癖毛
クルトは自分の毛先があらゆる方向に向いて制御できないことに苛々していた。自分の紫色の髪は癖毛で、湿度が高いこの時期は特に悩みが絶えない。クルトは毛先を引っ張って、少しでもストレートにならないか試すが、すぐにぴょこんとカールしてしまう。それでも幾らかましになればと、机に肘をつきながら髪を触っていたが、余計に酷くなる一方だった。クルトは溜息をつくと、チラリと隣に座るリゲルを見た。
(くそ…こいつ…)
リゲルの黒髪はストレートで、日頃から手入れなど全くしていないが非常に艶やかだ。昔から髪も乾かさず、櫛も使わないくせになんだこの差はと、クルトは恨めしげにリゲルを見た。
「…なんだよ。さっきから気持ち悪いぞ」
リゲルは小説に栞を挟むとクルトの方をじろりと見た。クルトは口を尖らせて、お前の髪はずるいわと主張する。リゲルは自分の前髪を一房取って眺めたが、クルトが何故羨ましがるかわからず首を傾げた。
「何処がいいんだ?」
「…俺の髪はくるくるくるくるするんだよ」
リゲルは綺麗な紫の髪を一房びょーんと引っ張ってみた。離すとすぐにくるりとカールがかかるのを見て、リゲルは鼻で笑った。
「…別にいつも通りだろう」
リゲルの言葉にクルトは立ち上がる。
「この…!俺は候補生になってから、ものすごーく努力してるんだぞ!髪をストレートにするために、何時起きしてると思ってるんだ」
クルトは癖毛が恥ずかしくて、毎日丁寧にブローしているのだ。候補生になる前は、癖毛なんて気にしていなかったが、どうも貴族社会に慣れるためには己の毛はおかしいと気が付き、その習慣が身についた。
「…別にその髪でも変じゃないだろ」
リゲルはそういうと興味が無くなったのか、また小説を読み始めた。クルトは幼馴染が毎度のこと冷たい事は気にしなかったが、黒髪ストレートの奴にだけは言われたくないと腕を組んだ。
「あーあ。ところでお前、図書館の利用権利貰えたのか?」
クルトはリゲルの顔の前にずいと近づいて尋ねた。リゲルは鬱陶しそうに頷くと、鞄から栞を取り出した。
「なんだこれ…?ガラス製の栞…?」
クルトはしげしげと栞を観察した。それはガラスでできており、公爵家の紋章が蔦に囲まれた細かい彫刻がされた美しい栞であった。リゲルはこれが利用権利の証明だと告げると、再び小説に集中する。
「ふーん。ユリアさんもそれ貰ったのかなー」
クルトはリゲルがユリアに教えてもらった事を思い出し、何気なく呟いた。するとリゲルは顔を静かにあげて、貰えているといいなと言った。
「…?意外だな。お前が他人に興味示すなんて」
クルトは無表情で座る幼馴染を見て驚いた。リゲルが誰かに関わったとしても、自分から何か気にするそぶりなんてしないくせに…ましてや女の子だなんて…と感動する。
「別に。おかげで図書館に通えるからだ」
リゲルは少し苛立ったように言うと、これ以上
話しかけるなとばかりにクルトを睨んだ。
ふーん。こいつ恩なんて感じる感情は持っていたんだな。俺はリゲルの横顔を見ながらしみじみ思う。リゲルは基本俺とだけしか普通に話さない。テトやパトリック達も話はするが最低限だ。顔が平民のくせにやけに整っているからか、女子達に話しかけられるが、完全に無視している。それでもキャーキャー言われるから、ムカつくなこいつ。そんな他人に興味を持たない奴が、ユリアさんには少し反応するなんて。これは人として少し成長した証か…!?と俺はリゲルを見て思わずニヤついた。
おっと…こいつ俺を見てまた睨んでやがる。あんまり揶揄うとユリアさんも拒否し始めるかもしれない。そう思い、俺は普通にすることにした。ユリアさんがこの堅物と仲良くなって、少しは性格がましになればいいなと俺は淡い期待を持つのであった。