ。絶対に試験に合格できる訳じゃないんだけどね…」そう言うとパトリックは自信なさげに笑った。
なんだか気まずくなって、畑に辿り着くまで2人は黙って歩いた。
「遅いぞ、パトリック。テトはこの雑草が食べれるって騒いできかないんだ。どうにかしてくれ」マックスが疲れた顔でテトを引き剥がそうとしている。
「マックス殿!これは図鑑にもきちんと載っているハーブですぞ。雑草などでは決してございませんです。ほら、少し苦味はありますが美味しいです」テトはむしゃむしゃと土の汚れも気にせず、ハーブを食べた。
「テト…きちんとしたハーブなら良いのかもしれないが、洗った方がいいんじゃないか?」
「もうこいつは放っておけ。俺は早く昼食をとりたい」マックスはじとりとした目でテトを見ると、パトリックの持っている袋を掠め取った。
「ユリアさん、このままじゃ座れないから、布を広げたいんだ。端を持ってくれるかな?」
「わかりました!」さっきまでの気まずさはテト達の会話ですっかり消え去ったのか、2人は普通に会話をする。
布の上に4人で並んで昼食を食べていると、ポポラ先生が早めに畑にやってきた。ユリア達のいる木陰によいしょとやって来ると、わしも一緒によいかの?と尋ねた。どうぞと皆少しずれてポポラ先生のためにスペースを作る。ポポラ先生は籠から林檎を取り出すとむしゃむしゃそのまま齧り付いた。マックスは少し引き気味だったが、ユリアもテトもそれが普通なので特に何も思わなかった。パトリックは自分もそうやって食べてみたいとポポラ先生から林檎を一つ貰い、同じように齧り付いた。
5人に穏やかな時間がゆるりと流れる。空をぼんやりと眺め、天気がいいだとか、このハムはソースに合うだとか他愛のない話をした。ポポラ先生は、今日の実習はお喋りにしようと言って、ごろりと寝そべった。そしてテトとテトが見つけたハーブについて、どんな効用があるだとか、土属性でもハーブを増やすことは出来ないのかなど意見を交わし始めた。パトリックは話には入らないが、うんうんと頷いてきちんと聞いている。マックスはパトリックの隣で寝そべって、うとうとし始めた。ユリアも先生の話を聞いていたが、いつの間にか眠ってしまっていた。